第四十三話 限度は大事
仕事が休みにならないと全然書けない日々。休みくれ
「一体、何回言ったら自分の体大切にしてくれるんですかねぇ?」
「大切にしてる。問題ない。」
問答無用で拉致され、この間と似たような場所…応接間らしき場所に連れてこられればソファに下ろされ、両手を水が入ったタライの中で丁寧に洗われた。…というか、現在進行形で洗われている。
紅くなっていくのは見ないフリをしてそっぽを向けば、あからさまにジト目で見上げられる。……無理はしてないんだから許してくれたっていいと思う。
「痛がらないって事は…リムネルに麻痺でも掛けて貰ったんだな?」
「………………ちょっとだけだもん。」
ヒリヒリとは多少感覚がある手を逃がすように僅かに引いてみても、すぐに戻される。ちらりと視線を向ければ、眉を寄せたレーヴェディアが。
何回か水を変えているが…それでも紅さが抜けないのがレーヴェディアの顔を険しいものにさせている原因だろう。
「お嬢、痛みっていうのは一種の危険信号なんだ。命に関わるから痛みや違和感として体が反応する。……それを無くしてしまえば、気付かないうちに手遅れ、なんてこともありえるんだぞ。」
「それは知ってる。…知ってるからこそ、ちゃんと加減した。このぐらいの出血じゃ死なない。」
キリッと表情を引き締めて伝えてみるも、呆れたような顔をされ、額を弾かれた。……痛くはないけど衝撃は来るんですが…
「死ななくとも、暫く両手は使えないぞ。」
「薬で治せるのに?」
「あのな……薬で治せるから無茶をしても大丈夫って発想がまずいんだ。王妃様が治癒に長け、この国が比較的安全な国だからその発想でも押し通せるが……冒険者となればそうはいかない。戦闘の途中、あるいは不測の事態に薬のストックが無くて死んだ奴だって居る。
それから、色んな人に心配掛けるぞ。……殿下は怒ってると思うしな。」
「…………それはまずい。」
ナオが怒ってるというのが非っ常にまずい。普段怒らない人が怒ると怖いでしょ?そこに『美人が怒ると怖い』も追加される。………大変恐ろしい。
素直に戦いたのに対してか、更にレーヴェディアが呆れた顔をする。
怪我をすると確かに痛いし、不便になる。でも麻痺してればあんまり障害ではない。
痛覚がないからこそ無理をしてはいけない。治るまで絶対安静だ。……それだけの事なのである。それよりもナオが怒ってる方が圧倒的にまずい。…何がまずいって、私が言うこと聞く方法を知っているからまずい。
「………レーヴェディア、庇って。」
「は……?……いや、駄目だ。自己責任だ。」
「だって!このままだと問答無用で嫁にされる!目立つの嫌なの分かっててやる!!ナオなら絶対!!」
彼はしかも王子なのだ。王様と王妃様も好意的だし……行動にしかねない。これは本気だ。
レーヴェディアにも本気具合が伝わったのか…あるいは日頃見てるからこそ、やりかねないと分かったのか、神妙な顔をして頷いた。
ナオへの理解があって嬉しい。…複雑でもあるけれど。
そんな馬鹿げてる―――本人達は至って本気―――話をしながら、くるくると水気を拭った手にガーゼと包帯が巻かれていく。…丁度指の根元の骨辺りが殴った反動で剥けてた…いや、抉れてたらしく、パッと見るとボクサーのような巻かれ方をしている。
「薬で治せるには治せるが……年齢が規定以下だから腹部同様ゆっくりとしか治せないぞ。」
「年齢規定とかあったんだ。」
「ああ。未発達過ぎると損傷部位に異常を起こす場合もあるし…痕が残る。自然治癒能力を薬で上げつつ、ちょっとずつ怪我を修復してく方がいい。日常生活程度なら問題ないが……力を入れるような事は控えるんだぞ。」
「ん、分かった。」
説明にはいい子のお返事を返しながら、改めて手元を見る。…随分処置に手慣れてるけど…レーヴェディアもよく怪我をしていたのだろうか?
