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突然ですが、武士拾いました  作者: 和久井 要
13/14

8月20日 pm6:04

 ノリコさんはゆっくりと話を始めた。


 麻美は泣かず飛ばすの女優だった。美人で透明感もある。女としては魅力的。でもそれだけでは芸能界では売れない。

 仕事があっても、ちょい役ばかり。喫茶店のシーンで店に居合わせただけの客の役。街中で主人公とすれ違うだけの役。テレビの画面を食い入るように見ても、映っているのはほんの一瞬。誰も麻美のことなんて気にも留めない。本当にその程度の役ばかり。


 そんな時、麻美は業界内の男と恋に落ち、一年後、妊娠が発覚した。彼女が二十一歳の時のことだ。

 熱愛だった。お互いの気持ちは確かめ合った。ベッドの上では将来の話もした。だから結婚できる。妻として、母として新しい人生を歩むことができる。

 ――そのはずだった。そう思っていた。


 しかし願いは叶わなかった。

 麻美は妊娠を告白し、産みたいと懇願した直後に男に捨てられた。本気で愛した相手だ。すんなり諦めることができず、食い下がろうとしたのものの、男が業界内でも発言力のある人物だということもあり、事務所からも口止めされた。諦めなさい。相手を選ばないあなたが悪いんだよ。

 成すすべがなかった。

 男は諦めてもお腹の子は育つ。事務所は堕胎を勧めたが、結局、麻美は周囲の反対を押し切りシングルマザーの道を選ぶこととなる。その子供が晶子(あきこ)――後の田母神京だ。


 子供を産んだものの、先が見えない日々が続いていた。仕事も代わり映えせず、エキストラ役で駆り出されるのが関の山。セリフのある役なんて全く貰えない状態。アルバイトで日銭を稼ぎ、何とか晶子にご飯を食べさせていた。

 

「女優を辞めようってほとんどそう決めていた時にね、出会ったのが健吾さん――つまりあなたのお父さんなの」


 麻美は近所の公園のベンチで佇んでいた。晶子を寝かしつけた直後の束の間の休息。藤棚があるお気に入り公園で、偶然にも健吾の会社のすぐ近くだった。

 昼時で、健吾も外に出てきていた。研究に没頭する日々。昼くらいは外に出ることを心がけていて、健吾もまたこの公園で、通勤途中にあるパン屋で買ったパンを食べるのが日課だった。


「美味しいですよ」


 健吾は一番お気に入りの卵コッペパンを麻美の前に差し出した。


「いえ……大丈夫です」

「遠慮はいりません。卵は必須アミノ酸がバランスよく含まれていて、卵ニ個に含まれるタンパク質は実に成人が一日に必要とされるタンパク質の1/4と言われています」


 突然卵の栄養価の話をされる意味は理解し難かったが、どこか飄々としている健吾の顔を見て、何故だかホッとした。


 それから度々、麻美は公園の同じベンチに座るようになった。

 健吾は麻美を見つける度、卵コッペパンを勧めてくる。麻美が卵コッペパンを受け取ったのは三度目のことで、麻美が自分の身の上話を話するようになるには、さらに五回の回数を要した。


「麻美は健吾さんに全てを打ち明けたの。売れないけれども女優をしていること。業界内の男性との間に子供ができ、しかし結ばれることなくシングルマザーになってしまったこと」


 麻美は週に一、ニ回のペースで健吾と会い、半年ほど過ぎた頃、麻美は健吾に突然プロポーズされた。


 私はあなたが心配だ。あなたの気持ちが欲しいとは言わない。せめて生活のサポートをさせてくれないか。

 恋愛感情があるとは言い難かったものの、健吾の隣はとにかく居心地がよかった。

 麻美はプロポーズを受けた。

 かくして三人の生活が始まった。麻美のことは事務所も見限っていたのか、結婚に対して特に反対はされなかった。

 女優への未練がなかったわけではなかったが、環境がそれを継続することが拒んでいたと麻美は感じていた。だから、女優を引退し、主婦にになることを望んだが、健吾は受けれなかった。

