第八話 王族と平民
どこの世界でも母はつよし。物理的にも精神的にも強い。
見るからにゲッソリと項垂れてるナオの隣に座れば、何も言わず抱き付いてきた。よしよし、何があったか知らないけど、めちゃくちゃ怖かったんだな……尻尾が可哀想なほど震えている。
「流石のナオも耐えられなかったか…」
「なにか言いまして?」
「いえ、ナニモ。」
ものすごく綺麗な微笑みなのに、国王陛下さえ尻尾を丸めてしまう程の圧。
後ろの方で笑う二人を国王陛下が睨むも、怒らないのはやはり仲良しだからだろう。
「女王陛下、お菓子……持ってきました。」
神父様に渡されたバスケットをそのまま女王陛下の前へ向ければ、じぃ、と見詰められた。
何か粗相をしてしまったのかもしれない。怒られると半歩引けば、苦笑を浮かべて優しく撫でられた。
「怒りませんよ。いい子ですもの。」
褒められた。……神父様が物凄く嬉しそうな顔をしてる。
ならば何故見詰められてるのだろう……絶世の美少女というわけもなく、それなりに可愛いと自負してるけど…ナオや女王陛下と比べたら月とすっぽんもいいとこだ。
首を緩く傾げると、女王陛下は神父様を指差した。
「なんと呼んでいるの?」
「神父様です。」
「彼は?」
「レーヴェディアと。」
すい、と今度はレーヴェディアを指差し、次にナオを。勿論ナオと呼んでいるのでそう言えば、今度は国王陛下を指差した。
「…国王陛下ですね。」
「じゃあ私は?」
「女王陛下。」
一通り呼び終わったが…何だろう。
反対側に首を傾げると……女王陛下が膨れた。ついでに国王陛下も膨れた。解せぬ。
「よそよそしくて嫌だわ。その呼び方。……いずれ結婚するんですから、“お義母さん”でもいいのよ?」
「「………え。」」
これにはナオも固まった。
国王陛下も「“お義父さん”もいいなぁ。」なんて呟いて……神父様のボディブローが決まった。痛そう。
そんなことより、何故こんなに受け入れてくれるのかと思考が止まる。普通ならば有り得ないだろう。
特別な力があるわけでもなく、容姿だって並み程度、令嬢達の方が圧倒的に優れているし、世間体だってあるというのに。
「なんで、って顔をしてるわね。」
つん、と頬を指先で突かれた。
自分も、ナオも、ただポカンと開いた口が塞がらない。
「息子が愛するものと傍に居たいというのなら、それを応援するのが親というものだ。夜会でも壁の花を決め込むナオが不思議で仕方なかったが……君が居たからだと合点がいった。結婚を願うなら親として応援してやりたい……君がよければ、だが。」
どこまでも優しく、深い両陛下に涙が出そうだった。こんな小娘を、跡取りになるかもしれない大事な息子の傍に置いてくれるなんて。
どう返事をすればいいのかわからなくて、ナオや神父様を見る。……レーヴェディアは何故か貰い泣きしてるから無視だ。なんで私より先に男泣きしてるんだ。
「嫌だ、なんて言っても僕は離さないし、父上や母上が駄目なんて言っても、この手を離さない。……堕ちるなら、どこまでも共に。ふたりぼっちでも生きていこう。……そう言ったのは君でしょ?」
強い光が、射抜く。
嬉しくて、泣きそうで、……ナオの肩に額を押し付けてなんとか我慢する。
この世界で、二人で生きていける。
それがどんなに嬉しいことか。自分を見付けてくれた女神様と、ナオを見付けてくれた名も知らぬ神様へ向けて、心の奥で感謝を告げた。
「ずっと、…叶うなら、この命尽きるまで。」
「うん。ずっとずっと、君の手を取って。」
こつ、と額を合わせて笑った。
たまらなく幸せで、ただ目の前の人が愛しくて…………人前なのをすっかり忘れていた。
慌ててがばっと距離を取るも……八つの生暖かい視線に耐えられるわけもなく、記憶よりもまだ小さいナオの背中に隠れた。
いつかこの背中も、もっともっと大きくなって……背負うものもいっぱいあるのだろう。
その中の一つに…出来るならば、彼の心を一番広く、独占できるといいな。
「好いた者が身分関係なく傍に居る国にしなくてはなぁ……元老院の者共をなんとか納得させられればいいんだが。」
微笑ましげに、けれど何処か困ったように呟いた国王陛下にその事をすっかり失念していた。
彼が王位を継いでも継がなくても、王族であることにかわりなく……この国では、王族と婚姻できるのは貴族の中でも侯爵以上と決まっているのだ。
位は、一番上を国王や王族とし、次に公爵、侯爵、伯爵、子爵、そして最後に男爵と並ぶ。女性の場合はその後ろに婦人がつくそう。
公爵は古い貴族の家柄が多く、王宮内での勤務をされていて、元老院の者が半数を占めるという。
侯爵は王宮や城下町の管理を。伯爵はさらに王宮の回りの村や地域を、子爵が更にその末端の地域を統一し……男爵は所謂名だけの貴族で歴史の浅い家柄が多い。
年に一度位を上げたり下げたりすることがあり……国王陛下が個人を評価し位は変わる。勿論力なき者は貴族名を剥奪されることだって少なくはない。
何て言ったって我が国は、獅子の王が治める弱肉強食の国。血統だけでなく、優れた者が上に立つのは極々当然のことだ。
「貴族になる方法は幾つかあるけれど……」
「あの、私…もう決めてるんです…!」
侯爵以上を手にするのは、中々難しい。手っ取り早いのは養子となることだが……それじゃだめだ。いつ知らぬ人のところに嫁に出されるかも分からないし、自由に動きにくい。
私だって、無知じゃない。ナオと再会してから沢山本を読んで、この世界を理解しようとした。
ぎゅ、とナオの手を握って、此方を見詰める四人を見上げた。
「冒険者ギルドに登録して、レーヴェディアと同じ様に…貴族名を取ります。」
そろそろ旅立つための下準備




