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まぁ、転生したからといって美少女になりたいとは限らない  作者: ゴリラの華
一章 美少女は望まない
54/122

閑話休題 美少女は居た

書き初め!!!!正月だろうが仕事が忙しい!!!!





____バシンッ!!!




____ガンッ!!!





見たこともないキラキラと綺麗な部屋。その部屋に響く歪な音。


ふわりと広がる綺麗なドレスを揺らして、くるくるの髪を巻いた女性達は本来ならお茶をしながらお喋りをしていたのかもしれないけれど……今は皆顔色を青くしてる。



私も、きっと何時もより顔色が悪いのでしょう。横に居るにいる兄様の腕に縋りついてしまう。縋り付居ていないと足が震えてしまいそう。




それくらい、恐ろしかった。




神父様の説明する声と、殴打の音が響く。視界の先では知ってる少女が大人相手にその小さな拳を血で染めて振るっている。


その琥珀の瞳は鏡のように相手を写すだけで感情を一欠片も写さない。それが先日の時よりも遥かに、怖くて、身体の震えが止まらない。




「…凄いね、あの子。…いや、見てる保護者達も。」



「そりゃあね、アヴィもリムも立場って分かってる。」



「兄様?アン?どういうこと?」




険しい顔をした兄様の袖を引いて問い掛ければ、ローブの上から優しく撫でられた。…このローブは私が目立つからと兄様達が用意してくれたもの。

目撃者として、この場に居ることを許されたのは本来兄様だけだったが…無理を言って着いてきたのだ。ギルド長も協力してくれて……そういえばギルド長も凄く険しい顔をなさっている。




「彼らはね、ギルドが派遣した目撃者……それからあの子の保護者としてあの場に居る。


問い掛けられたら応えなくてはならないけど、それ以上はしてはいけないんだ。…特にエルフを軽視する貴族が居るこの場では、口を閉ざして居ることが最善なんだよ。」




ほら、と指差された向こう側では、確かに視線が鋭い人が何人か居る…獣人、人間問わずに。




「アヴィもリムもほんとは止めたいんだろうな…あの子の拳がもたない。…完全にあの子の独壇場ではあるけど、素手で殴るなんて…」




アンが強く手を握ったのが見え…血が出てしまうのは怖くて、そっと両手で覆う。


アンが怒ってる。滅多に本気で怒らないのに。


ただ拳を振るうあの子が怖くて、視線を逸らす。たまたま、ギルド長の方を見ていたら……ギルド長の視線が鋭くなっていくのに気付いた。




「…ふむ……あの子、先祖返りの気があるかもな…」




「先祖返り?」




「うん?……あぁ、ノエルは知らなかったか…俺達獣人は云わば人間と獣の中間。獣に近い姿の上位種族も居るには居るんだが……またそれとは別に、獣人でありながら獣に近い思考や能力を持つものが居るんだ。それが先祖返り。

あの娘の場合は猫の先祖返り…愛でてくれる者にだけ愛らしく振る舞い、害する者は手痛い反撃をする。……ま、俺達も気分が昂るとそうなるし、たまたまそういう気があるくらいだからな。」





視界の端で揺れた尻尾が頬を擽る。それがくすぐったくて…ゆっくり、肩の力が抜けていく。




「と、いうかさ……本来は平民が貴族殴るってヤバイんじゃなかったっけ?」



「当たり前だろ。……だが、王が許すって言ったんだ。…それにあの子の言葉に誰も反論しないし、行動を制限もしないだろ?……見てみろ。元老院の奴ら誰も気にしてない。その程度のやつだったって事なんだよ。」





兄様の問い掛けに、何処か呆れたようにギルド長が応える。指差すその先には…固まって元老院方々が居るのに、誰も興味無さそうにぼんやりとしてたり、指先で遊ぶくらいだ。

ただ、何人かは血にびっくりしてるのか顔色が悪い。




「まぁ……これぐらいでしょうな。あぁ、怪我の様子はレーヴェディアが見てますし、何より騒ぎの様子もギルドの者が見ております……此処に、ギルドマスターの名もあります。…レン、それくらいにしておきなさい。話せなくなってはいけないだろう?」




