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突然ですが、武士拾いました  作者: 和久井 要
11/14

8月20日 pm3:43

 ブシを迎えにくる日まで籠城しようと決めたものの、目下の問題はいかにして買い出しをするかだった。事件の直後だけに正々堂々と玄関を出ることはためらわれ、しかし家を出なければ何も買うことはできない。

 仕方なく子供の頃よく使った秘密の経路を使うことにした。とはいえ城の脱出路のように地下に秘密の道があって、離れた場所に出られるわけではもちろんない。

 裏口からお隣さんの家と家の間を縫っていくと、家の正面ではなく同じ区画の側面方向の道路に出ることができるのだ。もし正面からのみ見張っているのであれば、こちらからの出入りは盲点にになるとボクは踏んでいた。

 不審者がいないかを慎重に確認してから道路に出て、スーパーへ急ぐ。帰る時もスマホで連絡を取り、帰宅少し前にマユに二階から不審者の有無を確認してもらってから、同じ経路をたどり、家の裏口から入った。

 行き、帰りもと不審者はなし。怪しい車両もボクの目には入らず。


 遊園地での事件から二日。今のところ落ち着いた時間を過ごすことができているが、もちろん犯人がブシの拉致を諦めたとは思っていない。むしろ立て直しを計っている最中だと考える方が無難だろう。今朝はうまく買い出しをすることができたが、この方法が使えるのも一、二回と考えたほうがいい。

 できる限り外出を控えられるよう、普段はほとんど買わないインスタント食品やレトルト食品、はてには冷凍食品までボクは買い漁った。


 残り八日。どうにか買い出しに行かずに過ごしたい。

 クーラーはつけっぱなしにしているのに、雨戸を締め切っているからかリビングは湿度が高い。汗ばむ額をハンドタオルで拭いキッチンカウンターの上にビニール袋を置いた。その流れで冷蔵庫に食材をしまっていく。野菜室、チルドルーム、今回は冷凍庫もフル活用する。

 冷凍食品に加え、肉や魚も多く買ってきたのだ。


 肉にしても魚にしても一度冷凍すると味が落ちる。なので控えたいというのがボクのポリシーではあるが、今回ばかりはそうも言っていられない。今日使う予定の分を除き、一度に使う量ごとに分け、冷凍することにした。

 片づけを終わらせリビングに目を向けると、マユはソファに寝転がり、テレビを見ていた。何が見たいというわけでもないだろう。マユが到底興味を示しそうにもない男子ゴルフが流れているのが何よりの証拠。

 ボクはカーペットの上に座り、ローテーブルの上の新聞に目を向ける。


 事件のことが気になっていた。正当防衛だと思ってはいるが、やり過ぎなのかどうかを判断するのはボクじゃない。

 あの女はともかく、男には渾身の一撃をスネに与えた。骨折だってありうる手応えだ。ボクたちが逃げた直後は間違いなく歩行自体が困難だったはずだ。足を引きずって、もしくは這いずって、立ち入り禁止エリアから逃げおおせればいいが、万が一にもその前に係員に見つかりでもしたら、怪我をしている分、迷って入り込んだでは済まされない。

 怪訝に思った係員は二人を問い詰めるだろう。まさか幼い女の子を連れ去ろうとしたが失敗し、返り討ちにあっただなんて口が裂けても言うはずがない。


 ボクだったら――どう答えるだろう。見ず知らずの男に、この場所まで連れて来られ、足を怪我させられた。無難な返答としては、まぁ、こんなところか。

 そうなると流れは決まってくる。

 警察を呼ばれ事情聴取。その後、被害届を提出。警察が介入してこれば、防犯カメラもチェックされる可能性が高い。ボクたちの入り込んだあの路地やその周辺にどれほどの防犯カメラがあったかは覚えていないが、ボクたちやあの男女の姿がことごとく防犯カメラに映っていないなどという都合のいい展開があろうはずもない。


