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第1章 10 誓い

10


「ルーナリシア・エレ・エルレーン?」

 ジークリートは眉根を寄せ、考え込む。

「エレ・エルレーンとは、公国の国母という意味の尊称だな。まえに師匠から聞いたことがある」


『それは、物知りな師匠だな』

 ナンナは青い目を細める。


「うん。ずいぶん世話になった。恩人だ。母の仇を討つというのも、おれのためを思って止めようとしてくれていた。おれが、受け入れられずに逃げ出したんだ」

 ジークリートは言葉を切った。

「あんたがなぜその女性と懇意なのかは知らないが、エルレーン公国との繋がりはあるということか?」


『その認識でおおむね間違いはない。だが彼女も既に何代か前の国母。権力とはほど遠いが、そのおかげでまだ生き伸びているとも言える。ないよりはましな伝手だ。おまえを縛る契約ではないよ。キールとスーリヤを送り届けてくれれば、あとは自分の勝手にするが良かろう』


「おれは二人をその女性のもとへ連れて行けばいいんだな。……だが」

 銀髪の少年、ジークリートは、初めて躊躇いを見せた。


 奴隷狩り部隊ベレーザの本拠地であった、グーリアとエルレーンの国境に位置していた街グレイムを炎を操り焼き払った興奮から、ようやく醒めてきたようだ。


「囮になるというが、各国からやってくる調査団を出し抜けるのか? 容易いことではないだろう」


「気にするな」

 コマラパはいかめしい顔に、笑みらしき表情を作った。クイブロはキールとスーリヤを呼びに行っているのだ。

「この娘は精霊火に見込まれた『精霊の巫女』または『神降ろしの巫女』である。ジークリートとやら。キールとスーリヤは、わが部族の者を母親に持った子供たちだ。助けてやってくれれば恩に着る」


『というわけだ。よろしく頼む』

 ナンナは笑った。

 キールとスーリヤが、タヤサルの妻マチェに伴われてやってきたのを見たからである。スーリヤに向けて微笑んだのだ。ナンナの目は、濡れたような漆黒に変わる。


「スーリヤ! キール!」

 立ち上がって駆け寄り、スーリヤと抱き合って、「逃げなくてはだめ」と告げる。しかしスーリヤは納得しない。


「逃げるならみんな一緒に!」

 スーリヤが言い張るのを、ナンナは柔らかに押しとどめる。


「だめ。危険だから。コマラパがそう言ってるの」


 コマラパも言い添える。

「グーリア帝国がスーリヤとキールを探していたと教えてくれた者があってな。気の弱そうな商人だった。目の前で街が焼けたので衝撃を受けていたが、命だけでも助かればありがたいと、情報をくれたのだ」


「それ、ドルフとかいう奴隷商人だわ。通訳をしてた」

 思い出したようにスーリヤは憤慨した。


「いまさら何だい! 改心したとでも」

 マチェに至っては更に過激だ。


 それらをなだめ、ナンナは言う。

「落ち着いて聞いてスーリヤ、キール。あなたたちのお父さんが、追われていたらしいの。逃げて。二人がいなくなっていれば、調査する人がきても何も見つけられないわ。だから、二手に別れて逃げましょう」


「そんな、そんなのって」


「スーリヤたちのことは、この人が助けてくれるって。一緒に行くのよ」


 ナンナはジークリートを二人に引き合わせた。


「あれっ、あんたは!」

 キールが驚きの声を上げ、ジークリートに駆け寄って手を握った。


「ありがとう、おれはキール! この子はスーリヤ、おれの二つ下の妹だ。スーリヤ、この人は、おれたちを助けてくれたんだよ」


「さあ、スーリヤもお礼をいって」


 ナンナに背を押されたスーリヤが、進み出て頭を垂れる。

「あの、助けてくれて、ありがとうございます」


 深々と提げていた頭を上げたとき、スーリヤの目に映ったのは、彼女を穴が開くほど見つめて放心しているジークリートだった。ほんの僅かに、頬が、赤い。

 

「礼なんて要らない」

 ジークリートは目をそらす。


「おれはジークリートだ」

「では、その炎は? あなたを守ってくれているのね」


「えっ」

 虚をつかれたようにジークリートは目を大きく見開き、何度も瞬きをした。


「金色の炎なのね。とてもきれい……」


 なすすべもなくジークリートは頷く。

「おれの守護精霊だ。すまないが、まだ名前は言えない」


「そうなの? 守護精霊さんなら、しかたないわね」

 ようやくスーリヤが微笑んだ。


「ありがとう、ジークリートさん。わたしと兄を、よろしくお願いします」


「えっ、コマラパ!? おれもなのか!?」

 スーリヤの隣ではキールが、目を白黒させていた。



 笑顔の戻ったスーリヤとキールを、ジークリートに託して送り出すことができて、ナンナは胸をなで下ろした。


『ジークリートは負けず嫌いだ。必ずスーリヤとキールを送り届けてくれるだろう』

 二人を見送ったナンナは、ほうっと息を吐いた。


「さて、これからが難関だ」

 コマラパは呟く。

「神おろしの巫女となれば他国が放ってはおかぬ」


『そうだな。エルレーン公国なればまだマシだが、レギオン王国あたりはナンナの婿を送り込んでくるであろう。ナンナの意思などお構いなしに』


 当のナンナが、顔色も変えずに言い放つのを、クイブロは戸惑いつつも見守る。

「そんなことはさせるものか! ナンナ! おまえを助けることはできないのか?」


『コマラパ、クイブロ。頼む。すまぬが、わたしのそばにいてくれないか? まだ、あとほんの少し……それで、生きていけるから』

 ふとクイブロに目線を移したナンナが、儚げに微笑んだ。


「おれは、いつまでもおまえの側にいる! 守る! 兄なんだからな!」

 むきになるクイブロ。

「キールはおまえを好いているが……しばらくは、村へ戻ってこれないのだろう? なら、おれが守ってみせるから」


「だ、そうだぞ?」

 と、コマラパ。

『からかうな』

 ナンナは唇の端をかすかに持ち上げた。笑っているようにも見えた。


『コマラパも、これから外交を手がけてもらうからな。田舎で呑気に隠遁生活などしている場合では無い』


「のんきというわけではないぞ、これでもエルレーン公国の『聖堂』に取り込まれ手駒にならぬよう、さじ加減に気を配っているのだ」


『それは良いこと。しかしエルレーン公国はもとより、レギオン王国、グーリア神聖帝国、エリゼール王国。ガルガンド氏族連合、アステルシア王国、サウダージ共和国、アマソナ氏国、アティカ……全ての国々とわたりあって行かねばならぬ。ゆくゆくは大森林の賢者と呼ばれるようになってもらう』


「むりを言う」

 苦虫を噛みつぶしたようにぼやくコマラパ。


『だが世界の意思は覆らない』

 ナンナはそっと、コマラパに手をのばす。

『今世こそは、わたしを助けて。おとうさま』


 コマラパもまた、その手を握りかえした。何かを恐れるように。

「……《世界》も、はたして酷なのか粋なはからいなのか。誓おう、今度こそは、わしはおまえを守り通そう」


 そして。


「おれもいる! ナンナ、何が起こっても、おまえのそばを離れないと誓う。必ず、守る!」

 こう、クイブロも誓ったのだった。


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