閑話休題 従者一号と少女
閑話休題にしてるけど、いつか出逢いは出逢いでまとめたい所存
今思い返せば、あの時、教会を満たす二つの泣き声が祝福する鐘のように聞こえたのは、彼らの泣く理由が幸せなものだったからかもしれない。
ただ二人分の幼い泣き声が反響して、身体に降り注ぐ。まるで自身の魂を揺さぶるような、そんな感覚がして……視界が潤んだ。
途端。
「っぐ……!て…め、…ジジイ…!!!」
「まだ甘ったれた部分が直っとらんな。子供の泣き声に感化されて涙を浮かべるとは情けない…」
強烈な痛みで涙が途切れた。というか別の意味で涙出てきたわクソが…!!!
老体の癖に未だ鋭い拳が健在なのが腹立つが、今はこんなジジイより殿下だ。
殿下に感化されたのか、或いは別の理由か、……きっと後者であろうが、黒猫の少女もそれはそれは大きな雫を大量に溢して泣きじゃくっている。
「殿下。」
声を掛けるのが憚れるも、掛けなくてはならない。
背筋を伸ばして声を掛けてみるも、聞こえているだろうに反応すら示さず……ただ少女を隠すように腕の中に閉じ込めてしまった。
それから数回声を掛けてみたが……完全にお手上げで、仕方なくジジイの方を伺った。
「………殿下。レンを取りはしませんから…場所を変えましょう。…そろそろレンが泣き付かれる頃でしょう。」
溜め息と共にそう言えば、鼻をぐずぐず鳴らしながら漸く殿下が此方を向いた。
初めて、年相応の姿を見て……動揺してしまったのかもしれない。行動せねば、と思うのに身体が動かない。もう一度ジジイから殴られたが、流石に文句は言えなかった。
少女をジジイが抱き上げ、その後ろを殿下が着いていく。………慌てて追い掛けることしか出来なかった。
「レンなら、大丈夫ですよ。泣き付かれてしまっただけです。……普段泣かない子な上に、体力も元より少ない。色々疲れてしまったのでしょう。」
「そう……ですか。」
普段の落ち着きを取り戻しつつある殿下……それでも、己の膝に少女の頭を預け、決して離れようとしなかった。
「殿下が探していたというのは……」
「……この子。……僕の………一番大切な人。」
問い掛け、やはりと確信する。
感情を滅多に露にしない殿下が、泣きじゃくる程欲していた相手。
甘さを含んだ声色が、どういった意味で大切なのかと示していて……早くないか?とも思ったが、それよりもっと大事な事がある。
「……この子は教会の周辺にしか出して居ない筈。…殿下とお知り合いになったと聞いたことはありませんが。」
「………ないしょ。」
隠しもせず警戒を露にするジジイに対し、怯むどころか更にその腕のなかに隠した。
度胸があるのか考えなしなのか……子供の独占欲的なあれだろう、たぶん。
それで済むはずもなく、ジジイが再び口を開こうとしたとき……少女が目を覚ました。
ただぼんやりと殿下の顔を見詰めれば、確かめるように頬に触れ、唇を指先で辿る。安心したように微笑む姿は大変愛らしい。
それよりも、それを見ていた隣のジジイの顔が面白い。
「ジジイ、瞳孔かっ開いてんぞ。」
茶化す様に言ったのに、まさかの無反応。
何も彼らに可笑しいところはないというのに……軽く目が血走ってる。見たらあの子達泣くぞ。
「………なお。」
「うん。」
「なお。」
「此処にいる。…ちゃんと見つけたよ。」
ただ愛しいと、少女は殿下の名を呼ぶ。
年端もいかない彼らのそれは、片翼の天使が互いを求め合うようで……ただ、尊いものだった。
「……レン。具合は?」
「神父様……大丈夫ですよ。」
「その顔はうそ。泣いたら頭痛くなるんでしょ。」
此方に漸く気付いてくれた。起き上がってペコリと丁寧に頭を下げ……静かな佇まいでジジイの問い掛けに応える姿は殿下より大人びて見えた。
……ものの、嘘を見抜かれたらしく、困り顔でそっぽ向いているのは子供らしい。揺れる尻尾が可愛い。
「随分殿下に懐いているようだな。」
「……殿下?」
不貞腐れた様に言うジジイ、可愛くないので笑ったら肘鉄を食らった。
それにきょとりと大きな瞳を更に丸めて首を傾げた彼女。……レンといったか。
「僕のこと。……この国の第二王子。」
不思議そうにしていたレンへ、悪戯をするような笑みを浮かべた殿下が言えば……少女特有の、高い声が教会に響き渡った。
まだまだ続くよ、変態に至るまで