 そうなればボクたちも警察に事情を聞かれることになるはずだ。その時――ボクはどう説明すればいいのだろうか。見ず知らずの女の子を預かった。年も名前も何も知らない。その女の子が遊園地でさらわれ、女の子を取り返すために、あの男女と戦った。その結果、相手に怪我をさせてしまった。


 こんなことを言ったところで、一体どこまで説得力があるというのか。

 結局は明るみにさらされないよう祈りながら、毎日のように新聞を開いて、全ての記事に目を走らせるくらいしかボクにできることはない。

 幸いにも今のところそれらしい記事は新聞には出ていない。昨日の新聞も然り。念の為、スマホでネット検索したのは今朝のことで、やはりそれらしい事件の記事は見つけられずホッと胸をなでおろしたものだ。


 新聞を畳む。マユはソファの上で横向きになり、腕で頭を支えて相変わらずテレビを見ている。微動だにしないから、寝ているのかと顔を覗き込もうとしたところで、マユがボクの方を向いた。


「そういえばブシコは?」

「え? 知らないよ。買い出し行ってて、さっき帰ってきたところだし」


 ドキリとすることを言ってくれる。


「いつから見てないの?」

「さぁ……テレビを見始めた時は、横にいて、何となく一緒にテレビを見ていて……それからは……うーん、覚えてない」


 おいおい。それはいつのことだよ。ボクはため息をつきながらリビングを出た。

 トイレだろうか。ノックするが応答がない。万が一倒れていることも考慮して、開けるよと念押ししてドアを開けたがもぬけの殻。洗面所にもいない。和室も覗いたが、やはりブシの姿はなかった。


 この時点で嫌な予感が背中に張り付いていた。

 ボクは一階での探索に見切りをつけ、階段を上がる。真面目なブシのことだ。もしかしたら二階から偵察してくれているのではと藁をもつかむ思いだったのだ。


 結論からいえばブシは家のどこにもいなかった。

 ――君は何者なんだ? 思えばそう問い詰めかけたあの晩から、ブシとは大した会話をしていない。口を開けば同じ問いかけをしそうになるものの、マユが常にブシの隣にいた。

 でも、諦めたわけじゃない。真相を知らなければ、これ以上、ブシを守れないという思いがボクの中にはあった。どんな事情があり、どんな相手に狙われているか。単なる一軒家で籠城していて本当に大丈夫なのか。家を破壊したり、燃やしたりするような相手ではないのか。


 ボクがマユに問うた時、ブシは驚愕し、うろたえ、震えていた。それなのにボクはブシを思いやる気持ちよりも、ブシを責める感情を優先した。

 ボクは怯えていたのだ。犯人に、ブシの隠された事実に、そして何よりマユを守り切れなかったボク自身の弱さに。

 ブシがいなくなって、ようやく大きな失態に気づいた。反省。後悔。そんな生半可なものじゃない。言葉にするとしたら――自分自身に対する失望だ。


「マユ!! ブシがいない!!」


 リビングに戻り、ボクはそう声を上げた。


「え? そんなはずないじゃん」


 マユが上体を起こし、テレビの隣を指さした。

 マユの指し示した指の延長上にはブシの刀。ブシの大切なものだ。やれ、鍛錬だ、稽古だと言っては、いつもリビングで振り回している。邪魔だよ。危ないから。何度、そう注意したことだろう。


 刀があることは分かった。では――。


「……リュックは?」


 リビングを見渡すが、ピンクのリュックが目に入らない。事件の日、鞄の中身をぶちまけて以来、リュックは部屋の隅に置かれていたはずなのに。

 そこでようやくマユも立ち上がった。

 

 二人して家中を探し回ったが、ブシの姿はもちろん、ピンクのリュックも見つけることができなかった。

 ブシはさらわれたのではないか。一瞬、そんなことも想像したが、どの部屋も荒らされた形跡はなく、リュックだけがないことを鑑みたら、やはりブシが自らの意思で家から出ていったと考えるのが自然だ。


