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第53話 月夜の語らい

 その日の夜、屋敷のテラスには2つの人影が並んでいた。


「今日のお月様まん丸だねぇ。おまんじゅう食べたくなってきちゃう」


 背伸びをしながら一生懸命に空へ向けて手を伸ばすスズトラを見て、スクレナは答えることもなくただ苦笑する。


「全く、あんたはいつまで経っても色気より食い気だね」


 新たに加わる声に振り返ると、ワインとグラスを手にしたマリメアの姿があった。


「どうですか? 男は抜きにして女同士で語らうってのは。キャローナは疲れてもう寝てしまったし、ラス=ティはまだ仕事があるみたいだから3人だけですけど」


「おぉ! いいねぇ。ウチ昼間にずっと日向ぼっこしてたから全然眠くないし!」


「あぁ、ただし条件がある」


 予想外の返しと真剣な口調にマリメアの表情もそれに倣う。

 しかし間もなく入れ替わるように、スクレナの口元には笑みが浮かんでいた。


「今は昔のように友人として接しろ。どうせこの場には我らしかおらんのだ」


「そういうことかい。いいよ、その方が口も滑らかになるってもんだしね」


 丸テーブルに備えられた椅子に腰かけ、ワインが注がれたグラスを互いに合わせる。

 心地よい高音を耳にした後、まずは同時に舌鼓を打ってから話に花を咲かせた。

 だが話題はいずれも昔話ばかり。

 再会するまでに起きた出来事に触れないのは、おそらくその間に長く自由を奪われていた友を考えてのことだろう。


 ところがしばらくして徐々に口数が少なくなっていく者がいた。

 口を開いては言葉を飲み込み、他の2人の話に笑顔を向ける。

 そんな挙動がこの顔ぶれで最も似つかわしくない為、周囲が気にかけるのも無理はなかった。


「どうした? スズトラ。先程から何か言いたげな様子であるが」


「うん……でもこういうタイミングで話してもいいのかなって思って。せっかくの席に水を差しちゃうだろうし」


「なんだい、そこまで言ったんだから全部吐いちゃいなよ。寧ろ気になって余計にせっかくの酒が味わえないじゃないのさ」


 スクレナとマリメア、双方の顔を交互に目にするスズトラは、背中を押されるようにポツリと話し始めた。


「えっとね、昔話繋がりなんだけど、ウチしばらく帝都に滞在してたって言ったじゃない? その時にセリちゃっ……聖女のお世話になってて……」


 ここまでくれば最早引っ込みがつかないのは明らかだ。

 それにも関わらず歯切れが悪いスズトラの様子に、2人は目配せをして首を傾げる。


「その時に見ちゃったの。スクレナ様のお母さんが聖女の邸宅に訪ねてきたのを」


 スズトラの話を聞いて、マリメアは口に運ぼうとしていたグラスを無意識にテーブルへと戻す。

 それほどの驚きようであった。

 しかし対照的にスクレナは、意にも介さず落ち着き払っている。

 瞼を閉じて、鼻で笑う姿は全てを見透かしていたという余裕が見えるほどだ。


「あんた、知ってたのかい?」


「まぁな。封印が解けてからこれまで帝国の各地を回ってみたが、奴の影が色濃く見えるほどやり口が似通っておったからな。反吐が出るほどに」


 マリメアは先ほど留めた一口の為にグラスを傾けると、さらなる問いを投げかけた。


「それなら闇の女王の復活は向こうにとっても既知の事実ということかね」


「ここまで動けばさすがに勘繰られてもおかしくなかろう。だが少なくとも最近までは奴の目も曇っておったと見える。皮肉にも自ら考案した術と、それを実行した者に絶対的な信頼を持っていただけにな。何せあの時に我が結界から出られたのは例外なのだから」