 僕は君の生活のサポートがしたいと言ったが夢を諦めて欲しいと言った覚えはないよ。


 例えこのまま花が咲かなかったとしても、いずれ嫌でも夢を追うことができなくなる時がやってくる。夢があるならば、それまでは追いかけてはくれないか。

 健吾に言われるがまま売れない女優と主婦の二足のわらじの生活を三年ほど過ごし、麻美はニ人目を妊娠した。それがユイ――唯一(ただひと)だ。


「私が麻美と知り合ったのはこの頃なの」


 そう言って、ノリコは遠くを見つめる。


「ユイちゃんを産んでから半年は経っていなかったと思う」


 この頃になるとエキストラの仕事もほとんどなくなり、麻美の女優への熱意はほとんど消えていた。嫌でも夢を追うことができなくなる。健吾のそんな言葉を思い出し、なるほどこういうことかと納得もした。


「もう女優は辞めようと思うの」


 麻美はそう健吾に話を切り出した。


「別に無理に辞める必要はないよ」


 健吾は二人目の子供が生まれ、そのことを意識しているのだと思っていた。


「ううん、違うの。もう女優は十分だと思えたの。今は子育てが一番。子供をちゃんと育てられるお母さんになりたいの」

「君がそれでいいのなら、僕は構わないよ」

「それで、じゃないの。それが、いいの」


 健吾の言葉に麻美はうなずいた。


「でも、最後に一つだけオーディション受けてもいいかな? 記念に」


 麻美が最後だと決めたオーディションこそが、巨匠"黒滝和真(くろたきかずま)"が監督する作品「明日の君」のオーディションだった。

 黒滝は麻美が女優を始めた時からの憧れの監督だ。記念に――本当に記念という意味合いで、ひと目だけ黒滝和真を見ておきたいと麻美は思った。


 しかし、めぐり合わせは時として残酷だ。

 麻美はオーディションに受かってしまった。ちょい役なんかじゃない。主役での大抜擢だ。

 子供のこともある。健吾との約束もある。断ろうかと悩んでいたのに、オーディションに受かってしまったことで放任だった事務所の態度が一変した。

 今さら断られても困る。もう手続きは進めてしまっている。このままでは事務所に責任が問われかねない。場合によっては違約金も発生する可能性だって捨てきれない。

 違約金をあなたは払えるですか? そう言われればおいそれと断れない。

 加え、事務所側から新しい提案があった。いや、提案なんて生やさしいものではない。強制的な抑圧だ。

 その内容は――離婚しろとは言わないが、既婚であることも子供がいることも伏せるようにというものだ。

 既婚で、しかも相手は一般人。さらに子持ちとあっては凡庸なイメージがついてしまう。せっかくの主演の大抜擢にミソをつけてしまうというのが事務所の判断だった。


 健吾に相談をし、事務所側の提案を受け入れることにした。

 しかし狂い始めた運命は尚も暴走を続ける。

 映画は大成功に終わり、賞を総ナメにした。麻美は主演女優賞を獲得、一躍時の人となった。

 生活が全てひっくり返った。分刻みのスケジュール。睡眠時間を作ることさえままならない。家に帰れない日々が続き、晶子と唯一の世話は健吾に任せきりになった。申し訳ないと思うものの、マネージャーが常に目を光らせているから、健吾への連絡さえ思うようにさせてもらえない。

 立て続けにいくつかの映画やドラマの撮影をこなし、ようやく一息ついた時、健吾は麻美に話を切り出した。


「せっかくのチャンスだし、君は夢を追うべきだと思う」

「どういうこと?」

「夢を追える人は限られてる。本当にラッキーなことなんだ。君はそれを捨てるべきではないよ。僕は君の応援がしたい。迷惑をかけたくないんだ。そのためには別々に暮らした方がいいと思う」


