第五十一節 魔術師の過去
全然訓練してない
腕を見てもらって、訓練再開。
アルトゥールの拳や蹴りは、アニメや漫画のように、速すぎる訳ではないけれど、一撃一撃が重すぎて本気で畳み掛けられたら秒で潰れてしまう…だから、私が出来るのはかわすことだけ。
アルトゥールが全身の魔力を身体強化にだけ回してるのに対して、私はそれに加えて痛覚麻痺も掛けてるから魔力の消費が激しい。……自己治癒?そんな高度な魔術使えるわけないでしょ!ただでさえ治癒魔術苦手なんだから!
「いい調子です!万全の状態も三十分は持つようになりましたね!」
「毎日時間伸ばされたら…ね!」
間一髪のところで拳をかわして、縱拳を入れるもいなされる。アルトゥールに一撃入れたことはない。というか、普通に不可能だ。今ですら手加減されてるのに。
当初と比べれば随分動けるようになったとはいえ…そもそも私は獣人の中でも鈍い方。それが漸く人並み程度に揃ってきただけなのだ。
というか、獣人並みに動けるエルフってなに。エルフって獣人を野蛮って思う人も居るんじゃなかったの…?
しかもアルトゥールは加護持ちじゃないというのだから、チートキャラだと思う…私の魔力だって、ノーチェの底上げがあるから、魔力枯渇を気にせずガンガン使えるだけで…それを素で越してくるのがそもそもおかしい。努力するにしたって限度ってものがあるでしょ……
「ふぅ……休憩にしましょうか。今日はリムネルと合流して従魔術の訓練をする予定ですので。」
「分かった。……ぅぐ…麻痺を切るとやっぱり少し感覚戻ってくるなぁ……痺れるし痛い。まだまだだなぁ…」
「当たり前だ。兄貴の拳はそこらの闘士なんかよりずっとずっと重いだろうからな。……ただ、痛覚麻痺も充分高度な魔術だ。普通の麻痺と違って痛覚だけを遮断できるやつなんて早々いない…あー…だから…お前は元の世界の知識があったから、なんて言うが、実際成し得る為に努力したお前が凄いんだよ。」
「唐突なデレ。何事?」
アルトゥールに治癒を掛けて貰いながら、少し離れて座ってるアヴィリオを見詰める。茶化しても…なにか言いたげにしてるのでお口をチャック。
ちょっとだけ、照れたような、でも困ったような顔をしてる。
「あー……なんていうか、お前は凄い奴なんだ。あんまり卑下し過ぎんな。」
「あぁ…ほら、以前伺いましたけど、貴女は元の世界の国の特性上、己を下に下げがちですからね。貴女の世界は狭い。比較対象が私達しか居ないから、余計にそう思うのでしょうけど…本当にそんなことないんですからね。」
もごもごと告げたアヴィリオの言葉をアルトゥールが簡単に翻訳してくれた。…なるほど、アヴィリオ並みの励ましだったのか。
うーん、でももっと凄い二人に言われても……あ、こういうのが良くないのか。
「ん、分かった。気を付ける…ふふ、アヴィリオってば心配性だよね?神父様もだけど!」
「私は幾人もの弟子が旅立つのを見送ってきましたが…アヴィリオにとっては初めてなんですから多目に見てあげてください。
アヴィリオも、子供とは巣立つものなのですから過保護も程々に。」
「過保護じゃない!!」
声を荒げるわりに、瞳は穏やかなのがアヴィリオ。面倒見がいいというか、本当に懐へと入れたものへの寛大さは素直にかっこいいと思う。…まぁ、それも伝えると、照れてツンデレを発揮してしまうので伝えないけど。
「さて、腕の具合はいかがです?」
「問題ないよ、元々痺れもそこまで強くなかったし…何年も受けてきたからかな、耐性と自己治癒じゃないけど、回復するのが早くなってきた…気がする。あと何でかちょっとだけ魔力減ってるような…?」
「おや、いい兆候ですね。自己治癒の魔術程ではありませんが、どうやら自然と魔力を怪我へと循環させて、回復力を底上げしてるようですね。この調子ならば早ければ今月中には習得できるのでは?」
「おぉ……!そしたらアルトゥールみたいに肉弾戦も出来る魔術師になれるかな?いざってときにナオを守りたいし、戦力はあるに越したことはないよね?ね?」
どうやら何年も攻撃を受けてたからか、勝手に傷を庇うように魔力が動いてたらしい。
些細な変化も報告するよう言われてたのを守ってて良かった…自己治癒が可能になったら戦闘の幅は勿論、色々便利になる。