 ボクが買い出しで家を開けていたのは一時間半ほど。マユとブシはしばらく二人でテレビを見ていたのだから、ブシがいなくなってからはせいぜい一時間といったところか。

 ブシに行く宛があるとは思えなかった。あるのならば、ボクの家になんて上がり込んでなんていないはずだ。

 ならば、また近所をウロウロしているかもしれない。


「ブシコを探そう」


 ボクが口にしようとした言葉をマユの方が先に口にした。

 ボクはうなずく。犯人の目当てはブシだ。ブシさえ家から出ていけばボクとマユの危険は回避できる。それくらいは分かる。でも、だからといってブシを見捨てていいはずがない。そこまで性根は腐っていない。


「マユは近くのブシが行きそうなところを探して。ボクは自転車で少し遠くを回るから」

「分かった」


 走るマユの背中を見送り、家の鍵だけ施錠して、ボクは自転車にまたがった。

 気持ちばっかりが急いて、今日ほどペダルを重く感じた日はなかった。こいでもこいでも前に進んだ気がしないのだ。


 まずはブシと歩いたスーパー方面へと進む。この方向しかブシと歩いたことがない。自然とこちらに足が向くのではないかというのはボクの勘だ。道すがらブシらしき少女の姿は見つけられなかった。スーパーに留まってる可能性は低いと判断し、先のショッピングモールへ向かう。


 地上三階建て、100以上の専門店が入る複合商業施設だ。もしボクが宛もなく家を飛び出したとしたら、多分、ここに来る。周囲に紛れることもできるし、雨風からも守られる。

 自転車を自転車置き場に停め、中に入る。

 一階から見て回ることにした。探すのは作務衣の女の子。そしてちょんまげ頭。

 と、ここで引っかかりを感じた。

 今更だが、ブシは聡い。今、一人で外出することの危険は重々承知しているはずだ。


 目につく武士スタイルで外をウロウロしていては、犯人に見つけてくださいと言っているようなものだ。ブシならより周囲に溶け込みやすい服装や髪型に変えてるんじゃないだろうか。

 家の中でブシを探している時、脱いだ作務衣を目にしていなかったから、着替えをしたとは微塵も考えていなかった。でも作務衣だけなら小さく折り畳めば、ピンクのリュックにも入るはずだ。

 服装が変われば、ちょんまげの髪型でも格段に違和感に減る。それでも念には念を押して――ツインテールに結い直そうものなら、時間がかかってしまうものの――束ねた髪を頭頂部から下ろせば、いわゆるポニーテールとなって格段に印象が変わる。


 こうなると大勢の女の子の中からパッと見でみつけることは困難だ。

 ボクは固定観念を捨て、作務衣を目印にするのを諦めた。ブシのような背丈で、同い年くらいの女の子を見たら、片っ端から顔を確認して回る。

 一階、ニ階……ブシはいない。三階でツインテールこ女の子を発見。横顔が似てるので、思わず声をかけたら別人だった。

 すいませんと謝り、その場を離れる。

 ボクがうろついている間にトイレに行っていたら見逃してしまう。そもそもブシがどこかでジッとしているとは限らないのだ。モール内をもう一回りしてみたものの、ブシらしき少女を見つけることはできなかった。

 ボクは諦め、ショッピングモールを出た。


 自転車にまたがり、思案する。

 土地勘もないブシが、宛もなく闇雲に歩くだろうか。

 ブシと何度か行ったフレッシュマートみよしに戻ることにした。まさかスーパーでのんきに買い物なんてしていないと思い、先程は通り過ぎたが、途方に暮れて、店舗脇のベンチに座っている可能性も考慮してのことだ。

 見慣れた看板。筆記体のフレッシュマートの文字。初めてブシと二人で来た時は軽いケンカをしてしまったことを思い出す。手にしたまま、返しそびれたポテトチップスはカゴに入れ、レジを通した。そう言えばその後、どうしただろうか。見かけないということはあらかたマユの胃袋にでも入ったのかもしれない。


 ブシの思い出に浸りながら、店の脇をまず確認する。しょんぼり項垂れるブシを想像していたが、古びたブルーのベンチには誰の姿もいない。

 当てが外れて、ため息をついてボクは店内に入った。

 野菜売り場から魚売り場、そして肉売り場とお決まりのルートをトレースする。最後に惣菜売り場へと向かったが、ブシらしき姿の少女どころか、同じ年頃の女の子自体がいなかった。