「ん……それは困るね。ごめんなさい神父様。」





勢いよく振り上げていた手を収め、少女は神父様の言葉に頷く。

殴られていた男が叫んでいた言葉は全部無視だったのに……




「あれだな……厳格な老猫と仔猫みたいだな。」




「確かに。遊びたい盛りの仔猫はどうも暴力的……いや、されたら倍返しって感じだろうな。あれ。」




小さく笑ったギルド長達につられて、頬が緩む。

言われてみるとそんな気がする。実際あの子は獣人の子供だし。

神父様の後ろでちょこんと結んだ髪も、確かに尻尾みたいに見えてくる。



「な、なんて事を……!!」




「うん?やり返して何が悪いの?私もされたんだよ?…無抵抗のまま、暴力を振るわれる気分ってどう?…ああ、貴方も、この人と同類だよね。私を呼び出すという王命を無視したんだから。」




トドメ、とばかりに幼い足が顎を思いっきり蹴り上げる。捕まってる男の人は軽く仰け反ったが…それを気にしていないのか、少女は別の人に顔を向けていた。


ヒステリックに叫んだのは男の人の奥さんだろうか。

王命を無視した。その言葉にざわざわと周りで囁く声が響く。



「わ、私はそんなつもりは…!」



「“そんなつもりはなかった”、“知らなかった”なんて言葉じゃ済まないよ。…貴方達は貴族なんだから。そんな人達の気分一つで私達の首は飛ぶ……私が此処に来なかったらこの人は不問。私は処刑…貴方の望む結末だろうね?王命を無視してでも私を殺したかったんでしょう?」




怯えることも、威張ることもなく。ただ事実だとばかりに声を上げる少女。

私より幼い筈なのに……落ち着いてるからか、ずっとずっと年上の様に感じる。


彼女の言葉通りなら、殺されそうになっているというのに……なんであんなに冷静で居られるんだろう。

兄様の手を握って、その温もりを貰う…恐れたからか、冷えきった手先に、兄様の手が跳ねた。




「…怖いか?」





「………はい…兄様…」




「まぁ、だろうな……それが当然だ。あの子が飛び抜けて賢すぎるんだ…ヴォルカーノの教育か…?」



「それはないだろう…あれだけ溺愛してるんだ。わざわざ煽る様な言い方を教えるわけないし…何より、さっきからずっと気にしてるよ。」




アンがこっそり示す先では…確かに、神父様が説明を終えて後ろで控えている。ただ視線は僅かに血が滴る少女の手へと注がれていた。

エルフの二人も眉を顰めて少女を見ていた…それだけ、あの子が愛されているということ。



ヒステリックに女の人が叫べば、少女の口角が上がる。ぞわわっと背筋が震え、兄様に抱き付く。


三日月に歪んだ口許、称えるのは蔑み。




「…ふぅん?それくらい貴方は王命を軽いものだと思ってたんだね。…元老院を支持する人達にとっては悲しいことだなぁ…この国にとって絶対は国王陛下だし、国をよくする所か、自分勝手な感情で市民を虐げるなんて!!」




その言葉にハッとする。


私だけじゃなくて、ギルドの皆も女の人と男の人を強く睨み付けていた。


この国では元老院派と国王派が存在して…皆は勿論国王派。私もギルド長から国王様の事はよく聞いていたので国王派。

聞いた話だと、元老院派は国のため、なんていいながら自分達の益だけを増やしてる……らしい。


でも、元老院だって大きな組織だから、国王様に進言する力も、勿論実際に国益に繋がることもあった。……それでも、元老院が動けるのは“国のため、国王様のため”ということがあるから。



そして今、あの子は王命を軽んじてると言った。



つまり、元老院は王族を下に見てる、あるいは無視してる。ということになり…国王派の人達は揃って元老院側を睨んでる…のだと思う。




「なるほど…あの子、やはりヴォルカーノの子だな。外交向きな言葉遊びが正しくミニヴォルカーノって感じだ…」




「うわ、ギルド長すげぇ鳥肌…なんかヴォルカーノ神父にされたんですか?」




「いや、そういうわけではないが……話していいものか…とりあえずギルドに帰ったらな。」




「じゃあ場を整えておきますか…アヴィとリムが懐くだけあって、あの子は凄いな。印象操作もこなすとは…うちの馬鹿共に学ばせたい。いっそ講師として招くか………?」




ぶつぶつと何かを溢すアンの袖を引く。今印象操作なんて言葉聞こえたんですけど……?




