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第三十九話


「さて、行くぞ小僧。伝説となったオレの魔法を見せてやる」


ランクルは子供染みた笑みを浮かべて、手を振った。


目に見えない粒子が集まるように、その右手に一本の杖が形成される。


その形は以前、ペドロが持っていた異形の杖と瓜二つだった。


「火の精に告げる! 焦熱を寄越せ!」


荒々しい詠唱と共に、その杖がローゼンへと向けられる。


「『ブリュレ』」


瞬間、杖から業火が放たれた。


学院の生徒が放つ火球とは桁違いの火力。


赤黒く燃える炎の波が、ローゼンを飲み込もうと襲い掛かる。


「くっ…!」


咄嗟に身を屈めてそれを回避するローゼン。


頭のすぐ上を熱風が突き抜ける。


必死に自身の身体を地面に押さえつけることで、辛うじて躱すことが出来た。


「…嘘だろ」


思わず背後を振り返ったローゼンは呆然と声を上げた。


標的を失った業火は森の木々を焼き払い、灰すら残っていなかった。


コレが、かつて世界を支配した魔物の力。


ローゼンが今まで見てきたどの魔法とも、次元が違い過ぎる。


「わざと外したのを理解しているか?」


ランクルはゾッとするような低い声で言った。


「オレは六百年前に数多の魔女の魔力を喰らった。だからオレは奴らの持っていた全ての魔法を使うことが出来るんだよ」


「………」


「お前なんぞ、今の一撃でも十分に殺せた。それを理解しているか?」


「…だったら、何でそうしなかった?」


「ハッ、気まぐれだ。お前には猫時代に飯を恵んでもらった借りもあるしな。このまま逃げると言うなら見逃してやるぞ」


心底どうでも良さそうにランクルは告げた。


言葉通り、コレは気まぐれなのだろう。


その気になればローゼンをいつでも殺せるし、殺す気もある。


どう答えようと然程興味は無かった。


逃げるなら本当に見逃すし、向かて来るなら本当に殺す。


ランクルにとってローゼンなど、その程度の命だ。


「…借り、と言うなら何でロジェを裏切ったんだ?」


「何?」


「お前はアイツに恩があると言っていた。それも嘘だったのか?」


ローゼンは杖を握り締めながらそう告げた。


あの時、ランクルが語った言葉に嘘は無かったと思いたかった。


まるで父親のようにロジェを気に掛けていた姿が、全て嘘だったと思いたくなかった。


「ロジェの夢は友達を作ることだと、前に言ったな」


「…ああ」


「きっと、アイツはお前に友達になって欲しかったんだと思うぞ」


それは、ローゼンがランクルは初めてその夢を聞いた時に思ったことだった。


ランクルはロジェの夢を叶えるとは言っていたが、一度も自分が友達だとは言わなかった。


ロジェはきっとランクルと友達になりたくて、その夢を語ったのではないだろうか?


一緒に暮らす内に、ランクルのことを友達のように思っていたのではなだろうか?


「ローゼン」


そこでランクルはローゼンの名を呼んだ。


「お前には『トモダチ』がいるか?」


「…?」


質問の意図が分からず、ローゼンは首を傾げる。


「その『トモダチ』は、お前の夢を応援してくれているか?」


続けて、ランクルは質問を告げた。


ローゼンの夢。


それは誰かを助けられる魔法使いになること。


その夢を友人であるクラーメルは、応援してくれている。


口に出さずともローゼンの答えを理解したのか、ランクルは薄っすらと笑みを浮かべた。


「オレの最初の『トモダチ』は、オレの夢を聞いた瞬間に剣を取ったよ」


奇しくも、その『トモダチ』はローゼンの友人と同じ名前だった。


クラーメル。


かつて、ランクルが友達だと思っていた者の名前。


「オレはあの時理解した。結局のところ、オレの夢を理解出来るのはオレしかいないと」


血に濡れた剣を握った友達の姿は、自分がどれだけ異端な夢を抱いているのか自覚させてくれた。


誰も信じられない。


その後、魔女の森で『とある魔女』と友達になったが、もうランクルは誰も信じなかった。


「他人とは、オレの夢を叶える為の踏み台。友とは、オレの夢を叶える為の糧。オレはそういう風にしか生きられなくなっちまったのさ」


その価値観が歪んでいることは、ランクル自身も理解していた。


あの日、世界中の憎悪を浴びせられて処刑された時、自身がどれだけ醜悪な存在なのか自覚した。


「そんなオレが、あんな小娘の友達になれると思うか?」


「………」


ランクルの言葉を聞き、ローゼンは黙り込んだ。


どうしてだろうか。


誰も信じない。自分以外は全て踏み台。


言っていること自体は、伝説の魔物らしい悪辣な言葉なのに、


その節々に感じる悲しみと、自虐のような物は…


まるで、


自分ではロジェの友達には相応しくない、と嘆いているように聞こえた。


「…話は終わりだ。警告はしたぜ。もう逃げるには、遅い」


ランクルは異形の杖を掲げる。


「氷の精に告げる! 極寒を寄越せ!」


ランクルの命令に従い、杖から冷気が放たれる。


大気を凍てつかせる冷気は、幾つもの巨大な氷柱を作り出し、自在に操る。


「じゃあな、ローゼン。お前のことはそんなに嫌いじゃなかったぜ…『イヴェール』」


「!」


骨まで凍るような冷気と共に無数の氷柱がローゼンへと襲い掛かった。


コレで終わりだ。


どれだけ勇気を振り絞っても、


どれだけ大きな夢を持っていても、


人は死ぬ時はあっさりと死ぬ。


その筈だった。


「『インヴェッキアメント』」


「…何?」


ローゼンの杖から禍々しい緑色の光線が放たれた。


それが氷柱に触れた途端、瞬く間に溶けて蒸発していく。


まるで一瞬で途轍もない長い時間が経過したかのように。


「馬鹿な。それは、その魔法は…!」


「『アッチェレラツィオーネ』」


続けてローゼンは別の魔法を使用する。


その瞬間、ローゼンの身体がブレて瞬く間に消える。


それは『加速』の魔法。


自身の時間を操り、動きを加速させる魔法。


「ランクル!」


「ぐっ…!」


一瞬で目の前に移動したローゼンにランクルは咄嗟に腕で顔を庇う。


その分、がら空きになった腹部に向かってローゼンの拳が放たれた。


「その魔法、お前はまさか…」


「そうだ。この魔法は、お前を倒す為にアルチナに借りた物だ」


ローゼンはあっさりと告げた。


「お前が魔女達から魔力を奪ったように、俺はアルチナから魔力を受け取った。そして、一時的にだがアルチナの持つ魔法も使うことが出来るようになった」


「アイツが、お前に…?」


ランクルは信じられなかった。


自分が裏切ったことで人間を嫌っていたアルチナが、人間であるローゼンに魔法を与えたことに。


ランクルと戦う時にすら、殆ど人間に協力しなかったアルチナがどうして…


「それが分からないから、お前はアイツに負けたんだよ」


「………は」


ローゼンの言葉に、ランクルは笑みを浮かべた。


「ははは、ははははははは! コレは一本取られたな! そうだったな! オレが負けた六百年前も、人間と魔女が手を組むことで負けたんだった」


ニヤリと楽しそうにランクルは笑う。


「それでも今回はオレは負けねえぞ! 負ける訳にはいかねえんだよ!」

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