この世界には絆創膏はない。その代わりに様々な魔術や薬が発達し、瞬時に治せたり、化膿するのとかを気にすることはない。ただ傷をなにもせずに放置しておくと病に掛かる、というのは世界共通だった。衛生管理大事。
ともかく、これで些細な傷はすぐ治せるし、聞く話だと火傷とかの傷も問題なく治せるそう。…実際、どこまで治せるのか、とかの境目はよくわかってないけど…やっぱり基準になるのがスキルレベル。それから経験なんだそう。
己の師匠に詰め寄って聞いてみるも、どうどうとあやされ、苦笑された。
「落ち着いてください。…私のように、は少々難しいでしょう。私は格闘系のスキルも一時期鍛えてましたから。……ですが、無理ではありませんよ。…無理ではありませんが……そうですね、宮廷魔術師、としての立場から言うなら格闘系のスキルを持つことは賛成です。喉を潰されても無能ではない、主を守る盾になれますからね。
…ただ、貴女の師、エルフのアルトゥールとして言うなら、おすすめはしません。
格闘系のスキルは体力の消耗が激しく、身体への負担が大きい。勿論、相性どうのという話もありますが…本来であれば、獣人と格闘スキルは相性がいい。優れた身体能力を持っていますからね、言ってしまえば地盤が出来上がってる状態。
けれど貴女は黒猫族、高い魔力を保有する代わりにその地盤がない。そうなると身体への負担があまりにも大きすぎる。……まぁ、簡単な話、よく
発熱や頭痛で寝込んでる姿を見てるので心配なだけなんですけどね。」
「俺もあんまり進められない。魔術だけでなく格闘スキルを伸ばそうとすれば、必ずどちらかは訓練の時間が減るし、満遍なく伸ばそうとして器用貧乏になりがちだ。あとは…もう禁止されたが、敵陣に放り込ませて自爆、とか一時期あったし、前線で殴られながら無理矢理魔術を連発させられるとかもあったな。」
さらりと言われた事に思いっきり眉が寄った。
なんだその人命とか無視した特攻は。確かに魔術師は高火力を誇るから、敵陣に送り込んで一気に崩す、というのは合理的だ。…術師の命さえ省みなければ。
今は無くなったらしいけど……一体何人の魔術師が犠牲になったんだろう。
「大丈夫です。今は世界共通で禁止事項とされてますし、それを術師に強制したパーティや個人、或いは領主等は厳しく罰せられますし、その際にはエルフの魔術道具を使うため偽ることも出来ません。…まぁ、本当に今はないんですよ?最後に裁かれたのも数百年前と長老に聞きましたし…戦争もなく、だいぶ世界は安定してるそうです。」
宥めるように置かれたアルトゥールの掌。ちょっと複雑そうな顔をしてる辺り、やっぱり一人の魔術師として思うところがあるのだろう。アヴィリオの顔も険しい。
「あら、何全員で暗い顔してるのよ。全然来ないから迎えに来たわよ!」
「あ、リムネル。フロウも。二人ともお疲れ様…ん、アルトゥールから魔術師について聞いてた。昔は酷い扱いだったんだね。」
いつの間に近付いてたのか、見覚えしかない巨体にやや押し潰されながらリムネルに応える。…おもいおもい、首が凝る…
酷い扱いだった、ってことにやっぱり思い当たる節があるのか、納得した顔を見せては補足を教えてくれた。
「確かにそうねぇ…でも、戦争の始まる前の時代では立場が逆だったから、自業自得の節もあるのよね。まだ研究とか魔術の発達が全然してなかった時代…水を生み、植物を育て、魔物…魔獣とさえ意思疏通を交わせる。今は平民にだって多くの魔力を持ってるけど…昔は貴族に魔術師が多かったのもあって、一般人は虐げられてたの。
魔術師の機嫌を取るために自分を、或いは妻や娘を、なんてことは当たり前だったし、金品もそうね。もっと悪どい人なんかに捕まると一生奴隷みたいな生活を送ることになるとかなんとか……」
「だから戦争の時には真っ先に?」
「自分の領地を守るのも貴族の仕事の一つだもの。…まぁ、そのときには平民も貴族も関係なく扱われたでしょうけど。」
なるほど。異世界もなんだか大変なんだなぁ……戦争が起きないのが一番だ。…起きたら、ナオも徴兵されるのかな、…いや、王様とかが直々に出てくる必要はないのか。
となると、きっと私は徴兵されるだろう。魔力はあるし、黒猫族ってだけで呼ばれそうだし。……うん、戦争がない時代に呼ばれて良かった。
また別の作品を作ろうかと考えてるゴリラ、次もファンタジーの予感




