「鈍感男子と年上女子高生」
今は無い某工業高校に、女子が多く在籍する学科が存在した。その学科が無くなる年に入学した稲村某は、新しく創立された学科の応用デザイン科に通っていたのだが、無くなる学科は「織染化学科」と言うお堅い名前だった……。
やぁ、こんばんは。稲村皮革道具店本館と名乗る変態だ。紳士でありたいので問題はないと思う。
よしなしごとをつらつらと書き綴り、皆様の眼に時々触れたりする。まぁ、網膜の血管程度の存在と思っていい。空を見ると《もやぁ……》と見えるアレだ。漫画家の桜玉吉氏は【みじんこピンピン】という存在に置き換えていたが、まぁ、そんなものだ。
先日、とてもいい恋愛小説を書いている花水木氏の作品をレビューし、感想を書いた際に自分の高校時代の話をチョロっと書いたら、
「それはエッセイで書くんですよね?」
と、持ち上げられてしまった。花水木氏の「難攻不落のお姫様……」は、程好い展開と小気味良い進展で素晴らしい作品である。そんな氏にそー書かれてしまったら……その気になるぞ?
てな訳で、たぶん殆ど読んでも仕方ない内容だが……嫌いな上司のつまらん朝礼や、好きじゃない先生のくだらないホームルームよりは面白いだろうから、お付き合いくださいませ。
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今からずーっと、ずーっと昔。
東京の西に、工業高校が有った。だが、今はもう存在しない。
何故かと言うと少子高齢化で学区生徒数が激減し、工業だの商業だのと別けていると、クラスを編成出来ないからだと伝え聞いた。まぁ、当時はまだそんな話は無かったが。
その工業高校には、繊維工業が盛んな土地柄を反映してか【織染化学科】という奇妙な専門科が存在した。そこでは緑色の作業服を着た生徒が、身の丈より大きな機械式織機や染物機器を使って、様々な学習を行っていた。
しかし、時代は移り変わり、海外の安価な製品に押されて次第に国内製品は影を潜めて、デザインを専攻する学科を作ろうと【テキスタイルデザイン科】として再編される事になった。だが、織染化学科はテキスタイルデザイン科に変わるけれど、その学科は交わらずに翌年から変更になる。つまり……
三年生→織染科、二年→テキスタイルデザイン科、と名前も実習過程も違う科が縦並びで同居する、不思議な学校が1年間だけ存在したのだが、そこに新しく入った新入生が、稲村某だったのだ。
ちなみに俺はインダストリアルデザイン科、つまり工業デザイン科と言う《結局何を勉強する所かは詳しく判らない学科》に入った。理由は偏差値が無茶苦茶低くても楽勝で入れる都立高校で、入試前日にプラモデルを魔改造していたようなお馬鹿さんが一切勉強する気もなく選べる横文字の学科だったから……である。
さて、途中の過程はともかく、いきなり体育祭になる。何故かと言うと、その体育祭こそが……稲村某にとっては全てが未体験の列挙……そして、クミさん(仮名)と出会った場所だったから。
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その高校は、専門科毎の生徒数に偏りがある(機械>化学>織染及びデザイン)だったので、化学科と織染科VS機械科の図式になるのがいつもの流れ。
で、三年の先輩諸氏がリーダーとなり、応援団を結成して体育祭を盛り上げるのが定例だったのだけど、その三年は男子三人と女子三人だった。男子はいかにも……な、ちょっぴり厳つい雰囲気で、中学生に毛の生えた程度の稲村某にはおっかなかった。
だがしかし……女子のお三方は……うん、凄く美人揃いだったんだ。
リカさん(仮名)は黒髪ロングでメガネながら、人の間にサラリと入っていく気さくな性格。
アイさん(仮名)はショートカットの黒髪で、ほんの少しだけキツめの顔立ちだけど……背丈と体型に似合わぬ巨乳(軽くEは超えていた?)で、稲村某は一目惚れだった。
そして、クミさんは少しだけ茶髪でほんのりハスキーボイス。でも体型は二人と比べても見劣りしない、女性らしい方だった。ただ、飛び抜けて印象には残らないけれど、柔和で打ち解け易いタイプ。
そんなお三方と、稲村某と一年生の数人(先生から強制的に指名された)は、体育祭までの三ヶ月間、授業が終わる度に呼び出されたり教室まで迎えに来られたりの日々を過ごしながら、喉が渇れるまで学科応援歌を歌わされたり、ダンスの練習をした。
まぁ、つまらなくてキツいだけのダンス練習の唯一のお楽しみは……アイさんのふにょんぽよんと弾む胸を見ることだったが、やがて体育祭がやって来て……そして終わる。
明日から練習はしなくていい! と喜んでいたのだが、クミさん三人と三年生男子が、二年(当然居たが話的に割愛)と一年の全員に向かってこう告げたのだ。
「お疲れ様!! 今夜は打ち上げがあるから、参加者は駅前の○○(居酒屋の名前)に集合だからね♪」
……あ、あの……僕達、高校生なんですけど……?
