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19話 種族の誇りをかけて

 最も近い村を襲撃したというだけあって、モンテス山の頂上へと続く道の入口までは1時間もかからなかった。

 しかし俺たちはぐるっと迂回して他の場所から麓の森林地帯へと足を踏み入れた。

 正面は帝国軍人が陣取っていて、とても姿を晒せる状況ではなかったからだ。

 皆が一様に忙しなく行き来し、声を掛け合いながら何かを探しているようだった。

 もう既にケット・シーの捜索が始まっているのか?

 情報の伝達が早すぎるとも思ったが、ルナが使い魔など何かしらの方法を使ったとも考えられる。

 何にせよ今は見つかるわけにはいかない。


 そしてトムの話によれば、機を窺っているというケット・シーたちはこの森林の中にずっと潜伏していたらしい。

 ここには昔から所々に誰にも知られていない避難所があるとのことだ。

 確かに生い茂っている木々によって監視の目も振り切れるし、平原に出ない限りは安心だろう。


「ここだニャ」


 トムが掲げた手の先にある大きな木の根元には空洞が。

 確かに案内がなければ誰も気付かないな。

 隠れ家としては適しているのかもしれない。


 俺は屈んで真っ暗な穴の中を覗いてみる。

 すると視線の先に気配を感じ、無意識に顔を横に傾けた。


 ――ヒュッ!


 頬のすぐ脇を何かが掠め、ストンっという音を立てて背後の木に突き刺さる。

 振り返って目視してみると……矢?


「どうしてここが分かったニャ! 人間!」


「みんな! 早く抜け道から脱出するニャ!」


 武装したケット・シーが入口を守るように数匹で立ち塞がると、その内の1匹が中へ向かって警告した。


「待ってくれニャ! その人たちは敵じゃないニャ!」


「トム! 無事だったのニャ!?」


 トムが慌てて他のケット・シーたちの前に飛び出すと、皆が円を作ってよく分からない舞を踊る。

 たぶん喜びを表現しているのだと思うが。


「ささ、トムが王様に謁見させてやるから、2人とも遠慮せずに早く入るニャ!」


 腕を振って促されるものの、穴の大きさは人間の大人が通るにはかなりギリギリだ。

 中に入るには這って進むしかない。


「くっ……なぜ我がこんな屈辱的な格好を……」


 文句を言うな。幸せを掴むには苦難を乗り越えなければいけないものだ。

 この先にはお前にとっての楽園が待っているかもしれないんだから。


 そうは言っても入口の少し先からは広い通路が奥まで伸びている。

 ケット・シーたちを先頭にしてそのまま突き進むと、やがて開けた空間に出た。

 そこには様々な柄のケット・シーが無数にひしめき合っている。

 一番奥には即席で作ったであろう木製の玉座が置かれ、そこに座していたのは一際大きなケット・シーだった。

 縦にもそうだが横にも巨大なずんぐりした体型をしている。

 頭と比べてかなり小さな王冠を乗っけているし、こいつが王様なのだろう。


「んー? なぜ人間がこの隠れ家に入って来ているのかのう?」


 ざわめく周囲のケット・シーとは違って、王はヒゲを擦りながら間延びした声を発した。

 それから俺とスクレナのそれぞれに視線を向けた後に、その大きな目をトムへと移す。


「同胞が招き入れたということは客人かの? 吾輩はケット・シーの王、イルサンである。それでここへはどんな要件で訪れたのじゃ?」


「それが……王様。大変なことになったのニャ」


 トムは肩を縮めて、モジモジしながらバツが悪そうに事の顛末を語り始めた。




 ◇




「ふーむ、なるほどのう。それは困った」


 ここまでの経緯を聞いても尚、イルサンに焦りは見られない。

 というよりは、他のものに気を取られているようだった。


「ところで……あれは一体なんなのじゃ?」


「はぁ……至福……」


 イルサンが指さす方を見てみれば、仰向けになったスクレナが顔の表面と手足の先を残してケット・シーに埋もれていた。

 よかったな、念願が叶って。

 あれはもうすっかり自分の世界に浸っているから放っておいてやってくれ。


「最近は食料を大量に運んでくると思っていたが、人間の村を襲っていたとは。この一件の非は吾輩の監督不足ゆえ、どうか許してほしい」


 弛んだお腹を引っ掛けながらも、イルサンは椅子から身を乗り出すように頭を下げた。

 でもその見た目だと……本当に飢餓に苦しんでいるのかと疑わしくなるな。


「わ、吾輩の体型はもともとである。これでも随分と痩せてしまったのじゃ。何せ今となっては……」


 目頭を押さえて項垂れるイルサン。

 相手の苦労考えずに無神経なことを言ってしまったか。

 申し訳ないことをした。


「1日に6食しか食事が取れなくなってしまったのじゃ」


 こいつ1回引っ叩いてもいいかな?

 もしかしてこのデブ猫が1匹いなくなればそれなりに問題が解決するんじゃなかろうか。


「ぬ? お主、何かよからぬことを考えてはおらぬか?」


「いえ、何も。そんなことより帝国軍が既にこの山での捜索を始めていました。ここに配置されている軍人たちには聖魔道士からの情報が伝わっているようです」


「あぁ、奴らが探しているのは別の物じゃろう」


 別の物?