「印象操作、ですか?」




「あぁ、ノエルだって、あの子が口にしなきゃ王命を軽んじた、なんてこと気付かなかったろ?国王陛下や、宰相っぽい人の顔を見るに…一定の位、もしくは賢い人は気付いてた。

だけどこの場に集められたのは貴族だけじゃないし、きっと元老院を支持してた平民も居る。…だからこそ、言葉にする意味があったんだ。暗黙の了解を口にすることで、貴族とか関わらず、皆平等に情報を与えた、ともいうね。」



「まぁ……!!そんなにあの子は賢いのですね…!私も見習わねば…!」




アンの解説に頷きながら視線を少女へ戻す。此方が話してるうちに、男の人が何かを陛下に言ったみたいだ。

ただ…陛下ではなく、どうやら第二王子殿下が言葉を発したみたい。




「まぁ、これについては後で問うからいいや。……それより、乞う相手が違うと僕は言ったのだけど?」




冷たく、突き放す声色。言葉から察するに陛下に許しを乞うたのだろう。

ふわふわの愛らしい見た目から想像できないほど…第二王子殿下はもしかしたら容赦ないのかもしれない。




「ゆ、ゆるしてくれ!!」





「……くれ?」




「い、いや……許して下さい…!!お願いします…!!」





這いつくばる様に移動してきた男の人が少女の服を掴むと、鬱陶しいとばかりに眉を寄せ、ふわりと裾を揺らした。掴んで揺らさなかったのは血がつくからだろう。…一つ一つの動作が可憐で、この場に似合わないけど可愛いと思ってしまう。

思って居たことが兄様にバレたのか、額を軽く打たれた……だって可愛いんですもの。



少女はしゃがむとにこりと微笑み…許してくれる優しい子なのだろうと思った。



けど、




「 い や 。 」




「っ……!!」




「なんで私を、私の大事な友人と師匠を傷付けた人を許さなくてはいけないの?それに……“弱肉強食”なんでしょう?貴方が言ったんですもの。言葉に責任を取らなくちゃ。


大丈夫よ。私…命を取ることは好まないから、貴方も、貴方の奥さんも殺さないでって陛下にお願いするから。」




許すどころか怒り心頭だった。むしろ殺さないだけ優しい……のかもしれない。

殺されないということで、男の人も、叫んでた女の人も落ち着いたように見えた。



なのに、一層にまりと深まった笑みに、先程と同じ悪寒を感じとり、兄様の手を握りしめた。




「殺すなんて生温い。…貴方達は自分がしてきたことの責任を取らなくちゃ。


ずっとずっと貴方達に付きまとう噂と共に、ね?王に逆らった貴族として責を背負ったまま生きていくの。…居るといいね?貴方達を助けてくれる家が。貴族の位についてお勉強してきたんだけど、伯爵家って大抵がもっとも上の位の人に援助されたりして統治の手伝いとかしてるんでしょう?