そんなことを考えて居ればノックが一つ。返事を待たず開いた扉の先には……王妃様と、王様に似た、けれど瞳は王妃様のような蒼い瞳の女の子が居た。
女の子は私より確実に歳上だろう。身長差が物語っている。言っておくがチビではない…そう思いたい。
「具合はいかが?派手に殴打を繰り返して居たでしょう?」
「たった今、応急処置を終えたところです。擦り切れてる、どころか、肉が抉れる程殴る側が負傷を負ってましたよ。痛覚があったならば常人なら泣き叫ぶ痛みかと。」
「まぁ……!」
流石に話を盛ってるだろう。泣き叫ぶくらいの痛みだったら分かるし……確実に話を盛ったレーヴェディアを睨むも、王妃様にぺちんと額を抑えられた。……もしかしなくとも王妃様からもお説教では…?
「駄目じゃない。怪我をするまで殴っては。」
「母様、そもそも人を殴る事を諭すべきでは?」
めっ、と眉を吊り上げた王妃様に対して、間髪いれずに呆れたように声が続く。…母様ってことは、ナオの妹君だろう……兄と妹が居るとは聞いていたし。
レーヴェディアも妹君の言葉に頷いてる。
「報復をするのは仕方ないし、止めなかった私達も同類だもの。それに言っても聞かないから、怪我をしたら嗜めてほしいってナオから言われてるもの。」
「……ナオが言うってことはほんとなのでしょうね…ああ、ごめんなさい。楽にしてていいのよ。母様達から話は聞いてるし、私も見ていたから。」
ふわりとドレスを揺らして、ナオの妹君…それも美少女が近寄ってきた。眼福である。
というか、此方に生まれてから美形しか見てない気がするんだけど…ああ、殴った男は別だよ?息子の方はそれなりに綺麗な顔だとは思うけど。
美形が生まれやすい世界なのかな。妄想が滾りそうだ。色んな意味で。
「初めまして。私はユア。ナオの一つしたの妹であり、この国の第一王女。……気軽にユアお姉ちゃんなんて呼んでくれたら嬉しいわ!私ずっと貴女に会うのを楽しみにしてたの!」
「うぇっ…?!」
淑女らしい挨拶に和んでる暇もなく、年頃らしく可憐なお姫様は此方に抱き付いてきた。…抱き止める為に両手を出したら横からビシバシ強い視線が飛んでくる。……今のは不可抗力。私悪くない。
「ひーめーさーまー?レンは怪我をしてるのですよ!自重ください!!」
「あ!そうだったわ…!ごめんなさいね?私ったら妹が出来るのが嬉しくてつい…」
鋭い視線を飛ばしていたのは私にではなく、この子へだった模様。しょげ、と垂れ下がった耳も尻尾も愛らしかった。
口振りからして、やっぱりレーヴェディアは王族の皆と仲良さそう。…普通は家臣にあんなこと言われたら怒るだろう。多分。
「大丈夫、ですよ?痛くないです。」
「駄目よ。それは麻痺で感覚が無いだけでしょう?自分を大切にしなきゃ。…早く治るといいわね。」
慈しむように両手で片手を取られ、王女様は私の隣に座った。……どんどん王族と知り合いになっていく。目立ちたくないのに結果的に目立ってる……ナオの影響か…
「そういえば、レーヴェディアは護衛を離れて良かったの?」
「ああ、向こうにはジジイも居るし…何より陛下の命令だからな。あの場から遠ざけること、これ以上好奇の視線に晒されるのが良くないと判断されたんだろう。…なんてったってあの毒牙の娘だからな。
元老院側は明日は我が身、後ろめたい事がある奴等もそりゃあビビる。…その小さな体で、拳を振るうことも厭わず、ただ正論で捩じ伏せる。……普通は怖いだろうな。…俺達からしたら可愛い仔猫に過ぎないけど。」
気遣うように加えられた一言に内心で溜め息を溢す。冷静に考えてみれば、確かに異様だ。
前世でさえ、殴りたいと思っても手を出したことは一度もない。……怖いのだ、傷付けることも、傷付くことも。
なのに、今は違う。
元々確かに身内判定した者以外は興味ない節はあった。……それが以前よりも強く…云わば一種の独占欲や執着に似たものになってる。
