第三十五話
「………」
アルチナは自室にて、険しい表情を浮かべていた。
部屋にある机の上に置いてあるのは、黒ずんだ一本の杖。
先日のゾンビ騒動を引き起こしたペドロが所持していた物の残骸である。
(ペドロの言っていたことは殆どハッタリか勘違い。アイツに子供がいたなんて六百年前も聞いたことが無かった)
魔女喰いの魔物と呼ばれるようになったランクルに止めを刺したのは、アルチナなのだ。
彼に付き従っていた人間達、
彼に支配されていた奴隷達、
ランクルの死後、それらは全てアルチナ達によって拘束、若しくは保護された。
ランクルの生み出した『最悪の魔法』を後世に伝えない為。
魔法を学んだ人間の中から第二、第三のランクルが生まれない為。
その甲斐あって、現在の歴史ではランクルの情報は殆ど残っておらず、その魔法を知っている者など誰一人生き残っていない。
(…だけど、あの杖からは確かにアイツの魔力を感じた。それに)
アルチナは窓から外を眺めた。
雲一つない快晴だが、どこか濁って見えるのは気のせいだろうか?
何一つ異変は起きていない筈なのに、何故か息苦しさを感じる。
(この感覚…この胸騒ぎは、一体…?)
「ネクロマンサー?」
「そうらしい」
クラーメルはローゼンの言葉に首を傾げた。
「ネクロマンサーと言ったら、アレ? ゴーストとかゾンビとか操って、不死になったりするアレ?」
「そのアレだな」
こくり、とローゼンは頷いた。
クラーメルはますます訝し気な顔を浮かべる。
「アレが?」
そう言って指差した先では、中庭で元気に遊ぶロジェとメディ、ヘラの姿があった。
汗を流し、息を切らせながら、手にしたボールを投げ合っている。
とても健康的で微笑ましい光景であり、一般的なネクロマンサーのイメージとは繋がらない。
「まあ、僕も魔女狩りの出身だし、肩書きで偏見は持たないつもりだけど…」
ふむ、と一度頷いてクラーメルは改めてロジェを見た。
「…最近のネクロマンサーは随分と可愛いんだな」
「ハッ!? 何かクラ先輩に浮気された気がするー!?」
クラーメルの呟きが聞こえたのか、それとも女の勘と言うやつか。
持っていたボールをメディに渡し、クラーメルの方へ走ってきた。
「うわ!? 急にこっちに走って来ると危ないよ、ヘラ」
「クラ先輩! ヘラ、喉が渇いちゃったから、一緒に食堂へ行こうよー!」
「え? 別にいいけど…」
「さあ、行きましょう行きましょう!」
幼いながらも嫉妬心を抱いているのか、普段以上に強引にヘラはクラーメルを引っ張る。
戸惑いながらも断る理由が無かったのか、クラーメルはそのまま連れていかれた。
「…相変わらず積極的だな」
それを見送ってから、ローゼンは中庭へ目を向ける。
二人きりになったロジェとメディは変わらず、楽しそうに遊んでいた。
「ヘラとも仲良くやれたみたいで良かったな。今度はパーシーも紹介するか」
やや無口なロジェだが、活発なヘラとの相性は良かったようだ。
パーシーを紹介しても、きっと仲良くやれるだろう。
「って、これじゃ父親だな。歳、殆ど変わらないのに」
「全くだ。老けるには早いぜ、少年」
ローゼンの独り言に対し、いつの間にか足下に居たケットが答える。
「お前、どこに行ってたんだ? 部屋にも帰って来ないってロジェも心配していたぞ」
「オレにも色々やることがあんだよ。猫は意外と忙しいんだぜ?」
日光が苦手なのか、ローゼンの影に入りながらケットは言った。
「ま、オレがいない間もロジェが寂しい思いはしていなかったみたいで安心したが…」
ケットはメディと遊ぶロジェを見つめながら、そう囁くように言う。
「…お前の方がよっぽど父親らしいな。ケット」
「はっはっは。その通りよ。ウチの娘はどこにも嫁にはやらんぞ」
冗談交じりに言いながらも、ケットの視線はロジェへ向いたままだ。
「…しかし、どうすっかな。アイツの夢、叶っちまったなー」
「夢? 前もそんなことを言っていたな」
「ああ、アイツの夢は『友達を作ること』だ」
ケットはぽつり、と呟いた。
孤独なネクロマンサーが願った夢は、友達を得ることだった。
「アイツの家は代々、黒魔術に没頭しているらしくてな。ロジェは歴代の中でも、特に才能があった」
それ故に、両親からの期待は大きかった。
学院へ入学させられ、ロジェはネクロマンサーになることを求められた。
本人が望んでいるかどうかは無関係に。
「あいつ自身、あんな性格だし、おまけにネクロマンサーのイメージを嫌っていたから、友達の一人も作ることが出来なかった」
「………」
「だからオレはアイツに約束した。アイツの夢を叶えてやると」
そう言って、ケットは大きくため息をついた。
「ま、それも無駄だったな。アイツはオレが何かするまでもなく、一人で夢を叶えたのだから」
ケットは少しだけ寂し気な表情を浮かべた。
「お前…」
「…さて、アイツにもうオレは必要無いだろうし、オレはオレの夢を叶えるとしようか」
(…夢?)
