第八話
アルチナがこの学院へやってきてから、数日が経った。
人間の常識を覚え、与えられた部屋にも馴染んできた頃、
「よし…! コレで、一応完成したわね」
綺麗に片付いた部屋の中心で、アルチナは呟いた。
テーブルの上に置いてある完成品を前に、思わず笑みが零れる。
それは真新しい斑点模様の壺だ。
以前、ローゼンに壊された物によく似た新しい魔法の壺。
「素材を節約したから小ぶりだけど、少し使う分には困らないでしょう」
我が子に触れるように壺の表面を撫でながら、アルチナは笑う。
普段浮かべている不機嫌そうな表情が嘘のように、機嫌が良かった。
「早速、あの少年に復讐を…って、しまった。この試作品では、部屋の外まで魔法が届かないわね」
前に使っていた魔法の壺なら、どこまでも魔法を飛ばすことが出来たが、コレは手持ちの素材だけで作った試作品だ。
効果範囲は魔法の壺の付近のみ。
ローゼンに魔法を掛けるには、ローゼンが壺の近くにいなければならない。
「…仕方ない。彼をこの部屋に招待しましょうか」
壺を担いで持っていくと言う選択肢もあったが、絵面がダサい為に却下した。
適当なことを言えば、簡単に誘い出すことが出来るだろう。
マイペースだが、案外単純な性格をしているので。
(ふふふ…魔法を見せてあげるとか言って、喜んで来た所に魔法を掛けてあげる。今度こそ老人に変えるのが面白いかしら? それとも子供に戻してあげるのも面白い?)
ニヤニヤと笑いを抑えきれず、アルチナは部屋から出て行った。
足取りは軽く、鼻歌まで歌いながら。
「………」
その様子を盗み見ていた人影には気付かずに…
「それで、魔法をまた見せてくれるって本当なのか!」
「ええ、勿論…って、近い近い近い!? 顔が近いわよ! 離れろー!」
興奮したローゼンに迫られ、アルチナは慌ててその顔を両手で押し返す。
まるで情欲に支配された悪漢が見目麗しい女性を襲っているような光景だが、ローゼンが関心を持っているのはアルチナの魔法だけだ。
魔女の『時の魔法』がもう一度見られると聞いて、興奮が抑えられないようだ。
そのことに身の危険を感じながらも、アルチナは早足で自室へ案内する。
ローゼン達が住む男子寮からも、他の女子寮からも離れたアルチナの部屋は、今は使われていない職員用の部屋らしい。
塔の上層の方である為、滅多に人が通り掛らない所はアルチナも気に入っている。
「招かれたからには何か手土産を持ってきた方が良かったか? 薔薇なら沢山あるけど?」
「要らないわよ。と言うか、その薔薇どこから出したの」
手の平からポンポンと赤い薔薇を出すローゼンを見て、アルチナは呆れる。
この少年は魔法使いよりも奇術師の方が向いているのではないだろうか。
「その器用さを生かせば、魔法使い以外の道も選べるでしょうに」
「俺は魔法使いになりたいんだよ。手品師や道化師じゃなくて」
「…何事も適材適所よ。わざわざ困難な道を選ぶなんて変わり者ね」
「わははは、自覚はしているよ」
アルチナの指摘など、まるで気にしてないようにローゼンは笑った。
「ところで話は変わるけど、青い薔薇の花言葉って知っているかい?」
青薔薇の杖を持ちながら、ローゼンは尋ねる。
「…『不可能』だったかしら」
「お。よく知っているね」
よっぽど薔薇が好きなのか、嬉しそうな顔で笑うローゼン。
「でも、俺はもう一つの花言葉の方が好きだな」
「…?」
首を傾げるアルチナに、ローゼンは杖を撫でながら告げる。
「『夢叶う』」
それは自然界には存在しない青薔薇に含まれたもう一つの意味。
ローゼンが愛用する杖に込めた意味だった。
一見不可能に見える夢も、諦めなければ必ず叶うと言う願い。
「ハッ、キザな男は嫌いよ」
「ロマンチックな男は?」
「もっと嫌いよ」
吐き捨てるように言いながら、アルチナは自身の部屋の扉を開く。
この少年と話していると調子が狂う。
取り合えず、試作品の壺を使った魔法で酷い目に遭わせれば、気が済むだろうか。
そんなことを考え、アルチナは自身の部屋を覗きこむ。
「…え?」
そこにあったのは、見慣れた部屋の風景。
簡素なテーブルと椅子はそのままだが、その上にあった物が無い。
つい先程完成したばかりの壺が消えている。
「え? え? ちょっと、何で!? さっきまであったのに!?」
「どうかしたのか?」
「壺が無いのよ! わ、私の壺が盗まれたー!?」
「状況を整理しよう」
ローゼンは廊下を歩きながら、重々しく言う。
肩を落としたまま、アルチナはその後に続いた。
「俺を呼びに行っている間に、壺が部屋から無くなったと?」
「…そうよ。折角壺が完成したのに。あの壺を使って復讐出来ると思ったのにぃ…」
「………今、復讐とか言ったか?」
妙なことを口走ったアルチナにローゼンが突っ込むが、アルチナは無視した。
と言うより、打ちひしがれて話を聞いていない。
「しかし、壺が盗まれる、か」
ローゼンは不思議そうに呟く。
アルチナお手製の魔法の壺は、アルチナにとっては強力な魔法の触媒となるだろうが、それ以外の者にとっての価値は無い。
あの壺を手に入れたからと言って、アルチナの魔法が使えるようになる訳でも無く、また芸術品としての価値も無いだろう。
(となると、目的はアルチナに対する嫌がらせか?)
