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第四話


「うぅ…何で、こんな酷いことが出来るの…? 私、やめてって言ったのに…言ったのにぃ…」


「………」


魔女との激闘後、ローゼンは猛烈な罪悪感に襲われていた。


目の前で自称恐ろしい魔女が、子供のように泣きじゃくっている。


涙に濡れた視線の先には、無残な姿になった壺の欠片があった。


「い、いや、俺は悪くないだろう? 殺されかけたんだから、仕方が無かっ…」


「…ぐすっ」


「壺割ってごめんなさい」


自己弁護しようとしたローゼンだったが、マジ泣きする女には敵わなかった。


女が泣くのは卑怯だ、とローゼンは内心思う。


がっくりと肩を落とし、頭も下げた。


ふと視線を落とすと、先程まで老人のように干乾びていた腕が元に戻っていた。


周囲も白い空間では無く、元の森へ戻ってきている。


魔法の触媒であった壺が割れたことで、全ての魔法が解除されたのだろう。


「…結局、君は一体どこの誰なの?」


涙を拭った後、恨めしい目でローゼンを見ながらアルチナは言った。


まだ涙目のままだが、取り合えず泣き止んだようだ。


「名前はローゼン。サン=ジェルマン魔法学院の生徒だ」


「魔法学院? そんな物、どこに…?」


「ついて来れば、分かるよ」








森の中、強固な外壁の囲まれた土地。


赤、青、黄、緑の四色の塔。


二階同士を繋ぐ渡り廊下で繋がれ、ダイヤマークのような四角形を作っている。


塔に囲まれた中心の中庭には、巨大な初代学院長の銅像が立っており、校舎を見下ろしていた。


「………何これ」


学院が見える所まで着いたアルチナは愕然と呟いた。


「私の森に何か変なの出来てるー!?」


微笑みを浮かべた初代学院長の銅像を睨みながら、アルチナは叫ぶ。


直した三角帽子を振り乱し、今度はローゼンに目を向けた。


「そこの君! 魔女が人間に魔法を教えた年から、今年で何年目!?」


「え? あ、えーと」


ローゼンは持っていた鞄から教科書を取り出し、パラパラとページを捲る。


「約六百年くらい経っているな」


「六百年…」


その言葉に驚き、アルチナは口に手を当てた。


何かを考え込むように眉間に皺を寄せる。


「外でそれだけ時間が経てば、時の結界が緩んでもおかしくないか。じゃあ、君が私の部屋にやってきたのは本当に偶然?」


「理解してもらって嬉しいよ」


やっと誤解が解けた、とローゼンは安堵の息を吐く。


「それはそうと、やっぱりアンタって本物の魔女なのか? あの森で六百年も生き続けていたのか?」


誤解が解けると、今度は好奇心が抑えきれなくなった。


何せ、ローゼンの前にいるのは本物の魔女だ。


六百年前に人間に魔法を教え、やがて滅んだと言われる魔女の生き残りだ。


普通に聞けば眉唾物だが、アルチナの魔法を見たローゼンは彼女が本物であると確信していた。


「…一つ。間違いを訂正しておくと、魔女は六百年も生きられないわ」


「何? そうなのか?」


「ええ。魔女の寿命は人間と然程変わらない。百年生きれば長生きな方よ」


「ってことは、アンタは魔女の子孫か何か?」


「それも違うわ。私は正真正銘の古の魔女。君達人間に魔法を教えた者の一人よ」


「?」


ますます訳が分からなくなり、首を傾げるローゼン。


それを出来の悪い生徒を見るような眼で見ながら、アルチナは人差し指を立てる。


「ふっふっふ、私の異名を忘れたの? 私は時の魔女よ?」


ローゼンに対し、優位に立てたのが嬉しいのか、やや機嫌良さそうに説明を始めるアルチナ。


「つまり、私が作った時の結界は…」


「ローゼン…!」


その時、得意げな顔で説明をするアルチナを遮る声が聞こえた。


アルチナは途端に不機嫌そうな顔で、声が聞こえた方を睨む。


一方で、ローゼンは首を傾げた。