…それが断ち切れても生きていけるといいね。この国で。きっと民衆にも広がるだろうし…商人さんは相手にしてくれるかな?売ってくれない、なんて事がおきないといいね!」





にこやかに告げた少女に、頬が引き攣った。私だけじゃなくて、周囲の人も勿論…アンだけは感心したように見詰めている……怒らせてはいけない子なのだと、理解しました。




「ほぉ……貴族ってものをよく知ってるなあの子。…今から教育して俺の後釜でもいいかもな……」



そういえばアンは貴族に報告のお仕事とかもあるので…貴族に対していい感情を抱いてないのかもしれません。…貴族は平民を見下すと聞きましたし。

それに慌てたギルド長がアンを宥めてます…そんなやりとりを見てると怯えてたのが嘘のように引いていくので、もしかしたらわざとやってくれたのかも。………たぶん。


少女の言葉に意外そうに声を掛けたのは、第二王子殿下。




「おや……君はそれでいいのかい?私達は事態を重く見てるから死刑でも良かったんだよ?」




「王子殿下……いいえ。これでいいんですよ。命を取ったらそれでお仕舞いじゃないですか。なんで苦を味わわせず殺してしまうんですか?」




「成る程ね。……では息子の方はどうするの?」




「彼は……出来るなら、彼を叱ってくれた叔父様の所へ送ってほしいのです。」





そういえば言われたのは父親と母親だけで…少女を殴った息子の方は、少女は殴りもしないし、報復も何もしてませんでした。


反省を見せていたので…いえ、反省を見せていたからこそ、少女は許したのかもしれません。



私達の反対側、元老院派の方の手前で、口を開いた方が居た。…彼がきっと叔父様なのだろう。




「…親がこうなら、子が同じように育つのは無理ありません。彼が反省の色も無ければ、同じ事を望んだでしょう。


けれど、彼は叔父様の叱責を受けて己がしたことの意味を知りました。…私だって、神父様に育てて頂かなければどうなっていたか分かりません。…尊敬できる人が身近に居るということは、それだけ影響を与えるんです。




だから、彼の罰は親元を離れ、尊敬できる人の近くで貴族というものを学ぶこと。…若い芽はいずれ国の役に立つと聞きました。ですから、私は彼の罰を……いいえ、更正を望みます。」




先程と同じ優しい声色。…でも先程と違い耳に馴染むのは、さっきは優しい声色に蔑みを隠していたからかもしれない。

今はただ、案じるだけの声に息子の叔父様も息子の方もあの子を見詰めている。





「成る程……お前をよく見て育ったようだな?ヴォルカーノ。」





「身に余る光栄です、陛下。…毒牙として、貴方と共に城を立て直した時が懐かしいですなぁ。」






「ははっ、確かにな……ああ、古くから居たもの以外は知らないだろうが、ヴォルカーノこそ、俺の師匠であり……この国を立て直した一人である。国に不要なゴミどもを静粛した俺の牙だ。」





朗らかに笑って伝える陛下に、びっくりした。



神父様は冒険者だと聞いていたのに、陛下と共にお仕事されていたなんて!


ギルド長は知っていたのだろうかと顔を向ければ…兄様やアン、ギルドの皆から視線を浴びてそっぽ向いている。…知ってたんですね?




「毒牙の娘か……なら仕方ないよな…」



「ああ、むしろ周りに飛び火しないだけであの子の方がマシだろ…」




そんな囁き声が貴族側から聞こえてきます。…殴る蹴るの方がマシって、神父様はどんなことをしてきたんでしょうか…?




「ヴォルカーノ神父がやたら貴族に詳しかった理由が分かったよ……あの教会を任されてる理由も。」




「アン、あの教会は何か意味があったの?神を奉るものではなく…土地の守護、となら聞いたことあるけど。」




「ああ、貴族に関わるものなら知ってるさ。……あの教会は、勿論守護の役目もあるし、森の恩恵を受けられる…だからこそ、あの土地を欲する奴は多いが、手を出そうとする馬鹿はいない。


それは何故か。……あの教会は、陛下の妹姫の亡骸の一部が安置されてるんだ。」




「え……」




「言伝に聞いただけだけど、妹姫はあの森に咲く花が、丘が好きだったんだって。平原を駆ける獅子の娘だもんね……陛下と、陛下のお兄様の意向で王家の墓とは別に安置されてるそうだよ。

その守護役にも選ばれたのがヴォルカーノ神父。陛下の信頼を得てるなら当然だよね。」




「あぁ……よく知ってるな、アン。…妹姫はそれはそれは陛下や、陛下の兄、それから城の者に愛されてたさ。……後宮のクソ女どものせいで…陛下は大切な身内を亡くしたんだ。」




何処か悲しく、憎々しげに言ったギルド長。……きっと、ギルド長も妹姫の事が大事だったんだろうなぁ…



そんな和やか(?)な会話をしていたらバシン!とまた痛い音がした。

慌てて視線を向けると少女が膝をつく少年を叩いたみたいだった……ただ、何処か呆れた様な表情なのが不思議だった。




「はい、これで手打ち。…これは個人的な報復なんだよ?正式な罰は国王陛下に伺って。」




ぷい、と顔を逸らした少女は正しくツンデ……じゃなくて、猫らしい。自分はもっと痛い思いをしたはずなのに。




「ああ、そうだな……貴族としての立場を忘れ、愚かな真似をすればこの様になる。我が息子も言ったように、今回の事は重く罰さなくてはならず…故に個人的な報復を見逃した。