 外枠の売り場ばかりではなく、調味料やインスタント食品、雑貨の置かれている中央のエリアも歩き回る。念の為二周りしたが結果は同じ。

 期待薄だと思ってはいたが、それでもため息は漏れる。


 心当たりは尽き、ただただ途方に暮れる。

 ボクたちの元から姿をくらましたブシは一体どういう行動を起こすのか。

 犯人の目につかないようにどこかで身を隠す? でも、どこで? そんな場所があるのならば最初から見ず知らずのボクのところに来る必要もない。

 だとしたら――母親の元に向かうか?

 しかしブシに最初に見せられた手紙には、約一ヶ月後に迎えに来るとあった。一ヶ月も離れるとなると、やはり近くにいるとは考えづらい。

 例えば海外出張とか。だとしたら空港に向かうことになるが、今行ったところでまだ母親の体は海の遥か彼方だ。待つ以外に方法はないし、一週間以上も空港で待てるはずがない。リュックは手紙で埋め尽くされていた。大金を隠しているとは考えにくい。飲まず食わずでいるわけにもいかないし、周囲から目について仕方がない。

 

 だったら――母親が病気で入院している可能性はどうだろう。


 例えば入院の予定が一ヶ月だとしたら。

 いや、入院の予定なんてあくまで予定だ。予後が悪ければ必然的に入院期間は伸びる。はっきりとした日付なんてそもそも書けるはずがない。夏の終わりに迎えに行きますだとか、秋に迎えに行きますと書くのがせいぜいか。

 ただし、こういう考え方もある。

 母親が大きな病気でこの先のことは分からない。手紙に記した一ヶ月とは、その日までに退院するんだという母親自体の決意の表れを示したということも考えられなくはない。

 そして病気のことをブシが知っていたのならば、ボクたちと一緒にいられなくなったブシが母親に会いに行きたくなるということも十分に考えられる。


 この辺りで大きな病院は一つしかない。あとは入院病棟があるのかどうかも怪しい町医者ばかりだ。

 仄かな期待ではあるが、確かめるだけの価値はある。

 ボクはペダルに足を乗せ、病院に向かった。


 自転車を走らせること約四十分。

 ボクの目の前には五階建ての白亜の建物がそびえ立っていた。岸田総合病院。救命救急センターも併設している中核病院だ。


 自転車を所定の場所に止め、正面入口から入る。入ってすぐ左側には外来受付と総合受付の窓口が並び、右手にはカフェがある。カフェの隣にはコンビニ。正面にはイスが並び、待ち合いスペースとなっていて、呼ばれるのを待つ人たちが座っている。さらにその先には会計の窓口。

 まずは座っている人たちを見渡す。高齢者が多く、子供は小学校中学年くらいの男の子が一人だけ。

 ここにもブシの姿はない。

 柱に貼られている館内案内が貼られているのを見つけ、ボクは歩み寄る。


 一階こそフロアは共通だが、ニ階以上は西棟と東棟に分かれている。西棟は主には手術室やICU(集中治療室)、そして救急救命センターが入っていて、一般病棟は東棟の3Fから5Fとなっている。内科、外科、小児科、循環器科、整形外科、消化器外科、眼科、皮膚科、産婦人科とあるが果たしてどの病棟に向かうべきか。

 ブシの母親が入院していると仮定して、無視できるのは小児科くらい。ほとんど省くことができない。

 名前も分からないのだから、受付で聞いても意味がない。それどころか怪しまれるだけだ。


 仕方なく、ボクは一般病棟を歩くことにした。あくまで見舞客を装い、できる限り平然と歩く。

 しかしすぐにリノリウムの廊下を歩く時に鳴るキュッキュッという音を聞きながら、ボクは無力感に(さいな)まれることとなる。

 今ボクがしているのはただ闇雲に廊下を歩いているだけだ。知り合いがいるわけでもないから病室に入るわけにもいかず、せめてもの抵抗は、たまに開いているドアの隙間からチラリと病室内を覗くことくらい。

