第四十一話 憂い
レーベ視点
「つ、つまり……あの少女は、いずれ殿下の奥様になられる御方で…?」
「うん。父上達にも会って貰ってるし、他の女を娶る気はないよ。……あぁ、これ極秘事項だから他の人には内緒ね?君達はレーベの下に配属させるから…あの子の事、くれぐれもよろしく。」
あんぐりと口を揃って開いた二人に構わず、勝手に話を進めていく殿下。
出世といえば出世だが…あぁ、彼らも生け贄なのだなと確信した。…よろしく、だなんて言われてもあの子が言うことを聞くのは保護者と殿下だけだ。
しかも怒ってるというのなら尚のこと……いや、正直あの子が怒ってるところなんて見たことないから分からんが。
「まぁ……俺の下についても、日々の仕事は変わらんから頑張れよ。」
つまり、責任だけが増えたのだ。若くして哀れなこった……完全に項垂れてしまった。
「なんて余計なことをしてくれたんだあのジジイ……」
「やべぇよ……未来の王妃に嘗めた口訊いちまった……」
頭を抱える二人は殿下の前ということを忘れて……いや、殿下の前だからこそ素直に気持ちを吐き出す。
殿下は主従という立場は理解できていれど、無駄に畏まられるのを嫌う。逆にメイドの極一部……メレスのように、仕事は仕事としてこなし、個人として接するときのような気楽さを向けてくる者を好む。
俺も初めは陛下から直々に賜った命だからと畏まっていたが…だからこそ止めろと怒られた。公の場以外で畏まられると寒気がするらしい。
「あぁ、大丈夫だよ…彼女もあまり畏まられるのは好きじゃないから。ただ………」
「ただ?」
「……あの子が一番嫌いなのは実力を伴わない者に嘗められる事。
“出来る訳がない”、“自分より下”って見られるのが嫌いなんだ。君達は実力で近衛になっただろう?…元老院は違う。先王と共に圧政を強いてきた愚か者共……そんな者に実力なんてないし、彼女も見抜いてる。…だから、きっと嘗て無いほど怒ってる。」
誰よりもレンの事を知ってる殿下が言うのならば間違いなく……そして双子の顔色からも伺い知れた。
…いや、それにしても真っ青になりすぎじゃないか?そんなにか?
「兎も角……僕達は一切手を出してはいけない。父上達には僕から言っておくから…二人は警備を続けてくれ。レーベは…恐らく聴取があるだろうし、君が見たことを話してくれ。…まぁ、聴取する者は君に対して大した口は聞けないだろうけど…元老院に買収される可能性もあるから、録音用の魔術道具を身に付けておいて。」
「御意。メレス達にも警戒するよう声をかけておきます。」
「うん。頼むよ。」
少し疲れた様な笑みを浮かべ、殿下が部屋を出ていく……部屋に残った二人は漸く肩の力を抜いたのか脱力しきり……ぺしん!と思いきり頭を叩いた。
「こら、騎士らしくしろ。」
「いって!!!俺達にとっては兄貴なんだからちょっとは優しくしてくれよ!」
「そうだそうだ!頭がパンクしそうなんだぞ!!」
頭がパンクしそうなのは仕方ないだろう。俺もなったしな。
カイルの言い分に溜め息を溢し、きゃんきゃんと喧しい双子の頭を押さえ付ける。
「誰が兄貴だ!!お前達には立派な姉君とその旦那が居るだろうが!」
「あんなドS共が立派な訳ないだろ!!義兄上も!!まともだって喜んだのが間違いだったよ!!」
「兄貴はあの二人を知らないから言えるんだ!!嬉々として相手を詰る兄と姉をどう誇れと?!好きだけどさ!!!」
わっ、と泣き出した二人に今度はもっと深い溜め息が溢れた。
確かにうちとこの双子…グラーニュ公爵家は小さい頃から仲が良かった。剣の腕を買われ、冒険者として“エトレーゼ”の名を貰えたのも、彼らの両親からの援助があったからだと言える。
国を外交面で支えるグラーニュ公爵夫妻のように、国を支える一人になりたくて……ただ必死だった。
