第1章 3 スーリヤとナンナの話をする兄たち
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灰色の騎龍の一隊が、平原を一路、南へと向かっている。隊列の中ほどには、鉄の檻を積んだ荷車がつらなっていた。檻の中には、人間が押し込められている。
この一隊こそ、グーリア帝国皇帝直属部隊のなれの果て、奴隷狩り部隊として悪名高い《ベレーザ》だ。
彼らが駆るのは、血のように赤い腹、刃物もとおらぬ、ごつごつして堅い灰色の皮をした巨大な騎龍だ。
騎龍はトカゲを人の身長の倍ほどに大きくして後足で立たせたような、どう猛な生き物だ。
太い柱のような二本の後足で騎龍は立ち、ごつごつとひびわれ硬くなったたその肌と同じ色の甲胄で身を固めた人間を乗せていた。
遠目にはまるで人と騎龍とは一つの塊のように見えた。彼らの持つ槍の刃が、青白い太陽の光を照り返して、ギラギラ光った。
黒地に赤いトカゲの紋章を染め抜いた《ベレーザ》の旗が、風にひるがえる。
行く手に、黒々とした森が見えてきた。
石造りの高い壁が森の上に突き出てそびえている。国境の街グレイムを囲む市壁だ。狩り集められた奴隷はここで市場に出され、売られていく。
目的地に近づいて騎龍隊がどよめき、檻に押し込められた者たちは震え上がる。
幼いタルウィが泣き声を上げた。母親のマチェは連れ出されるとき抵抗したため痛めつけられていて、意識が戻っていない。
「だいじょうぶよ、タルウィ」
傍らに座っている黒髪の少女が手を広げて呼ぶ。
「スーリヤも、こっちへ」
隅のほうにうずくまっていた、小柄な少女にも手をさしのべる。
黒髪のナンナはタルウィとスーリヤを両手で抱きしめる。
「だいじょうぶよ。きっと兄さんたちが助けにきてくれる」
ナンナがささやく。みずからにそう言い聞かせていたのかもしれない。
「きっと、兄さんも来てくれる」
スーリヤがタルウィの肩に置いた手が、小さく震える。
灰色を帯びた明るい茶色の髪、鳶色の瞳、以前にはその瞳はいきいきと輝いていたものだったが、今は恐怖や疲れ、深い悲しみが、暗い影を落していた。
骨の軋むような音を立てて国境の街グレイムの大門が開く。
そして門は、すべての希望を断ち切るかのように重々しい地響きをあげて閉じた。
*
こうこうと輝く白い真月がのぼってくると、夜空は色を失った。
「ここで休みをとるぞ」
狩人の長が合図した。草原のただ中であるが、泉があり、飲料水が確保できる。
「休んでる場合じゃない」
キールが抗議する。
クイブロがいなした。
「追いついたときに俺たちが疲れ果てていては、みんなを助けられない」
「もちろん、わかってる。だけど」
「わしらも同じだ。だが、焦ってもどうにもならぬ」
コマラパが、憮然としていた。
クーナ族は騎乗する獣を持っていない。一昼夜以上草原を駆け続けたのだ。休みをとらないわけにもいかず、狩人たちは棘だらけの枝を扇のように垂らしている木の下を宿と決めた。
火をおこし土鍋をかけ、干しイモをつぶして粥を煮る。
「しかし、妙だ」
素焼きの器に粥をよそって皆にまわしながら、タヤサルが言った。
「おれの子供の頃までは確かに《ベレーザ》の狩り場はここいらにあった。だが5年前からエルレーンの『聖堂』教会が教えを広めにきて、グーリアから護ってくれるというから、おれたちは聖堂を信仰すると誓った」
すると狩人仲間も口々に言う。
「そうだよな。ここらはエルレーン公国領土。おれらも今じゃたまに教会にも行くし租税だって納めてる。グーリアの人狩りどもが商売をしていいわけがない」
「じっさいここ十年は、やつらは襲ってこなかった」
コマラパがやじりに塗るしびれ薬を火にかけ、つぶやく。
「全く妙だ。強国であるエルレーン公国との友好関係を台無しにしかねない協定破りをしてまで、何を目的にやってきたのだ?」
いくら考えても答えは得られない。
彼らは身体を休めるために眠りについた。
キールは妹の夢を見た。
助けを求めているのに側に行ってやれない。
炎が見える。
赤いトカゲの旗が翻る。
肉が焼け焦げる臭いがする……
「だいじょうぶか。うなされてたぞ」
クイブロに起こされたとき、ずいぶん脂汗をかいていた。
「ひどい…いやな、夢を」
「おれもだ」
二人は沈黙する。
やがてクイブロが話しだした。
「ナンナは……あれは、おまえのこと憎からずおもってる」
キールは意外な話に戸惑う。
「というわけだ。キール、おまえのほうはどうだ?」
「そりゃあ……優しいし気がきくし、いい子だなって思ってる。けど……こんなときに好きとかどうとか……考えられない」
「こんなとき、だからだ。……あいつの好きなやつが、やっぱりナンナのことを思っていてくれたら、少しは救いになる」
「じゃあ、おまえはスーリヤのことをどう思っている……?」
キールは尋ねかえしたが、
クイブロは返事をしなかった。
ただ、拳を堅く握りしめる。
キールは思った。
村に帰れたら。
スーリヤもナンナも一緒に連れて帰って。
そうしたら、ようやく、その先のことも考えられる気がした。