第六話
「錬金術の基本は、創造です。古の錬金術師達は万能薬や黄金を錬成することを目標にして研究を進めたと言われています」
眼鏡を掛けた女教師は、教科書を開きながら言う。
緑の塔の一室である教室では現在、錬金術の講義が行われていた。
用意された椅子には錬金術師を目指す生徒達が座り、長机の上には教科書と薬品が置かれている。
「『クリエイト』の魔法は基本中の基本。自身の魔力を以て、ポーションを錬成する魔法です」
「…おい、ローゼン」
講義を続ける女教師に聞こえないように声を落とし、クラーメルは言った。
声を掛けられたローゼンはそこで初めて気付いたかのように、少し驚いた顔でクラーメルを見る。
「珍しいな、お前がこの講義に出ているなんて。あの教師のこと、嫌いじゃなかったか?」
「まあ、そうなんだけどさ。これ以上サボると、卒業出来なくなりそうだからね…」
クラーメルは憂鬱そうに顔を歪めて言った。
平凡で善人そうな外見の割に、クラーメルは意外と不真面目である。
それは魔女狩りと言う先祖や家系に対する反発や、そもそも魔法が好きではないと言う理由があるのだが………とにかく授業をいつもサボりがちである。
その為、教師陣からの評価は劣等生であるローゼン以上に悪く、何かと口煩いあの女教師に苦手意識を抱いていた。
ちなみに、ローゼンはあの女教師に対して特に何とも思っていない。
いつか超えてやろうとは思っているが、現在は自分より優れた魔法使いである為、基本的に大人しく言うことは聞いている。
「君の熱心さには頭が下がるよ。君って、錬金術以外にも幾つも講義を受けているのだろう?」
「………」
クラーメルの言うようにローゼンは時間がある限り、様々な分野の講義を受けている。
この学院では生徒は好きな授業だけを選んで受けることが出来る。
なので、その気になれば全ての講義を受け続けることも可能なのだ。
尤も、魔法を使うには才能が必要不可欠である為、大体の生徒は自身の得意な魔法分野の講義しか受けないものだが。
「わははは。俺は男で、才能も無いからな。何でも幅広く学んで、得意分野を探しているんだよ」
ローゼンは口元に笑みを浮かべ、教室内を見渡した。
今、この教室内には四十人程度の生徒がいるが、男はローゼン達だけである。
残りは生徒も教師も女のみ。
魔法を使う為の才能である魔力は、基本的に男より女の方が高い為、コレは仕方のないことだった。
「そんな君が錬金術を一番熱心に学んでいるのは、やっぱりお父さんの影響かい?」
「…まあ、そんなところ」
「それでは、実際にやってみましょうか」
ローゼンが曖昧に頷いた所で、女教師の声が響いた。
コトッ、と音が響き、ローゼン達の長机の上に赤い液体の入ったフラスコが置かれる。
「先程から随分と熱心に喋っていたようですが、私の話を聞いていましたか?」
「き、聞いていましたよ。勿論」
笑顔のまま青筋を浮かべた女教師に対し、ローゼンは冷や汗を流しながら答える。
途中から全く話を聞いてなかったことを後悔しながら。
「そうですか。では、コレと同じ物を魔法で作ってもらいましょうか」
そう言って、女教師はフラスコの中身を指差した。
恐らく、講義をしながら作成した物なのだろう。
講義を聞いていれば作ることが出来る筈、と言っているのだ。
「………」
ちらりと視線を向けるとクラーメルは慌てて目を逸らした。
当然ながら、こいつも話を聞いてなかったようだ。
「…はぁ」
ローゼンは小さくため息をついて、赤い液体の入ったフラスコを取った。
それを揺らしたり、色を眺めたりしている。
「どうしました? 早くお願いします」
「………」
ローゼンは無言でフラスコの蓋を取り、直接鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。
それを見て、悪足掻きと思ったのか女教師は深いため息をついた。
「出来ないなら出来ないと正直に言ったらどうですか? 全く、男と言う生き物はプライドばかり高くて困りますね」
「………」
「そもそも、普段からそうですよ。魔法が使えないのに、それが認められずにもいつまでも…」
