第三十六話 庶民と貴族
閑話休題の前に少し本編
レーヴェディアに問答無用で城まで連れて行かれ……様々な建物が並ぶ中でも、一際大きく、そして一際贅を凝らしたような建物に馬は進んでいく。
「お前達は下がれ。メレス、救護箱を持ってこい。」
「畏まりました。」
メイドさんや執事さんが居る中で、レーヴェディアに向けて全員が頭を下げた。レーヴェディアは貴族位も持ってるって事を今更ながらに思い出した。……だって普段そんな感じしないし。
ナオ達より速く馬を走らせたおかげで、とりあえずナオからのお説教は避けられたと思ったけど……なんかレーヴェディアが怖い。視線が一切此方を向かないし、何処に行くのかも言わずただ抱き上げられて連れてかれる。
フロウも纏めて抱き抱えられてるので、ふわふわの毛並みを汚さぬように顎を乗せた。
そのまま何処かの部屋に入り……煌びやかな装飾に目を奪われてるうちにソファに降ろされた。…うわなにこれ、フワフワ過ぎて立てなくなりそう…
「下がれ。メレスに処置させる。」
「失礼致します。」
レーヴェディアに付いてきたメイドさんを全員下げさせ、静かになった。
「……怪我の具合は?お嬢さん。」
「ん。殴られたの頬だけだからそんなに……血も止まったから大丈夫。」
「そっか……はぁぁ…ほんと、少しはお転婆も大概にしてくれよ……」
「ごめん…?」
ピリピリと威圧的だった空気が散って、何時ものレーヴェディアに戻る。
膝を付いて何度も頬を見られては、口の中も切ってないかとめちゃくちゃ見られた。
「救護箱お持ち……って何やってるんですか、女子の口覗くとか特殊性癖持ち込まないで下さいよ。」
「誰が特殊性癖だ!ただ怪我してないか見てるだけだ!!!」
「はいはい、そういうことにしとくんで声荒げないで下さいよ。……陛下達がお戻りになられて城内がざわついてます。急遽戻った元老院の一人が捕らえられたことに他の者が大層腹を立てていて……お嬢さんを出せと騒ぎ立てるものまで。」
朗らかで、明るかったメレスさんのマジトーンに身体が強張った。
この人、わざとおちゃらけるタイプの人だ…めっちゃ頭いいんでしょ実は……
「だろうな、それを見越して王宮に入れたんだ……陛下の命令だと言えば家臣は逆らえないし、治療が済み次第裏口から出る。護衛に双子を付けるから呼び出しておけ。」
「了解しました。従者は皆、お戻りの準備に向かわせますのでその間に。……お嬢さんも頬が腫れてる様なので今は湿布で。ちゃんと帰ったら神父様に見てもらうんですよ?」
「ありがとう……あとなんか、ごめんなさい。」
「あは、お嬢さんは何も悪くないですよ!…ただ、此処には国の為に動く……そんな仕える主人を見誤った愚か者が多すぎるので、今はレーヴェディア様から離れないでくださいませ。」
あからさまに殺気が滲む発言に軽く毛が逆立った。…忠誠心が強いのか、愛国心が強いのか、どっちなんだろう。
とりあえず、メレスは怒らせると怖いタイプ。覚えておかなきゃ。
「では、私は出迎えに並ばねば訝しまれるのでこれで。直ぐに双子をお呼びしますので少々お待ちを。」
優雅に立ち去っていったメレスさんに肝を冷やしながらも、とりあえずレーヴェディアにも迷惑を掛けたので頭を下げる。
「……ごめん。」
「それは何に対しての謝罪で?」
「騒ぎを起こして迷惑掛けたこと。」
わざと注目を浴びる行動をした節はあったけど、精々出てきても警備隊くらいだと思っていた。
自分の報復で、関係ない他者に迷惑を掛けるのはモットーに反する。
