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第46話 足りない1ページ

 親父や母さんが他所から移り住んできたという話は聞いたことがある。

 だがそれがいつのことなのかは知らなかったし、俺はその後にこの村で生まれたものだとばかり思っていた。

 それだけでも少しばかりの驚きはあったが、そんなのは些細なことだと言わんばかりの真実によって上塗りされる。

 幼馴染みであるセリアが隣人の本当の子供ではなかった。

 そして物心がつく前の話だが、初めて出会ったのがヤディ村ではなかったという事実によって。


 2人がひょっこり村へ現れたのは夜、ちょうどこれくらいの時間。

 若い頃のおじさんが、閉ざされた門の外から声をかける者がいるのに気づいて物見櫓の上から様子を窺ってみたらしい。

 すると旅装束に身を包む男女の姿がそこにはあった。

 周囲の灯りは松明のみで視界は十分ではなかったが、目を凝らしてみればそれぞれが赤ん坊を抱いていたとのこと。

 状況から何か切羽詰まった事情があると判断したおじさんは、当時の村長たちに相談をした末に全員を招き入れた。

 親父だけならばもっと協議に時間がかかっていたか、そもそも門戸が開くこともなかったかもしれない。

 こんな遅い時間に外を彷徨い歩く人物に最大限の警戒を払わないなど、この世界においては愚の骨頂と言えるからな。

 だが幼子であった俺たちや、母さんの存在が村人たちの警めを緩和させた。


 村長が問うたところ、親父は傭兵稼業を生業としながら各地を転々としていたと言う。

 そんな中で野盗に襲われた後の村を通りかかったところ、親御さんが隠したのか、洋服棚の中にいた赤ん坊を発見した。

 このまま放っておくわけにもいかず、引き取ってくれる人を探しながらもこの村に流れ着いたとのこと。


 だがおじさんを始め、その他の村人たちも親父の言葉を鵜呑みにはしなかった。

 その理由は経緯(いきさつ)を語る本人の身なりのせいだ。

 服装は流浪する平民に似つかわしいボロを纏ってはいたが、時々に目に入ってくる腰に帯びた煌びやかな剣が信憑性を薄めてしまっていた。

 それに不自然さが感じられる点は、親父の腕の中に抱かれていた赤子にもあったという。

 襲撃跡にいた孤児にしてはあまりにも綺麗すぎたと。

 もちろん保護してから幾ばくかの時が過ぎていることもあったかもしれない。

 しかし皆が感じたのは単純に見た目だけではなかった。

 錯覚のようなその身に纏う淡い光によって、赤子に特別なものが感じられたという。

 言葉も発せぬ乳児だというのに、自分たちよりも遥か上の存在と思えるほどに。

 命を預かるという重大性に加え、そんな疑念を抱いていた面々は親父の申し出に尻込みするばかりだったようだ。

 ただ1人、おじさんを除いては。

 巡り合わせというのだろうか、その時は何時までも子供ができないことに夫婦揃って気を落としていた頃だった。

 そんなこともあってか、現状を打破したいと思っていたおじさんは半ば無意識に手を挙げていた。

 そうは言っても、決して軽い気持ちで名乗り出たわけではないようだ。

 引き受けたからには責任を果たす。

 きっとそういう目をしていたからこそ、親父も納得して任せられたのかもしれない。


「ところが成長するにつれて不可解さを感じることが少なくなっていったから、いつしか俺も周りの奴らも気にしなくなっていた。だがあの日、選定を受けたセリアが聖女であると判明した瞬間、当時を知る者はその記憶を甦らせただろう。そしてお前の父親のこともな」


