閑話休題 ヴォルカーノの日記3
久し振りな気がする閑話休題
最近、元老院の者から頻繁に手紙が届くことがあった。
元々私は冒険者だったのもあり、貴族に知り合いも居る。…そして何より、本来教会というものは国の所有物である。
そこにいる神父もシスターも、殆どの国では国が派遣し管理しているのが当たり前だ。
だが、この国では獣人特有の完全実力主義が根付いていて……神に縋る者など多くない。
だからこそ、わざわざ国が管理するまででもなく……建築財産として補修する費用等は出すが、そこに住むものの生活の安定までは加味されない。故に、元老院から手紙がくるなど異常な事だった。
しかも届いたのは、元老院の中でも特に黒い噂の絶えぬ男からで……内容は、何処で耳にしたのか、うちのレンを寄越せと云うものだった。
一枚目はそれは出来ないという旨を返書し、早々に燃やした。
「最近お手紙多いねぇ……もしかして恋仲でも出来たの?」
「戯け。…ただちょっと、健康診断に来いとしつこくてなぁ…」
「あ、いけないんだ。健康診断いかなきゃ駄目だよ?長生きしてほしいもん。」
毎朝手紙を届けてくれるレンは絶対差出人を見ないで持ってきてくれる。元老院で使われる封筒は見れば一発で分かるほど無駄に豪勢で、元老院の紋様が入っているんだが……私も、殿下も教えて居ない様で安心した。
元老院に関わらない方がこの子の為なのだから。
だが向こうは中々そうはいかず……仕えさせられないならせめて会わせろ、なんて図々しいことこの上ない手紙ばかりが届いている。
曰く、稀有な瞳を見てみたいだとか。
レンの瞳はそれはそれは美しい。特に夕陽を見詰めると、琥珀の様に煌めきを帯びるのが一層美しい。
子供特有の大きな瞳であるからか、礼拝者からも時折そんな話を聞く。
ご年配の婦人達ばかりだが、レンの子供らしくも礼儀正しい部分は大層母性を刺激するらしく……邪魔にならないようにと外で遊んでいる時は私が、たまに掃除をしにレンが居るときには本人に、様々な物をくれる。
手編みのぬいぐるみ、花飾り、おにぎりなどの料理。ごく稀に菓子類や宝石類まで。
レンはレンで嬉しそうに貰ったものを飾ったり食べたりするから止めてない。…宝石類は受け取るのを渋ってたが、そこはご年配の婦人の世話焼きに負けて握らされてた。ちゃんと私が預かっている。
「その辺りから洩れたか……」
婦人達の話の広まりは早いしな。それは仕方ない。
書斎で額を抑えて返書を綴る。……無視すれば適当な罪をでっち上げて来そうで面倒だった。
最近王族とも繋がりを再び深めたし……国王陛下に相談するか?…いや、あの人は暇そうに見えて忙しい人だからな……
とりあえず再度、レンはやれないという旨を書いて、送った。
暫く返事が来ないうちに、殿下達が此方で修行するのが決まった。…うちにも新しく家族が増え……それでも頭の片隅に元老院の事を置いておいた。
王妃様には一応話をしておいた。元老院が殆ど今国内に居ないとはいえ…やはり注意しなくてはならない。
「そうね……今日戻ったらブランに話してみるわ。…私達にとってはもうあの子は娘ですもの。」
「迷惑を掛けて申し訳ない。」
「いいのよ。貴方ももっと肩の力を抜いて。…堅苦しいのは貴族達だけで充分。友達じゃない、たまの休暇ぐらい気を抜かせて頂戴。」
ぷくぅ、と両頬を膨らました王妃様は何処と無くレンに似ていて笑ってしまった。
身分の差は出たものの、王妃様……フィオルナもブランシュナもかつて私の弟子で、友人だった。
フィオルナに関しては、見学だったので弟子というには曖昧だったが……それでも王位につく前は共にばか騒ぎしてた。
いつかレンに話してやろう。きっと楽しそうに聞いてくれる。
深い溜め息を溢して、背凭れに身体を預けたタイミングで、殿下とレンが降りてきた。フロウも殿下の周りでちょこちょこと歩いている。……術者に似たのか、何にでも興味を示している姿は愛らしい。
