第五十九節 炎の庇護
新たな神登場
おぼろ気にフロウに乗せられ帰ってきた記憶とアヴィリオを揶揄った記憶はある。ただ非常に眠たくてアヴィリオの声を子守唄に抗うことなくまた眠った。
で、見覚えのあるこの光景。
「…ノーチェ。呼んだ?」
「はいっ!是非貴女から直接お話聞きたい方が居るので!私も聞きたいですし!」
ノーチェに呼び出されるということは既に陽が落ちた時間なのだろう。夜の神ゆえか、スキルが上がったら夜の間だけならば自由にノーチェの声を聞けるしノーチェが支配する空間に来れるようになった。
…まぁ、声が聞こえるだけでほとんど解決するし、昼もノーチェからの声掛けには応えられるしで不便してないけど。
というか今変な言い回ししなかった?
「ほう、夜のの片割れの所とはまた違った仲の良さよな。羨ましい限りじゃ。」
第三者の声の方へ目を向けると、…なんか、燃えてる人が居た。
いや本当に。髪も服もなんか燃えてる。あと人型だけど目が宇宙人…って言い方するとアレなんだけど、そんな感じ。でも怖いわけじゃなくて、神々しいというのがしっくり来る。
人間的な美ではないけど、揺らめく髪も服も美しいとは思う。逆立ってないのもポイント高い。
ノーチェの空間に許されてる時点で警戒の必要はないし、神の一柱…なのだろう。きっと。
「妾を見ても警戒せんとは、肝の座った娘御よな。いや、夜のの片割れの子もそうだったか……」
「レンは賢い子ですからね!きっと本能的に大丈夫だと思ったのでしょう!」
「いや、ノーチェの空間だし、さっき誰か居るみたいなこと言ってたでしょ。」
胸を張るノーチェに訂正を入れておく。まるで感覚だけで動いてるアホの子認定は避けたい。
あからさまにしょげるノーチェを無視し、目の前の女神様は簡易に椅子を人数分用意すると「まぁ、立ち話もなんだしな。座るといい。」と告げた。
……ここ、ノーチェの空間の筈なんだけどなぁ。
親しいのか上位なのか、席について視線を送っていれば微笑まれた。
「妾はアーシェ。この地に住まう一柱。炎の神のアーシェだ。お主には名を許そう夜の愛し子。」
「…夜の愛し子?」
「私が加護する子、という意味の呼び方ですよ。神の加護を受けたものはそれぞれ愛し子と呼ばれるようになるんです。…アーシェですと炎の愛し子と。
ちなみに神々は、それぞれ炎、水、風、地、空、日輪、月輪と大まかに別れています。夜の神は月輪に値しますね。」
「この世界の神は多い。妾やノーチェ含め、神と名乗るものは創造神様の御使いである。創造神様を支えるため、この世界を守るため、妾達は存在している。」
ふむ…創造神様がトップだとして、その部下がノーチェ達のような神になるのか。
そういえば創造神が居るとか、聞いたことなかったな…というか、この世を守るのによその世界の異物を交えて大丈夫なのだろうか?
率直に聞いてみたら応えてくれた。
「よその世界の者を招くのは創造神様のご意向なんです。どの神が行くかも全てお決めになります。選ばれた人間は多種多様です…善なる者、悪なる者。魔術を扱えるもの、扱えぬもの。」
「待って、悪者も招いたらまずいんじゃない?ほら、この世界に来るとき願いを叶えてもらって強力な力を手にするとか…」
「悪と善のバランスは均等で在らねばならぬ。だからどちらの者も招くし、数百年前、その様な輩も居ったと聞いておる……だが言った通り、善と悪のバランスは等しくなければならぬゆえ、それを撃つための善者も此方へ来ておった。」
最後まで聞かずとも討伐されたのだと分かる。
最初からそんな力与えなきゃいいのに、と思ったが何を願うかも本人次第なのにも理由があった。
曰く、神の中にも信仰を歪められ、創造神の影響外になってしまった者達が居るらしい。
元の世界風に言うなら邪神の類い。
その神らが消滅しないために悪性の強い者を招き、邪神はその者らに加護を与えるそう。…邪神は言うことを聞かないが、別世界の派遣の時だけは大人しくなるらしい。…というか創造神甘くないか?いくら自分の子供のような者のためにわざわざよその世界から生け贄を貰うのは……というか、何をしたら消滅を免れることになるんだろう。
それを聞いたらアーシェが呆れた顔でノーチェを見た。…さては説明し忘れがあったんだな?
