第三十七話
「意識不明者はこれで全部か! 全ての部屋を探すんだ!」
「コレは毒と言うより、呪いよ! 誰か、治癒術を…!」
怒号と共に学院の教師達が走り回る。
布を敷かれた中庭には、次々と意識を失った生徒達が運び込まれていく。
ゾンビパウダーを吸った為だろう、皆が苦し気に息を吐いている。
「………」
そんな中庭の隅で、ローゼンは無言で佇んでいた。
視線の先には、意識を完全に失ったアルチナが眠っている。
額には滝のような汗が浮かび、その顔色は死人のように青褪めている。
「ッ…!」
ギリッとローゼンは歯を食い縛る。
ぐったりとしたアルチナの顔は、ローゼンのトラウマを強く刺激した。
かつて、目の前で苦しみ死んでいった母親の姿。
幼いローゼンはほんの少しもその苦しみを和らげることが出来なかった。
それが悔しくて、そんな人々を救えるような人間になりたくて、この学院へ来たと言うのに。
(俺は…! 何も出来ないのか…!)
「そんな顔をするな。ローゼン」
ローゼンの肩に優しく手が置かれた。
「………親父」
「大丈夫じゃ。今、他の先生方と共に解毒薬を作っておる。すぐに皆、目を覚ます」
「………」
その言葉が、ローゼンを元気づける為の嘘であることはすぐに分かった。
豊富な魔法知識を持つローゼンでも、全く聞いたことが無い魔法。
人間をゾンビに変えると言う毒薬を解毒する薬など、そう簡単に作れる筈がない。
況して、ゾンビパウダーを吸ったのは学院長達も同じなのだ。
個人差故か、未だ症状が出ていないだけで、いつ発症するか分からない。
それはきっと、解毒薬が完成するよりも早いだろう。
「…クラーメルの反魔術では、解毒出来ないのか?」
ローゼンは必死に頭を働かせてそう呟いた。
見たことも聞いたことも無い魔法だが、魔法である限り反魔術で解呪出来るのではないかと。
ローゼンの希望を込めた言葉に、学院長は渋い表情を浮かべた。
「…それは難しいと思う。これは魔法であると同時に、毒薬だ。高位の治癒術ならともかく、体内に残った毒まで取り除くことは出来ない」
「………」
薄々、そう言われるような気がしていた。
ローゼンが思いつくようなことなど、学院長達が思いつかない筈がない。
「…アルチナ達は、どうなるんだ」
このまま呪いが解けなかったら、どうなるのか。
全身に毒が回って死ぬのか。
それとも、死ぬより酷い目に遭うのだろうか。
自我を失い、ただ人に命じられるままに動く奴隷になるのだろうか。
「俺は、また失うのか! 何も出来ず、見ていることしか出来ないのか!」
「ローゼン…」
「俺は…俺は…!」
母を失い、サンジェルマンに救われてから、今まで何をしてきたのか。
誰でも救える魔法使いになると夢を口にしながら、いつもいつも失敗ばかり。
使える魔法と言えば、役に立たない魔法のみ。
肝心な時に誰も救えず、何が魔法使いだ。
「俺、は…!」
ローゼンは思わず青薔薇の杖を振り上げた。
感情のままに、それを叩きつけようとして………ふと手を止めた。
(親父に、救われた…?)
無言で手に握った杖を見つめるローゼン。
何だ。
何か、忘れているような気がする。
(俺が使えるのは、役に立たない魔法のみ…)
水弾を放つ魔法と、錬成のみだ。
錬成…
「…親父。一つ聞いて良いか」
「ローゼン? 何じゃ?」
様子が変わったローゼンに首を傾げながら、学院長は聞く。
「この毒とも呪いともつかない魔法は、万能薬があれば治ると思うか?」
「…それは、確かに。もし、万能の秘薬があれば、体内に残る毒を取り除くことが出来ると思うが」
困惑したように学院長は答える。
確かに、エリクサーがこの場にあればそれで解決する。
例え未知の毒であろうと、それが毒である限りエリクサーはそれを治療する。
だが、それはあくまで仮定の話だ。
希少なエリクサーがこの場にある筈も無く、作り出す手段も無い。
かつて、学院長はエリクサーを手にしていたこともあったが、それは他ならぬローゼンに対して使用してしまったのだ。
「………まさか」
そこで学院長はローゼンが何故、今この話をしたのか気が付いた。
「親父。俺はかつてエリクサーを飲んだことがある。そして、俺は『一度口にした液体を完全な形で錬成する魔法』が使える」
ローゼンは真っ直ぐアルチナの顔を見つめながら、青薔薇の杖を握り締める。
「そんな、出来る筈が…!」
「出来るか出来ないかじゃない! 俺がやらなきゃならないんだ!」
ローゼンの杖に魔力が込められる。
数少ない魔力を全て杖に注ぎ込み、自身の記憶を遡る。
何せ、エリクサーを口にしたのは十年近く前のことだ。
曖昧な記憶の中から成分を解析し、それを再構成する。
杖が僅かに光を放ち、段々と魔力を吸い上げられる感覚が強くなっていった。
「ローゼン、お前の魔力では…!」
「親父は俺を救ってくれた時、躊躇ったのか?」
「ッ!」
冷や汗をかきながらも、ローゼンは手を止めなかった。
目の前に苦しんでいる人がいる。
自分にそれを助ける手段があるんだ。
今度こそ、この手で救うことが出来るのだ。
「『クリエイト』」
杖の先端から、一滴の水が零れた。
「…やっぱ俺は才能無いな………全力で魔力を振り絞って、たった一滴か」
赤く輝くその水は、苦し気に眠るアルチナの額に染み込んでいく。
「…だけど」
みるみるうちにアルチナの顔色が良くなっていく。
ゆっくりと、アルチナの眼が開いた。
「今度は、救って見せたぞ…」
満足そうに息を吐き、ローゼンはその場に座り込んだ。
「………」
森の奥にて、ランクルは一人『作業』を進めていた。
学院中から集めた魔力を放出し、それを一つの形へと変えていく。
「…想定していたよりも遅えな。夜明けまでに完成するか、ギリギリだ」
サラサラとランクルの身体が欠け、粉となって宙に舞う。
アルチナはランクルの肉体が数日と持たないと告げていたが、実際はそれどころではない。
夜明けまで持てば良い方であり、明日までは絶対に持たない。
それでもランクルは諦めることなく、作業を続けていた。
「オレは前世から一度も、何かを諦めたことはねえんだよ」
自身の夢の為に生き続けてきた。
白髪に赤眼、忌み嫌われる容姿で生まれたことが始まりだったのかも知れない。
特別な何かを求めて、
誰からも恐れられる力を求めて、
『魔法』を求めた。
それがどれだけ愚かな夢だと笑われようと、
どれだけ罪深い夢だと責められようと、
諦めなかったのだ。
「間に合う。間に合うに決まっている! 何故なら、このオレは…」
三日月のような笑みを浮かべるランクルの前には、巨大な水の塊があった。
シャボン玉のように宙に浮かぶ、巨大な水の塊。
ボコボコと泡立つそれは、血のように赤い光を放っていた。




