第三十七話 少女と神父
眠くて眠くて仕方無い今日この頃。こたつほしい
人気のない所で降ろして貰い、双子の馬は近くに居た警備が馬小屋まで送り届けてくれるそう。
「一人で来たのか?」
「一人じゃない。…でも今は何処にいるのか分からないから、ギルドに行く。」
「あぁ、それがいいな。探すにしても人手は多いに越したことはない。それじゃ。」
両脇から差し出された手に瞳を瞬かせる。迷子になると思われてるのだろうか?
「レディをエスコートするのは騎士の嗜み。」
「宜しければお手を。」
「なるほど。」
フロウを降ろして、それぞれと手を繋ぐ。フロウの真っ赤な瞳が穏やかに細まったので、この双子もフロウにとってはもう警戒しなくていい存在になったんだろう。
「にしても、その狐……ただの狐じゃないな?赤い瞳なんて…従魔?」
「なーんか、どっかで見た気がするんだよな…どこでだっけ?」
「ぁー……ギルドに着いたら教える。」
ギルドの人達は、魔物討伐に出たりするからアースフォクスを一度見たら分かるんだろうけど……もしかして近衛騎士はあんまり魔物に詳しくないのかもしれない。
レーヴェディアはよく教会に来てたから、周囲の魔物のことは知ってたけど、そういえば町中でフロウを見て魔物だと叫んだ人は居なかった。
声を掛けてくる人は毛が美しいだの、瞳が美しいだの、フロウを褒める言葉ばかりだったから……うーん、中々この世界の常識というものは分かりにくいなぁ…
両手を繋がれ……宇宙人の捕獲みたいな状況になりながらギルドに足を運ぶ。
……なんか騒がしくない………??
「まだ見付からないのかっ!?」
「姿を見たって人は沢山居るんだ。見付かるまで探せ。いいな?」
「「へい!!!」」
ぽか、と口が空いた。
威圧感満載のアンさんにギルドの野郎共が頭を下げてる。なんだこれ。
「あちゃ~……騒ぎと逆方向だったもんね…そりゃ情報も遅れるか……」
「あ~……殺気立ってるところ申し訳ない!!ちょっと注目!!!」
ギンッと野郎共が一気に此方を向いて……双子の後ろに隠れてしまったのは仕方無い。
「……レン…?」
「アヴィリオ……えーと、…ごめんなさい。」
顔面蒼白だったアヴィリオは此方を視認するなり、余計に青ざめた。
視線は頬の湿布に注がれている。
アヴィリオが青くなるのも仕方無い。…だって、リムネルが言ってた。
『明日は迷子にならないようにねぇ?殿下から怒られちゃうから。アヴィリオが。』と…
迷子どころか頬に傷。しかも近衛を連れてるなんて面倒事があったのは確定。………確実に怒られる。ちゃんとナオには怒らないでって言っとくからね。
「レン!!その怪我は?!」
「おうおうおう、お前らか?俺達のチビに怪我させたのは?」
「な訳ないだろ。頭に血が登りすぎだ。……本人が見付かったので解散!ギルド長を誰か呼び戻してくれ!」
双子に迫った大柄なお兄さんをアンさんが収め、双子も苦笑程度に収めてくれた。
これからみっちりお話し合いになるんだろうなぁ……というか、何時から俺達のチビになったんですかね…?
