第二十七.五話 第二王子
初ナオ視点
彼女は、僕にとっての月だった。
在り来たりかもしれないけれど、優しさに何度助けられた事だろうか。
大人びてると言われるのが苦手な彼女。年齢を考えても、物静かで求められる事を提示できる判断力も思考の速さも、あまり言わないけれど大人びていた。
けど、それは彼女にとっては当たり前で、だからこそ大人びてると言われてしまうと…騒いだ方がいいのかと不安になるそう。
大人しく、静か。…けれど、僕の前だと齢以上に幼い時の方が多かった。
云わば反動のようなもの。本来は此方が彼女の素。ただ綺麗なものに瞳を輝かせ、他者を否定するより肯定する寛容さ。…後ろから抱き締めて、左右にゆっくり揺らすだけで眠くなるような、そんな女の子。
そんな可愛い恋人が、理不尽な死を遂げたとき……こんな世界に用は無かった。
紆余曲折を経て、此方に来るとき。僕は二つ、僕を加護してる神、レイルに願った。
そして彼女には嘘をついた。
一つは白猫族……彼女が選ぶであろう黒猫族と対比する種族に産まれること。…エルフを選ばなかったのは、僕がよく彼女に猫っぽいと伝えてたからだ。彼女の事だからきっと黒猫族を選ぶ。僕に見付けて貰うために。
そして二つ目は……王族に産まれること。
彼女には彼女が此方に来るようにと願った、なんて嘘をついたけど…レイルから先に聞いていた。彼女が先に死んだのに、僕が先に転生することになるとは思わなかったけど……元より僕が歳上だったしね。…何より、そっちの方が二つ目の願いに都合が良かった。
王族に産まれた理由は簡単だ。
二度と彼女が理不尽な目に合わぬように。それから……今は好きに飛び回って居ても構わないけれど、いつかは僕だけの鳥籠に収める為に。
『歪んでるな。お前の愛は。』
頭に響くような声は、レイルのものだ。
僕は神託スキルを5まで上げてるから、声だけなら向こうが応えてくれれば何時でも聞ける。……レンもそろそろスキル上がるんじゃないかな。
「(レイルに言われる筋合いはない。……だって僕らは似てるからこそ加護を得られるんだから。ブーメランって言葉知ってる?)」
『お前ほど歪んでないさ。』
頭の中でレイルに話し掛ければ通じる。…最初は苦戦したのがなんか腹立つ。
兎も角、今はレンがお昼を食べに来るのを待ってるだけだ。……此処に居るメイド達は王室直属の信頼できるもの達だから格好を崩して丸太の椅子に座る。
彼女の好みのように髪を伸ばして、王族らしい服装をして……大人になったら切ってしまうけど、そしたらちょっと強気に攻めてみようかなぁ。
「ナオ、此処にいたか。」
「父上。」
どかっと雑に目の前に座った現国王…父上は、それはそれは子煩悩だ。恥ずかしいし疲れるから割愛。母上によく怒られている。
何処から取ってきたのか、林檎を片手で遊びながら視線だけが此方を向く。
「…んで?どうするつもりなんだ?あの元老院の狸親父。今からでも呼びつけられるぞ?次期国王。」
「やだなぁ。次期国王なんて気が早いよ父上。」
信頼できる者だけの空間だから、わざわざ王子としての話し方をする必要はない。
レンは目立つのを嫌うけど、残念ながら実はひっそりと僕が王になる準備が進んでいる。
…兄と妹は玉座に興味を示さなかったのが救いだ。兄妹喧嘩で血が流れるのは嫌だからね。
知ってるのは父上と信頼できるごく一部。メイド達も知っている。レーベは……多分知ってるだろう。きっと。
「よく言う。国王だったら今すぐあの男の首を晒す、なんて言ったのお前だろ。」
「そうだけど……彼女のだって言うんだもん。横取りしたら怒られちゃう。……だから、彼女が満足いってから、首を跳ねてしまえばいい。」
頬杖ついて告げれば、父上は眉間に眉を寄せた。
父上も案外甘い人だから、死刑をあまり好まない。……僕だってレンだけじゃなくて流石に身内に嫌われるのは嫌なので、きちんと死刑に値する事を調べあげてある。