「…甘やかし過ぎじゃぞ、ノーチェ。」
「ぅ……だ、だって言わずともこの子は目立つからレイルが言わなくていいって言うんですもの…」
「全く……甘やかしも度が過ぎれば危険に直結するぞ。創造神様の手を離れるものも増えてきてるのを知っておるだろう?」
「それは……そうですけど…」
何やら大切な話をしてるっぽいので口を挟めない。
何やら邪神が増えてるらしい。…二面性を持つ神とて元の世界には居たけど、この世界で二面性を持つのは創造神だけらしい。
破壊と再生を司るのが創造神。
そして創造神の影響が及ばなくなった邪神は元の性質を捨て、新たな歪められた性質を軸に生まれ変わるそう。
例えば、元炎の神が飢饉の神になったり、元水の神が毒霧の神となったり……ややこしくて途中で思考を放棄した。元の性質関係ないじゃん。毒霧の神ってなに。
「神の手から離れたものはこの世界を蝕む。だが確かに繁栄だけの時よりもこの世に住まうものは思考し、発展し続けてるのも事実。……だからなおのこと、創造神様は消したがらないのだ。彼奴らも悪い奴ではないんだが…歪められた以上、存続し続けるには害でしかない。」
「ふぅん……まぁ、いいんじゃない?それで世界が安定してるなら。……というかその信仰を歪めてる奴をなんとかしてこいとか言われる?」
「いえ、それは既に手を打ってあります。…けれどもしかしたら貴女にも話がいくかもしれませんね。」
「そう……そのときはもう少し詳しく聞く。
それはそれとして、甘やかしてる云々ってどういうこと?」
既に手を打って居るというのならこれ以上首を突っ込む事はない。ただでさえナオのことで忙しいんだ。
なので話を逸らすとノーチェの視線が泳いだ。…あれだ、怒られる前の子供のよう。
「レンよ、なぜお主がこの世界に来たのか理由を知っておるか?」
「いや。私もナオも見初められて此方の世界で生きてほしいとか。…だってノーチェ私より泣くんだもん。」
「全くお主は…」
アーシェがノーチェを小突いた。
ノーチェは本当に人間のような女神だ。表情や仕草、此方の話を聞くときなんかは子供っぽい。
転生の時も酷く泣きじゃくって此方が引いた程だったし。
「いくら幼い神とはいえ、人前で泣くなど言語道断。妾達は常に優美に振る舞ってなくてはならんと教えたであろう!」
「そうは言っても、あのときは創造神様の事で気が動転してたんです!」
「はぁ……すまんな、レンよ。
そもそもお主らがなぜ選ばれたのかという話をしよう。
簡単じゃ、この世界とこの世界に住まう神と相性がいいものが創造神様に選ばれる。
基準は創造神様にしか分からなんだが、選ばれた者と神と仲違いをした事はない。お主やノーチェの様に気安いものから信仰する者まで。善悪問わず総じて相性がいいのが事実。
そして何故選ぶのか。
それはノーチェのように神として新しきものは未だ世界に安定して居らぬ。創造神様のお力で生まれたとはいえ、神とは信仰され存続するもの。
それゆえ、新しき神が産まれると世界に根付くよう人の力を借りる。…例えば、お主が功績を上げたり人をよき道へ導けばそれだけでノーチェは安定する。
妾も初めは人の子と共に世界を回り、力を得た。お主が活躍すればするほど、ノーチェの名はいずれ知られ、力ある神の一人として認められるのだ。」
中々大事な話だったので、とりあえずノーチェの蟀谷をグリグリしといた。
なるほど、此方の世界で生きてほしいという理由がそれか。神が安定するためのシステムとして良くできてると思う。
強い神になる為に共に居る者を鼓舞したり、信仰を集める為に善行を推奨したりとかも出来るだろうし……創造神に俄然興味が湧いてきた。