それを見てたちまい双子が己と同じ道を行くとは思わなかったが。
「ったく……メリアが嫁入りしたらお前達のどっちかが夫妻の様に外交の仕事をやるはずだったんだぞ?婿入りしてくれたクレモアに感謝しろよ?」
「感謝はしてる!!でも姉上のS気質を加速させたのは予想外過ぎるだろ!!」
「義兄上の外交の仕事ぶりも、魔術も尊敬してるしかっこいい……それでも!!それでも鞭を片手に他国の外交官を泣かして好条件もぎ取ってくるのはやりすぎだ!!!」
……初めて聞いた事実に頭痛がした。
…そうか……先日北の国の外交官が怯えながら好条件を提示して、逃げるように去っていったのはあの二人のせいか…
大変頭が痛い。
下手したら国際問題だが……あの二人のことだ。そんなヘマはしないが………それでも明らかにやりすぎだ。
メリアの毒舌ぶりは俺も知っている。社交界では毒華として有名なんだとか。…まぁ、メリアは誰彼構わず毒を吐くわけではないから…あくまで、毒を食らった者らが勝手に広めてるだけだが。
そんな姉の姿を見てたからか、あるいは剣を振るう俺を見てたからか。この双子は俺を兄と慕い……後ろをちょこちょこ付いて回る事が多くなった。
勿論、忠誠心やら才能は本物だし……なんだかんだいいながらも俺とて兄貴と慕われて嫌な気分ではない。
「ったく……誰だ、外交の場に騎士以外で武器の持ち込みを許した馬鹿は…」
「あ、なんでも向こうが持ってきたらしいよ?剣を下げてる相手に無防備なのはって理由で持ってったらしいし。」
「そうそう。……他の同期に聞いたら、なんかそいつ恐喝で有名だったんだって。怒鳴って、武器を向けて、蔑んでって。今北の国は継承権争いが凄いから……この国との繋がりがほしい誰かが居るんじゃない?」
双子の言葉にそうだったとまた溜め息が溢れ落ちた。
北の国は万年雪と氷で覆われた冬の国。なんでも王族は氷を手足の様に使役できるのだとか。
そんな冬の国は…絶賛現王が病に伏せ、王子、王女間での継承権争いが起こっている…正妃の息子だけでなく、後宮の子にも継承権が与えられるのだから予想は出来ていた。
うちは後宮の子は王位は継げずとも…能力があるならばそれなりの役職に就ける。先王の時代は後宮の女どもが無能だっただけ。
後宮も、本来ならば王妃をサポートする為だったり、他国との繋がりを強固にするために建てられたのだから…別にそこで世継ぎを作る必要はないのだ。
「あぁ…だから向こうも問題に出来なかったのか。」
「義兄上の事だし、記録してるでしょ。」
「連絡取っては居たから……あれじゃないかな、戦にならないようにって向こうが折れたんだと思う。ものすごくその人に怒鳴ってたらしいし。…まぁ、罰せられるだろうな。」
国の事を考えなかったんだろうか…継承権争いをしてるなら慎重にするのが当たり前だが…
まぁ、その辺りもきっとクレモアが躾てくれただろう。
「ったく……次から次へと問題が起きる…お前達ももう戻れ。」
しっしっと手で追い払ってやれば拗ねたように抗議をしてきたが全部聞こえないふり。
双子が去って漸く静寂が訪れた部屋で、机に突っ伏す。
きっと、俺も断罪の場に呼ばれるだろう。
そして……もしあの子の首を跳ねる結末を迎えれば…それは俺の役目になる。
これが本当に罪人だったのならば…国に仇なす存在だったならば、あの子だろうと首を跳ねる事に躊躇いなどない。
だがあの子は違う。
ただ愛しい人と過ごしたいと無邪気に笑い、大切な人を守るために自ら傷付いても堪える賢く強い娘だ。
ただ憂うことしか出来ない自分に嫌気が差す…俺も鍛練しに出ようか。
何度も溢れそうな溜め息を飲み込み、部屋を後にした。
剣を振っていれば忘れられる。不安も、怒りも、なにもかも。
今年は次の話で書き納め