「レンから話を聞くと、どうやら人身売買の常習かもしれないって言われたから少し洗ってみた。
…そしたら大量に出てきたよ。瞳や腕に至る人身売買に、奴隷売り。果ては殺人まで。」
「なんだと…?!あのクソジジイ…!!!」
「父上、抑えて。メイド達が怯える。…百獣の王って自覚持ったら?母上にまた怒られるよ。」
ブワッと一気に毛が逆立ち、鋭い牙が剥き出しになる。……真正面から殺気をくらうと流石に堪えるが、母上の名を出すとしょぼ、と尾を丸めてしまう。……母上怒ると怖いからなぁ…
父上は妹が売人に捕まり、酷く乱暴された上に……瞳や腕、内臓まで、全てを食い物にされた挙げ句殺された。
だからこの国では人の身を売ることは絶対の禁忌とされている。他の国では瞳なんかを売り物にしている闇市なんかもあるそうだが…父上指揮の元、全て摘発され、投獄されている。
そんな奴が元老院に居る。国としても由々しき事態だ。
『あの娘も、そういえば蜜のような、黄昏の様な美しい瞳をしていたな。あれほど澄んでいる瞳も珍しい。……お前も金色なのに全然違うな。』
残念そうな声を出すレイルは本当に失礼極まりない。わざわざ姿を見せることはあまりないけど、お前の目立って濁ってるからな。
「兎も角、よく調べあげたものだな……やっぱり早めに王位を譲ってしまおうか。」
「駄目。王位は彼女が冒険者になってから。……それまではゆっくり、彼女の成長を見守る。」
「…お前が王になったら…レンは大変そうだな。しつこい男は嫌われるぞ?」
林檎を齧る父上を鼻で笑えば眉がつり上がった。他の女性はどうか知らないけど、彼女は違う。
「レンは離れないし、離すつもりもないからご安心を。
彼女が外へ旅立ってる間に、僕の庭は僕自身で手入れしなくては。いずれ舞い戻ってくる小鳥を二度と外へ出さぬように、ね。」
「……閉じ込める気か?」
「まさか。僕も彼女も行動を制限されるのは苦手ですから。……だからこそ、自ら僕の元へ帰ってくるように、それの障害になるのもは僕の手で退かすだけの事ですよ。
飛び立たぬ様に翼を手折るのも良いですけど、彼女に嫌われたくないので。」
笑顔で告げれば、林檎を齧り終えた父上は食べる前より顔色を悪くしていた。
他者に理解して貰おうなんて思ってないし、彼女にも言うつもりはない。
彼女はよく重いかな、なんて問い掛けてくるけど……僕の方が何倍も重いのを気付いてない。あるいは、気付いてても言おうとしない。
「あの子は優しいから、本当は誰も傷つけられないし、傷付ければ後になって後悔で泣く。
虚勢を張って、怖いのを隠す……そんな素直で優しい女の子。
そんな可愛い恋人を、怖いものから護るのが恋人の役割でしょう?」
「……怖いものから護るなら、真っ先にお前から護ってやらないとなぁ…」
「はは、やだなぁ。僕がレンに危害を加えるわけ無いじゃないですか。愛してるんですから。……誰よりも大事に、大事に…強く抱き締めたら壊れちゃいそうな子。目一杯可愛がってるだけですよ?」
ふるりと身体を震わせた父上に言えば額を抑え出した。…まぁ、元から僕が危害を加えるなんて思ってないんだろうけど。
「……歪んでるな…俺の息子…」
「何とでも。……あ、レンには内緒で。」
にんまりと笑えば鬱陶しいとばかりに手を振られた。猫は元々独占欲が強い。…そんなの母上で体感してるくせに。
『娘が来たぞ。』
レイルの声に喜色が交じった。……彼女を加護してる女神、ノーチェとレイルは夫婦だから、会えるのが嬉しいんだろう。……まぁ、あんまり話してもらえてなさそうだけど。
父上と一緒に手を振って招けば、懸命に駆け寄ってくる。
そんな姿も愛らしい。今生もずっとずっと、それこそ前世で足りなかった分。愛でてあげなきゃね。
隠すのが上手い第二王子




