第三十三話
ペドロは異形の杖を天高く掲げた。
周囲に漂う魔力が杖を起点に収束し、青白い光を放つ。
「『ファイアボール』」
「な…!」
短い言葉と共に、火球が放たれた。
一発や二発では無い。
十を超える火球が森へと降り注ぐ。
(魔法を使った…? しかも、こんな…!)
「チッ…『スプラッシュ』」
急いで水弾を放つが、威力が違う。
たった一発の火球を消すことも出来ず、ローゼンの水弾は蒸発してしまう。
「くそ…!」
次々と火球が地面に衝突し、爆散する。
必死に躱し続けていたローゼンだったが、一発の火球を躱し損ねてしまった。
「ぐぅ!」
燃え盛る火球がローゼンの肩を掠め、その肉を焼き焦がす。
堪らず、ローゼンは肩を抑えて倒れこんだ。
「どうして、魔法を…?」
「知りたいかい?」
ペドロはにんまりと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「僕の先祖はあの魔女喰いだ。それを知った僕は先祖が残した古文書を解読し、この杖を見つけたのさ」
玩具を自慢する子供のように、その手にした異形の杖を見せびらかす。
「世界を支配した偉大な魔法使いが愛用した杖。この杖には彼の持つ力と同じ力が秘められている!」
「…それは」
「『魔を支配する』と言う力だよ!」
杖に絡みついた二匹の蛇が不気味に蠢く。
「僕が学院中にばら撒いた『ゾンビパウダー』によって、学院には無数の亡者が生まれた。本来亡者共を支配する権利は僕には無いが、それをコイツが可能とする」
元々その『ゾンビパウダー』を製作したのはロジェだ。
それにはロジェの魔力が込められている為、生み出された亡者達も本来はロジェに従う筈だった。
にも関わらず、亡者がペドロに支配されているのは、ペドロの持つ杖の能力故。
「この魔を支配する杖を使えば、僕は他者の魔法すら思いのままに操る! こうして、大気中に霧散した魔力を集めれば、魔法を使うことだって出来る! この僕が!」
杖の力に陶酔したような顔でペドロは叫ぶ。
長年の夢が叶った、とでも言いたげな顔だ。
「どうだい? 羨ましいだろう? 君だって、喉から手が出るほど欲した力の筈だ。水鉄砲のようなちゃちな魔法じゃない。本当の魔法を使ってみたいと思った筈だ」
「………」
「同じ苦悩を抱いたよしみだ。君が望むなら、特別に…」
「…それで満足なのか?」
恍惚とした表情で語っていたペドロの言葉を遮るように、ローゼンは言った。
ペドロの動きが止まる。
「…何か言ったかい?」
「本当に、それで満足なのか? 他人から魔法を盗み、奪い、それを自分の物と言い張るだけでアンタは満足できるのか?」
ペドロの悪行を非難するような表情では無かった。
ローゼンは心から不思議そうに、そう告げていた。
ペドロの過去に、努力が報われずに夢破れた経験に思う所が無かった訳では無い。
他人事と切って捨てるには、あまりに共通点が多すぎた。
だが、その上でローゼンは告げる。
それで満足できるのか、と。
「………」
他人の魔法を奪うことで魔法を使い、それで自身を魔法使いと認めることが出来るのか。
それが昔から望んでいた夢なのか。
「…君は、似ているね。あの男に」
ペドロは憎々し気に呟いた。
血も繋がっていないくせに、どうしてあの男と似たようなことを言うのか。
「人は誰しも、本当になりたい自分にはなれないんだよ! 夢は叶わないからこその夢! それが現実! それが世界ってやつだ!」
殺意の込められた目で、ペドロはローゼンを睨んだ。
「忌々しい青二才め! ここで殺してやる!」
ペドロが杖を振るうと、木々の影から新たなゾンビ達が現れた。
今までとは違い、獣のような俊敏な動きでローゼンへと走り出す。
「ッ…!」
思わずローゼンは後ろへ視線を向ける。
そこには未だ意識が戻らないケットと、それを見守るロジェ。
不安そうにこちらを見るメディがいた。
ここで食い止めなければ、ゾンビ達は彼女達を襲うだろう。
ローゼンは逃げようとしていた足を止めた。
「現実を受け止められない夢見がちな餓鬼は、ここで死ね!」
それを嘲笑う様にペドロは叫ぶ。