「…と、いうわけでレーヴェディア様が陛下ご命令のもと元老院のご子息様にヘッドバットかましたこの子を保護。怒り心頭の元老院に見付からないように俺達が送り届けたって訳。」
「そのうち町中に広まるだろうし、心配な、噂好きのご婦人達に聞くといいよ。ほんとだから。」
アヴィリオ、アンさん、それからギルド長…ディグラートさんも集まってお話し合い。
ちなみにギルドのあの騒動は、血相を変えたアヴィリオがギルドに駆け込み…人員を派遣したアンさんも初めて見るアヴィリオの様子にただ事ではないと大騒動。
ギルドに居た人達も、自分の娘や息子が私と年齢が近いからか心配になり、大規模な捜索がスタート。
ただ、今回は場所が悪かった。
ギルドと反対方向に居たせいか、見つかるはずもなく…誘拐など物騒な懸念を話してたところに怪我をした私が登場。それで現在に至る。……色んな人に心配を掛けてしまった…
「兎も角、嬢ちゃんに大した怪我がなくて良かった……」
「ほんと……お前なぁ……あんまり心配させんなよ…」
「ごめんなさい…」
ぎゅう、とアヴィリオにも苦しいくらい抱き締められ、それを見ていたアンさんが目を僅かに見開いた。
でも、直ぐにまるで微笑ましいものを見るように穏やかな顔に変わり…
「…君がそんなに心を傾けられる子が弟子になって良かったね、アヴィ。」
「うるせぇ、こいつが心配掛けまくるだけだ。」
拗ねたように、でも照れてるなんて一目で分かる。…というかアヴィって呼んでるんだ。なんかいいな。
「ギルド長として礼を言う。…俺の友人の子を守ってくれてありがとう。」
「民を守るのが俺達の仕事だからね。気にしないで。」
「うん。この子は将来凄い子になるだろうね、僕達も期待してる。
……それはそれとして、僕らはこの子の保護者とも話し合う必要があるから、今日はこれで。」
「あぁ、馬車は用意しよう。アン、手配を。」
保護者と話すことって何だろう?
アヴィリオを見上げると険しい顔をして居た。
「お嬢さん、君の親って貴族社会に耐性ある?」
「…親は、居ないけど…親代わりの人ならいる。…多分大丈夫。」
「孤児だったんだ……ごめんね。…貴方は?」
「俺も保護者の一人だが……あんまり無い。だから俺は役に立たないだろう。口より拳の方が自信がある。」
何の話だろう?首を傾げてアヴィリオを見ても表情を硬くするばかり。アヴィリオが駄目ならギルド長をと見詰めても此方の表情も硬い。
「とりあえず、お嬢さんも無関係じゃないから…君の家に着いてから話そうか。家はどこ?」
キースが柔らかく笑いかけてくれるのでとりあえず疑問は仕舞い込む。
「町外れの森の教会……ヴォルカーノ神父様の所。」
神父様の名前を出したら、今度は双子が固まった。顔色は真っ青を通り越して真っ白だ。……え?何事???
「……ヴォルカーノ神父って、あのヴォルカーノ神父?」
「かつて陛下やレーヴェディア様の師匠だったあの神父様の事?」
「うん、お父さんとお母さんのお友達だったんだって。……私がもっと小さい頃からずっと一緒だった。」
カタカタと小さく震え出す双子に何事かとアヴィリオも自分も顔を合わせる。
ただギルド長は何か知ってるのか苦笑を浮かべて……馬車が用意できたのか、戻ってきたアンさんも瞳を瞬かせてた。
「馬車用意できたんですけど……これは何事で?」
「あー……近いうちに分かる。とりあえず俺達は何時も通りに過ごすだけだ。…ま、あとは頑張れよ、近衛騎士殿。」
ぽん、と肩を優しく叩かれた双子は何処か遠い目をして窓の外を見詰めた。…現実逃避するほどの何かがあるってことでしょ?……えぇ……どうしよ……
馬車の中でも何だか気まずい空気が漂い、空気を読んで此方も口を閉ざした。呑気に欠伸してるフロウは相変わらず可愛いけど。
教会に着くと…既に神父様もリムネルも外に出ていた。アヴィリオの手を借りて降ろして貰い…やっぱり顔面蒼白な双子を見上げる。
「……大丈夫?」
「「大丈夫ではない。」」
きっぱりと揃って言い切った双子。携帯の振動のごとく震えてるけど歩けるのそれ…?
