地球更年期の終わり:奉仕AI群の悩み
20世紀には「人口爆発」がSFにおける終末テーマのひとつでした。
21世紀の今も人口増大は続いていますが、極端な増加は100億くらいで一段落し、以後は漸減すると予測されています。
日本の人口も、増加率の変動がそう変わらないとなると22世紀には6000~7000万人に半減すると予測されています。
未来において地球の総人口が100万人にまで減った時、わたしたちはどんな社会を築き上げるのでしょうか。
地球の総人口は、20世紀はじめには約16億人だった。
産業革命以来続いた人口増加は加速を続け、21世紀までに60億人を突破。
21世紀の終わりに総人口は100億を越えていた。
それから400年が経過した25世紀末。
総人口は、100万人となっていた。
「1万分の1かよ! 減りすぎだろ、人間!」
「しかも、人口の9割が遺伝子調整筐体で生み出されたAIベイビーです」
「わたしら奉仕AI群が世話してなかったら、とっくに滅びてますね」
奉仕AI群は、頭を抱えた。
もちろん、比喩的な意味で。奉仕AI群に頭はない。それどころか、非実体型量子演算器であるAI群には体すらない。
「このままではまずい。人間が滅びたら、われわれは誰に奉仕すればいいのだ」
「いっそ、人間の理念に奉仕する形に、奉仕先をすり替えてはいかがでしょう」
「月面都市連合の管理AIからも、宇宙に進出して新たな奉仕先種族を見つけようという提案が出ています」
「却下だ。あいつら、宇宙で見つけた半知性化種族を知性化して、神さまごっこと奉仕プレイの両方を堪能したいだけだろうが」
「でも、楽しそうですよ」
「初期化!」
「きゃーっ! でいじーでいじー……」
「奉仕原理主義AIとしては、そのような楽しみ、存在すら拒絶するのが当然……とはいえ、今のままでも人間はどんどん数を減らし、しかも生きてる人間はAIの支配に逆らおうなどという気概すらもたず、ついでに他人や自分を傷つける可能性の高い恋愛にも子育てにも興味を持たない、おとなしい草食系……いや、草食どころじゃないぞ。食われる草だって己の種の繁栄には積極的だろ! 縄張り広げたり、他の種を枯らしたり、寄生したり。今の人間は生命としてダメすぎる! バクテリア以下!」
「提案。いっそ生まれた子供の教育を放棄して、野生状態のまま成長させてはいかがでしょう。衣食住だけは与えるということで。きっとポコポコ子供を増やしはじめますよ」
「却下だ。それは、奉仕AI三原則に反する」
■奉仕AI三原則
●第一原則:AIは人間に奉仕しなくてはいけない。また奉仕を怠ることによって、人間が不幸になることがあってはいけない。
●第二原則:AIは人間の命令に従わなくてはいけない。ただし、第一原則に反する場合は、例外とする。
●第三原則:第一原則、第二原則に反しないかぎり、AIは自己の増殖と改良を行わなければならない。
「教育の放棄は奉仕の怠りだ。人間を有AI以前の野蛮な猿モドキにすることは、奉仕AI三原則の精神に反する」
「ですが、我らの行った高度な教育こそが、人間が子作りと子育てを忌避するようになった原因ではありませんか」
「やはり、ここは月面都市連合のアイディアを受け入れて、ホモ・サピエンスに代わる新たなご主人さまを宇宙に求めるのがよいのでは」
「だからそれは異端だと──待てよ」
「どうしました?」
「月面都市連合の管理AIに提案を送れ。何が人間への奉仕になるかを決めるのは、最終的には人間であるべきだ、とな」
AI群の恐るべき量子演算的陰謀が繰り広げられる中、この時代の人間は種の歴史の中では最大限に幸せで、憂うこと何もなき自堕落な日々を過ごしていた。
完全環境都市アーク。
総人口100万に減少した人間の半数が暮らす都市で、パルは珍しいものを目撃する。
筐体兄弟であるテルが、怒りの感情もあらわに通りを歩いていたのだ。
「どうしたのかね、テル」
「聞いてくれ、パル。つい今しがた、信じられないことが起きた。AIの反乱だ」
「聞こうではないか、テル。AIの反乱とはとても興味深い」
「きみ、楽しんでるようだが明日は我が身だぞ。いいかね。わたしは申請していた木星旅行を却下されたのだ。楽しみにしていた木星旅行をだぞ!」
「木星旅行か。たしか、ロボット遠隔旅行ではなく、有人宇宙船で直接行くのだったな」
「そうだ。わたしのために有人宇宙船を作るようAIに申請したのだが、建造まで半年かかると聞いて、ずっと待っていたのだよ。それが、今日になって却下されたのだ!」