 健吾はテーブルの上に、健吾の部分だけが記入済みの離婚届をソッと置いた。


「嫌だ、私、別れないから」


 それでも健吾の意思は固く、麻美は家を出ることになった。


「それでユイちゃんはお父さんと残ったってわけ」


 これがボクに母親がいない顛末だと知り、また父親が母親のことを話したがらない理由だと分かり、肩が震えた。

 怒りなのか、悔しさなのかは分からない。父親が大女優と結婚していたことは、話を聞いてもいまいちピンとこないし、納得もしていないが、それでもムダに綺麗だと言われ続けていたボクの見目が、やはり母親のDNAから来ているのだ知り、どこかホッとしたようにも思う。


 ノリコさんの話は続く。


「晶子は――本当はユイちゃんと一緒に健吾さんに引き取られるはずだった。でも麻美はそれだけは頑なに断ったの」

「ボクはいらなかったってことなんだよね」


 簡単な引き算だ。いらないものが減り、必要なものが残る。


「違うよ。そうじゃないよ。麻美はそこまで甘えられなかったの」

「甘えられなかった?」

「ユイちゃんは正真正銘、健吾さんの子供だけど、晶子は連れ子なんだよね」


 どこぞの業界で発言力のある男との間にできた子供。だから子供を離れ離れにしたのは分からなくもないが、隠し子が発覚するリスクを考えれば賢明な判断とは言い難い。


 実際、ノリコさんは麻美に結婚のこと、子供のことを口外しないように強く約束をさせられたのだと言う。その甲斐もあって、秘密が漏れることもなく、ボクでさえ事実を知らないまま、麻美は着々と女優の地位を築き上げ、一流女優の仲間入りを果たした。そしてその後、新しい芸能事務所を立ち上げている。

 それこそがクリアストリームプロダクションだ。

 麻美はプロダクション立ち上げと同時にマンションを一棟丸ごと購入して、事務所兼社宅としている。麻美自身が住み、晶子も住まわせた。所属俳優が望めば、一緒に暮らすこともできた。


 最後の最後まで麻美はシングルマザーであることは公表していない。

 そんな麻美が晶子と正々堂々と暮らす唯一の方法が、所属女優として娘を社宅に住まわせるということだった。もちろん事務所内でも、麻美は晶子との関係を誰にも明かしていない。麻美と晶子の関係を知るのは、本当にごくごく一部の限りられた人間だけだったのだろう。


「でもね。血は闘えないわよね。晶子も結局、業界内の人と恋愛になり、子供を身ごもったのよ。私もはっきりとは知らないけど、結構有名な俳優さんみたいよ」


 ノリコさんが一つ息を吐く。


「双方で話し合いをしたんだけど、折り合いはつかず、晶子の方から別れを切り出したみたい。母親と同じシングルマザーの道を選んでしまうなんてね……ホント、何の因果だろうね」

「じゃあ……まさかブシも?」


 ネットを調べた限りでは、田母神京――晶子に子供がいるという情報は見つからない。


「ブシ?」


 ボクはブシを指さす。


「あぁ……(はな)のことね」


 ブシの名前が華ということを初めて知った。本名は田母神華たもがみはな。芸名は小泉華。


「そう、建前は事務所所属の女優さん」


 世間的には、ブシ――華は晶子の後輩女優ということだ。両親を亡くしていて、施設にいるのを偶然晶子が見初めて、連れてきたことになっている。


「今、晶子は海外で映画の撮影をしてる」


 ボクもSNSでエッフェル塔の画像を見ている。


「帰国は8月28日。普段なら海外に行く時は、社宅に住む他の俳優さんに華の世話なんかはお願いするところなんだけど、今回だけはそれでできできなかった」

「どうして?」

「晶子の元に脅迫状が送られてきたの」

「脅迫状?」

「そう。娘の命が惜しければ、映画の役をおりろって」


 既に撮影が始まってしまっていて、安易に要求をのむわけにもいかない。

 社宅にしているマンションにいさせるのは危険だったが、安心して華を預けられるところを晶子は知らなかった。 

 晶子はノリコさんに相談した。娘を預かれる人はいないか。それもできれば晶子と普段関わることのない人間がいい。巻き込みたくないし、秘密を漏洩させるわけにもいかない。


 ノリコさんはすぐにボクのことを思い浮かべたらしい。晶子の弟であり、しかし実際には一度も晶子とも華とも会ったことがない。さらにマユに華を会わせれば間違いなく気に入り、ボクの家にマユは入り浸ることも分かっていたからお目付け役にもなる。

