第三十三話 王子の秘密
二回も書いてる話が消えました。発狂寸前ゴリラが通る。
「さて、何から話そうかな。」
俺の弟子を眠らせたこの国の第二王子は顎に指先を添えて悩む仕草をした。
レンに見えぬように魔術を施した段階で、俺もリムネルも身構えるも、それを気にせず、王妃譲りだという真っ白な髪を揺らして、ただ優美に笑う。
騒がしい奴だと思っていたレーヴェディアも、朗らかな空気をどこへ散らしたのか、此方を睨み付け……鋭い空気が満ちる。
「レーベ、彼らは僕に危害を加えないから警戒しないで。レンが懐く人達なんだから大丈夫。」
「はっ。」
剣に手を掛けていたのを収め、主人より半歩引く。此方も少しは警戒を緩ませ……とりあえずは話を聞いてやろう。
「なぜ俺の弟子を眠らせた?」
「レンに聞かせたくない話だからね。……君達だって、この子を気に入ってるでしょ?…ヴォルカーノ神父も。」
居ない筈の神父の名を出され、不思議に思ったが……すぐに背後の扉が開いた。
どうやら戸締まりを終えたらしい。足元を彷徨いていたフロウはレンを見付けると真っ直ぐに駆け寄っていき…不思議そうにナオを見上げて首を傾げた。
眠らされているのが分かってるのか、たまたまなのか。それでもナオが少し困った顔をしてるのでよし。もっと困らせてやれ。
「お前さんがレンに魔術を掛けるとは思わなかったが……まぁ、警戒するほどでもない。お前達も構えを解け。無駄に疲れるだけだぞ。」
「そう言ったって……よく心配じゃないわねぇ。」
「付き合いが長いからな。……殿下は誤魔化す事はあれど、早々嘘はつかん。」
ゆったりと長椅子に腰掛けたのをナオは満足そうに笑い、仕方なく俺達も腰掛ける。
「うん。必要じゃない嘘をつく趣味はないからね。……さて、本題に入る前に少し話さなきゃいけないことがあるんだけど…とりあえず、これを見て貰わなきゃね。」
「っ……!それは…!!」
首元から取り出したそれ。白百合の刻印が刻まれた、夜空を映すペンデュラム。
この国に住むものならば、そのペンデュラムの意味を知らぬ者など存在しない。
白百合が刻まれたペンデュラムは対になって存在する。
一つは海を映す、大海のペンデュラム。
海が荒れれば静かに曇り、持ち主に嵐の危険を知らせる。
そしてこのペンデュラムを持てる者は…現国王ただ一人。かつてこの国を築いた先代がそう魔術を込めたから、国王しか着けることは出来ない。
そして、もう一つが……今目の前で無造作にぶらぶらと遊ばれてる、次期国王しか身に付けられない大空のペンデュラム。
候補、ではなく、王になることが確約された者だけが所有を許される、空を映すペンデュラム。
キラキラと水晶の中で輝くのは今宵の星たち。
「これ。君達なら意味が分かるだろうから説明は省くよ。勿論レンには内緒ね。
……君達に見せたのには、君らなら絶対に他言しないっていう確信を持ってるから。特にアヴィリオはね。」
「……は?」
「まだ会って日も経ってないレンを守ろうと、王族である僕に威嚇したでしょ。
普通はあり得ない。ただの子供を守るため王族と敵対するなんて……だけどそういう、保守に走らない情熱的なおばかさん、僕好きだよ。」
「まぁ、アヴィリオには無理よねぇ。隠し事しようものなら罪悪感から自分で言っちゃうタイプの男だし。」
「レンが懐く時点で相当信頼できる奴ではある。…成る程。似た部分を嗅ぎ取ったのかもしれんな。」
「あんな殺気向けられたの久し振りだったなぁ。随分お嬢を気に入ってるようで喜ばしい。」
「好き勝手言いやがって…!!!」
血が昇るような感覚、それでいて生暖かい視線を向けてくるんだから腹立たしい。
俺は師匠だから、仕方なく弟子を守ってやろうとしただけだ。それ以外に理由なんてない。
ケラケラと楽しそうに笑う糞餓鬼をもう一度睨み、腕を組む。真面目に付き合ってる方が馬鹿らしい。
「そう拗ねないでよ。……今からが本題なんだ。」
「……ちっ。最初からそうしとけ。」
ふわふわと浮わついた、レンの前でよく見る優男の様な雰囲気が霧散した。
すぅ…と細まった瞳に、俺にも、リムネルにも緊張が走る。ただ神父は内容を知ってるのか、或いは興味ないのか…席を立った。
ナオも別に止めようとしない辺り、きっと知ってるんだろう。
「まどろっこしいのは無しだ。単刀直入に言おう。
僕は君達という手足が欲しい。信頼できる人材かつ、僕らの事を知っている戦力が。
……別に戦争を起こすつもりはないよ?安心して。…ただ、血は流れる。……いや、僕が流す。…元老院を解体するために、そして僕が王になった後も、この子との繋がりを断ち切らせない為に。」
レンより少し骨ばった指先が、レンの頬に触れる。
くすぐったいのか、或いは楽しい夢でも見てるのか、くふくふと吐息に笑みを混ぜて少女は眠る。
…そんな少女とそう変わらない餓鬼が、ただ淡々と言うもんだから呆気に取られた。
この歳で正式に王位を継承してるのだから、賢い子なのは知っていたが……それにしたって異常だ。
「人身売買に奴隷市。…この国では禁止されてる事が、元老院の幹部の数人が執り行ってる情報が既に入ってる。
僕は自分の庭は自分で手入れする主義でね…そんな奴を中枢に置くつもりもないし、私腹を肥やす豚共は制裁されるべきだと思ってる。
……僕とレンの城に、レンを傷付けるような輩は必要ない。
この国の安寧と発展を任されていようと…僕が王になる理由はただ一つ。
レンが理不尽に何かを奪われることなど二度となく、笑って過ごせる日常を過ごすこと。
彼女は人前に出たがらないから、僕が王になったなんて知った…つりあうかな、目立ちたくないな、なんて悩む可愛い子なんだ。
そんな可愛い子を、僕の元から去らぬようにしておくための箱庭。それがこの国。…狂ってるって顔だね?