隣で落ち込んでいるアルチナを見ながら、ローゼンは思う。
もし、それが犯人の目的なら大成功だろう。
だが、まだここへ来たばかりのアルチナを恨む人間がいるとは思えない。
生徒では無いアルチナは授業に出ることも無く、殆どの生徒に存在すら知られていないのだから。
(取り合えず、親父に報告しとくか)
学院長室へと向かっていた足を少し早めながら、ローゼンはそう結論した。
「あ、いた! あそこにいたよ!」
「ちょっと待って! ローゼン君!」
「うん?」
後方から名前を呼ぶ声が聞こえ、ローゼンは足を止める。
こちらへと息を切らせながら駆け寄ってくる女子数名には見覚えがある。
先日、同じ錬金術の講義を受けた生徒だった。
「何か用?」
「あ、あのさ。こんなことを聞くのも変なんだけど…」
少し顔を赤らめながら、その女生徒は言い辛そうに口を開く。
「ローゼン君って、女の子の下着とか興味ある?」
「………はい?」
目が点になるローゼン。
何を言われたのか、意味が分からなかった。
「ちょ、ちょっと! その言い方、変態っぽいから!」
「そ、そうね! もっと順を追って説明するわ!」
ややパニックになりながら、女生徒達は一つ一つ事情を説明し始めた。
「下着泥棒が、出たの」
深刻そうな顔で、女生徒はそう告げた。
「前々から小物が無くなることがあるな、と思ってたんだけど今度は下着まで…」
「この子だけじゃなくて、皆少しずつ盗まれているのよ」
どうやら、前からこう言うことはあったらしい。
それまでは無くなる物が小物ばかりだった為、自分が無くしたと思い込み、深く考えることは無かった。
しかし、下着まで無くなったとなれば、気のせいでは済まない。
誰かに盗まれたのだと。
「なるほどな………ん? ってことはまさか、俺のことを疑っているのか?」
「だって、女の子が女の子の下着を盗む訳無いし」
「知り合いで男と言ったら…」
彼女達も本心から疑っている訳では無いのか、歯切れ悪く言う。
「男は俺だけじゃないんだが。クラーメルとかは?」
擦り付ける訳では無いが、男と言うだけで疑われたらたまらない。
ローゼンに下着泥棒の動機があると言うなら、クラーメルにもある筈だが。
「クラーメル君は、正直下着泥棒する度胸無いし」
「ヘタレだからね」
「………」
女子からのあんまりな評価にローゼンは思わず口を閉じる。
一切疑われていないことを喜ぶべきか、ヘタレ扱いを悲しむべきか。
本人が聞いたら泣くかもしれないので、教えないでおこう。
(泥棒、か)
「…ちなみに盗まれた小物って何だ? 壺とかか?」
「何で壺? 別に普通の小物だよ。使いかけの薬品とか、壊れて使わなくなった杖とか」
「ぶっちゃけ、小物の方は見つからなくても良いんだけど、流石に下着が見つからないと気味が悪くてさ」
男であるローゼンには実感出来ないが、気持ちは分かる。
本人に実害は無くとも、自身の下着が知らない男の所にあると考えるだけで気分が悪いだろう。
「その様子だと、やっぱりローゼン君じゃないか」
「ローゼン君が下着を欲しがったら、ストレートにそれをくれって言ってきそうだもんね」
「…俺は流石にそこまで自分に正直では無いと思うが」
自身も女子達に妙な評価をされていたことに、ローゼンは渋い顔をする。
それに可笑しそうに笑いながら、彼女達は去っていった。
(相次ぐ盗難事件か。偶然とは思えないな…)
「ローゼン君…」
考え込むローゼンの肩に、アルチナの手が置かれた。
「何だ? と言うか、初めて名前で呼…」
「そんなことはどうでもいいの! それより聞いたでしょう、私の壺を盗んだ犯人のこと」
「あ、ああ。多分、その下着泥棒と同じ人物だろうな」
「つまり、犯人はまだ犯行を繰り返す可能性が高いわ」
アルチナは自身の推測を告げる。
壺だけを狙った犯行ではなく、多くの物を盗む中でアルチナの壺も盗んだのだと。
「この学院で価値のある物を見張っていれば…」
「そこを捕まえられる、と。でも、それって」
「そうと決まれば、聞き込みよ! それで犯行傾向を読んで、次のターゲットを予測するの!」
普段は冷めている目にメラメラと怒りを燃え上がらせて、アルチナは叫んだ。
余程壺を盗まれたことに腹を立てているのか、やる気満々である。
「…まあ、別に協力するのはやぶさかでないけどね」
アルチナの剣幕に少し圧されながらも、ローゼンは素直に従った。




