第二十九話 少女に餌付け
いっぱい食べても太らない。なんてったってファンタジーだもの。
「全くお主らは……緊張が取れた途端これか。」
神父様の前で正座させられてる大人二人を見なかったことにし、膝の上でうとうとしだしたフロウを抱き締める。
あの後、神父様の鉄拳制裁が下り、二人とも暴れたことで怒られてる。…それを見ていた王様達は楽しそうにしてるし…皆仲良しだなぁ。これでめちゃくちゃ身分差あるなんて誰も思わないだろうなぁ。王様達が庶民に優しすぎる。
「お嬢様、紅茶のお代わりはいかがですか?」
「あ……いえ、大丈夫です。…それに、“お嬢様”なんて身分でもないので、どうぞ畏まらずに…」
ナオは少し席を外してしまった。
空になったカップを見てか、近くのメイドさんがポットを持って聞いてくれる……優しい物腰に、此方もふわふわした気分になる。ハーブティーを飲んだのもあるんだろうなぁ。
でもお嬢様、なんて慣れない呼び方に背筋がむず痒くなった。ナオ達と違って、別に敬われるような人ではないし、子供だ。
そしたらメイドさんはゆっくり首を振り、微笑んだ。
「国王陛下や殿下達が穏やかに過ごせるのは、貴女様の周囲だと恐れ多くも感じ取りました。
私達従者一同にとって、主人の幸福は我らの幸福……それをもたらしてくれる愛らしい方が居るならば、最上の礼儀をもって接するのが道理と言うものです。」
「う……うー…ん…??国王様達は、お城だとピリピリしてるんですか?」
余計に敬われてしまった。とりあえず話を逸らそうとすれば、彼女はポットを机に置いて耳許に唇を寄せた。
「国王陛下も女王陛下も執務がありますから。…それに、殿下は殿下で、元老院の者が取り入ろうと次から次へと、やれうちの娘と、うちの姪と……なんて、うんざりしちゃいますよね?」
「それは困っちゃう。ナオは上げない。」
ぷくぅ、と両頬を膨らませて主張すると、ぷるぷると肩を震わせて……笑うのを我慢された。なんか恥ずかしいのでいっそ笑ってほしい。
他のメイドさん達もそんな生暖かい視線は止めて、めちゃくちゃ照れるから。
「かぁわいいですねぇ、殿下も酷い人だなぁ、こんなに可愛いお方黙ってるなんて。」
「でも殿下も以前にも増して朗らかになられましたから、やはり恋とはいいものですね。」
我慢しきれない、とばかりに囲むメイドさんにぱちくりと瞳を瞬かせれば、クッキーを差し出された。
「私にも貴女様ぐらいの娘が居て、その子のお気に入りなんですが……お口に合うかどうか…」
スン、と鼻を寄せると芳ばしいバターの匂いが一気に広がる。……美味しそう。
あんまり餌付けされると怒られるんだけど……うーん、……美味しそう。
かぷ、と噛み付けばしっとりとしたクッキーが口の中でホロホロと崩れて、甘い味が美味しい。
猫に餌付けする感覚なのだろう、色んな方向から色んなお菓子を差し出される……全部美味しい、困った。ご飯食べたのに止まらない。
メイドさん達も最初の堅苦しさが解けて、構ってくれる。優しく撫でられたり、餌付けしたり。
そっちの方が接しやすいので助かる……あ、このチョコ美味しいな。甘過ぎなくていい。
「お前達、あんまり餌付けするじゃない。」
「えー……だって殿下が一人占めするんですもの、少しはいいじゃないですか。」
帰ってきたナオがぎょっとしてたけど、すぐに呆れたように溜め息を溢してメイドさんの一人に話し掛けた。
褐色の肌に赤毛。元気一杯なイメージを受けるメイドさんだ。
……ナオがメイドさん達と仲良くて良かった、やっぱり過ごす人とは仲良しがいいし……従者なら尚更。
「全く…貴女達?仕事は済んだんでしょうね?洗い物が溜まってるように見えたのですが。」
「メ、メイド長……今すぐ!」
初老のメイドさんが声を掛けると…囲ってたメイドさんがほとんど散っていった。お菓子は置いていってくれたので嬉しい。
「メレス、貴女は終わったの?」
「勿論。終わらせてから遊ぶのが私の鉄則なので。………メイド長もいかがですか?」
話ながらも差し出されたクッキーをかぷり。…美味しい。大変美味しい。幸せだ。
