第五十四節 従魔契約3
契約全然してない、あとあの人の血縁登場!!ただしモブ
アンさんがすぐやると言ったら本当にすぐやると理解しつつ、なんでこうなったんだろうと空を見上げ……結界を叩く音から意識を逸らした。
複数の方向からの攻撃は、さっきの御一行のものだったりする。
なんでこうなったかというと………
ほんの少し前。
「じゃ、彼女相手に一撃入れられたら訓練終了。合格とするよ。頑張ってね。」
と、強制的に試合が組まれ、土俵に立たされたのが数分前。
勿論悶着はあった。
「あ?こんな小娘相手に複数人なんて居るのかよ?」
「しかも彼女魔術師でしょう?……近接戦って幾らなんでも…」
反応は二パターン。
一つは完全に此方をなめてる者。…問題児は此方の方だろうな。口の聞き方もなってないし。
もう一つは此方を案ずるもの。魔術師は接近戦……しかも単独で複数相手を苦手とするのを分かってて心配してくれる人達。フロウを下げてるから余計不安そうにしてる。
「構わないよ。というか、複数人居ないとそもそも君らじゃ近付く事もできないだろうからね。…レンもいいね?対人戦は初めてだろうけど、普段通り……は、流石にやり過ぎるから、半分くらいの実力で。」
「分かった。頑張る。」
わざわざ対人戦がはじめてだってバラす理由があったのかはさておき、期待には応えなくては。
……っていうかね?アンさんってば私のこと過大評価し過ぎじゃない?五人くらいと相手しろと?倒されないかな……
ほら、彼らも訝しんで……
「なんだ楽勝じゃねぇか!こんな嬢ちゃんに相手させるなんてギルドも大した事ないんだなぁ!!」
訝しんで………
「嬢ちゃんにはわりぃがこれも訓練だしなぁ……教官様を恨むんだな!それに実践演習だからあらぬところが破けても許してくれよ?」
訝しむどころか乗り気の馬鹿だ……!!
人間、獣人問わず不躾な視線が注がれる。……主に胸部に。
珍しいもんね、獣人が胸あるの。速く動く上で邪魔だかららしいけど、私肉弾戦得意な種族じゃないからね…!!
あまりの馬鹿さ加減に最早絶句。……え?これをギルドに入れるの……?治安も依頼人との関係も絶対悪くなるでしょ…?
アンさんとヴェセルに本気か…?って視線を送れば、深く頷かれた。……そりゃギルドも拒むわけだ。いくら人手が欲しくともこんな馬鹿は必要ないし、金があるのを後ろ楯にするくらいしか出来ない無能なのだろう…なんでギルドに入りたがってるかは知らないけど、是非とも別の道を探してもらおう。
大丈夫、世の中には金があればそれ以外はどうでもいいってお嬢様方も居るって…!一人二人くらいは……!!
「おー、おー、ビビって声も出せねぇか?なんならそこの狐も出していいぜ?」
「いや別に。馬鹿だなぁって思ってた。」
さっきから威勢がいい馬鹿一号含め、向こう側が固まった気がした。……しまった、うっかり本音が…
あ、こら、フロウ!小馬鹿にした顔を向けるんじゃありません!馬鹿だけど!
あちらは大剣やら双剣やら……圧倒的に体格差で此方が負けてるし、向こう側は完全武装だ。一目でいいものが使われてるのが分かるけど…身に纏ってる奴が馬鹿過ぎて防具が哀れに思えてくる。っていうか、戦争でもないんだからそんなに鎧纏っても仕方ないでしょ…アンさんだって必要最低限の防具だぞ、見習ってほしい。
外野もざわざわしてるけど…あの馬鹿どもよりましかな。格好もそうだけど、あくまで訓練っていうのが分かってるからか、好奇の視線もあるけど、真剣に学ぼうとしてる者の視線もちらほら感じる。…誰かは分からないけどね。
「こ、この餓鬼……!!」
「どうでもいいけど、早く始めよう。私予定があるから。」
軽く身体を解してアンさんを見る。このあとペイルウィングとリュエールとの戦闘があることを考えると…あんまり魔力は使わない方がいいか。初級程度にしておこう。
……あれかな、あんまり無詠唱なのもバレないほうがいいかな…じゃあ結界張りつつ様子見が無難か……?