そう思ったのは稲村某と、もう一人のぽっちゃり男子(彼とは今でも交流有り)だけだったらしく、他の同級生には「ウチにカバンを置いて行けばいーぜ!」と進められ、渋々向かう事になった。
さて、もう随分昔の事だから時効、と思って告白するが……その時は先輩の知り合いが経営していた店、と言うことで格安で飲み放題だった、と思う。ただ何を食べたかは記憶していないが、とにかく飲んだ。稲村某、実は既に夏休みにはビール位は飲んでいたので、しこまた飲んでも倒れなかった。
しかし、同じビルの居酒屋で急性アルコール中毒の患者が出たようで、救急車がやって来て担架で運ばれていったらしく、他人事のように眺めていた事は記憶している。
そんな打ち上げの場に現れた三人の女子は、卒業後は就職予定だとかでリクルートスーツ姿を披露してくれた。勿論アイさんはぱっつんぱっつんだった。いや、ホント有り難かった……ただ、リカさんは俺の隣の一年生と話したがっていたにも関わらず、何故か平然と稲村某の上を四つん這いで通過して、柔らかなお腹の感触をたっぷり堪能させてくれました。それも凄く……嬉しかった。
だが、この時、クミさんの態度だけは違った。稲村某とは然程接点を持とうとしなかった二人とは裏腹に、隣に座ってニコニコしながら色々と話し掛けてきたのだ。
しかし……他の二人と違い、茶髪だったクミさんは稲村某としては「ヤンキーみたいで苦手」だったのだ。
でも……ハスキーボイスながら、ニコニコしながら嬉しそうに喋るクミさんも……何だか可愛らしく見えてきて、急に胸の鼓動が高まったのも事実で……気が付けば、「たまに話がしたいから、ウチの電話番号教えてもイイ?」と積極的に絡んできたので……断れずに何となく、メモされた番号を受け取っていた。
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……それから、三年生が卒業する数ヶ月の間、下校時に会えば一緒に駅まで(稲村某は電車通学でクミさんは自宅まで徒歩)帰りつつ、お互いの家庭の話や家族の話をしたが……父親の事になると「……私、オヤジはキライなんだ……クソじじぃだから!」と憤り、そして「何だか判んないけど、某君ってパパみたいじゃない?」と物凄く判断に困る事を言ってはケラケラと楽しそうに笑いつつ、腕を絡めて寄り添って来て、並んで駅まで帰ったっけ……。
それから彼女の家に数回電話を掛けたが、こちらはお互いの親の様子を伺いつつ緊張しながら電話していたので、楽しい気分にはならなかったが、リラックスして楽しそうに話すクミさんの声は、今思い出しても可愛らしく……そして、だからだろうか、(でも、家族とは仲が悪いみたいなんだよな……)という思いがこちらに常に纏わり付き、それ以上の間柄には発展しなかった。
クミさんが卒業した際は、別に何かを告白するような事はなかった。だが、それは嫌いだった等ではなく、「未成年で親元で暮らしている半端者の自分は、クミさんと交際なんて出来る筈がない」と勝手に思い込んでいたからであり、クミさんからは何回も交際を促すアプローチはあったのかも知れないが……バカで引っ込み思案の稲村某はそのままで終わらせてしまったのだ。
……ああああああああああああああぁ!!! 勿体無い!! 現役女子高生と恋愛出来るチャンスだったのにぃ!!!!!!
ネコみたいに気紛れだったけど、優しくて甘えたがりで……すぐくっついてきて……良くケラケラと楽しそうに笑うクミさん。
今思い返してみても、素敵な笑顔でバランスの取れたプロポーションだったし……あと数年経たら、もっと美人になっていたかもしれないのに……バカバカバカバカァ~ッ!!!!
おいお前(高校生の稲村某)!! そんなんだから二十代後半までドーテーに過ごす事になるんだよ!! 臆せず付き合っておきゃ……あー、勿体無かったなぁ……。
……でもね、もし、彼女と直ぐに付き合っていたとしても……きっと、中途半端で自信も責任感も人生経験も無かった稲村某は、きっと彼女を不幸な気分にさせて、お互いに辛い別れをしたと思う。ドーテーなんてそんなモノだ。
そして……遠い記憶の奥底では、アイさん(仮名)のはちきれんばかりの胸元と共に、リカさんのリクルートスーツのお腹の辺りの柔らかな感触と、そしてクミさんの笑顔が……今でも忘れられない。
きっと三人とも、既婚で家庭持ちになっているだろう。
……ただ、三人と再会する事は、世界中がゾンビに溢れるようになるよりも確率的に無いだろう。
……ただ、もし、三人と再会する事になったら……
……俺は、クミさんに……当時、初めて会った時は全く好きじゃなかった、なんて……口が裂けても絶対に言う事はないだろう。
その後、卒業したリカ先輩と通学途中の駅前でばったり遭遇したのだが、少しだけ話をしてお三方の連絡先も聞かずに別れてしまった。それが最後のチャンスだったろうに……フラグへし折り過ぎだぜ?