嫌がらせをされたら倍返し、目には目で。歯には歯で。他者を傷付け、陥れようとする輩の大半は、自分がされたら一番傷付く事を無意識に相手にやっている。だから鏡写しの様に仕返しすればいいだけ。
……迷惑を承知で誰かを頼るのはいい。ただ、それ以外は話が別だ。
腹が立ったからやり返し、それで他に迷惑を掛けるなんて子供の癇癪と変わらない。
自分で責任を取れないのに、何でもしていい訳がない。……それを知らないお子様では初めから無かったのだから。
「あー………そうきたか…」
頭を上げれば、髪をぐしゃぐしゃと掻くレーヴェディアが居て、少し困ったような顔をしていたのでやっぱり迷惑を掛けてしまったらしい。
そもそも、距離が近くて忘れてたけど…町中に王族が居ること自体大事で、レーヴェディアは本来国王様の傍を離れてはいけない。
……今町で大騒ぎになってたらどうしよ…
「お嬢さん……いや、レン。よく聞いてくれ。」
「…はい。」
「俺は……いや、俺達や陛下達は、民を守るべき立場にある。たから幾らでも頼ってくれて構わない……っていうのは勿論建前で、俺達はレンが好きだから守ろうとするんだ。
困っていたら助けたい、傷付いたら心配する。…それはもう、俺達にとっては当たり前なんだ。一人で何かをなし得る器量も術を持っているのは分かってる……だけどお前はまだ、五歳の子供なんだ。大人に頼って同然なのに一人で立ち向かうから心配なんだ………酷な話だが、もし、あの豚どもが全力でお前を殺そうとしたら、お前だけじゃ太刀打ちは出来ない……だから、俺達を頼れ。
殿下の傍に付いてるのは、お前を守るように陛下からもご命令されてるからなんだ。」
普段おちゃらけてるレーヴェディアに優しく、けれど厳しく伝えられてしまえば黙る他ない。
だって、事実だから。
貴族社会は分からない。けど、確かにその貴族に喧嘩を売った。……色々起きる可能性があるなかで、そんなことをしたのだ。
判断ミスという他ない。…それでも、レーヴェディアが咎めているのはそこじゃない。
先程の謝罪は迷惑を掛けたことへの謝罪。
でも彼が求めてるのはそれじゃなくて……
「……心配掛けて、ごめんなさい…」
「はい、よくできました。」
子供が親に怒られるのと同義。
精神年齢云十歳は恥ずかしくて恥ずかしくて涙が出そうだったよ……
「怖かったろうな……助けに入るのが遅くなって悪かった。」
抱き締めてくれるレーヴェディアにふるふると首を振るう。
違うの…煽った自覚はあるし、怖かったより恥ずかしくて涙が出てるだけなんです…
「「失礼致します。」」
数回のノックのあと、揃った声が部屋に響いた。
「カイル、キース、呼び立ててすまない。」
「いいえ、構いませんよ。陛下直属の部隊長の貴方が呼ぶなら何処へでも。」
「貴方が頼むってことは元老院を守るなんかより遥かに有意義な仕事でしょう?」
似たような声に、さっきメレスが呼びに行ったという双子が来たことを悟る。…というか、そんな強く抱き締められても……そろそろ離してくれないと苦し…
「あぁ、あんな豚を守るより遥かに立派な仕事をやる。」
「それはそれは、近衛騎士団の皆に羨ましがられます…ところで。」
「少し力を緩めないと、そちらのお嬢さんと狐が倒れますよ?」
「っ…!!す、すまない!レン!!」
圧迫から解放された肺にめいっばい酸素を補給して……めっちゃ噎せた。さっきと別の意味で涙が止まらない。このゴリラめ…!!フロウも苦しかったのかレーヴェディアに噛み付いた。いいぞ、もっと噛んでやれ。
……まぁ、名前で呼んでくれるようになったから、このくらいで許してしんぜよう。
「あーぁ。レーヴェディア様が泣~かした~。」