……知ってるさ。それでも、僕は…レンが好きなんだ。愛してる。…自分の女を手元に置いておきたいのは男の性でしょ?寧ろ冒険者として旅立つのを許してるんだから褒めて欲しいくらいだよ。」
ぷくぷくとレンの様に膨れて見せては、子供らしい仕草と、あまりに大人びた…それでいて狂気を孕む思考に、全身が縫い付けられたように固まる。
慣れているのか、顔色ひとつ変えないレーヴェディアは素直に凄いと思った。
あまりに純粋な、それでいえ狂ってる思考。
民よりもレンに天秤が傾くというのだから、彼女への愛は重いなんてもんじゃない。
「もし……もし、将来…彼女が貴方を選ばなかったらどうするの?…殺すつもり?」
「…それはないよ。彼女は僕を選ぶし、僕も彼女しか選ばない。
……心変わりするくらいなら、僕達は選ばれなかっただろうね。……秘める狂気を持つからこそ、僕らは加護を与えられた。
彼女も僕も、理性を持ったふりをして、心の底に狂気を仕舞う……狂気滲む愛を抱くからこそ、夜の神の加護を持つ。何てったって僕らを守護するのは夫婦神。
理性なんて蕩けさせて、ただ本能に従う夜の神々……そんな神様の加護を持ってるんだから、目移りも心変わりも、有り得ない。」
「……お前達、加護持ちだったのか。」
「うん。……あ、レンには僕が言っといたって伝えるから、余計な事は言わないでね。
この子はまだ、世界の理を知らないから。…加護持ちがどんな意味を持って、他国がどんな国なのか…この国の事さえマトモに知らない箱入り娘。本当は僕が人材を用意するまでヴォルカーノ神父の庇護下に居て貰うつもりだったんだけど…だから、よろしくね?アヴィリオ。」
ここ最近まで町にすら出なかったという真性の箱入り娘。……しかもコイツが理由だというのだから、もしかしたらそれさえ計算のうちだったのかもしれない。
加護持ちは神童と呼ばれる者が多いと言うが……成る程、これほどまでか。
たった一人。愛する女の為だけに国の頂点に立つ。
余程こいつの方が情熱的な馬鹿だと思う。
「僕に必要なのはレンだけ。……でも、彼女はきっと君達も居ないと拗ねるし泣く。
それは本意じゃないからね。…だから、君達が僕の手足となってくれるのを期待してる。ヴォルカーノ神父も、此方側。
現段階で話せるのは此処まで。…それから、君達が断っても危害を加えない事は約束しよう。
ただ……レンとの繋がりは断ち切れる。僕の方で新たな師匠を用意するだけだし、全部忘れて生きていくといい。
さぁ。どうするの?」
弧を描く黄金に、強く、強く頷いた。
こんな楽しそうな事を放っておけない。…断じて、レンが心配だからというわけではない。
ただ、こいつ側に着くことで、結果的にレンの近くに居ることになるだけだし……どうせ訓練所に通うまでの期間だけだ。
初めて、弟子になっただけのただの小娘。
それ以上でも以下でもないが……ただの気紛れ。
「アタシは貴方に着くとしましょう。特段やりたいことがあるわけでもないし、そっちの方が楽しそうだわぁ、楽しくて出世できるなんて最高。レン様々ね。」
「俺もリムネルと同意見だ。…つっても、このゴリラみたいに国内でのしあがるつもりは無いけどな。エルフは慎ましいんだ。」
「あ”??誰がゴリラだって???」
ガッ、と顔面を引っ付かむリムネルは誰がどう見たってゴリラでしかない。大猿族もビックリなゴリラぶり……っていだだだだだだ…!!
「い”っ……!!!てめぇしか居ねぇだろうが…!!!リムネル…!!!」
「上等だ表出ろオラ!!!」
「ふふっ……本当仲良しだね。でも備品が壊れたら大変だから……レーベ、止めてきて。」
「は?!いや、いや……無理です。無理ですから殿下…!!!命令って言われましても…!!!」
ぎゃあぎゃあと声が重なっていき、空間を満たす。それでも少女は目覚める事はなく……やはり幸せな夢でも見てるのか、くふくふとまた吐息が溢れた。
クリスマス、年末年始だもの。ゴリラだってゆっくりになる。