それはそれとして、そういうことはちゃんと説明しろとノーチェに言えば、
「言ったところで貴女は目立ちたがらなかったでしょうし……けど、放っておいてもレンなら勝手に目立つと言ったのはレイルなんです。」
「あぁ、お主は恐らくそういう星のもとに産まれたんだろうな。諦めよ。妾だけでなく何人かは既に精霊に様子見させたりなんてしておる。
特に此度の契約、風のところのがはしゃいで居ったぞ。風の魔術の使い方が上手いと。」
「目立ってるつもりないのに……精霊なんて居るんだ。」
諦めろと神様に言われてしまうとどうにもならない気がしてきた。
それより、精霊なんて言葉に惹かれ、アーシェに聞くと両手を差し出すよう言われた。
翳されたアーシェの手から炎が吹き出て、両手でそれを受け止める。傷付けることはないと思っては居るけど、視覚的に熱そうでちょっと避けかけた。…一言くらい欲しい。
炎が落ち着くと、アーシェを小さくしたようなモノが座っていた。
目が宇宙的なものを感じるけど可愛らしい。
「これが精霊。妾達の手足であり目や耳である。
お主の手に居るのが上級の精霊で、下級と中級は基本エルフと精霊王の元で修行した精霊術師にしか見えん。」
「精霊術師は魔術師と似て非なるもので、魔力を持たぬ代わりに精霊をみる目と行使する力を持ちます。
魔力の代わりにその力を精霊に分け与えることで魔術と同じように事象を起こしますが…それよりも、精霊達に諜報活動をお願いする者が多いですね。」
「普通の人間には見えないならそうだよね……居たんだ、妖精。アヴィリオ達教えてくれないから居ないかと思ってた。」
「言ってもお主は見えんからな。だがあのエルフも時折蕩けた顔をしておるぞ。
エルフにとって精霊は愛すべきもの。エルフも精霊術師も精霊の言葉は偽れぬし精霊が慕うものを慕う傾向にある。」
創造神の部下が神なら、神の部下は精霊。で、エルフは精霊が好きと……中々世界はややこしい。
癒しの補給も兼ねて手の上の精霊の頬を指先で擽っていれば鈴のような声がした。
『きゃはは!擽ったーい!』
「………しゃべった!!」
「ここ一番の驚きの顔ですね………えぇ、精霊はみな喋ります。でなければ諜報など出来ないでしょう?」
確かに。
もちもち、ぷにぷにのほっぺを堪能しながら頷けばアーシェのツボに入ったのか肩を震わせている。
ノーチェにも精霊が居るのかと聞くと、月輪と日輪に属する神と基本精霊は持たぬよう。二つの神は千里眼を保有してるそうで……あれ、じゃあ私のスキルってもしかして?
「ねぇ、私のスキルに猫の千里眼ってものがあるの、それノーチェの力?……あれ、でもナオ知らないって言ってたな。」
「恐らく私の力の一端と貴女の魔力が混ざったものかと。ですから“猫の”が着くのでしょう。それと夜の神の加護を得てる貴女は幻覚の類いが一切効きません。」
「………初耳が多いんだけどノーチェ。」
ジト、と見詰めてやると視線がさらに泳ぐ。…説明した気でいたんだな?
幻覚、効かないのか。…ナオにも効かなさそう。
にしても結局千里眼についてはわからぬ事だらけ。地道に解析していくしかないかな。
「笑った笑った…ノーチェが羨ましいものじゃ。傍に居て飽きぬだろう?」
「えぇ、レンは面倒だ面倒だと言いますけど、必ず夜訪ねてくれますし、その日あったことを絶対教えてくれるんです!」
「ほんに愛らしい子じゃのう。うむ、愛い愛い。」
アーシェが席から立って抱き付いてきた。…仄かにぽかぽかして気持ちいい。落ち着く。手の上の精霊はいつの間にか私の頭を陣取って居て頭もぽかぽかする。……あと豊満なお胸に顔がダイブして幸せだ。
ノーチェもアーシェもそのけしからんおっぱいなんなの。女神様って皆そう?