 俺は続きに一層耳を傾ける。

 村に到着してから中に入るまでの僅かな間の話だけでも、ほぼ全てが知らないことだったから。

 それに10年もの月日を一緒に過ごしていた親父が、どういう人物であるかずっと分かった気でいた。

 狩りの腕は相当なものであったが、それ以外、特にこの村で主に盛んな農作業においては目も当てられないほどだったのを覚えている。

 技術もなければ知識もない。

 作物を全滅させかけては、おじさんの指導を受けながら何とかこなしていた。

 と思えばたまに突然フラっと長い間姿を消し、そのくせ夜には仕事をやり遂げた感じに大酒飲みに転じる。

 要は子供の目から見てダメな父親だった。


 いつの頃だったか最寄りの街へ出かけた時、幼心に巡回する衛兵の姿に憧れを抱いたことも。

 親父が元は傭兵であったのは知っていた為、俺はある日に剣の教えを乞うた。

 だけどその願いをぶつけた本人には想像していた以上に軽く突っぱねられてしまった。

 それから何度か頼んでみても頑なに断られるだけ。

 せっかく自分の子供に父親らしいことをしてやれる唯一のチャンスだったろうに。

 普段から遊びの相手や行楽に連れて行ってくれるのはおじさんであったし、それが最終的な要因となり、俺はいつしか親父に何も期待しないようになっていたかもしれない。


 そんな俺だって成人してから既に4年も経過しているのだ。

 いつまでも拗ねてるわけでもなければ、いまだに根に持っているわけでもない。

 それに少しばかりは見聞を広げた今だからこそ、当時の状況を聞けば察することくらいは出来る。

 親父が俺に対して壁を感じさせたのは何か理由があったのだろうと。

 その点においてはおじさんも同意見だろうけど、おそらく――


「すまんが、そこら辺に関しての詳しい事情は俺も結局分からずじまいだったんだ」


 やはりな。

 選定の日が訪れるまでセリアのことでさえ曖昧だったんだ。

 親父の方なんて以ての外だとは思っていた。


「興味本位で何度も聞き出そうとはしたさ。それこそ酒の力を使ってでも。だけどあいつは断固として口を滑らすことはなかったな。ただ――」


 おじさんは腕を組むと、椅子の背もたれに体をあずけながら何かを思い起こすように天井を見やる。


「あの男がしがない傭兵でないのは常々感じさせられていた。初見での佇まいだけじゃない。いつもすっとぼけられてはいたが、俺だけは知っていたんだ」


 不意にこちらへ目を向けるおじさんに対して、俺は無意識に首を傾げていた。

 ここまで含みを持たせて一体何を伝えようというのだろうか。


「似たような僻地の人里に比べれば、ここらは治安がいいとまでは言わずとも危険が少ないとは思わないか?」


 主要となる大きな街では領主である貴族であったり、国そのものが防衛に着手することもある。

 もちろん田舎のような利便性の悪い貧相な場所は例外だ。

 収める者たちに投資するメリットがないのだから当然と言える。

 だがおじさんの言葉通り、ヤディ村が賊や魔物に襲われたという記憶は少なくとも自分の記憶にはない。


「労力に見合った旨みがない分もともと良からぬ連中はともかく、近くの山や森林から魔物が出てくるのは少なくなかった。お前の父親が人知れず巡回と退治をするまではな」


「親父が?」


「ああ、あれは日照り続きで作物が思うように育たない年だった。それを補う為に無理をして山深くまで足を踏み入れた時、俺は一度だけその様子を目撃したことがあるんだ。あいつが群れに囲まれながらも次々に大きな魔物を狩り、ごく小さな魔物だけは瀕死にしたまま故意に逃がしているのを。その時は意図が分からずただポカンと眺めていたな」


 おじさんはかつてのことを思い出すように笑いを漏らす。

 もし村に留まったままでいたならば、きっと俺も現場の目撃者の反応を再現していたであろう。

 けれどこの数年、冒険者として生活していく上で身につけた知識を持ってすれば、親父の行動の意図は理解できる。

 魔物は酷く傷つけられて逃亡する際に、人間には分からない臭いを分泌して周囲に付着させる。

 それは自分の仲間や他の種に「ここには脅威がある」と警告する意味合いがあった。

 その習性を利用して村の周囲を魔物にとっての危険地帯と認識させるために、害の少ない小型を敢えて放置したのだろう。


 とは言え、そんなことは魔物退治を生業としている者にとっては一般的な手法だ。

 今の話の中から別段親父が特別であるとは感じられないのだけど。


「違う違う。確かにそんな方法があるなんてのは知らなかったが、俺が度肝を抜かれたのはその剣さばきさ」


「剣さばきって……おじさんに分かるものなの?」


「ああ、お前の言うとおり俺にゃ無縁の世界だ。だからこそ否応なしに凄さが伝わってきたんだよ。素人目で見てもそこらの奴らとは別格だと。あいつが振るう剣はただの得物というより、まるで意思があって……尚且つ互いに通じ合っていると錯覚するほど自在に操っていたんだ」


 これだけの時が経っているのに鼻息を荒くして語っている様を見ると、よほどの光景を目にしたのだろう。

 今の話で何となくおじさんが親父のことを只者ではないと思っている理由は分かった。

 それにこれは俺の憶測ではあるが、親父が聖女であるセリアを懐に抱いていたのは偶然などではない気がする。

 当時の村の人たちと同様に、壊滅した村から拾ったというくだりは単なる後付けの設定なのではとも思っている。


 ――ダメだな。

 いくら考えたところで推察の域を越えることは不可能だから胸のモヤモヤが消えることはない。

 言うなれば物語を読み聞かせてもらったのに、全ての謎が明かされる最後のページが抜け落ちていたような。


「さぁ! 今さら分かんないことをいつまでも考えてたって時間の無駄さね。そんなことよりエルト、あんたいつまでここに滞在する予定なんだい?」


 唐突におばさんがパンッと手を叩いて話題を変える。

 確かに埒が明かないことにいつまでも執着するのは時間の無駄と言えるか。


「そうだな……とりあえず用事を済ませるまでとしか言えないけど、明日からしばらくはペタルム山に通うことになるかな」


 ペタルム山とはここに在住していた頃に俺が狩場としていた山。

 何も知らないイグレッドとの交渉の末に自分たちが所有権を手に入れたあの山だ。


「ふーん……一体あんなところになんの用事があるってんだい? 物珍しいことなんて、せいぜい《《アレ》》が出るって噂話くらいなもんだろ?」


「そういえばセリアが子供の頃にそいつを見たって大騒ぎしていた時があったな。大袈裟に驚いたフリをしたが簡単に見抜かれて、『信じてない!』ってへそを曲げて当分は口を聞いてくれなかったっけか」


 懐かしい昔話を語るおじさんの顔は、微笑ましいエピソードとは裏腹にどこか寂しげに感じられた。

 まるで大切な記憶の全てが夢想であったと、自分の意識の外から思わされているように。

 そんな姿に居た堪れない気持ちになって、つい無理にでも先程おばさんが口にした話について考えるようにしてしまった。


 ペタルム山に出ると噂されている《《アレ》》……

 実際にはハッキリとその姿を捉えたものは皆無だから、あくまで噂の域を脱していないのだが。

 もしセリアのように目撃談を語れば、苦笑、嘲笑、意味は違えど聞き手から笑いが漏れるのは確かだろう。

 そして人は大人になるに従って、いつしかおとぎ話として自分の中で完結してしまう。


 だが俺は逆行して、この歳になってそれが空想などではないと信じざるを得ない状況になった。

 なぜならばペタルム山に足を運ぶ目的というのが、その荒唐無稽な存在に会いに行くことだからだ。



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