 それもあまりにも見える範囲が狭く、ほとんど情報が入ってこない。仕方なく耳もすませるものの、ブシの声を正確に聞き分ける自信も持てずにいた。


 結局、ブシの姿を捉えることもできず、ブシらしい声がボクの鼓膜を震わすこともなく、3Fから5Fまでボクは歩き切った。リターンとばかりに5Fから下っていったが結果は同じ。

 途方に暮れ、1Fの待ち合いスペースに戻り、丁度空いていたイスに項垂れるようにして座る。

 八方塞がりだ。これからボクはどうすればいいのか皆目見当もつかない。


 丁度正面に設置されている大型の液晶テレビの画面が眩い。病院だけに消音になっているから楽しめるのかどうかは分からないが、それでも待ち合いスペースで順番待ちをしている人たちは漫然と画面に視線を向けている。今は、クイズ番組が流されており、無音のはずなのに、どうしてかノイジーに感じられた。


 考えがまとまらない。無意識に貧乏揺すりをしていた。

 病院の可能性を完全に捨て切れたわけではないが、やはりここにブシはいないような気がしていた。もともと確信があって来たわけじゃない。というか今でもブシらしくないと、心のどこかでそう思ってるボクがいる。

 ならば空港に向かおうか。それもまた徒労に終わる可能性が高いが、宛がなければ一つずつ虱潰しに可能性をつぶしていくしかない。

 立ち上がりかけたボクはそこで固まった。視線の先には液晶テレビの画面。丁度、回答者がフリップにクイズの答えを書いて、発表しているところだった。

 バラエティー慣れした面々が並んで座っている。クイズ番組専門のお笑い芸人やタレント。その中に混じって一人の女優。


 田母神京(たもがみみやこ)。ドラマよりも映画によく出演している女優だ。いや、最近、CMにも多く起用されている印象がある。年齢は多分、ボクより少し上。キリッとした目元の美人。溌剌としてはいるものの、相手の立場に立って物事を考えることができるため、嫌味を感じさせない。加え、理知的だ。白い肌は透明感も感じさせる。

 その(みやこ)のフリップに書かれた文字がボクを釘付けにしていた。

 整った文字。あまり癖がなく教科書的で読みやすい。一方でむやみやたらと縦の線がハネる。そこだけが唯一の癖と言ったっていい。


 この文字――この癖。

 見たことがある。ブシに手渡された手紙。そこにしたためられた文字。それに酷似している。

 そういえば――時代劇が好きなブシは、特にこの田母神京の出ているシリーズを好んだ。このシリーズが好きなんだと軽く考えていたが、時代劇を見ているというより、田母神京個人を見ていたのだとしたら――。

 ボクはイスに座り直し、スマホのブラウザを立ち上げる。検索エンジンの入力欄に田母神京の名前を記入し、検索にかける。

 まずは彼女のオフィシャルサイト。ブログや写真投稿型のSNSとリンクが並ぶ。

 でもそこじゃない。

 ボクは彼女のプロフィールを片っ端から調べ始めた。年齢は27歳。血液型はA型。見た目からもう少し年が近いかと思っていたがボクの七つ上ということになる。


 経歴欄はどのページも短く三行程度にまとめられていた。

 かつての大女優清川麻美(きよかわあさみ)が立ち上げたクリアストリームプロダクション所属。幼少の頃より清川に見初められプロダクションに所属したのだという。芸歴は子役の頃からと長い。

 経歴欄はどのページもこの程度で、その下には彼女の輝ける出演作がつらつらと続く。

 不思議と女優業以外のことはどこにも書かれていなかった。出身校も特技も趣味さえも。

 その後もブラウザにかじりつき、散々調べたものの、京か既婚でいるとか、子供がいるとか、そんな情報を見つけることはできなかった。


 では見方を変えよう。

 その京は今、何をしているのか。

 オフィシャルサイトには大した情報は記載されていない。既に決まっている出演情報。テレビ番組や映画の告知。ブログは更新頻度が低くく、あまり新鮮な情報は得られそうにもなかった。