「ゴクッ…」
「って、んなぁー!?」
ギョッとして女教師は声を上げる。
ローゼンは中身の分からないフラスコの中身を躊躇なく、飲み込んだのだ。
教室中の視線が集まる中、ローゼンは青薔薇の杖を取り、近くの置いてあったビーカーへ向ける。
「『クリエイト』」
瞬間、杖から赤い液体が錬成され、ビーカーへと注がれた。
たった今、ローゼンが口にした物と全く同じ物だった。
「な、な、な…」
「コレは、疲労回復のポーションですね。肉体疲労のみならず、軽度の精神疲労も回復するタイプ」
驚いた皆を見て、ローゼンは自慢げに笑う。
隣で眺めていたクラーメルも同じような笑みを浮かべて、親指を立てていた。
「低い魔力でも十分な効果を発揮する薬ですが…」
ローゼンは口をパクパクと動かしている女教師にキザっぽくウィンクした。
「味は、最悪ですね。わはははは!」
「な、な、何をしているのですか!? 飲んだんですか! この塗り薬を!? 何考えているんですか!」
「いや、俺って見たり聞いたりするより実際に飲み込んだ方が性質を分析出来るんですよ。多分、コレも完全な状態で複製出来ていると思いますけど?」
どんな物資であれ、一度取り込めば完全に複製することが出来る。
それが数少ないローゼンの特技だった。
非常に使い所の悩む特技だが。
「もし、毒物だったらどうする気だったのですか!」
「え、もしかして俺、心配されてる? こんな不出来な生徒まで気にかけてくれるなんて、先生は聖女のように優しいですね」
「こ、この野郎…!」
プルプルと怒りに震える女教師は反射的に杖を抜き、ローゼンへと向けた。
周囲で笑っていた生徒達も、それを見て顔色を変える。
(…ヤバッ、ちょっと言い過ぎたかも)
「この私を馬鹿にするのもいい加減にしなさい! 私は二百年続く血統を持つ、魔法使いよ! あなたみたいな下賤な生まれの男が、この私に!」
「ちょっとストップ」
感情のままに魔法を使おうとした女教師を遮る声が聞こえた。
教室の入口に、一人の男が立っていた。
「何よ!………あなた、は」
ヒステリックに叫ぶ女教師は、その男に気付いて顔色を変えた。
それは、貴族風のスーツを着た男だった。
頭には黄色のシルクハットを被り、ダイヤを散らばせた黄色のマントを羽織っている。
年齢は五十代前半くらいで、立派な顎髭を生やしている。
黙っていれば威厳のある険しい顔つきをしているが、浮かべている表情は温厚な笑みだった。
「教師と生徒が意見をぶつけ合うも学ぶ上で必要かも知れないけど、体罰は禁止じゃよ?」
「が、学院長…」
その言葉に、教室中の視線がその男に集中する。
あちこちから驚きの声が上がっていた。
男より女の方が魔法使いとして優れているのは常識であり、それ故に魔法に関する機関は殆どが女性中心で構成されている。
そんな中、この魔法学院の学院長は男性だった。
百年に一人くらいの確率で現れる、高い魔力を持つ男の魔法使い。
それが、目の前にいる男の正体だった。
「初めましての者も多いかのう? では、初めまして。儂はこの学院の長、サンジェルマン八世じゃ」
気安い雰囲気で笑いながら、学院長はそう言った。
「好きな物は宝石と子供。特技は錬金術。趣味はダイヤモンド作りじゃ。家族構成は、ええと」
言いながら、学院長はキョロキョロと辺りを見回す。
誰かを探すように動く視線はやがて、ローゼンの所で止まった。
「ッ!」
「あ、おった。って、何故目を逸らすんじゃ、ローゼン」
何故か急いで目を逸らしたローゼンに構わず近寄り、学院長はその肩を掴む。
「あの、学院長はその生徒とお知り合い、なのですか?」
やけに親し気な姿に、女教師は恐る恐る尋ねる。
「む? 言っておらんかったか。コイツは儂の息子じゃ」
「………は? も、もう一度お願いします…!」
女教師は自分の耳を疑った。
眼鏡の奥の眼を限界まで見開いて、ローゼンの顔を見る。
「む? 言っておらんかったか。コイツは儂の息子じゃ」
先程と一字一句間違いなく告げる学院長。
その瞬間、女教師は真っ白になって倒れた。