ローゼンは首を傾げた。
ロジェの夢は友達を作ることだと聞いた。
今までの行動はその夢を叶える為の行動だった、と。
だが、ケットにも夢があると言う。
その夢が何なのかはまだ聞いていなかった。
「ケット、お前の夢は…」
ローゼンが視線を落とした時、そこにはもうケットの姿は無かった。
最初から居なかったかのように、影も形も無くなっていた。
「それでね、メディは凄いんだよ?」
その日の夜、ロジェは興奮した様子でケットに今日あったことを話していた。
「あんなに小さな身体なのに、私より体力があるんだ」
「はっはっは、メディは元気っ娘だからな。もやしっ子のロジェよりは体力もあるだろうよ」
「それに足も速くて、ボールにすぐ追いついて…!」
今まで見たこと無い程、楽し気に嬉しそうにロジェは言葉を続ける。
こんなに饒舌なロジェは初めて見た。
こんなに幸せそうにしているのも初めてだ。
「…楽しそうだな、ロジェ」
「うん。今日会ったヘラもクラーメルさんも、優しい人だったから。すぐに仲良くなれると思う」
「クラーメルかー。お父さんとしては、アイツの子孫とは仲良くして欲しくないんだが…」
複雑そうな表情で唸るケット。
何のことか分からず、ロジェは首を傾げた。
「とにかく、今日は楽しかっ…」
「…?」
言いかけてロジェは突然、表情を曇らせた。
「どうした?」
「…ごめん。遊ぶのに夢中で、新しいゾンビパウダーを作るの忘れてた」
しょんぼりとした表情でロジェは呟く。
「本当にごめんね。アレは、ケットが人間になる為に必要な物なのに…」
自分のことばかり優先したことに罪悪感を感じたのか、ロジェは悲し気な顔を浮かべる。
ケットとの約束だったのだ。
ケットがロジェの友達作りに協力する代わりに、ロジェはケットの為に人の身体を作ると。
ロジェはケットの正体を知らない。
だから、ケットと言う知性を持った猫が人間になりたいだけだと思い込んでいた。
「…は。お前は本当に『良い子』だな。良い子過ぎて、決意が鈍っちまいそうだぜ」
(…決意?)
「それに、もうゾンビパウダーは必要ない。必要な物は、全て揃った」
「…え? それって」
どう言う意味、と言おうとしてロジェはそのままベッドに倒れた。
意識が混濁する。
身体の自由が効かない。
「…始まったか」
それに驚いた様子も無く、ケットは呟いた。
「ケット…? 何、を…?」
「…は。ケット? 誰だ、そいつは?」
ケットは呆れたように息を吐いた。
どこまでも人を疑うことを知らず、お人好しの小娘を嘲笑うように。
「オレはそんな名前じゃねえ。オレは、このオレの名前は…!」
学院中の魔力が収束する。
今までケットとして暗躍し、何度も引き起こした事件。
パーシーの怪盗事件。
ヘラの集団洗脳、クラーメルの決闘。
メディの魔力暴走。
それらの事件の中で、様々な物が多くの魔法を使用した。
使用された魔力は、大気中に残留し、学院内の魔力は濃くなっていく。
「悪しき魔女に鉄槌を………『スペル=イーター』」
あらゆる魔法、魔力を喰らう魔女殺しの魔法。
それは大気中に残留していた魔力を吸収し、己の糧とする。
「ああッ! きたきたきたきたァー!」
ケットの身体から青白い光が飛び出す。
それはケットに宿っていた物の魂。
青白く燃える炎に似た魂は、そのまま窓を抜け、空へと昇っていく。
屋上へと到達した魂に集められた魔力が融合し、形を成す。
魔女にすら匹敵する膨大な魔力が骨を作り、肉を作り、人の形を生む。
「な、何が起きているんだ?」
「アレは…!」
異変に気付いたローゼンとアルチナが屋上へと駆けつける。
そこにいたのは、長く白い髪をした男だった。
銀に近い白の髪に、炎のように赤い瞳を持つ男。
時を忘れる程の美形だが、その肌は青褪めており、手足の肉も病的に細い。
どこかロジェと似た印象を受ける男は、口元を吊り上げて三日月のような笑みを浮かべる。
「ニャーッハッハッハ! コレだ! コレこそが、オレだ!」
「ランクル…!」
「そうだ! 魔女喰いのランクル! ここに復活した!」