 だとしたらSNSは――。記事を乱暴に読み飛ばし、やがてボクは目を見開く。


 ――見つけた。


 写真は公園をまたぐようにしてそびえ立つ塔を写していた。人の字のように支え合うように綺麗な曲線を描き、頂きで一つになり天に伸びる先端。高さ約300メートル。1930年、ニューヨークでクライスラー・ビルディングが完成するまで世界一の高さを誇った建造物――エッフェル塔。


 SNSはエッフェル塔の下でポーズを取る京の写真が掲載されている。投稿された日付は8/17日。日付は日本での時間なのか現地時間なのかは分からない。でもつい最近投稿されたことに違いはない。

 記載されているコメントはシンプル。

 ロケ終了まであと少し。今月末には帰国します!! 早く日本に帰って和食が食べたい!!

 今月末――八月下旬。カチリとピースがはまった音が脳内に響いた。


 田母神京は月末には日本に帰ってくる。仕事なら期限を明記することもできたはずだ。

 それが分かったからと言って、ブシの居場所に直接繋がるわけではない。ただ一つはっきりしたのはここ――病院にブシはいないということだ。

 やはり空港に向かおう。電車でニ時間ほど行けば、国内最大級の国際空港がある。


 病院を出て、自転車置き場へと向かった。歩きながらスマホを手にする。マユからの連絡はなかった。まだブシは見つかっていないということだ。

 自転車の前に立ち、ズボンの右のポケットに手を突っ込んだ。しかし、鍵が手に当たらない。

 あれ? 左のポケットに手を入れるも同じ。焦って後ろのポケットに手を入れたところで、指先に予想だにしない感触があった。

 ん? と思い、あれこれと触る。やがてそれが紙だと分かる。何だ? 最初、全くピンとこなかった。急いでいる。紙切れなんかに構っている時間はないはずなのに、どうしてか引っかかっていた。


 予感。いや、虫の知らせというべきか。

 無視することも(はばか)られ、ボクはポケットから紙を取り出した。

 くしゃくしゃになってしまった紙。救いと言えばボクは基本、ジーンズは洗濯しない。ジーンズは洗濯はせずに天日干しをする。そういうものだと聞いたことがあるからだ。

 手の中に収められた紙を見てボクは思い出した。これは――ブシのリュックに入っていた手紙の一つだ。あの時――男女に襲われて、何とか逃げ出そうとした時、道端に落ちていた最後の一つ。本来なら丁重に扱うべきものだが、そんな余裕もなく、やむを得ずポケットにねじ込んでしまった。安全なところまで行ったらブシに返そうと思っていたのだ。しかし、マユの怪我があり、手紙のことは完全に忘れてしまっていた。


 手のひらで手紙のしわをゆっくり伸ばす。ごめん。心の中でそう呟く。綺麗に折り畳み直して、今一度、ポケットにしまおうとしかけたところでボクは手を止めた。

 とりたてて今見る必要がないはずなのに、中身を確認しなきゃと思った。理由は分からない。一刻も早くブシを探さなきゃいけない。そんなこと分かっとている。それなのに――。

 ボクはゆっくりと手紙を開き、そして目を見開いた。あまりの驚きにしばらく動作が全て停止した。

 ――あった。あった、あった、あった!!


 どれだけ頭を働かせても、歯抜けだらけのジグソーパズルを眺めるように、全体像がつかめそうでつかめないジレンマにずっと襲われていた。マユを疑ってみたり、必死にブシの気持ちになってみたり。でも、一向に視界が開けることはなかった。

 でも見つけた。ここにあった。最後の一ピースが。今からどこに行けばいいかの手がかりが。


 ――困った時はのりこさんを頼るようにね。


 これが手紙の文面だ。

 ノリコさんとブシはつながっていた。


 自転車の鍵はもう一方のジーンズの後ろのポケットに入っていた。解錠して自転車にまたがる。


 行き先は決まっている。

 

 そう、マユの家だ。

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