 問題は麻子との約束だった。麻子と晶子と華は芋づる式に繋がっている。麻子が墓場まで持ち込んだ秘密が万が一にも明るみにさらされたら、現在進行形で隠している晶子と華の関係が暴露されてしまう。

 ノリコさんはさらに考えた。厳密にはボクは京とは赤の他人ではないが、血の繋がり=信頼となるわけではない。真実を知り、母親というものを知らされなかったボクが逆恨みしないとも限らない。

 晶子のことや華のことを内緒にして、預かるよう持っていくことはできないか。

 考えに考え抜いて、ノリコさんは華に作務衣を着せた。髪型も工夫して侍の言葉を遣うよう華に説明し、実際練習まで行った。ボクはともかくマユはこれではぐらかせると考えた。ボクが訝しがることはそもそも想定済み。でも、マユが遮ればボクはそれ以上の行動には移さない。それがノリコさんの計算だった。


 ただしここで思わぬ事態が発生する。華が常日頃から大切にしている晶子の手紙をリュックに入れていくと言い出したのだ。当然反対した。リスキー過ぎる。しかし涙ながらに訴えた華の主張をノリコさんは無下にはできなかった。

 華は言ったのだ。母親の晶子は海外に行ってしまい、その上で見ず知らずの相手と暮らさなければならない。しかも武士の振りをしながらだ。そんなのは耐えられないと。だからせめて背中で母を感じていたい。お母さんの分身と一緒にいたい――と。

 リュックの中身は絶対に誰にも見せないことを華にきつくきつく約束させた。リュックに手を伸ばしたボクが刀で叩かれたのは、華がノリコさんとの約束を守るためだったということだ。

 ノリコさんに連れられ、華はボクの家の玄関先に立ち、コンビニ帰りのボクはまんまと華と鉢合わせした。マユがその直後、ボクと合流したのも全てノリコさんの差し金だった。

 それこそがノリコさんが語ったボクが突然、武士の女の子を拾うこととなった顛末だ。


「ごめん。ずっと内緒にしてて」


 ノリコさんが深々と頭を下げた。


「実はね、麻美がこの町を出ていった日、私は決めたの。ユイちゃんは私が育てようって」


 しかしノリコさんの申し出を健吾は断り、しばらくは家事の不器用な父と息子だけの日々が続いた。


「でもね、お父さん、家事からっきしダメでしょ? 麻美がよくボヤいてたから。傍から見ても四苦八苦してるのが分かって、とうとう私の申し出を受け入れてくれたの」

「ボクのお母さん代わりをしてくれてるのってマユに頼まれたからじゃ……」

「そうだね。マユに頼まれても、時々は掃除やご飯作りくらいはしたかもしれないね。でもそれ以上は家庭の問題でしょ? ご飯の作り方教えたり、授業参観や運動会に参加したりはしないよ」


 ノリコさんは指先で涙を拭う。


「ユイちゃんのお母さん役、ホントに楽しかったな。マユはああいう子だから、面倒なことはしないし、よくも悪くも我が道を行くって感じだけど、ユイちゃんは教えたら器用だからすぐに自分のものにするし、教えがいもあった。毎日、成長も楽しめた。でもね、その度に麻美に腹が立ってね、何でこんな楽しいこと放棄するんだって、あんたはバカだよって」


 そんなノリコさんを見て、ボクは何も言えなかった。


※※※※※



 ノリコさんの家のリビングでボクは一人、ソファに座ってボーッと天井を見上げていた。

 ノリコさんに、健吾に、腹が立たないかと言ったら嘘になる。もしもっともっと早くに母親のことを教えてくれていたらと、やはり思ってしまう。

 麻美はもうこの世にいない。甘えることも、文句を言うことも――もうできない。

 しかし一方で健吾のところに残しておいてくれたことへの感謝もある。ボクは人に見た目についてあれこれ言われるのが好きじゃない。麻美に連れていかれていたら、俳優としての道しか残されていなかった。人前で親子として接することもできない、そんな生活は果たして幸せだと言えるのだろうか。

