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突然ですが、武士拾いました  作者: 和久井 要
4/14

8月3日 pm16:07

 いい考えがあると言ったマユだったが、やはり時間が押しているのか、ボクには何も語らずに足早に自宅に戻っていった。とはいえチャカチャカしたマユは準備も早い。20分ほどで戻ってきた時には見違えるような変身を遂げていた。

 付けまつ毛を装備し、アイラインを引いた涼しげな目。高めの鼻梁の下には少し派手めな赤のルージュ。

 体に穴を開けることを良しとしないマユの耳にはゴールドのスティックタイプのイヤリングが嵌められている。その先端には星の飾り。ショートヘアとの無敵の組み合わせ。


 マユが髪を伸ばさないことにボクは感謝せずにはいられない。見慣れているはずなのに、ボクは何度でもマユの横顔に見とれることができる。

 服装も然り。上はボクの普段使いのTシャツのままなのに、カーキ色のプリーツスカートの組み合わせはスラリとしたマユによく似合っていた。足元はウェッジソール+アンクルストラップタイプの厚底サンダル。マユは足の指の形も綺麗だ。強いているならばペディキュアをしていないことが残念だが、それはさすがに時間が許さない。


 どう? マユはポーズを取る。まさにファッション雑誌の表紙のモデルのよう。圧倒されたのかブシでさえ見惚れていた。


「うん、完璧」

「でしょでしょ。私だからね。間違いない」


 根拠のない自信はマユの無類なきポジティブシンキングから生まれる。でもそれこそがマユたらしめるものであり、実に痛快なのだ。

 完全武装のマユの涼しげな目が突如、ブシを捉えた。口元に先程浮かべた悪戯っ子のような笑み。

 ――来る。ボクは身構える。その勘に間違いはなかった。


「さぁーって、時間がないからサッサとやろうか」


 空気を察したのか、まずブシが逃げ出した。待ちなさい。ブシを追ってマユが床を蹴った。


 それからが大変だった。

 嫌がるブシを抑えつけ、無理やりに着替えさせた。

 上はピンク地のラメ入りTシャツ。胸の前には゛HAPPY?”の文字。インディゴブルーのデニム生地のミニスカートを履かせ、ツインテールに髪を結えば、マニアには堪らないロリータ少女の出来上がりだ。


「キャア、可愛い!!」


 普段は全然意識していなかっだが、マユが絶叫する通り、ブシは予想以上の美少女だった。


 冷静に分析すればすぐに分かることだった。

 まぶたが一重で少し腫れぼったくは見えるものの、顔全体の配置がいい。歯並びも綺麗だし、唇も厚くなく薄くなく、顔のどのパーツも下手に主張するものがない。


「これで誰がどこから見ても現代っ子でしょ?」


 ブシ用の白地にピンク色の紐のスニーカーを家の三和土に置きながら、予想以上の出来栄えにマユも大満足だ。

 これらの服の数々は、マユが買ってきたものだ。どうやら以前からブシを着せ替え人形にしようと画策していたらしい。可愛いものが大好物なマユらしい脳内妄想が弾けた結果ということか。


