第五話
ローゼンが森でアルチナに出会ってから一夜が明けた。
その日、いつもより早めに起きたローゼンは学院の食堂で朝食を食べていた。
「………」
無言でスクランブルエッグを口に運びながら、ローゼンは昨日出会った魔女のことを考える。
あの後、彼女は一体どうしたのだろうか?
学院長に会いに行くと言っていたが、面倒なトラブルを起こしていなければいいが。
例えば、不審者扱いされて学院長に攻撃されたり…
(…いや、学院長に限ってそれは無いか)
ローゼンは途中まで考えていた推測を捨てる。
学院長とは知らない仲では無い。
あのお人好しが誰かを傷つけようとする筈がない、と苦笑する。
「むしろ、アルチナに言い負かされていそうだ」
「私の名前を馴れ馴れしく呼ばないでくれるかしら?」
独り言のつもりで呟いた声に、返事が返ってきた。
驚いて視線を向けると、ローゼンの後ろの席でアルチナが不機嫌そうに睨んでいた。
「目上の女性には礼儀を尽くしなさい……む。このスパゲッティ、私のより美味しいわね」
人間の料理も意外と侮れない、と呟きながらアルチナはスパゲッティを食べている。
「何でここにいるんだ?」
「学院長とは定期的に土地代を受け取ると言う契約で示談したわ。私、人間のお金なんて持ってなかったから都合が良かったし」
くるくるとフォークを回しながら、アルチナは淡々と答えた。
学院長への襲撃は、思っていたより文明的な話し合いで終わったようだ。
「森に帰ったかと思ってたんだけどな…」
「……………死ね!」
「危なッ…!?」
しばらく黙った後、アルチナは唐突に手にしたフォークを投擲した。
顔面を狙ったフォークをローゼンは紙一重で躱す。
「チッ…! 全く、誰のせいでこんなことになったと思っているのよ」
舌打ちしながら、アルチナは敵意の込められた目でローゼンを見る。
「君が私の大事な大事な壺を壊してくれたお陰で、私のプライベートルームは木端微塵よ。時の魔法も使えないから、また結界を張り直すことも出来ない。あの空間内なら衣も食も住も自由自在だったけど、新しい壺を見つけるまではそれも不可能」
つまり、壺が壊れたことで住処を失ってしまい、代わりの壺と結界を用意するまでの仮住居が必要だったと言う訳だ。
昨日の夜、学院長と交渉したのは勝手に土地を奪われた怒りもそうだが、当面の資金を調達する為でもあったようだ。
「壺を入手する為の資金も必要だしね。仕方なく、この学院に住まわせてもらうことになったわ」
「壺の件は悪かったよ。でも、元はと言えばアンタが俺に魔法を掛けようとしたのが始まりだからな?」
「それを言うなら君が勝手に入ってきたのが最初だと思うけど………まあ、良いよ。私も君も同罪と言うことでその件はもう水に流してあげる」
相変わらず不機嫌そうな表情のまま、アルチナは言った。
口ではそう言うが、明らかにまだ根に持っている顔だった。
「…フォーク」
「は?」
「フォーク。新しいの取って」
アルチナはローゼンのテーブルに置いてある予備のフォークを指差した。
先程まで使っていたフォークをぶん投げたアルチナは、何も持っていない右手をにぎにぎと動かしている。
その子供っぽい姿に苦笑しながら、ローゼンは新しいフォークをアルチナに渡した。
「…やっぱり、美味しいわね。後でレシピを聞いておこうかしら」
フォークを使ってスパゲッティを口にして、またブツブツと呟くアルチナ。
「ところで目上の人って言ってたけど、アンタって何歳なんだ?」
「…例え魔女であろうと、女性に歳を聞くのはマナー違反よ」
やや呆れたように言いながら、アルチナはフォークをローゼンに向ける。
「…時の結界を作ったのが十七歳の時だから、六年足して二十三歳かしらね」
「そうなのか。やっぱり外見通りなんだな」
「ふっ、御伽噺のように魔女は老婆ばかりだとでも思ったかしら? まあ、私の魔法を使えば老婆の姿になることも、君を老人に変えることも自由自在だけどね」
アルチナはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
脅しているつもりなのだろう。
一度ローゼンに魔法を掛けた時のことを思い出させようとしている。
「…でも、今は時の魔法は使えないんだろう?」
「ぐっ…それはそうだけど、君に言われると腹が立つわね」
フォークにパスタを巻きながらアルチナはローゼンを睨んだ。
「私が新しい壺を手に入れる時を、楽しみに待っていることね…」
「どんな壺が良いんだ? 良さそうなのがあれば、ウチの親父の所からでも幾つか持ってくるが?」
少し罪悪感を感じたのか、ローゼンはそんな提案をする。
「その辺で買った物を使う訳無いじゃない。自作よ、自作。必要なのは、それに使う最高品質の素材を集める為の資金よ」
「え。もしかして、あの壺もアンタが作ったのか?」
「そうよ。自信作だったのに、全く」
どうやら、時の魔女の特技は壺作りらしい。
魔法の触媒を自作すると考えれば、らしいと言えばらしいのか?