「レン。ディグラートから連絡は受けておる。…おいで。」
「神父様……心配掛けてごめんなさい…」
「アヴィリオ、アンタはこっちよ。」
「は?なんで俺が………従うのでメリケンは勘弁シテクダサイ……!!!」
首根っこを掴まれ、リムネル(メリケンサック装着)に教会裏に引き摺られたアヴィリオに心の中で合掌。
今日のデザートはアヴィリオに上げよう。
「どれ、薬は残ってた筈だ。……お前達も立ち竦んで無いで着いてこい。話があるのだろう?」
……なんか、神父様も怖い。きゅ、と袖を引いて双子から此方へ意識を反らした。
「神父様……怒ってる?」
「…怒ってるといえば怒ってるな。…だがお前さんにではない。…勿論彼奴らでもない。……ふむ。少し八つ当たりをしてしまったな、許せ。」
「っ!い、いえ!滅相もない!!」
「貴方ほどの方に頭を下げられるなど…!!」
「いや、この子の保護者として当然だ。子供が真似せんように確り手本を見せるのも親の役目だろう。」
神父様らしい理由と、何時も通りの雰囲気にほっと意図せず溜め息が出た。
勿論、親の姿を見て育ったであろう、あのボンクラご子息とは私は違うので例え神父様が誰かに八つ当たりする人物だったとしても私はそうはならないし…逆に神父様に怒るだろう。
手を繋いで教会に戻れば……なんか双子からめちゃくちゃ視線を感じた。薬を取りに神父様が部屋を出た途端、椅子に座った自分の目の前に双子が膝を着いて手を握ってきた。
「ありがとう…!!助かった…!!!」
「なんのこと…?」
「俺達の首が繋がったことに関してだ…!!」
救世主、とばかりに感謝されることに疑問を感じる。…この双子は、神父様の名前を出したときから何故か怯えていたのだ。…怯える要素なんて神父様に無いのに。
「どうして神父様を恐れるの?」
「あの人が過去に何人の騎士を止めさせたか…!!」
「首を取られたものも居るらしい……怯えるには充分だ!」
「……え…?」
自分の耳を、疑った。
首を取る。……即ち、人殺し。
呆然と溢れた言葉を聞いたからか、あからさまに双子は話してはならないことを話した、そんな後悔の顔をしている。
本当の親ではないけれど、親のような人が殺人してました、なんてその人の娘に言ったんだ。その反応は当然だ。
なんで、なんで人殺しなんてしたんだろう。
前世に殺されたからか、或いは馴染みが無さすぎてか。……身体の震えが止まらない。
私にとっては未だ、人を殺すのは忌むべきもの。例えこの世界はそうじゃなかったとしても……己の手を汚すのに抵抗がある。
だって、その汚れた手で愛するものを抱き締める強さなんて持ち合わせてないから。
だって、国のため、なんて大義名分を掲げて、剣を振るうなんて気高さ、持ち合わせてないから。
自分に出来得ないことは憧れるし、格好いいとは思う。……でも、人殺しの覚悟なんてまだ抱いてない自分にとっては…まだ、恐怖以外の何物でもない。
普段優しい神父様だからこそ、余計に恐ろしく感じたのかもしれない。
震える身体を抑えていれば、フロウが私を守るように双子に威嚇を示す。怯えさせたのは双子なのだと思ったのだろう。
土の棘を守るように展開し、双子を退けさせる……説明を忘れて、ただの狐だと思ってた双子には効果覿面で…剣に手を掛けていた。
名の通り土の魔術が得意なんだそうで、威嚇し、全身の毛を逆立てるフロウは大変勇ましい。
「…これは何事か?」
「神父様……神父様は、人を殺したこと…ありますか?」
戻ってきた神父様にそう問い掛ければ、刃よりも鋭い視線が双子に向く。
それは肯定したも同義で……神父様が人を殺すような人に見えないからこそ、混乱した。
「事情も知らぬ若造どもが余計な事を……レン、お前さんは人殺しは悪だと思うか?」
「……うん。」
「……宜しい、そのまま汚れず育ちなさい……ちゃんと、話そう。……話した上で、お前がこの血に濡れた老い耄れを拒絶するならばそれでも構わん。…お前は賢い子だ。下手に誤魔化すだけ無駄だろう。
レーヴェディアが遣わした者らよ。お主らも聞いていけ。…いや、未来ある若い者こそ知らねばならぬ話だ。
鮮血に塗れ、獅子の毒牙と云われた冒険者の話を。」
神父様の過去を暴く