「嫌じゃ。外には出ぬ」


 必死の抵抗でブシは首を横に振るが、ブシの着ていた作務衣は、ブシの背では届かない高いところに置かれてしまった。着替えることは叶わない。

 そうこうしているうちに時間は夕方の4時を少し回ってしまった。やばっ。遅刻しちゃう。マユが慌ててブシの両肩を掴んだ。

 聞いて、ブシコ。マユがしゃがみ、ブシとの視線を合わせる。


「もう私は用事でいなくなるから、ユイと留守番しといてね。晩御飯の材料をスーパーに買いに行かなければならないから、いい子にして、ついていくように」


「嫌なものは嫌じゃ」

「武士ならわがまま言わない」


 ピシャリと言われ、ブシは目をマユに向けたまま凝固した。


「侍は強いよね? じゃあ――ユイを守ることもできるよね?」


 ブシの手にはおもちゃの日本刀。


「でも、それは置いてくこと」


 マユはブシの刀を掴んだ。


「刀なしでは守れん」

「ブシコは強いから、素手でも戦えるでしょ?」

「戦えん」

「大丈夫」

「無理じゃ」


 マユとブシのやり取りが続く。


「あなたは強い。絶対に大丈夫」


 無言でブシは顔を横に振った。


「――分かった。だったら、これ預けとく」


 マユは鞄から黒い物体を取り出し、ブシの小さな手のひらに乗せた。


 覗き込めば、黒い筒状のものだ。長さは20センチほど。


「これはいざという時には刀の代わりになるもの。長さはせいぜい50センチくらいまでだけど、役には立つから」

「何? それ」


 思わずボクはマユに声をかける。


「特殊警棒。伸縮する奴」

「へ?」

「まぁ……護身用? いざという時のためにね」


 特殊警棒――最近、ドラマでも見かけるようになった振ると伸びる棒のことだ。


「それをブシに持たせる気? というかいつこんなの手に入れたの?」

「へへ……ちょっと通販で」


 ブシが刀を持ち歩きたいって言うと思って、法的にも問題のない代わりの探してそれに行き着いたとのこと。


「これならリュックに入るでしょ? 外に行けるよね?」


 有無を言わせない語調に、さすがのブシも首を縦に振るしかなかった。


「……承知した」


 ブシが折り畳んだ状態の警棒を受け取ったところで、マユは立ち上がった。


「さぁーって、行ってくるね。男どもを駆逐してくる」


 合コンに行って、何を駆逐するかは分からないが、キリッとしたマユの顔はさながらに戦乙女(ジャンヌ・ダルク)だ。


 マユを見送り、ボクとブシだけが取り残される形になった。

 思い起こせばブシと二人きりになるのは初めてだ。いや、厳密には玄関先で対峙した時のわずかな時間は二人きりだったか。


「さぁ、買い出し行こう。何か食べたいものある?」

「任せる」

「分かった」


 脳内で晩御飯のメニューを再構築する。基本的には変わらない。大根の葉の入った味噌汁。ほうれん草のおひたし。ハンバーグは持ち越しにして、豚汁も止めて豚肉で肉じゃがを作ろうと考えていた。そうなると糸こんにゃくがない。買ってこなければ。

 豆腐を買って(やっこ)か白あえでもしようとメニューの構想がどんどん広がっていく。

 ボクが向かっているのは、この辺りでは中堅どころのスーパー"フレッシュマートみよし"だ。大手ほど目立って安いわけではないし、品揃えがいいわけでもないが、それでもチラシ掲載商品の値段は頑張っているし、何より魚が新鮮なのが魅力的だ。柔らかな雰囲気と相まってボクのお気に入りのスーパーで、基本的に”みよし”でしか買い物をしない。


 道中、ブシは何だか落ち着かずソワソワと周囲を見渡す素振りが見受けられたものの、立ち止まることも戻ることも、もちろんゴネることもなく、粛々とボクの隣を歩いてくれた。

 大通りに出れば右折して歩道を歩く。そのまま大きな交差点を二つほど過ぎると、見慣れた看板が目に入ってくる。緑地に赤字のひらがなで"みよし"。フレッシュマートの文字は一丁前にアルファベット表記。しかも筆記体だ。


「着いたよ」


 スマホの時刻表示を見れば、みよしまではブシの歩調に合わせて片道約20分という道のり。

 とりあえず何事もなく目的地に到着できたことに安堵する。ブシが大人しくしていてくれたこともそうだが、ご近所さんに出会うことも声をかけられることもなかったことがただただありがたい。


「もし、何か欲しいものがあったら遠慮なく言って」


 スーパーの建物に近づくとボクはブシにそう言った。


「承知した」


 ブシは先を歩くと、入り口て買い物カゴを一つ手に取り、ショッピングカートに迷いなく載せた。

 今やツインテール姿のブシだから違和感は抱かないものの、武士の格好を思い出しては、やはり――という思いがこみ上げてくる。

 ブシはやはり現代っ子で、普段からスーパーに行き、買い物をしている。一人で買い物をしていたのかまでは分からない。でも今のように、大人の隣をカートを押して歩いていたことは間違いない。