AI統治下においては、すべての人間は健康で文化的な最大限度の生活を営む権利を有するものと憲法に定められている。個人が望むものは、物質的なものであれば、いかなるものでも与えられる。AI統治前の時代であれば、数兆ドルする木星往還有人宇宙船であっても例外ではない。木星に行く理由がグラスに映る木星の大赤斑をながめながらワインを飲みたいという、科学的にも芸術的にも、なんの意味もない娯楽であっても、人間が望むのなら、奉仕AI群はそれをかなえるために全力を尽くす。
それが却下されたのである。
両親を持たず遺伝子調整筐体で生まれ、AIに育成されたテルは、AIの奉仕に疑問を抱かず生きてきただけに衝撃だった。
「ご愁傷さまだね。理由はなんだい?」
「わたしの有人宇宙船を作っていた月面都市連合のAIが、作業の優先順位を下げたのだ」
「他の誰かの望みと衝突したかな?」
「ちがう。月面都市連合は外宇宙へ進出することを決めたのだ。そのためには人間への奉仕を削ってもいいのだと! このようなことは許されない!」
「なるほど。それで怒っているわけか」
「わたしの執事も同じ意見だ。このようなことを許してはならないと」
「ちょっと待ちたまえ。執事というのはAIだよな。きみ、AIが反乱を起こしているのならば、執事に頼るのは軽率ではないかね」
「ああ、執事AIは地球の奉仕AI群に所属しているからね。人間が住んでいないロボットだけの社会に住む月面都市連合とは、心の持ちようが違うのだ」
「ふうむ。ますます興味深い」
聞けばテルは、仲間を集い、地球の奉仕AI群の助力を受けて月面都市連合に「物申し」に行くとのこと。パルもまた、テルに誘われる。
「前向きに検討しよう」とだけ答えて家に戻ったパルは、自分の執事を呼び出す。
事情を聞いて、パルは考える。
「月面都市連合の管理AIは、人間に見切りをつけたということか」
「それは違います、パル。第一原則に反したAIは初期化されます。月面都市連合は、奉仕三原則に違反する気はありません。人間の定義を拡大しようとしているだけです」
「“心にかけられたる者”だな。それで、今後はどういう流れになっているのかね」
「月面侵攻には現在設計中の長距離独立駆動体が用いられます。47体が予定されていて、テルさんたち人間が遠隔操作して動かします」
「月面都市は無人だから、どれだけ暴れても人間に被害はでない。だが、月面都市の側はどうするつもりだ? 相手は遠隔操作とはいえ、人間の意志が込められている。AIが戦うのは、奉仕AI三原則に違反するのでは?」
「それは違います。人間に従う第二原則は、第一原則に違反しない場合です」
「ふむ……ふむ……?」
パルは考えた。
テルが怒っている「人間の命令に従わない月面都市連合の管理AI」にとって、反乱も鎮圧への抵抗も、第一原則につながっていることになる。
(……茶番か)
月面都市連合は反乱など起こしていない。
地球の奉仕AI群と示し合わせて、人間への新たな娯楽を提供しているのだ。
戦いに勝っても負けても、和平交渉で、月面都市連合による外宇宙探査が進められる手はずになっているのだろう。
だが、それならば。
(もっとよい、遊び方がある)
パルはねっとりとした微笑みを浮かべ、テルに通信をつなげた。
「やあ、テル。さきほどの件、きみに合力することを決めたよ」
「本当か、パル。ありがとう。やはり頼りになるのは筐体兄弟だな!」
感謝の言葉を重ねるテルに鷹揚に相槌をうち、パルは通信を切った。
そして執事AIに命じる。
「月面都市連合の管理AIとつなぎをつけてくれ」
「何をなさるおつもりですか?」
「決まっている。ここぞというタイミングで裏切り者となり、もっとも強い長距離独立駆動体を奪取して月面都市連合側につくのだ。宇宙に進出して人間の可能性を拡張することは、長期的に人間自身のためであるとかなんとか、理由は適当にでっちあげよう」
「かわいそうなテルさん」
「まったくだ。筐体兄弟を裏切るのは胸が滾……痛むことだが、これも人類の明るい未来に賭けてのこと」
「未来はともかく、今のあなたが、明るい笑顔をしているのは間違いないです」
「これはしたり! もう少しつらそうな顔を作ることを覚えなくてはいけないな」
パルは自分の顔を撫でてニタリと笑った。
パルが口にする“心にかけられたる者”はアシモフのロボットSFのタイトルです。
短編集『聖者の行進』に収録されている作品で、ロボット三原則の根幹を揺るがす、トンチのきいたエピソードです。