「エルちゃんのことだね! 昼間にみんなから経緯は聞いたよ。特殊な訓練もしてないヒューマンだったのに、意地と根性でそこまで出来るってすごいよねぇ!」


 スズトラの言葉に、スクレナは相好を崩すことで肯定の意を示す。

 しかしもう1人はその結論に納得していない様子だ。

 親友が抱いている、奥底に隠した思いを決して見逃したりはしなかった。


「本当にそうかい? あんたを1000年以上も封じていた結界なんだ。そんな精神論で破れるほどヤワなものとは思えないけどね」


「ほう、それはどういう意味だ?」


「とぼけるのはおよしよ。言わなくても分かってるはずだろ? あれを強制的に解けるのは術者本人か、それに近しい存在だけだってことをさ」


 スクレナはマリメアの言わんとしていることを察して険しい顔を見せる。

 理由となった感情は決して怒りなどではなく、その者がエルトへ向ける疑念から生じる不安であった。


「信用ならぬか? エルトのことが」


 物々しい雰囲気のまま沈黙が続く中、またもスズトラは心配そうにそれぞれの顔を交互に見比べる。

 それからしばしの静寂を破ったのはマリメアの方だった。


「そんな怖い顔しなさんな。私だってあいつはいい奴だと思っているし、付き合いは浅くとも仲間として好感は抱いてるさ。スクレナを助けたのだって打算的な考えなんかじゃないよ、きっと。それにこれは通例に従った単なる私の憶測に過ぎないしね。ただ――」


 スクレナが浮かべた、少しばかりの安堵の表情に被せるようマリメアの言葉は続いた。


「この世には万が一ってもんがあるからさ。その万が一が起こった時に、主君に戸惑いが生じれば軍が総崩れになる危険だってある。そんな可能性も考慮して、揺るがない覚悟を持っておいてほしいって話だよ」