民は貴族の道具でなく、民は国の宝なのだ。…この場に居るもの全員が心に刻むのだ。



証拠はこの場が設けられる前に集まっていた。…だからこそ、この少女の行動を王族の者も、兵も、誰も止めなかった。


それほどまでに、彼奴は罪を犯したのだ。…それを暴き、罰しなければ王として民に示しがつかぬ!」



立ち上がり、吼えた陛下にびっくりした。びりびりと鼓膜を震わす言葉の威圧感が凄くて……そして格好良かった。

威厳ある王様というのは、きっと国王陛下みたいな人を言うんだろう…アウリル姉様や母様に今日合ったことを教えて差し上げねば。



尊敬の眼差しで国王陛下を見ていると…苦笑を浮かべた国王陛下が優しい言葉を溢した。




「だが……幼い少女には酷だろう。レーヴェディア。彼女を別室へ。…ユア、フィオ。着いていてあげなさい。」




「はっ。」




「「仰せのままに。」」




少女が呆気に取られている間に、この間の騎士様……レーヴェディア様に抱えられ、去っていった。本人の了解もなく、退場させられたことに保護者の皆さんも瞳を瞬かせている。




「あー……まずいな。陛下がキレてる。」




「え?」




「まぁ……見てれば分かる。ノエル、怖くなったらアンと一緒に帰ってもいいからな。」




ぼそ、と呟いたギルド長の言葉に首を傾げれば、アンと兄様に私を守るように言った。…危ないことでも起きるのだろうか、とりあえず二人と手を繋いでおく。


けれど、意外にも最初に言葉を発したのは第二王子であるナオ殿下だった。




「さて……今回の処罰に加えて、君にはもう一つ罪があるよね。…知らない、なんて言わせないよ。証拠なら上がってるんだから。」




「そ、それは…!」




「君も……えーっと、リーシュだったっけ?今後の更正も含めてよく聞いて置きなさい、君の父親が何をして来たのか。」




そういって、持っていた紙を私達に見えるようにゆらゆらと揺らす。それを見た男の人は血だらけの顔を一層蒼くして……縋るような表情で殿下を見ている。




「問い詰める前に……エルフの君達に聞きたいことがあるんだけど、ちょっといいかい?」



「……応えられるものであるならば、偽りなく応えましょう。」



長い銀髪のエルフの人が応えれば、隣のおへそを出したエルフの人も同意するように頷いた。




「まず、君達は彼らに“エルフだから”という理由で蔑ろにされた。僕ら獣人ならば兎も角、ただの人間に。それに間違いは?」




「……ないな。ギルドからの依頼でレン…さっきの子供の師匠として保護者に会いに行くと、こいつが居てな。……俺の弟子を殴り、腹を蹴っただけでは飽き足らず、更に痛め付けようとしたら“エルフはすっこんでおけ”と。」




「弱肉強食だから、なんて言ってたわねぇ……疑うなら、私達の記憶でも照らし合わせる?有るわよ。エルフの国ならば記憶を写し出す魔術具くるい。値は張るけどね。」




ハスキーな声に蔑みを含んだまま、二人は男を睨み付ける。ガタガタと震える男の人は更に体を震わせてるあたり……きっと真実なのだろう。




「いや、照らし合わせるまでもなく、彼の行動で分かるよ。人間がエルフを下に見るなんて普通有り得ないのにね。……じゃあもう一つ。……あの子の瞳は価値がある?人身売買の価値が。」





人身売買。それはこの国でもっとも重い犯罪。他国はあるらしいが…この国においては、それはそれは重罪だ。…もしかして、あの男の人はあの少女を売るつもりだったんじゃ……?!




「そうだな……確実にある、といえる。黒猫族はエルフから見ても充分魔力が高いし、あの子の年齢を考えると今後の期待も高い。この国がどうかは知らんが、子供特有の天真爛漫さを求める貴族も居ないわけじゃないだろう?そして子供は騙されやすい。」




「戦力、護衛として鍛えるもよし、箱庭で囲って愛でるもよし。……そして何より、欲の処理として奴隷とするでしょうね。孤児なんて。」




「それに加え、あの独特な色合いを持った瞳。収集家どもに大層気に入られるだろうな。…俺達はこの国の情勢とかを詳しく知らんが、それでも思い付くあの子の価値はこれぐらいだ。…間違いなく、価値があると断言しよう。」




