第二十四話 少女と怪我
痛いのはよくない、手に画ビョウ刺さるだけでもくっそ痛い。
無様にも立てなくなってしまった……それを見て、慌てて駆け寄って来るのをぼんやりと眺めていれば…誰よりも早く駆け寄ってきたフロウを抱き締め、とりあえずわしゃわしゃと撫でておいた。
「レンっ……!」
「神父様……大丈夫です、よ?」
少し遅れて抱き付いてきた神父様。泣きそうな声に、震える身体。宥めるように背を撫でれば……強く強く抱き締められた。ちょっと苦しい。
「馬鹿者!大丈夫な訳あるか…!私が止めていれば…!!!」
「あの時、神父様が止めてたら…神父様が危なかった。アヴィリオ達もたぶん。…子供を殴るような奴だもの、きっと罰せられる。……神父様達が無事でよかった。」
ぽふぽふとフロウを撫で、神父様の肩に額を押し当てる。
そんな中、不意に別の手が傷を避けるように頭に触れた。……意外にもアヴィリオだった。
「痛くないわけねぇだろ……くそっ、あの野郎いつか絞める……!!!」
「アヴィリオ、口を慎んで。聞かれてたら困る。」
「上等だこら。うちの弟子を傷だらけにしたんだ。」
「何のためにこの子が身体張ったのか考えなさい馬鹿!……あぁもう、唇もこんなに切れちゃって…!!これ、少しは痛みが軽くなるから飲みなさい。口の中は切れてない?」
ポーション的な何かだろう。緑色の液体が入った大人の指くらいの小瓶。……味はちょっと苦かった。でも確かに痛みは安らいだ。
むっすりと黙ってしまったアヴィリオ…でも怪我の具合を見るように頭に触れ……小さく、謝られた。
「俺達がエルフじゃなけりゃ、止められたのに……悪かった。」
「エルフだと、駄目なの?」
「ほら、私達って身体の造りが華奢だから……あるのよ、特にこの国の一部は。…あの男は人間だけどね。よっぽど向こうの方が脆いって言うのに……!」
国王様に言ってやろうと内心決め……そういえば、レーヴェディアが居ないことに気付いた。……ナオを呼びに言ったのかもしれない。…怒られそうだなぁ……
「すまなかった……」
「謝らないで、神父様。アヴィリオも、そんな顔止めて。
……多少痛いのは、大切な人の為なら我慢する。…その代わり、あのクズ野郎はちゃんと私の手で、殴って、蹴落として……誰を敵に回したのか、後悔させるから…ね?」
しわしわの手を包んで告げれば……凄く目を見開かれた。
…もしかして蹴落とすだけじゃ足りなかったかな?
「不満なら、売ったであろう人達と同じ目に合わせる?それとも殺す?私は生き地獄の方が辛いから絶対そっちの方をおすすめするんだけど……」
「待て、いい子だから。……頭を打った衝撃で、口を悪くしたか…?」
「んむ、失礼な。……私、敵にまで優しいお人好しじゃない。」
ぷくぅ、と膨れて主張した。そんなに優しい人だと思われてたのなら……まぁ嬉しいけど。
残念ながら聖女様のように優しい訳じゃない、ムカついたら殴りたくだってなる。
兎も角、立ち上がろうとしたら……ずきっと、お腹が痛んだ。…血は止まったとはいえ、お腹が痛いのは頂けない。お腹は物凄く弱いんだ……内臓とか痛めてたらあのクズ同じ目に合わせてやる……
と、そこへ。
バンっ!と音を立てて勢いよく扉が開いた……壊れてないといいけど…
「っ……レン!」
「下がりなさい、ナオ。……大丈夫?頭と頬だけ?」
ナオも王妃様もレーヴェディアも……うっすらと汗をかいていた。走ってきてくれたのだろう。…申し訳ないなぁ…
そのまま駆け寄ろうとしたナオを抑え、真っ白のドレスが赤くなってしまうのを厭わず……座った王妃様に膝枕をしてもらった。
「あのクズ野郎……!!!」
「ナオ。落ち着いてほしい……殴るのは私。ナオでも横取りは怒る。」
「二人とも落ち着きなさい……ナオ、そこの二人に話を聞いて。レーヴェディア、陛下に内々で言伝を。新しいドレスと薬品を消費すると。」
「はっ!」
ぺち、と指先で額を柔く叩かれた……落ち着いてるのに。
レーヴェディアを見送り、ナオへ視線を写すと…アヴィリオ達が膝を着いて頭を垂れていた。…そりゃ第二王子殿下だもんなぁ…
神父様はタオルと氷を取りに行ってくれてたようで…見守ってくれる視線に、肩の力が抜けた。
最初は吐きそうなほど痛かったが、今はまだ我慢できる…それでも手を握っててほしくて……神父様の手を掴む。足元で椅子の下でウロウロしてるフロウも心配なんだろう。…あとでたっぷり甘やかそう。
「頭の傷は大丈夫、殆ど塞いだわ。…唇も、……此方は噛み切ったわね?…あと……お腹も蹴られたそうね、…ちょっとごめんなさい。」
ポゥ、と淡い光が王妃様の手から零れる。ナオのよりも鮮やかで強い光。それでも温かくて…優しい光。
服を捲られれば…赤く、青くなってしまった肌の一部が見えて…何だか余計痛くなった気がした。やっぱり視認するのはよくないな。
「内臓は痛めてないわ、大丈夫……ある程度治したら、薬品をレーヴェディアから持ってきてもらうから、そっちに切り替えるわね。
私の癒術で全部治せないわけじゃないけど…貴女の歳だと、身体がびっくりしちゃうこともあるから、ゆっくり治しましょう。痣も消えるからね。」
キリッとしていた顔がこの前の様に、優しい顔に戻った…一つ溜め息を溢すと……王妃様にも抱き締められた。
……ちょっとだけ、肩が震えてる。
「よかった……レーヴェディアから聞いたとき、また誰かを亡くすのかと思って………私……」
「王妃様……」
優しい王妃様だ。…近々で誰かが亡くなったのかもしれない……それでもこんな小娘に心を痛めてくれる王妃に…ちょっと、自分の行動を反省した
逃げたりとか、すればよかったのかな。
……正しい行動なんて分からない、身体は子供でも、思考回路は大人だ。
歪が故に、衝動的に行動するのに疑問が産まれてしまう……子供のように、何にも考えずに居られたら、それはそれは楽なんだろう。
………それでも、大切な人達を守るには、思考を止めてはいけない。相手がどう動くのかさえ考えて……とりあえずあのクズはぶん殴ろう。
「起き上がれそうか?…今日はもう部屋で過ごせ、夕飯も持っていこう……あの二人は私から話をしておこう。」
「アヴィリオ達も、巻き込んじゃったから……ちゃんと謝る。」
「駄目よ。兎も角今は身体を休めなくては。……まだナオと話しているようだし、終わったら部屋を訪ねるから……休んでちょうだい。ね?」
「……わかり、ました。」
笑顔が怖かった。声は優しいのに……うぅん、考えるの止めておこう。痛いのはもう充分だ。
神父様にそっと抱えられ…自室へ向かう。フロウも何も言わずとも着いてきて……優しくベッドに下ろされれば、上体だけ起こして座った。これならまだ許される。
……また抱き付いてきた神父様の肩が震えてた。肩がじんわりと濡れてきて……神父様が、泣いている。
実は一回消えた、全く内容別のものになってかなしい。




