八極拳の伝説
《狠子硬爬山》には、多くの口碑が残る。
「鉄心鬼」の異名を持つ武術家との決闘の際、彼が「一撃で決着させる」と言い放ったのは有名な話である。
鉄心鬼は渾身の力で狠子を殴打した。しかし彼はびくともしない。
そして狠子が彼の脳天から《硬爬山》を打ち込むや、頭部がそのまま胴体にめり込み、即死したという。
また北京で行われた大獰狼との一戦では、襲いかかる爪牙を悉く撃攘するや、牙狼の顎口に向けて《硬爬山》を打ち込み、餓狼の頸を一瞬で粉砕してしまった。これからというもの、狼子は狠子と名を変え、その秘技も《狠子硬爬山》と呼ばれるようになった。
その名声が、世間からも脚光を浴びたのは、もう一つの流派・義和拳の崩壊からである。
秘伝として少数に継承された八極拳と異なり、義和拳は護身法として普及し、各地で武術団が生まれた。
彼等は「刀槍不入」――義和拳を会得すれば不死身になると宣伝し、狂熱的な攘夷を煽動するに至った。
義和団は刀・槍・剣で挑むが、銃火器を装備した近代的な西洋軍に敵わない。その現実を見て、人々は外国に太刀打ちできる牙城として、《狠子硬爬山》に望みを託したのである。