昨日買った寝間着にさっそく袖を通したのか…小さな恐竜が運搬されてきた。フィオルナはそれはそれは嬉しそうに見ている。
「母上、神父様、起こしてきましたよ。」
「あら、聞いていた通り可愛い。そういうのが好きなの?」
「はい、何だかこう……包まれてる感じも、好きなんです。可愛いし。」
初めて見たときはどうかと思ったが……レンが着ると愛らしい事この上ない。……親バカになった自覚はある。
それを悟られないようにしつつ、レンへ声を掛ける。
「……動きにくいか?」
「ん……言われてから自覚したけど、立てなくはないんだけど…なんかプルプルする。不思議。」
「当たり前だ。寧ろ立てるだけいい方だ。……今後は己の魔力の残りに気を付けるんだぞ。身体の回復も遅くなる。」
「はぁい……」
昨夜初めて魔術を使ったとは思えぬ程、レンは基礎が整っていた。元より賢い子であったからか、はたまた血筋からか、兎も角魔術を使えるようになった。……まぁ、今回は魔力が尽きてしまう程放出したのは反省点だが。
それから今後について少し話し……殿下が近くに居ると知って喜色に染まる姿がまた可愛らしかったが、殿下の目が牽制してきたので撫でるのは自重しておいた。……自分はさりげなく尾を絡めてるあたり、相当な執着が見える。…一応私保護者なんだがなぁ…
フィオルナ達を見送った後、レンも修行したいと言い出したのでギルドに人材を宛がうよう依頼状を書いた。
私はあまり魔術が得意ではないし、殴る方が早い。冒険者時代に貯めた金は一生遊んで暮らせるレベルだが、そんな趣味もない。
ならば可愛いうちの子に宛がおう。出来上がった書簡を渡しに外へ出れば……馬鹿弟子がうちの子らに刃を向けている所だった。
「____うちの子らに何をしている馬鹿者っ!!!!」
「ぶっ!!!!!」
考えるまでもなく、手が出た。
殴り飛ばした勢いのままレンを抱き上げ、カタカタと小さく震えている身体をあやす。
此方を視認すると、滅多に泣かないレンが涙を溢した。ポロポロと止むことのない涙をレンの腕の中に居たフロウが舐めとる。…さしずめ、アースフォクスだからと殺そうとしたんだろう。
「怖かったな、痛いところはないか?」
「だ、だいじょ…ぶ、…」
優しく揺すって、ぐずぐずと鼻を鳴らして目を擦ろうとするレンを止める。潤んだ瞳もまた光を反射する宝石の様で、泣いているというのに綺麗だった。
「………それで?うちの子らに剣を向けるとは何事だ?」
「いってぇなクソジジイ……!……お嬢さんの中に居るのはアースフォクスだ。民の命に関わる危険因子を排除するのも俺らの仕事だ。」
「このアースフォクスはレンの従魔だ。そう言われんかったか?」
「子供だろうとアースフォクスを従えるにはお嬢さんの従魔術のレベルが足りてなさすぎる!」
「……レンよ、まだ回復しきってないところすまんが…フロウに少し魔力を分けてやれ。フロウに向けて放出すればいい。」
コクコクと頷き、フロウへ言われるがまま魔力を放出する。己の従魔と説明するのに尤も簡単な方法だ。…町へいくならばと、説明しようとしたところにやってきた馬鹿弟子が悪い。
「見えたか。」
「なっ……まじだったのかよ…………あー……お嬢さん?そのちっこいのに剣を向けて悪かった。」
思いっきり目を見開くレーヴェディアに、レンが涙ながらに目を吊り上げた。
珍しいレンの表情に呆気を取られる間もなく。
「……レーヴェディアなんか、嫌い!」
涙声で、そう叫んだレンに馬鹿弟子が膝から崩れ落ちた。未だ涙するレンをあやしつつ、膝を着いて絶望したような顔をしてる馬鹿を鼻で笑った。
レンが嘘をつくなど早々ないというのに、信じてやらなかった自業自得というやつだ。
次も日記が続きます




