閑話休題 従者一号と秘密
出会いは一端ここまで。
少女らしい、可愛らしい悲鳴を上げたレンは、元の頭痛もあったせいか再びくったりとソファに沈んでしまった。
殿下の膝に頭を乗せて、視線をどうしたらいいのかと彼方此方に散りばめる姿は可愛らしくいじらしい。
「レン、殿下とどこで?」
「神父様……」
困った顔で眉を寄せると……言葉を探すように瞳が細まった。
殿下をそもそも第二王子と知らなかったことも不思議だ。……それなのに何時までも少女へ注ぐ殿下の視線は甘く、優しいものだ。
「……ひみつ。……神父様にも、言えない。私達だけの、秘密。」
「………レン。」
「神父様がね、心配して怒ってくれてるの分かるの。……でもね、それでも内緒。…誰にも言えないし、言わない。私達だけの…ひみつ。」
互いの手を取り合って…ジジイにそう言った少女は、それでも不安そうにジジイを見詰めている。まるで結婚の報告に来たカップルかと錯覚しそうだ………ああ、だからさっきジジイの目が血走ってたのか、随分な肩入れ具合なことで。
「レーベにも、貴方にも……どこで知り合ったのかは言えない…貴方がレンを鳥籠に仕舞い込むなら無理矢理籠を抉じ開けるし……今、貴方がレンを追い出すというなら、この子は拐っていく。」
「ナオ…!」
ジジイが目付きを鋭くさせた途端、殿下が耳も尾も、毛をぶわりと膨らませて威嚇をしてみせた。
普段温厚な殿下が誰かを威嚇するなんて初めてで……本気なのだと、言外に告げてくる。
それを嗜めるように少女が名を呼び……頭痛が酷いのだろう、それでも体を起こしてジジイの傍に寄った。
「レン……辛かろう、横になってなさい。」
「やだ。二人が仲直りしなきゃ倒れる。」
「辛くなるのはお前さんだけだぞ?」
「んーん、ナオも心配して辛くなるし……神父様も、心配してずっと手を握ってくれる。風邪引くといつもそうしてくれるもんね、」
痛みを堪えるように眉を寄せたまま、少女が必死に言葉を告げれば……殿下も威嚇を収め、ジジイも表情を緩ませた。
完全に俺空気になってるんだけどどうしよ……いやまぁ、護衛なんて殿下のおまけみたいなもんだし、特にしゃべる必要ないからな…
少女に敵意がない以上、俺が剣を取る必要はないし…何せジジイが育ててるなら尚更、警戒の必要はない。
「……わかった。この件は不問にしよう…全く……」
「うん、ごめんなさい神父様。……あとね。」
安心したように表情を緩ませた少女は、ジジイの袖を軽く引く。
殿下も肩の力を抜いたように深く息を吐き出した。
「……………そろそろ、限界…」
ツーっと、鼻から一筋鮮血を垂らし………倒れ落ちそうになった少女を頭を打ち付ける寸でのところで受け止めた。
めちゃくちゃ焦った、心臓が痛い。
「レ、レンっ!!」
「レーベ!彼女を此方に!」
殿下が座ってたソファに小さな体を横たえ、来てた外套を掛けてやる。
ジジイが血を拭い、簡易に止血を済ませてる間殿下が小さな手を包んでいた。
「……大丈夫か?このお嬢ちゃん。」
「ああ……今日は特に感情の起伏が激しかったからな、それに体が驚いたんだろう。……よく体調を崩す子ではある、それを隠すのは誰に似たのか上手いがな。」
「ふぅん……随分な入れ込みようじゃないか。子供は好かないってぼやいてなかったか?」
「ふん。お前みたいな喧しい奴は好かんが、この子は賢く静かだ。先月五歳になったとは思えんくらいにな。」
「五歳?!まじか。…殿下と同じくらいかと思ったぜ…」
あどけなく、丸い頬は白い。熱を測ろうかと額に触れようとすれば下から鋭い視線が。
「……殿下、取りませんって。」
「どうかな。レーベは猫好きだから……可愛いでしょ?レン。」
「それはもう、黒猫族なんて滅多にお目に掛かれませんし、大変可愛らしいと思います。初対面だからか、殿下やジジイには表情を動かすのに俺には全然視線が合っても逸らす辺りが猫らしくて可愛い。」
「うん、だから駄目。何なら見ないで。」
聞かれたから答えたのに。……あとなんか、鋭い視線が増えた。
横のジジイは物言わずとも殿下よりも数倍鋭い視線をぶつけてくる……もはや殺気に等しい。
「………この子に無用に触れるな、話し掛けるな。」
「そこまで?!」
散々しごかれた過去を思い返しても、ジジイがこんなにも誰かに入れ込むことはなかった。
随分な溺愛っぷりだと溜め息を溢し…眠ってしまった少女を見下ろす。
………うん。可愛い。
後に変態レーベくんが育っていく。