 あいつらがそこまでして手に入れたいほど重要な何かが隠されているのか。


「そもそも聖魔道士たちがここへやって来て吾輩たちを追い出したのは、何者かがこの山に隠した『シング』なるアイテムを手に入れる為じゃ。その元の持ち主は『なんちゃらとうしょう』のス……ス……」


「スズトラか!?」


「そうそう、確かにスズトラとかいう名前じゃったな」


 イルサンの口から出た名前を聞いて、スクレナが上体を起こし毛玉の山から飛び出す。

 こいつがこんな反応を見せて、しかも「とうしょう」という単語が出てきたということはもしかして……


「それで! スズトラは今どこにおるのだ! 『神具』の行方は!?」


「待て待て、そう興奮するな。それはここに住むケット・シーたちの言い伝えのようなものなのじゃ」


 だったらさも実在するような口ぶりで語らないでくれ。

 ……と言いたいところだけど、帝国がそんな噂程度のことだけでこれほどの規模の捜索をするとも思えない。

 きっと何らかの形で情報を得て、その上で確信を持ったのだろうから一概に眉唾とも決めつけられないか。


「ところで、聞いた感じだとスズトラというのは六冥闘将の1人なんだろ?」


「あぁ、あいつは全ての将を差し置いて、我が軍の中軸を担うほどの能力を持った史上最強の――」


 対面したのはデリザイトのみではあるが、それだけでも六冥闘将たちがどれほどの実力であるのかは想像に容易い。

 その中においての中心人物で、スクレナに最強と言わしめるとは、一体どんな人物なのだ。


「――猫だ」


「へー」


 たぶん俺は真顔になっていただろう。

 なんだか釣り餌に食いつこうとしたらわざと竿を上げられた気分だな。


「で、そのスズトラさんとやらは何がすごいんですか?」


「なんだその目は! せっかく教えてやろうと思っておったのに! あーあ、気が失せたわ!」


 子供かお前は。


「これこれ、こんな時にケンカなどするでない。それよりもこれからどうするかを考えねばじゃろ」


 イルサンの言葉に対するケット・シーたちの意見は様々だった。


「ここに身を潜めてやり過ごすのがいいニャ!」


「山の全域を抑えられたら猫のくせに袋のネズミになるニャ! そうなれば食料が尽きて飢え死にしてしまうニャ!」


 潜伏派と逃亡派。綺麗に分かれた議論は平行線のまま進展する様子は見られない。

 慌てふためくばかりで場を収めきれないイルサンに代わり、皆の口を閉ざしたのはスクレナであった。


「打って出るつもりはないのか?」


 途端にケット・シーたちの視線が一点に集まると、注目を浴びている本人は首を傾げる。

 まるでその反応が心外だと言わんばかりに。


「いやいや、レイナとか言ったかの? 相手は帝国軍の上に聖魔道士までおるのじゃぞ。数はほぼ互角でも適うわけは……」


「だがここは其方等が生まれ育った故郷なのだろう? 今この時に、この地を踏み荒らしている人間が生まれるよりも遥か以前からだ。そこで大切な者たちと寄り添い、手を取り、笑いあって生きてきたはずだ」


 スクレナが口を開く度にケット・シーは近くの者同士、互いに顔を見合わせる。


「本当に何も感じておらぬのか? これまで当たり前のように手にしていたかけがえのないものが、知らぬ者に理不尽に奪われたというのに。それで新たな生き方の中で心の底からの幸せを掴めるのか?」


 ケット・シーたちが押し黙って耳を傾けている講説。

 どこか熱が篭もっているのは、きっと自分の境遇と重ねているからなのかもしれない。

 そして俺自身も、いつの間にか拳を強く握り締めていた。


「其方等が守るべきはただの領地ではない! 種族としての誇りだということを胸に刻め!」


 徐々に周囲にいる全ての者たちの目の色が変わっていく。

 そうだ、俺には馴染みがなかったから人伝てに聞いていた話がすっかり記憶から抜け落ちていた。

 もしかして帝国軍人たちもそうなのかもしれない。

 ケット・シーの二面性についてだ。

 彼らの怒りを買って敵意を向けられれば、人間だって引き裂かれることもある。


「気高きケット・シーの戦士たちよ! 其方等の体は小さくとも、心に宿す勇敢なる炎の燃え上がりは奴らよりも壮大であろう! 牙を剥け! 爪を研げ! 猛き声を天に轟かせよ!!」


 次の瞬間、この空間にはケット・シーたちの歓声が響き渡った。

 俺も同様に戦意が高まり、滾る気持ちを抑えられずに一緒に叫ぶ。

 だが少しずつ冷静になってくると、ふと事の重大さに気付いた。


 ケット・シーと帝国の戦を焚き付けてしまったからには俺たちはもう傍観者ではいられない。

 そうなればこの一戦で勝っても負けても国外逃亡は確実だ。

 しかも帝国とは牽制し合っている国の、人目のつかない片田舎にまで限定される。

 デリザイトには俺たちがフィルモスに滞在していると伝えたままだし、そこら辺は考えているんだろうか?


「すまん! 何も考えておらんかった」


 スクレナは腰に手を当て、なぜか胸を張って堂々と宣言する。

 これで今後は畑で土に塗れる生活が決定したな。

 場所によっては山に入って狩猟生活になるかもしれないが。


 しかし俺たちはともかくケット・シーたちはどうするんだ?

 例え一度は故郷を取り戻せたとしても、帝都からさらに大規模な軍隊を送られたら一溜りもないぞ。


「冗談に決まっておろう。感情が高ぶってのことというのは否定せぬが、単に流されただけではないわ」


 そうか、少しばかり安心した。

 スクレナくらいの力を持っていると、正面からやり合うと言われたら本気なのではとつい思ってしまう。


「聖魔道士というのは自尊心の塊で、鼻っ柱が強い故に野心家でもあるようだな」


 確かに性格の悪い生意気な女だったけど、それがどうしたっていうんだ?


「エルト、どうやら帝国も聖者たちも、決して一枚岩というわけではないようだぞ」


 そう言って笑みを浮かべるスクレナは、何か向こうの綻びに気付いているようだった。


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