 そう言った意味でボクは華のことが不憫でならない。華は人前で京をお母さんと呼べない生活を心から受け入れているのだろうか。

 物思いに耽っていると、華がリビングに入ってきて、ソッとボクの横に座った。何も言わずにボクと同じよう天井を見上げる。


「ボクはずっと母親はいないんだと思おうとしてた。誰も教えてくれなかったし、ノリコさんがいつもそばにいてくれたから、それで満足してるところもあった」


 いや、ノリコさんだけじゃない。マユもずっとずっとそばにいてくれた。つかみ所のないマユは、時々、フラフラとどこかに漂ってしまうけれども、必ずボクの元に戻ってきてくれた。

 誰が何と言おうとボクにとってノリコさんもマユも家族だった。心の拠り所だった。


「ブシは……ううん、華は幸せ? 寂しくなかった?」


 華はしばらく首を傾げ、やがて口を開いた。


「私は……うん、楽しいよ。お芝居も好きだし。時々ね、親子ごっこするんだ」

「親子ごっこ?」

「そう。今回は弁護士の母親と、天才少女の娘役だとか。これなら、どれだけ人前で甘えても演技ってことになるでしょ?」


 そうやって虎視眈々と親子を満喫しているのだと知って、思わず笑ってしまった。


 晶子もちゃんと母親をしているのだ。考えたら当たり前だ。晶子自身、ずっと寂しい思いをして育ってきたはずなのだ。簡単に娘をないがしろになんてできるはずがない。


 後で知ったことだが、事件の直後、ノリコさんの行動は迅速だった。マユを病院に連れていき、マユの処置中にノリコさんは晶子に連絡を取った。華が襲われた。その際、娘が刃物で腕を切られてしまったと。

 ボクを取り押さえた男はその知らせを聞いた晶子が雇ったボディーガードだ。今も家のどこかで待機しているはずだ。ホテルも内密に押さえ、晶子が帰国するまでの間、華をそこに雲隠れさせることになっていると、ノリコさんから聞いた。その準備をしている最中にボクはノリコさんの家に乗り込んでしまった。


 今も尚、華はすぐ隣にいる。どこの誰に狙われているかまだ分からない。本来は一刻も早く華をホテルに連れていきたいところだが、華が最後にマユに会いたいと言って、ここに留まっている。

 一向にマユと連絡がとれないのだ。メールは送った。無事にブシ発見。マユの家にいるよ。でもそれに気づかないくらい必死にブシを探している。


「ユイはどう? 怒ってる?」


 不意に問いかけられ、ボクは華の方を向く。


「うーん……。全く怒ってないって言ったら嘘になるけど、実感がわかないっていうのが本当のところかな」

「わかない?」


 ボクは華の頭に手を置いて、クシャリとする。キャハと華が嬌声を上げた。こう見るとまだまだ幼い女の子だ。年が八歳だと知ったのも、まだ先程のこと。


「わかないねぇ。姉がいたことも、こんなに人を騙すのがうまい姪っ子がいたことも」

「騙すってひどーい」

「あれ? 女優なんだから褒め言葉でしょ?」

「うーん……」


 人差し指を唇に当て、傾げる華の姿は愛らしい。


「微妙」


 その時だ。玄関のドアが慌ただしく開けられ、リビングにマユが飛び込んできたのは。余程、色んなところを探し回ったのだろう。肩で大きく息をして、額や首筋までびっしょり汗をかいていて、ここまで必死なマユを見るのは本当に稀だ。


「フジコ!! 無事か? 怪我してない?」


 問答無用でギュッと華を抱きしめる。ホントにホントに大丈夫? 体中を必死にまさぐるものだから、華は嬌声をあげてくすぐったがる。

 マユが華から体を離し、華と視線を合わせた。


「大丈夫じゃ。かたじけない、マユたん殿」


 華が突然、ブシに戻ったものたから、ボクは思わず腹を抱えて笑ってしまった。


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