第四十六話 戯れ
そろそろ本題へ向かって行進
ふわ、と優しい匂いがして目が覚めた。
くどくない程に甘く、それでいて穏やかな香り。…この匂いは知ってる。リムネルが淹れてくれた紅茶の匂いに似てる。
「おや、お目覚めですか?」
「アルトゥールさん……それって、甘露花ですか…?」
「アルトゥールで構いませんよ。敬語も不要です。私はどうも、この話し方が落ち着きますが…私は既に貴女を認めたのですから、年齢など関係なくいいんです。…えぇ、ご存知でしたか。エルフの里ではよくこの花で紅茶を淹れるんです、ハーブティーみたいな香りでしょう?」
ソファから降りようとしたら止められ、カップを持って此方に来たアルトゥール。
常時敬語の方がいいかと思ったんだけど…成る程、認めてもらった後はいいのか。…いや、アルトゥール限定かもしれないけど。
カップの中を見せてもらうと、澄んだ紅茶の中に真っ赤な花弁が三枚浮いていた。
「メスリの花です。強い鎮痛成分があるんですよ。…麻痺が解け掛けてる今、カップを持つのも辛いでしょう…飲めますか?」
アルトゥール自ら飲ませてくれるらしい。至れり尽くせり。
素直に好意を受け取って、ちびちびと紅茶を飲む。…ふわふわ、口の中で花が咲くみたいにいい匂いが広がって、気分が落ち着いてくる。
申し訳ないと思いながら見上げれば、穏やかな顔をしていた。……そんなに見つめられると照れる…
「あぁ、すみません……つい。エルフは長寿の一族ですから、年寄り臭くなってしまうんです…子供は皆、素直で愛らしい。ついつい世話を焼きたくなってしまうんですよね。」
「エルフは皆長生き?」
「ええ。容姿がさほど他の種族に比べ美麗な者が多いのと、現時点では最も不老不死に近い種族でしょう。平均寿命は1000歳を越えますし…ああ、私もこう見えても300歳なんですよ?アヴィリオやリムネルとは100以上年が離れてます。
ただ、長寿ゆえに獣人達のように研究熱心ではないので、いずれ不老不死に近いのは獣人だと言われる日も来るでしょう。」
300歳、と言われてガン見した私は悪くない。そしてアヴィリオとリムネルもそれくらいだと知ってびっくりした。
老いるのが遅いから、人間でいう30くらい…?いやもっと若そうだけど、大体そのくらいだろう。
アルトゥールが言ったように、不老不死の研究が一番熱心なのは、この世界で獣人らしい。
ノーチェが言ったことだから間違いない筈。…何でも今はアルビノの蛇の獣人が筆頭らしい……蛇の獣人と言っていいのか分からないけど、その呼び方でいこう。
アルビノは日光に弱い。だから地下に籠って研究をし続けてるらしいけど……研究職は職人並みのプライドと熱があるのを知ってるので頑張ってほしい。私とナオのために。
「ああ、よかった。起きたんだねレン。」
「ん、おはぁよナオ。…ごめんね、心配かけて、…あと、ありがとう。」
戻ってきたナオにちゃんと素直に言えば、めちゃくちゃ分かりやすく動揺された。解せぬ。
それから僅かな間をおいていつも通りになったので…レイルに何か言われたのかもしれない。ノーチェとレイルはあれ以来よく話してるらしいし。
「ふふ……成る程ね。お説教されたんだ?女神様に。」
「おや、随分と優しい女神様なのですね。」
「んぐ……しっかりお説教された…自分を大切にしなさいって…」
「貴女は確か…ノーチェ様の加護持ちでしたか。エルフは信仰深い一面もありますから、少々……いえ、だいぶ羨ましいですね。夜の神々は慈悲深いと聞きますし、心から心配してくださっているのでしょう。」
ぽす、と乗せられた手は意外と大きくて、でも丁寧に撫でてくれる。中々に上手に撫でてくれてる。幸せ。
アヴィリオに似ている撫で方のようで、でも神父様みたいに温かい。
なんかこう……先生に褒められてるみたいな気分になる。
「……アルトゥール。」
「これは失礼。…つい、撫でたくなると言いますか。小動物を愛でてる心地になるんですよ。…レーヴェディアの気持ちが少しは分かります。少しは、ね。」
「それは確かにね。この子、いつまでも仕草が小動物っぽいんだ。手を出すと顎乗せてきたりとか。」
犬か何かの扱いをされてる気がして不服。アピールしてみたけど……気付いたら手に顎乗せてた。習慣って不思議。
アルトゥールは肩を震わせて、でも器用に紅茶は溢さないようにしてる。器用で凄いけど、笑い飛ばしてくれた方が恥ずかしくないので笑い飛ばしてほしい。
「む、ぅ………そういえば、神父様達は?」
「彼らは別室だよ。保護者として大事なお話の真っ最中。君の将来に関わるね。……ねぇ、レン。」
「んー?」
ぽす、と空いてる場所に腰を下ろしたナオ。何だかもじもじしてるので、そのまま背中に引っ付いた。なんだなんだ、隠し事かな?