自分が、身内が、貶され、喧嘩を売られたならば買って当然。報復上等。…それが思考を揺さぶった。
「そうねぇ…私達にしたらまだ幼く、可愛い娘。女の子ですもの、ちょっとお転婆くらいが可愛いの。心配することなんてないわぁ、レンちゃん。」
「王妃様…」
ほんの少しの罪悪感と正体の分からない感情に不安を抱えていると、王妃様に包まれた。
ちなみに罪悪感というのは、感情的に殴るなんてあのクズと同じでは?ってなっただけで、決してボコボコにしたことを悔やんでる訳ではない。
「レンちゃんは賢くていい子だから、きっと胸の中がもやもやしてるんでしょ?違う?」
「…!……なんで分かったんですか?」
「ふふっ!『母』、だからかしらね?」
優しく背中を撫でてくれる手に、無意識に固まった体が解けていく。…トン、と肩に寄り添ってくれた姫様に驚いて見詰めると、此方も慈愛溢れる微笑みで見詰められた。
「なら私も!…大丈夫、大丈夫。怖がらなくていいのよ。私達は貴女が好きなんだから。」
王妃様を真似てるのか、優しく、暖かい手に心が落ち着く。……これが普通のヒロインなら、泣いて感動するんだけど……いやね?感動はしてるし、嬉しいんだけど……
視界の端の方で、「白黒姉妹最高……!」だの、「美猫パラダイス…くぅ……!!」だのと天を仰いで煩いレーヴェディアが居るせいで興が削がれるのもいいところである。天を仰いでるだけならまだいいけど、煩い。感動が薄れるじゃないか。
「大丈夫です…よ?…ちょっと自分自身にびっくりしたといいますか、なんというか…」
「自分自身にびっくり?」
「えっと……なんかこう、あの時だね冷えきった感覚というか、それでも気分は昂ってるし……でも敵視してるというか……うーん、言葉にするのが難しいんです。」
少なくとも、前世の自分だったらあんな行動取らないし…何より、悪役宜しく、高笑いしそうになることなんて無かった。そして何より…気分が、高揚していた。
だから不安になる。私が私じゃないみたいだ。…ノーチェの影響かもしれない、それか、この世界に馴染んだ故かもしれない。
それでも、明確な答えがなくて…いつか身内にも冷たく、酷いことをするのではないかと怖い。
「それは先祖返りでしょうね。」
王妃様の肩口に額を当てて、すっかりしょげていた時、第三者の声が響いた。
開きっぱなしだった部屋の入り口に佇むは…長い耳、キラキラと綺麗な長髪、線が細く、どこか魔術師や占い師の様な格好。…脳裏にパッと浮かぶエルフの想像図を体現したような、麗しい人が立っていた。
「話声が聞こえたもので、失礼致します。私も現場で見てたので分かるのですが…そちらのお嬢さんは恐らく先祖返りでしょうね、確実に。
愛でてくれる、守ってくれる親猫、或いは保護者には愛嬌や好奇心を振り撒き、害する者には容赦なく爪を立てる。
戦闘後の昂った状態のまま陥る事もあれば、生まれ持ってその気がある獣人も居る。
彼女の場合は後者でしょう。幼さゆえに本能が刺激される先祖返りをコントロール出来ず、心が追い付いていないのかと。」
中性的な容姿とは異なり、男性特有の低くも優しい声に何度も眼を瞬かせる。
エルフだ……身近に居るエルフ達とは全く別種なのでは?と思わせるくらい、ゲームなどで組み上げられた脳内のエルフにそっくりもそっくり。最早本人なのでは?とすら思うほどイメージ通りのエルフさんと遭遇した。
一人だったら確実に間抜けに口を半開きにしてただろう。だってあまりに綺麗過ぎる。
神々しさすら感じる姿に何度も瞬きを繰り返しては……安全地帯とも言える王妃様に隠れた。
イケメンは目の保養。正し、限度を過ぎると最早暴力沙汰。
とりあえず、私は出来ることが元々ないので、ただ王妃様に隠れ続けていた。
仕事中だろうが読書したいし執筆もしたい




