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プロローグ
夜の闇の中で風が啼く。揺れる木々に芽生えた新緑の葉を渡る風の囁きが聞こえる。それから好ましい女性の艶やかな指が萎れた日記の皮膚を撫でた。
"彼女の事を憶えてます。愛してるから…この世界の誰よりも"
そして闇が消え、全てが金剛色と黄金色の世界に代わる。風が腰の高さの若い麦の穂をそよがせ、強くなるにつれて茎が軋みを上げるように撓った。
"誰もがそうだったんです。暗闇の淵で震えていた"
暗がりの部屋に暖炉の薪が跳ねて淡い明かりを灯した。彼女の綺麗な顔には長い旅路を刻んだ地図のように笑いと悲しみを帯びていた。
"でも、最初から絶望の淵にいたわけじゃないんです"