欲の処理…は、よく分からなかったですけど、瞳の話を出されると確かにと頷いてしまいました。


あの子の瞳は美しい。第二王子殿下も似たような色合いですけれど……あの子は特別だ。蜂蜜のようで、琥珀のようで…夕暮れのようで、優しく大きな瞳。


アンやギルド長も思い出しているのか、頻りに頷いている。




エルフ二人の言葉に憎々しげに殿下と陛下は男を見下ろす。




「君が今までやって来たことは、調べさせた。レーベから報告を受けてすぐにね。」




「これでよく国のため、などとほざけた物だ。」




威圧する二人に…傍観してた第一王子殿下…イクス殿下が口を開く。




「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ。証拠と罪状はあるけど…言い分も一応聞かなきゃ、ね。この国のため、なんて言えるほどなんだから……なぜ人身売買がこの国で禁忌とされているかを知った上で国のため、という言葉を使ったのか俺は聞きたいし。」




「そ、それは……」





「ああ、それから納得のいかない理由、或いは応えられない場合元老院は解体とする。この男の考えを助長させたのが元老院の誰か、なんて可能性もあるし…何よりも元老院はそう思ってる、として受け取らせて貰う。

人身売買が国のためという者がまだ居ないとも限らない。…力有るものなら、解体しようとも、また組織は作れるもの。…民を犠牲にした罪は重いぞ?」





イクス殿下の言葉に元老院側がざわつく……やりすぎだ、と言わんばかりの視線を流してナオ殿下が口を開く。




「人身売買、殺人。…これを反逆と云わずなんという?国を、王族を馬鹿にしてるの。…庇うものらは同じ反逆者と見なす。言い訳は無用だ。」




「そんな…!」




「何を驚くんだい?貴族ならば、その可能性くらい思い付くだろうに…何のために貴族の立場がある?民を守るためだ。責任がある、という戒めでもあるんだけど。……それすら理解してなかったなんて、余程、君よりさっきの少女の方がこの国にとって価値があるよ。」




真っ白な毛並みを揺らし、男を見下ろすナオ殿下。その瞳は呆れ、憎悪、怒り…色んな物を写していた。勿論他の方々も。

知らなかったのか、女の人と、少年はひたすら顔色を悪くして男の人を見ている。



「最早死刑が妥当だが……先程の少女は望まなかった。よって、貴様らは醜聞を背負いながら生きよ。この国の汚点としてな。それから貴様の息子は叔父の方に預けさせよう…監視を着けるが、この国の為になるようであるならば、叔父の名を継ぎ、貴族としての道を残す。」




「夜会にも勿論参加してもらうし、贅沢は許さない。…自害もね。」





幼い王子殿下達に言われれば、絶望の表情で見上げる男の人……殿下や陛下の威圧が重すぎて、無意識に止めていた息が限界で、ゆっくり息を吸った。


そんな私に気付いて背を撫でてくれる手に甘んじ…兄様にくっついた。



「正式に民衆にも通達されることだろう……元老院が潰れるということは。そして彼の悪行も。」




「うむ。王として、民に誠実であらねばなるまい。…平民、貴族に関わらず、罪を犯せば罰せられる。この国の為、などと嘯いて王族を愚弄するものには重い罰が下される、この国でなくとも…な?」




国王陛下の睨む先…元老院側の人達は何人かが顔色を悪くし、また何人かは睨むように見詰めていた。……きっと、何かした人達なんだろう。たぶん。



今まで、貴族の罪が民衆に流れてきたことなんてあっただろうか……こうして平民が城に来れたのも初めてで、この国が変わろうとしてることをひしひしと感じさせられた。


未だ未熟な私がそう思うのだから、きっと兄様達はもっと色んなことに気付いているのだろう……国王陛下達に視線を向けると、まだ怒りが収まらないのか、睨み続けて居る。




優しいように見えて、第二王子殿下も容赦はなかった。…それが黒猫の少女に何処と無く似ていて……連れ去られてしまった少女を心の内で案じる。


あの子の強さを見せ付けられた。怖くもあったけど……それでも、格好良かった。



あの子の様に、大人にも怯まない…強い子になりたい。



兄様の手を強く掴んで、陛下の声を聞きながらそう決意した。




ひっそりとノエルからの評価が上がっていくレンちゃん

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