「クラーメルか?」


息を切らせながら校舎から走ってきたのは、ローゼンの友人だった。


魔法学院に於いて数少ない男子生徒であり、年齢はローゼンより一つ上の十八歳。


外見はやや短めの茶髪に、平凡だが穏やかそうな顔立ち。


魔法使いらしいローブに身を包んでいるが、腰には何故かゴツゴツとした無骨な杖を提げている。


形状自体は然程珍しくないが、材質が金属で先端には無数の棘まで付いており、最早杖と言うよりメイスに近い武器だ。


「そんなに慌ててどうした?」


「そりゃ、慌てるよ。今、何時だと思っているんだい?」


「何時?………そう言えば、いつの間にか暗いな。もう夕食の時間か?」


今頃気付いたかのように、ローゼンは呑気そうに空を見上げる。


ローゼンが森へ薬草集めに行ったのは夕暮れ頃だったが、既に太陽は沈んで月が浮かんでいる。


そんなに長く居たつもりは無いのだが、思ったより時間が経っていたようだ。


「もう深夜だよ。君がいなくなってから、もう八時間以上経っている」


「何だと? そんな筈は…」


しっかりと時間を数えた訳では無いが、それでも八時間は長すぎる。


学院を出た時間から数えても、まだ一時間も経ってない筈だ。


訝し気な顔を浮かべて、ローゼンはアルチナの方を向いた。


「…説明がまだ途中だったわね。私の作った時の結界内では、緩やかに時間が流れるのよ」


「緩やか?」


「具体的には、結界内での一年が外の世界での百年に該当するわ」


つまり、ローゼンが結界内にいた約五分の間に、外の世界では五百分の時が流れていたと言うこと。


そして、それが魔女アルチナが六百年前から生きている理由。


外の世界で六百年の時が流れても、彼女にとっては六年に過ぎなかったのだ。


「六百年も同じ魔法を維持するなんて、流石は本物の魔女だな…」


「ふん、それを壊してくれた君に褒められても皮肉にしか聞こえないわね」


不機嫌そうに鼻を鳴らして、アルチナは吐き捨てた。


「ところで、そこの少年B」


「え? あ、僕のことですか?」


初対面のアルチナを不思議そうに眺めていたクラーメルは、驚いたように言う。


「この学院の責任者はどこ?」


「責任者? 学院長だったら、もうお休みになっていると思いますけど?」


「…そいつの部屋はどの辺りよ?」


「えーと、あの建物。赤の塔の最上階です」


「ご苦労」


一言そう言うと、アルチナの身体がふわりと宙に浮かんだ。


ぷらぷらと靴も履いていない足を揺らしながら、赤の塔の最上階へと飛んで行く。


「おい、どこに行くんだ?」


「私の森にこんな物を作った奴に一言文句を言わないと気が済まないのよ。先住民として」


「いや、この学院を作ったのは初代学院長であって、今の学院長では…」


ローゼンの話も聞かず、アルチナはそのまま飛んで行ってしまった。


「杖も使わずに魔法を? ローゼン、彼女は一体?」


「…まあ、その内分かるだろう。俺はもう疲れた」


今日一日で色々なことがあり過ぎた。


謎の結界に迷い込み、魔女と出会い、その魔女に殺されかける。


魔法学院の落ちこぼれとしては、波乱万丈過ぎる一日だった。


(…と言っても、幸運であることには変わりないか)


まさか、本物の魔女に出会えるとは夢にも思わなかった。


気難しい性格のようだが、それでも彼女の魔法はローゼンの心を躍らせた。


彼女こそ、ローゼンが幼い頃から夢見てきた魔法使いそのものなのだから。


「今日は興奮して眠れないかもしれないな」


「…いや、君は先生達に呼び出されているからどちらにせよ、眠れないと思うよ」


「………」


「特に、眼鏡をかけた女教師が鬼のように怒っていたから。気をつけてね」


両手を合わせるクラーメルに、ローゼンはがっくりと肩を落とした。

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