「ノーチェもアーシェも、女神様って見た目色々なの?」
「ノーチェはその姿しか持たぬが、妾達は基本性別など存在せぬ。各々が美しいと思った姿を取ってるだけじゃ。」
そういうとアーシェの姿がボヤけ、美しい女性に変わったり、美丈夫になったりと変化した。……あのけしからんおっぱいが偽物な事に驚きを隠せず勿論固まった。
元の宇宙的な美しい姿になるとやっぱり抱き付いてきて胸に顔が当たる。……いやもう偽物でもいいや。ふわふわすぎる。
「うむ、うむ。愛いの……どれ、妾の庇護もつけてやろうな。」
「………え、」
「加護は既に得てるから庇護しか与えられんが、これを持って居るといい。炎の魔術は苦手であろう?精霊の力を借りれるものじゃ。本当に危機が訪れた時は妾の名を念じよ、壊れてしまうが強力な一手を打てる。
勿論、壊れたらノーチェ伝てで妾を訪ねよ。また譲ろうぞ。」
精霊がネックレスに変化し、紅い宝石は燃え盛る炎の様に輝きが揺らめいている。
なんかレアアイテムを獲得したし庇護も獲得したので思わずノーチェにヘルプを出すと、
「アーシェなら気に入ると思いましたし、貴女の守りが強固になるだけですから貰っておくといいです。
それに、庇護持ちはそれなりに多いですから隠し事の言い訳になるでしょう?」
と返ってきた。
……確かに、火の魔術は苦手だし、良いことではあるけど…え、庇護ってこんなにさらっと受けれるものなの?
「庇護は神が気に入れば与えられます。特に加護持ちは加護を与える神の空間で直に話せるのもあって得られやすいのも事実です……まぁ、精霊を貸すほど気に入るのは珍しいですが。」
「妾も愛し子と呼びたいくらいお主の魂は良い。黒く染まり過ぎず、光輝き過ぎず。人間らしく、それでいて気高い。大半の神は気に掛けるであろうな。
あぁ、勿論夜の所の片割れにも会いに行ったが…あれは水のが既に与えられて居てな、過ぎた力を持つと反発される立場に居るから、と断られてしまったんじゃ。」
しょげるアーシェはその分を私で発散させるのかの如く撫で回してくる。……なるほど、セットで気に入られたしナオには水の神様がついてるのなら心強い。
水の魔術は癒術に近しい。もしかしたら庇護を貰ったことで癒術の力もブーストされてるかもしれないなぁ。
ところでノーチェがさっきから私の子なんですけど、ってばかりの目で見てくる。ヤキモチか。
「アーシェ、レンは私のなんですが!」
「分かっておる。だからこうして補給して居るのだろう。…加護する者と庇護する者、会える機会は多大に違う。
お主は常にやろうと思えばレンの傍に居れるだろうが…妾は土地に根付くもの。精霊王の許しなくこの場を離れられん。
こうして空間に加入できるのもしょっちゅうではない。許せ。」
たまにしか会えないから許せと言われてしまえばノーチェも渋々承諾し、何故か私のポジションはアーシェの膝の上へ。……意味が分からない。
子を愛でる母親か。
「いずれ、妾が接触したのを口実に他の神が接触してくるだろう。特に風の所はこの地のものだけでなく風の神が総じて気にしておるし、風の精霊王も気に掛けておった。
庇護を受ければ守りが強固になるが、その分危険も増える。加護と同じく無闇に広めるでないぞ。」
「分かった。……でもアーシェってこの地に居るんでしょう?ならいっぱい会えるしこのネックレスで繋がってるじゃん。」
「…だがいずれお主は巣立つだろう?」
「でも帰ってくるよ。私の居場所は此処だし、ネックレスにお祈りもするし。…巣立つにしてももう少し先でしょ。だからアーシェの話もまた聞かせてよ。」
神様からすると加護や庇護を与えたものは基本的に囲ってしまいたいらしい。
だが残念な事に私は目的があるから立ち止まらない。囲えない事に嘆くアーシェにそういえば目元を緩ませた。
「愛いの、妾がお主の加護者になりたいくらいにな。…お主の所の片割れは存外冷たかったぞ?」
「レイルはレイルで執着してますから……」
ケラケラと笑うアーシェにつられ、自分もノーチェも表情が緩む。
すると空間がボヤけてきた。…私が向こうへ帰る合図だ。
「……レンよ。」
「何…って、痛った!!!」
「妾の庇護を、守りを与える。…暫くの間眼に現れるが気にするな。直ぐに戻る。」
こつ、と指先で額を突かれた途端バチっ!と衝撃が走って思わず声が出た。…ノーチェごめん、急に大声だして。
悪戯が成功したとばかりに笑うアーシェと怒るノーチェを尻目に、だんだん意識が遠退き、暗転。
こうして新たな庇護を獲得した。
ところでアーシェってば私の何が気に入ったんだろうか。
もう少しで訓練所編突入