「とにかく、しばらくはこの学院で過ごすしか無いようね。不幸中の幸いなのは、ここには私の男が比較的少ないことかしら」
男、と言う部分を心底嫌そうに強調しながらアルチナは言う。
やけ食いをするように、残ったパスタを口に入れている。
「…どうしてそこまで男が嫌いなんだ? 昔、男に手酷く振られたとか?」
「むぐっ! ゴホッ、ゲホゲホッ!?」
「図星みたいだな」
「ち、違うわよ! 別に振られてないし!」
頬を少し赤らめて、アルチナはフォークで皿を叩く。
「…振られたとか、そう言う問題じゃないのよ。私は…」
何かを思い出すようにアルチナは目を伏せる。
怒りと悲しみが混ざったような表情を浮かべ、重いため息をつく。
「教えない」
「そうか…まあ、無理に聞き出そうとは思わないさ」
「それより、こっちからも質問だけど」
アルチナは質問ばかりされている流れを変えるように言う。
「昨日会った彼、クラーメルだっけ?」
「何だ? 俺よりアイツの方が好みのタイプだったか?」
茶化すように言うと、アルチナの視線に殺気が込められた為、ローゼンは口を閉じた。
「彼が持っていた杖、私の記憶が正しければ、拷問器具の類だったと思うけど?」
アルチナはクラーメルに会った時からそれが気になっていた。
平凡そうな男には相応しくない、メイスのような杖。
アレは拷問器具だ。
しかも、ただの拷問器具では無い。
「『魔女狩り』…アレは、対魔女用の武器よね?」
そう、アレはかつて魔女と人間が争っていた時代に人間が作った魔導具。
魔女を殺す為の道具だ。
「らしいな。クラーメルの家系に代々伝わる物って聞いてる」
「ってことは、彼は魔女狩りの…」
「後継者、だな」
「………」
魔女狩り。
魔女と接触した人間の内、魔女を悪と断じた者達。
彼らは魔女を敵視し、魔女に魔法を教えられた人間も敵視した。
「…彼は、私が魔女と知ったらどうするかしら?」
考えるまでも無いだろう。
魔女狩りが魔女と会って、することは決まっている。
「別に何も?」
「…はい?」
アルチナは呆気に取られた声を出した。
「別に何もしないと思うけど? まあ、アイツは女の子の手を握るのも駄目なタイプだから緊張して妙なことをするかもな」
「ちょ、ちょっと待って、どういう事?」
アルチナは意味が分からなかった。
クラーメルは魔女狩りの後継者では無かったのか?
「魔女が絶滅してからどれだけの時間が流れたと思っているんだ。今時、本気で魔女狩りをしている奴なんて殆どいないよ」
「………」
「アイツなんて、魔女狩りの末裔のくせに気弱で女は苦手だし、むしろ女に虐められているし」
「虐め、られてる…」
アルチナの脳裏に冷酷な殺人者達が過ぎる。
自身の願いや欲の為に魔女を狩っていた彼らも、子孫がそんなことになるとは夢にも思わなかっただろ。
「…私が籠っている間に、時代は変わってしまったようね」
アルチナは脱力しながらそう言った。