 ボクに何かを言われることもなく、ブシはセオリー通り青果売り場から歩き始めた。ボクはできる限り平静を装い商品をカゴに入れていく。

 特売のキャベツ、キュウリ、トマト。せっかくだからみんなで食べようとスイカのハーフカットも一つ。次の売り場で豆腐と竹輪をカゴに入れ、魚売り場では今日は食指が動かず何も選ばなかった。

 精肉売り場で予定通り通りブタのこま切れを選んだところでボクはブシを見た。


「欲しいものない? お菓子は? かき氷買って帰ろうか?」


「大丈夫じゃ。いらん」


 普段なら、そっか、ならいいや、で済ますところだが、どうしてか今のボクはブシを挑発したくなった。多分――ブシの素を少しでも引き出したかったのだと思う。

 半ば強引にブシと一緒にお菓子売り場に行き、ポテトチップスをいくつか手に取る。


「どの味が好き?」


 うすしお、コンソメ、そして最近目にするようになったサワークリームオニオン。


「いらん」

「いいじゃん。どれか一つ買って帰ろう。ね? きっと美味しいから」


「いらんというとるじゃろう!!」


 しつこく感じたのだろう。ブシは語調を強める。


「じゃ……じゃあさ」


 一つ隣の列へ。こちらはチョコレートなど甘いものが売っている。


「チョコならいいでしょ? どれにしようか?」


 どちらが好きかとよく話題になるお菓子を二つ手にした。片方はきのこの形をしたもの。もう一つはたけのこの形のもの。


「いらんもんはいらん!! いい加減に――」


 そこでブシは言葉を飲み込む。


「もうよい……帰る」


 カートから手を離し、一人で出口の方へ向かいかけたブシの手を反射的に掴んでいた。


「……もっと甘えたらいいんだ」


 ブシは小学校低学年の女の子だ。おやつを欲しがるのが当たり前。おもちゃを欲しがるのも当たり前。お母さんが恋しいのに至っては――常識だ。でもこれらは全て、ブシには該当していない。少なくともボクの目にはそう映っている。


「ボクやマユじゃあ、心もとないかもしれないけど……それでもブシより少しは長く生きてる。その分、失敗も成功もブシより経験してきてるんだ」


 子供を持ったことも育てたこともないボクたちでさえ、ブシが手のかからない子供だということくらい痛感している。言うことを聞く。不貞腐れたりしない。羽目も外さない。手伝いを進んでやる。何もかもが及第点以上だ。

 でもそれって子供としてはどうなんだろう。感じる疑問。いや、出会ってからずっとボクを襲い続けているのは、強烈を通り越して猛烈といって差し支えない強い違和感だ。


「だから甘えていいんだ。わがままを言っていいんだ」


 なんでこんな子供を預からなければならないのだろうと考えなかったら嘘になる。ズイズイと勝手に事を進め、家に招き入れてしまったマユも恨めしいと思った。

 ボクのテリトリーが侵されていく。焦りのような戸惑いのようなボク自身うまく言葉にできない感情。

 いや、嫉妬か。マユを取られてしまうかもしれないと――そう思っていたのかもしれない。


 それなのに――やはり一緒に暮らせば情が移る。可愛いと思ってしまう。


「何が言いたいか分からん」

「お母さんがいなくて大変だと思う。心細いよね? もちろんその代わりにはなれないけど、それでも少しはブシを助けたいんだ」

「十分じゃ。これ以上は必要ない」

「そんなことないよ。足りてるわけないでしょ?」


「本当に……十分じゃ」

「そっか」


 ブシがボクに背を向けたことで、ボクはそれ以上続けるのを止めた。

 ボクもブシも身じろぎもせず、お菓子売り場で立ち尽くしていた。一度は帰ると言いかけたブシだがカートの横で動かずにいてくれている。最後まで手にしていたポテトチップスのうすしお味を、置き場に困って結局はカゴに入れ、帰ろうか、とボクはブシを促す。