アルトゥールの微笑ましげな顔はスルー、そろそろ見慣れてきそう。
困ったような、何かを躊躇ってるような顔をするので、頬を突いて催促してみる。ずっと近くに居るとナオがどういう心境なのかは分かるときがある。えへん。
「…君は、きっと多少嫌がると分かってるんだけど………僕の傍に居る資格を、最速で取れるって言ったら…我慢できる?僕を信じてくれる?」
「信じるよ?冒険者になりたくはあったけど、君が望むならなんだってするよ?君を信じるのなんて息をするのと同義でしょ?」
何を今更。私にとっての最優先はナオなので、信じろ、と言われずとも信じてる。
信じた先が間違いなら、正すだけ。愛してるからこそ、信用し、信頼し、時にはお互いの意見をぶつけたり。…他人だもの、合わないことだってある。それでも否定はしない。多方面の意見って大事だし。
「……好きだなぁ。」
「んへへ、知ってるぅ!」
「これはこれは…なんともまた。殿下の緩む顔など、陛下が羨むことでしょうね。」
「アルトゥール、父上達を呼んできて…レンの了承は得た。詳細は……うん、集まってから話そっか。………ちょっとだけ、見逃して。お願い。」
お腹にぽすん、と頭を乗せて、好きという言葉に応えて居れば、アルトゥールに撫で、そのまま静かに退出するのが見えた。
なんか、久し振りに二人きりになれた気がする。
「ほんと、可愛いなぁ……愛しい。」
「知ってる、ナオ限定で、可愛くて、愛らしくて、賢いレンちゃんだもん。…いっぱい愛でて!」
「あ、やったな!」
お腹を捲って、ブー!と息を吹き込んだ。赤ちゃんにやるアレだ。キャッキャと狭いソファであんまり手を着いたりしないようにしながら、戯れる。
けらけらと二人で笑って、尻尾同士を擽って、頬を擦り付けて……まるで兄妹のような遊びを繰り返す。
甘ったるい二人の時間も好きだけど、こうして遊ぶのも大好き。
前世の彼は長男だし、私は末っ子だった。
好きな人には我が儘で、甘えたがりで、寂しがりな末娘。
女の子なんてそんなもん、とは分かっては居ても……やっぱり好きな人にはカッコいいところも見せたいんだけど…ナオはドジだという。
何にもないところで躓くのは、ちょーっと足元疎かにしてただけだもん。ドジではない。ほんと。
「ふふ、レンちゃんは器の影響受けてもレンちゃんのままだねぇ…ドジで愛らしいまま。むしろ幼くなって悪化してる?」
「ドジじゃない!たまたま!…ナオは、お上品になって狡いぞぅ!」
「父上と母上のお陰だね…王族らしく、紳士に、優雅に…あんまり本人達には言えないけど、僕の自慢の両親。かっこよくて、聡明で……いいでしょ?」
「神父様も格好いいもん!ロマンスグレーだもん!…えへへ、なんかね、神父様はパパっていうよりお父様って感じがするの。もしくはお祖父様。本当のお母さんもお父さんも今は居ないけど…いつかね?写真を神父様と一緒に見て、産んでくれてありがとうってするの。
こんなに皆に愛されてて、大切にされてるのって報告して……大切な家族なんだよって伝えてあげるの。幸せだねぇ。」
「幸せだねぇ。…産んでくれなかったら、僕達は会えなかったし……ちょっと恥ずかしいけど、いつか二人で、皆にありがとうって言おうね。」
「そうするー!」
ちょっとだけ、真面目な話をして……またキャッキャと遊びだしたら静かに扉が開いた。
何事かと二人で扉の方を見たら………なんか、色々凄い。
天を仰ぐレーヴェディア……は、いつも通りだからいいや。
アルトゥールとアヴィリオは微笑ましげにしてる。アヴィリオはいじめっ子感が抜けてる時に並ぶと、本当にアルトゥールに似てるなぁ。
リムネルと王妃様は頬を軽く染めて嬉しそうにしてる。仲良く手を取り合って喜んでるあたり女同士に見えて来るのがなんか不思議。
あと、姫様と…ナオのお兄さんかな?その二人は嬉しそうな、でもなんだか複雑そうな顔をしてる。特にお兄さんの方は。すっかり耳も尻尾もしょげている。
んで、問題は此方だ。
「っ………」
「そう……かぁ…!」
男泣きをしてる大人二人。王様と神父様。
もしかして、聞こえてたのかもしれない。感涙なのか?袖がびっちょり……特に王様の服は生地が色を変えていく。お高そう。
ガッ!と二人で泣きながら手を取り合ってる様は……暑苦しいことこの上ない。神父様は冷静沈着、どちらかと言えばあんまり感情を激しく出したりしないと思ってたんだけど……うーん、新たな一面を見た気がする……
それに、聞かれたのが嬉しいような。恥ずかしいような。
困ったね、とちょっと照れてるナオに笑い返して、小指を繋いで席を立った。
皆も、入り口に屯してたら邪魔になっちゃうよ。
両親にありがとうを伝える機会がある人は是非伝えよう、好きな人と出逢えた人は特に