頬が熱くなるくらい幸せで蕩け落ちそうだったところに、軽い咳払いが聞こえた。
「メレス。お客様に失礼ですよ。」
「でもお嬢様が許容してらっしゃいますし……メイド長の持ってるドーナツ、美味しそうなんだけどなぁ……」
ドーナツ。ぐるんっと初老のメイドさんの方に顔を向ければ……なんか狼狽えられた。何故。
お皿の上のドーナツは、プレーン何だろうけど……匂いがすでに美味しそうだった。
じーっと見ていると更に狼狽えられた。逃げられたら困るので、とりあえず欲しいとアピールしてみようか。
「……ドーナツ、ほしい、です。」
「うっ……」
「…ダメですか……?」
流石に食べ過ぎたから駄目かとしょんぼりすれば深い溜め息が聞こえ……ドーナツが差し出された。一個だけお許しが出たんだろう。やった。
かぷ、と噛み付けば柔らかい生地が甘くて、ずっと持たせてるのもあれなので両手で受け取ってあぐあぐと食べ進める。……メイドさん二人分の視線に行儀が悪かったかと首を傾げれば、表情が緩んだ。
「全くもう……お前まで餌付けしたら他が言うこと聞かなくなるぞ。」
「こ、今回だけです!…ほら、メレスも仕事に戻りますよ!」
「はぁい。いいもの見たなぁ……それじゃあね、お嬢様。」
後ろからナオに包まれ、二人を見送った。
…ドーナツ、お菓子に置いていってくれたから、強請らずとも良かったなぁ。失敗。
食べ終えればしっかり手を拭って…ご馳走様でした、と手を合わせようとしたら横からチョコクッキーを差し出された。
「…ナオ?」
「メイド達が可愛がるだろうなぁとは思ってたけど……あんなハーレム築くとは思わなかった。」
「皆優しいね。娘みたいとか猫に餌付けする感覚でお菓子くれた。……いい人。」
「すーぐ餌付けされるんだから。…メイド長も甘やかすと思わなかったけど。………いや、あの人隠れ猫好きだったな…」
ふに、と唇にクッキーを押し付けられれば口を開けのサインなのでクッキーをがぶり。…美味しいなぁ。美味しいしか思ってないけど、本当に美味しい。
次から次へと差し出されるクッキーをとりあえずある程度お腹に収め…次のクッキーを取ろうとした手を抑えた。
「……嫉妬?」
「………悪い?…あんまりすぐ人に懐かない君が、アヴィリオもメイド達もすぐ許容するんだもん。……メイド達は兎も角、……アヴィリオは嫌だ。…僕が傍に居ないのに、あの男は暫く一緒に居るんでしょ?」
「ああ、だからあんなにアヴィリオにツンケンしてたんだねぇ……ふふ、私が好きなのは君なのに?」
「それでも。…自分の女に他の男がベタベタしてたら腹立つ。……逸そ既成事実でも作って、お城に入っちゃう?」
「………え?」
どういう意味で?と聞こうとする前にお腹をスル…と撫でられた途端、突然の浮遊感。
何事かと顔を上げれば顔を青くした神父様とアヴィリオだった。何故か神父様の腕の中に居る。
ナオは同じように顔を青くした国王陛下と…何処に居たのかレーヴェディアが囲っていた。
「殿下、自重。」
「おま……何処でそんなこと覚えてきたんだ…!」
焦った様な声が聞こえたが……視界の端では王妃様とリムネルが微笑ましそうにしてた。……何このカオス。
「レン、何もされてないな?大丈夫だな?」
「うん?」
「とりあえずお前、絶対二人きりになるなよ?いいな?」
「え?」
今までは普通に二人きりによくなってたけど、アヴィリオが物凄く必死に止めてくるから首を今度は反対側に傾げる。……二人はどうしたんだろうか?
そのままドタバタしたまま、とりあえずお昼はお開きになった。
「じゃあね、レン。……また夜に。」
「殿下、さっきみたいなのは無しですよ。」
「やだなぁ、レーベも夜泊まるんだから。」
ナオ達に手を振って見送り……何故だか顔色の良くない国王陛下は、少し休んで戻ろうとしたのを王妃様に仕事があるでしょうと城に即帰らされてた。
やっぱり王妃様は強い。
此方も頑張らなきゃ。……今日中になんとか、完成させられるといいなぁ。
既成事実は年齢的に冗談。しかし年齢が落ち着けば何時でも虎視眈々と狙ってる殿下。