「そうだね、じゃあ……どちらかが戦闘不能になるまで、始め!」
「行くぞお前ら!!!喉を潰せ!!」
一気に囲まれ、距離を詰められる。…魔術師との戦闘において、最も簡単な攻略は喉を潰すこと。詠唱出来なければ魔術使えないからねぇ……ま、私無詠唱なんだけど。
凪ぎ払うような剣も纏めて結界を張って防いで、のんびりと腕を組んで空を見た。
___なんて事があって、現在進行形で結界を叩かれてるんだけど……え?温くない?アルトゥールとか一撃で壊してくるんだけど、拳で。
「くっそ……!!割れねぇ…!!」
「金属と結界がぶつかる音って案外煩いんだなぁ……初めて知った。」
「ちっ…!!クソ餓鬼が…!!従魔術師のくせになんで結界も使えんだよ…!!!」
煽った訳ではないけど、ついぽろっと溢れた言葉に一人が反応する……あれだ、睨んできた人だ。
殺気をガンガン飛ばしてくるのを無視して、立ち方を直す。なんでと言われても適性あったからなんだけどなぁ。
「適性あったから…?」
「チッ…!!!」
馬鹿正直に伝えたら殺気が増した。解せぬ。
……っていうかそろそろ喧しいな。どうやって倒そうかなぁ…何となくだけど、本気で張ってもない結界にヒビすら入らない時点で実力はある程度分かる。本気で張るなら何重にも張るんだけど……アルトゥールもアヴィリオも、全部壊してくるんだから意味がわからない。実力ありすぎなのか、今目の前に居る彼らが弱すぎなのか……後者だろうなぁ。
「レン、時間が勿体無いから伸していいよ。……あぁ、土系統の魔術は止めておきな、従魔がやった、とか余計な言い訳されるからね。」
「随分硬い結界っていうのもあるが…難儀だねぇ…その武具達をヒビ一つ入らないとは。…やっぱり宝の持ち腐れか!」
信用0、期待0。……なんか、こっちが悪いことしてるみたいな気分…外野もアンさん達を思いっきり見てる。本当に心をぽっきりやる気なんだろうなぁ……言葉に棘しかないもん。フロウも笑うんじゃありません。
というかね、煽るから向こうも自棄になったのか……無闇に剣を振り回してるから仲間内で怪我が起こってる。馬鹿だ。救いようのない馬鹿だ…!!
「っ…!!テメェ!俺に向けてどうすんだ!ちゃんと狙え!」
「お前が邪魔なんだよ!!」
十歩くらい距離を空けたところで起こる怒鳴り合い。一番最初に煽ってきた馬鹿からどんどん広がり……ついには掴み合いに発展し出した。馬鹿も休み休みやってほしいんだけど…
組手の意味がないと溜め息をついて、結界を解除する。こんなのにずっと魔力消費する必要もないし。
「クソ餓鬼が…!!テメエも教会のジジイもくたばれ……!!」
解除した途端、睨んできた男が一目散に剣を振りかぶってきた。……っていうかね?
聞き捨てならないことが聞こえたんだけどなぁ…?
◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、教会のジジイって神父様の事?」
「ぐっ…!」
思わぬ再会を少し前に果たし、数年前よりも断然強さを増した少女を眺める。
馬鹿の相手を押し付けた自覚はあるけど……なにが琴線に触れたのか、斬りかかってきた男の武器を捻り落とし、水の魔術で拘束してる。…水辺がそれなりに近くにあるとはいえ、器用だなあの子。詠唱も聞こえなかった。素早く、確実な魔術を既にものにしてるのか。
「神父様がくたばれなんて言われる筋合いなんて無いんだけど……そもそも貴方達やる気ある?」
不思議な色合いの瞳が鋭く細まれば、騒いでた馬鹿達も多少は静かになる。……ああ、さっきのくたばれ発言が地雷か。
レンが拘束してる男は、従魔術を一応使える。……といってもスライム程度しか従魔に出来ないほどの実力だし、魔術の腕を磨けばもう少しまともに扱えただろうけど……残念ながら彼はその努力をしなかった。
しかも他の魔術も剣術の腕も大した事はなく…貴族間ではそこそこ強いのかもしれないが、うちのギルドなら底辺も底辺。まぁ、新米なら許される程度の実力だ。…その現実に打ちのめされたのかなんなのか知らないけれど、彼は何かと家を楯にするようになった。
この遠征に来たときも、テントを自力で張るのさえ嫌がり、実家を楯に免除を願い出てきたので他の班のも手伝わせた。
うちのギルドに家を楯にするしかない愚か者など要らない。
この遠征中、彼にも彼以外の者にも嫌になるほど教え込んだが……まぁ、聞き入れない奴等も勿論居る。
それがレンと組手をしてる相手…なのだけど、妙にずっと敵視してるんだよね。
「っ……クソ…!!動けねぇ…!!」
「動けないようにしたからね。貴方はあとで聞くからいいや。…で?他の貴方達は?やる気ないならなんでギルドに入ったの?己の攻撃範囲、仲間の射程、その他諸々……調和を乱す人は実際討伐依頼とか生き残れないと思うけど。死にたいなら別に止めはしないけどね。」
あの子も中々に辛辣だと思う。未だ子供の範囲から脱しない子に、さも当然とばかりに言われてしまえば……ほら、誰も口を開けない。
唯一隣のヴェセルが楽しそうにしてるけど…訓練生から見たら異常に見えたんだろう。見物人の大半の顔が引き攣ってる。……あの子がヤバイやつと思われるのは流石に申し訳ないから、フォローくらいしてあげようかな。
「彼女の言ってる事は本当だよ。ギルドの仕事はランクが低かろうが命の危険を伴うものだってある、寧ろわざわざ口にしてくれた彼女に感謝した方がいいよ……ギルドの他の連中は、それが当然だから誰も教えてはくれないからね。」
「そりゃそうさ!アタシらはそれを承知で依頼を受けてるし、ギルドに所属してるからね……それが嫌なら冒険者ギルドに入るのなんて止めちまいな、命を無駄に捨てに行くだけだしアタシらも時間が勿体無いからねぇ。」
「そ、そんな……俺は楽な仕事って聞いて……」
「お、俺も…新しく出来るギルドよりこっちの方が楽だって……」
どこの馬鹿だそんな事言った奴……確かに新しく出来る貴族専門のギルドは、主な依頼が護衛の予定だからうちで扱ってる討伐依頼より難しいには難しいけど…
ギャラリーも戦ってた連中も戦意喪失。確実に使い物にならないな……いや、何人かは使えそうなのがいるか。
勝負はついた。止めよう…としたら、未だレンが男の拘束を解いてないことに気付いた。その男も最初の威勢は既にない。
「で?貴方は?私理由を聞いてるのだけど。……まさか、彼ら程度の理由で神父様を愚弄したわけじゃないよね…?」
「ひッ……!!」
おっと、お怒りは継続中か。下手に手を出すのは止めておこう……猫は世話をしてくれた人にとびきり懐くものだし、子猫の爪とて痛いものは痛い。
彼女の沸点は神父……いや、身内認定したもの、かな?数年前もアヴィ達の事で怒ったって聞いてるし。
「応えて。貴方が弱いのはよぉく分かった、腕も頭も足りてないもの……だから理由だけ聞いてるの。くたばれ、なんて言われる筋合いのない神父様を愚弄した理由を。」
「っ……あの神父とお前のせいで!!叔父と叔母は処罰されたんだ!!忘れたとは言わせねぇぞ!!!」
「………あぁ、アレの血縁か……ねぇ、アンさん、組手って続行中?」
「ん?………あぁ、誰も戦闘不能になってないからね。」
「ん。あと怪我はどれくらいさせても平気?」
「そうだね…骨折ったりとかは面倒な事になるから止めてくれると助かる。薬も勿体ないし。…お前達は戦闘不能扱いしてあげるから下がってた方がいい。巻き添えくらうぞ。」
レンのやろうとしてる事が分かり、拘束してる男以外を下げさせる。……あの子、しっかり神父と似た思考になってると思うんだよね。
でも、その考えには同意できる。
言葉の通じない馬鹿の躾は痛みが手っ取り早い。
次回、レンちゃんの殴打再び




