第十話 始まりの城下
いよいよ町へ降り立つとき…!!!
ナオが泊まりに来るのならば、めいっぱい部屋を綺麗にしておきたい。
流石に手続きやらがあるから二日後にまた来るそうで……その日の夜は、どきどきして眠れなかった。あまりにもそわそわと意味もなく教会内を歩き回るものだから、神父様がずっと微笑ましげに見てきた。
迎えた翌日の朝、赤色の着物のようなワンピースを着て、神父様の腕の中で馬車を待つ。
改めて思うけど、片腕に乗せられるってそうとう筋肉ある……いや、身体強化してるのかもしれないけども。
ピシッとした、お外用の服を着た神父様は贔屓目に見なくても格好いい。
ロマンスグレーの、一部だけを伸ばして結った髪は何処かの老紳士にしか見えないし、髭もないから若々しい。
淡い翠のブローチが陽を受けてキラキラしてる。
「でも、なんで馬車?…歩いて行ける距離ではないのですか?」
ナオや、お祈りに来るお爺さんやお婆さんは勿論徒歩だ。わざわざ馬車を呼ぶことはないはずなのに…首を傾げると神父様に笑われた。
「折角お前が初めて町へ降りるんだ。親代わりとして色々買いたくなるんだよ。…それに食材も沢山買っておかねばな。口に合うかわからんが…」
孫を可愛がるお祖父ちゃんの心境なのか。親代わり……と言われても、神父様は神父様だし……此方のお父さんもお母さんも知らないから、身内にカウントしていいなら、神父様が居てくれるだけでいいというのに。
ちなみに、神父様の料理はとても美味しい。
「…神父様みたいに、いつかちゃんと料理作れるようになりたい。」
「お前さんはなぁ……何故菓子類は作れるのに普通の料理は質が落ちるんだろうな…?」
森で取った果物を使って、たまにお菓子を作る。
お菓子なんて絵を描くのと同じで、味を想像しながら作ればなんか作れる。…まぁ、前世も作るの好きだったし、学校で少し習ったりもした。
ただ、何故かご飯類は並以下なのだ。解せぬ。
ちゃんとレシピを見て作れば、それなりのものが勿論作れはするが……アレンジをしようものならば、一気に質が落ちる。
神父様みたいにレシピを見ずとも作れるようになるにはまだまだ時間が掛かるようだ。
ほんの少し膨れながら、到着した馬車に乗り込む。……大変立派な馬だった。機会があれば乗ってみたい。
「…城下町は、どんなところ?」
「うん?…そうだなぁ。
以前話した様に、この国の半分以上の人口は獣人だ。その代わり、エルフと云った精霊種と呼ばれるものは少ない。
国というものは魔術や科学技術など、各々特化したものがあって、この国は言わずもがな、狩りに特化している。狩りと一口に言っても、生きるための狩猟だけではなく……最大規模の冒険者ギルドを構え、魔物の討伐、或いは捕獲。強い者が集まるのがこの国だ。」
大変勇ましい国、というのは分かった。
エルフ少ないのか……それはそれで何だか華に欠けるような…いや、考えるのは止めておこう。獣人だって可愛い。
前世では考えられないが、この世界は魔術も科学も共存して、魔物という存在が当たり前だ。
服の素材になったり、食料や武器防具になったり……温厚な魔物は飼育されたり、騎乗用に調教されたりするらしい。
魔物とは、何らかの魔術要素が働き、動物が変異したもの。
出来損ないとでも云うべきなのかもしれないが……何をどうやったら蜥蜴からドラゴンが産まれるのか。出来損ないというより進化だろ。
「城下はそれはそれは賑やかだぞ。私には合わないが。…冒険者ギルドの前では何時も誰かしらが宴を開いてる。高難易度の依頼をクリアした者だろう。……冒険者になるということは、常に死が傍にいるようなものだからな。」
ちら、と送られた視線は言外に本当は冒険者にさせたくないと語っていて……優しくて大好きな神父様のことだから、自分が止めてはいけないとこの間は言わなかったのだろう。
でも、ナオの傍に居るために必要だから…神父様がなんと言おうとも、元より止める気はない。
「私の傍に居るのはナオだけで定員一杯。……それに、簡単にやられるような女の子じゃないのは神父様だって知ってるでしょ?」
ぽす、と甘えるように身を寄せて、にんまりと笑みを浮かべれば…額を抑えた神父様。
そんな頭痛の種が増えたみたいな顔をしないでほしい。
「知っている。知っているとも……だから困ってるんだ。お前さんなら寧ろ返り討ちにしかねん………全く、大人しい顔をして、その度胸は誰に似たんだか……」
深い溜め息と共に頭を撫でられた。
返答に満足し、揺れる外に興味を移した。……いつの間に森を抜けたのか、大きな門の所で僅かに停止し……軽快な足音と共に馬の脚が更に進む。
聞こえる喧騒に、見える建物に、興味が奪われた。
古い西洋のような、まさしくファンタジーともいうべき町並み。
歩く人も、魔法使いっぽい人やら、自分と同じ獣の耳や尾を生やした人……際どい格好で平然と……いや、めっちゃ恥ずかしそうだな。
ともかく、ゲームの中に紛れ込んだような、そんな世界が視界に広がった。
ただただ、新しい玩具を手に入れた子供と同じ胸の高鳴りが収まらず、地に足を着けたくて何度も窓枠から身を乗り出した。
降り立つのはやっぱり次回。