「メレスに言い付けちゃおっかなぁ。さっきもすげぇ勢いで俺達捲し立てられたから……」
「……うん…女って怖いな……」
レーヴェディアから解放されたので漸く双子を視認できた。
短い金髪に藍色の瞳。全く同じように見えて僅かに異なるパーツ。声にも若干高低差がある…獣人の耳は大変いいのだ。
誰とでも仲良くなれそうな、そんな雰囲気を持ってる双子だ……これでも人を見る目には自信がある。前世で人の顔色を伺って過ごした幼少期は無駄じゃない。
「ゴ、ゴホンっ…!!…いいか、お前達。もうすぐ陛下達がお帰りになる。その隙にこのお嬢さんを裏口から町へ送ってやってくれ。」
「了解。メレスから事情は聞いてます……それに近衛にも町の騒ぎは伝わってるんで。」
「元老院の子息にヘッドバットかました猛者がいるってな。こんな愛らしい子とは思わなかったけど。」
二人が近付いてきて、膝をついた。
この人達はいい人だ。たかが小娘に膝をついてくれる騎士なんてそう居ないだろう……多分。
「お名前は?俺はカイル。」
「俺がキース。双子なんだ。気軽に呼び捨てで呼んでくれ、お兄ちゃん呼びも可。」
「お兄ちゃん呼びはちょっと……レン、です。この子はフロウ。ご迷惑掛けてごめんなさい…」
ナオやレーヴェディア達も…というか、身近にいる人もイケメンだが、この双子も中々に顔がいい。
それをお兄ちゃん呼びだなんて……そんな度胸はない。
部屋の外で無数の足音……それも急いでるものを耳に捉えれば、窓の外を見ていたレーヴェディアも表情を引き締めた。
「陛下が戻られた。急げ。」
「直ちに。…んじゃ、レン、これ被って静かにな。」
「行き先とかは走りながら聞くから。…では、レーヴェディア様失礼致します。」
すっぽりと隠れてしまうマントを着せられ、抱えられる。子供の足より大人の方が何倍も早いから仕方なし。キースに抱えられ、フロウはカイルが抱えてる。ちゃんとフロウにも大人しくするよう伝えておいた。
レーヴェディアが頷いたのを見送って、そのまま流れてく景色を眺める…城内を走り回ることなんて一生ないから、少しだけ観察していても、双子の足が早くてゆっくり楽しむとか無理だった…陸上選手かな……
「お嬢ちゃんには感謝してる。」
「…?なにが…??」
「あの騒ぎのおかげで、元老院の一角を潰せるんだ。貴族同士の繋がりは厄介でな……陛下とて、例外じゃない。だから、ちょっと酷いかもだけど、ああして騒ぎを起こしてくれたおかげで罪を暴ける…だから、近衛騎士として礼を。」
「そうなんだ……国のため、はよくわかんないけど……売られた喧嘩は買って倍返しってモットーだから…」
「……うちの姉達が気に入りそうだな、キース。」
「…大人しい顔してすげぇなこの子…」
双子騎士にドン引きされた。解せぬ。
メイドも執事も居ないなかを突っ切り、馬小屋まで来ると来たとき同様、後ろにカイルが支えた状況でフロウもこちらに渡された。
「とりあえず、城を出るぞ。元老院が騒ぎ立ててるのをメレスやレーヴェディア達が止めている。」
……物凄く、大事になってきた気がして…鬣を掴んでしまった。
庶民同士の喧嘩とは違うのだと、現状が突き付けてきて……血の気が引いた。
それでも、自分で責任を取らなきゃいけない。自分で動いたならば責任というものは付きまとうのだから……それで死んだら、その程度。ナオの隣に居る価値もなかったってこと。
悲観してなく暇があるならば、相手の一手を少しでも先読みして、なんとかしなきゃ。
とりあえず、アヴィリオと合流しよう。……忘れてた訳じゃないよ?
貴族って大抵めんどくさい(偏見)