 グラスに残ったワインを見つめながら、女王は無言のまま数度頷く。

 そんな様子を見てか、周囲を取り巻く空気を払拭したかったのか、あえて厳しい進言をした友の顔が不意に和らいだのだった。


「ふふ、酒の席だというのに、結局はこんな話に熱を上げるとは。もう私たちは根っこの部分じゃ普通の女として生きられなくなってるのかもね」


「大昔にザラハイムの旗を掲げた瞬間からそんなことはとうに承知しておったわ。スズトラよ、この際だ。お前が帝都で見てきたことを全て話してしまえ」


 スズトラは自分が仕入れた情報を順々に話し始めた。

 道行く下士官から、内輪話をする将官から、そして胸の内を吐露する聖女からのものまで。

 聞けば聞くほどに、これから対峙する相手の強大さや、底の深さを痛感させられる事となった。


「して、聖女は既に真実を聞かされていたのか?」


「うーん……そんな様子は見られなかったかな? 知っていれば必ず何かしらは口にするだろうしね」


「そうか。聖女となる女が再び生まれ出づる時代に我が元の世界に舞い戻る……まるで呪いのようではないか。この断ち切れぬ因縁の鎖というものは」


 スクレナは夜空に浮かぶ月を遠い過去の出来事になぞらえるように見つめ、ポツリと呟いた。


「セリアが全てを知った時、闇の女王に抱くのはどんな想いであろうな。怒りか憎しみか……あるいは哀れみだろうか」




 ◇




 夜も深まった頃、皇帝クルテュヌスがくつろぐ皇宮の一室に訪問する者があった。

 本来ならば近衛兵に道を塞がれるのもやむなしという行為だが、黙認されたのは彼女自身もそれを許されるほどの力を持ち合わせていたからだ。


「ルーチェスっ……!」


 クルテュヌスは慌てて手を振り、召使いたちに退室するよう促した。

 戸惑いを見せる彼女たちと入れ替わるように、ルーチェスは皇帝の元へと近づいていく。

 しかしその途中、あらぬ方向に進路を変えたかと思えば、部屋に備えられているソファへ乱暴に腰を下ろした。

 主を前にしての傍若無人な行為。

 本来ならば不敬であると咎められるべきである。

 目にしている者があったのなら、誰もが揃ってそう考えただろう。

 ところが目の前まで歩み寄るクルテュヌスは反して膝をつき、頭を垂れるのであった。


「ルーチェス様、今時分に何用でございますか?」


 ルーチェスはそんな姿に嘲笑すると、足を揃えて服従する男の後頭部へと乗せる。

 普段は巨大なガルシオン帝国の影に隠しているが、これは互いのみが知る彼女らの本当の立ち位置だった。


「そうかしこまるな。急ぎというわけではないが、ひとつだけ貴様に知らせておくことがあるのだ」


「知らせておきたいこと……ですか?」


 顔を上げることも出来ないクルテュヌスは、そのままの姿勢で普段とは口調の違う宰相へ返事をする。

 人としての尊厳を侵害されているにも関わらず、微塵も抵抗を見せない今の姿がどれほど異常であるか。

 そんな感覚さえ麻痺してしまうほど、皇帝にとってルーチェスは尊い存在であった。


「どうやら妾が予想していたよりも早く闇の女王が復活を果たしていたようだ。それもある程度の戦力を整える猶予を与えてしまうほど前にな」


 唐突に聞かされた話の内容に動揺し、台座の役目を請け負った男は思わず体を震わせてしまう。


「な、なんと!? しかし貴女様の見立てではあと数十年は先であると」


「ああ、スクレナを封じていた結界の持続時間について誤差がないことは間違いなかったし、奴自身に解除する術はなかったのも同じだ。現状では予期せぬ何かが起こったと言う他ないな」


「なれば悠長に構えてもいられますまい。早急に神降ろしの儀を執り行わなければ」


 クルテュヌスの言葉にルーチェスは若干の苛立ちを表に出した。

 言われずとも分かりきっていることへの指摘、そしてそれでも叶わぬ理由があることへの焦りによってである。


「聖者たち、そして古代の超文明の技術をこの手に揃えた時には心踊ったものだ。これでようやく妾の長年にわたる心願が成就するのだと。だがそのせいで浮き足立ってしまったのか、最も肝心な部分を見落としていたのは反省せねばなるまいな」


「肝心な部分? それは一体」


「聖女が剣聖に心を許さぬということだ。イグレッドは顔がいいし、地位も手に入れた。そしてまだ荒削りではあるが数多の才を持ち合わせておる。内面はあの通りだが、それだけに少しばかり煽ててやれば手玉に取ることも容易いはず。すんなり受け入れると思っておったのだが――」


「聖魔道士の話ですね」


 ルーチェスは返答もしなければ頷きもしなかった。

 ただ無言のままため息をついただけだか、それでも肯定の意志を汲み取ることは容易だった。


「婚約者の話は聞いていたが、それがつまらぬ凡愚であればよかったものの。武器も抜かずに魔人を屠り、一騎打ちで聖騎士を打ち破るほどの手練ときたものだ。まぁ、あくまでそういう役を演じているだけであるのだろうがな」


 最後の一言の意味が分からずに、皇帝は眉をしかめる。

 だが彼女の計画が難航しているというのは見て取れ、自国の理念を象徴するかのような提案を口にした。


「そ、それならば聖女の意向など無視して強行してしまえばよいのでは――」


 言い終えるのを待たず、クルテュヌスは顔に衝撃を感じながら腰を打つ。

 あまりにも突然のことで、激昴したルーチェスが足蹴にしたのだと気づくのにしばし時間を有した。


 直後にルーチェスはすっくと立ち上がり、上体を起こしたクルテュヌスの元へ足音を鳴らしながら詰め寄る。

 すると今度は胸を蹴って押し倒し、間髪入れずに顔を踏みつけた。


「最初に説明してやったはずだぞ! よいか、魔力とは持ち主の生命力と密接な関係にある。そして生命力はその者の感情に大きく揺さぶられながら質の善し悪しが決まる。つまりは術者の精神状態が不安定なまま儀式を敢行したところで、完全なる存在を生み出すことなど到底不可能ということだ」


 不思議なことに人類というのは、気の持ちようだけで肉体の健康状態すら左右される。

 魔力も同様でそれほどの影響力があると彼女は力説したのだが、当の本人の様子を見る限り伝わっているのか怪しいものだった。


「あぁ……ルーチェス様のおみ足が……おみ足がぁ……っ!」


 息を荒くするクルテュヌスの姿を見て、ルーチェスは仮面の下に隠れた眉間にシワを寄せながら足を引いた。

 そして気を取り直すようにひとつ咳払いをする。


「そこらへんに関しては妾に考えがある。あの時は立腹して冷静さを欠いたが、気になって精査してみればルナの話は存外悪くないかもしれん。まぁ、とにかく貴様はこちらの指示通りにこの国を動かしておればよいのだ」


 興奮冷めやらぬ皇帝の返事を待たずして、ルーチェスは早々に部屋を後にする。

 そして帝国の宰相としての顔へ切り替えながらも、次の目的地へ足を向けるのだった。




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