 明後日の方角を向いたまま、ブシがコクリと頷くのを見て、ボクはカートを押してレジに向かった。


 帰り道。言葉を一切発することなく、ボクとブシは漫然と歩いていた。

 普段のブシはどんな感じなんだろう。無言のまま、ボクはずっとそのことばかり考えている。

 普段から武士の格好をしているのだろうか。しかしそれならば近所で評判にならないはずがない。このご時世ならネットに情報が上がってる可能性もある。


 実はスマホで検索してみたことがあったのだ。

 小学生・武士というキーワードで。それ以外にも、武士・侍であるとか武士・作務衣とかも。結論から言えば、それらしいものは見つけられなかった。

 まだ見ぬブシの母親は、どうやってこのブシを躾け、一緒にスーパーに行っていたのだろうか。ボクと同じように、外だけは普通の服を着せていたのだろうか。


「ねね? ブシのお母さんってどんな人? やっぱ綺麗なのかな?」


 思い返せば、今までブシに母親のことを聞いたことがなかった。何となくタブーのような気がしていたから、気後れしていた部分はあるにはあった。


「知らぬ。忘れた」


 一旦、ボクを睨めあげたブシは、しかし次の刹那には逃げるように顔を背けた。ボクの視界を掠めていった諦めたような、それでいて割り切ったようなブシの瞳の色は、あまりにも印象的だった。

 そればかりではない。この色を、その深さをボクは知っている。

 何度も何度も鏡で見た色。そう――ボクの脳裏で小さい頃のボク自身とブシが重なっていた。


 ノリコさんがいたから寂しい思いはしなかったものの、だからと言って、周囲にノリコさんをお母さんだということはもちろんできない。そんな分かりやすい嘘はつきたくなかったし、第一、マユに失礼だ。だからボクは母親がいないという事実を小さい頃から排斥していた。クラスメイトがボクに度々母親のことを聞いてきても、からかっても、ボクは知らない、興味がないと言い続けた。

 どんな怪訝な顔をされても、呆れられても、そういう態度しか取れなかったのは、現在進行形で父はボクに母親の情報を一切、語ったことがなかったことにある。意地を張ったのか? いや違う。本当に母の痕跡となりうるものを綺麗サッパリ、ボクの目のつく範囲から処分されていたものだから、母のいないことを悲しむ権利さえボクは剥奪されていた。


 もちろんいたいけな子供がすんなりと納得できたはずがない。事実、ボクは小さい頃、鏡に向かってよく呟いていた。母さん……どこにいるの? って。おとぎ話ではないのだから、鏡が質問に答えてくれるはずもなく、ボクの冴えない表情だけが延々と鏡に映されていた。

 ブシの持つ色は――その時のボクと同じだ。


 ボクと同じ色を持つということは――うまく消化できない何かをブシも背負っているということになる。それが分かるから、ボクはそれ以上、ブシに声をかけることができなかった。

 晩御飯はいつも以上に会話がなかった。静まりかえった湖の水面のこどく凪ぎ、ボクとブシ間には冷たささえ横たわっていた。


 深夜、マユが戻ってきた。少しほろ酔いのマユは、帰るなり怪獣になったブシに抱きついた。


「ブシコ、会いたかったよぉ」

「止めろ。臭い。止めるのじゃ」

「ブシコの大好きなマユタンだよぉ」

「離れるのじゃ。マユタン殿」

「殿はいらないからぁ」

「マユタン殿……離れるのじゃ」

「だーから、殿はいらないから」


 相変わらずの”殿はいらない問題”がループしているのを見て、ようやく部屋の温度が上がったように感じた。

 役に立たないのだから家に帰ればいいのにだなんて何度も口にして、少しはそう思っていたのに、今、目の前の光景を間に当たりにして、考えを改めざるをえなくなった。


 結局、ボクとブシの間にマユは――必要だ。

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