自分でどうにか出来る、と思い込んでいるローゼンを嘲笑する。
「…本当に、ごもっともね」
その時、ローゼンとゾンビ達の間を遮るように影が現れた。
「その楽観主義はいい加減やめないと、本気で命落とすわよ?」
呆れたような言葉と共に帯電する腕が振り下ろされる。
瞬間、夜を照らすような光が放たれ、ゾンビ達を余すことなく呑み込んだ。
「まあ、それでもそこにいる盗人よりはマシだけど」
「アルチナ…」
アルチナはふう、と息を吐いてペドロを睨んだ。
「盗人とは、僕のことか?」
「他に誰がいるのよ。才能が無いことを理由に、自分を正当化しているだけじゃない」
呆れ果て、蔑んだような眼でアルチナは言った。
「人はなりたい自分にはなれない、だったかしら? それでも、もう少しマシな人間には成れた筈よ」
アルチナは吐き捨てるように告げる。
才能が無かったことも、努力が報われなかったことも関係ない。
「選べる選択肢の中で、最悪の物を選んだのは間違いなくあなたなのだから」
どれだけ不幸だろうと、不遇だろうと、選択したのはペドロ自身。
それを今更言い訳するのは、愚かなことだ。
「き、さまァァァァ!」
激高したペドロが感情のままに杖を振るう。
再び魔力が収束し、杖が青白い光を放つ。
「さて、こうして言いたいことはいったけれど、私の魔力もそんなに残っていないのよね…」
「は? ど、どうして…?」
「さっきのビーム、結構魔力使うのよ。ここに来るまでもう十発以上撃ったし、そろそろ限界」
ペドロを前にしながらも呑気そうにアルチナは言う。
普段はそうでも無いが、こうして荒事に巻き込まれた時は妙に肝が据わっている。
逆にローゼンは荒事の経験など、殆ど無い為に普段より動揺していた。
「だから、あなたが倒しなさい」
「お、俺か?」
「元々そのつもりだったのでしょう? 一流の魔法使いになるのなら、悪しき魔法使いの一人や二人倒せないと駄目よ」
「………」
ローゼンは杖を握り締めながら、無言でアルチナを見つめる。
アルチナは自分の魔法を利用する人間が嫌いだ。
魔法は正しい心の持ち主が正しいことに使うべきだとも考えている。
だからこそ、試しているのだ。
いつか父親のようになりたいと語ったローゼンのことを。
「分かった。ただ、俺に万が一のことがあったらメディ達を頼む」
「………ふふ」
ローゼンの答えを聞き、アルチナは珍しく自然な笑みを浮かべた。
望んだ答えを得られたことに、心から喜ぶように。
「合格。ってことにしておいてあげるわ」
そう言うと、アルチナはここに来るまでに拾っていた誰かの杖をローゼンに向けた。
「『アッチェレラツィオーネ』」
囁くように呪文が紡がれ、杖は魔力に耐え切れずに崩壊する。
「これは…?」
「さっきから、僕を無視して会話しているんじゃない!」
何か問おうとした時、ペドロは魔法を解き放った。
今度は二十を超える数の火球だ。
「走って!」
「…ああ!」
それが全て走り出したローゼン目掛けて襲い掛かる。
ローゼンの魔法では防ぐことの出来ない火球。
それに加え、二十を超える数の暴力。
ローゼンはすぐに肉の芯まで炭になる。
その筈だった。
「…何故だ」
火球が地面に衝突し、爆散する。
三発続けて降り注ぐ火球が全て紙一重で躱される。
「何故だ! 何故、躱せる!」
矢すら超える速度で放たれる火球が、ローゼンに追い付けない。
ローゼンの動きが『加速』している。
「くそ、が…!」
ペドロは全ての火球を地面に落とし、同時に爆発させた。
これならどこに逃げようと躱すことが出来ない。
大地ごと抉り飛ばした爆発の後は、そこには何も残っていなかった。
「は、ははははは! 馬鹿が! 油断するからそう言う目に遭うんだ!」
「そうか、ではそれは油断じゃないのか?」
「…な」
背後から聞こえた声に、ペドロは急いで振り返る。
「『スプラッシュ』」
「ぐ、あ…!」
至近距離で放たれた水弾の衝撃に、ペドロは思わず異形の杖を手放す。
ペドロの手から離れた杖は宙を舞い、そのまま火球によって燃え盛る炎の中に落ちた。
「つ、杖が…!」
「これで終わりだ。もう諦めろ」
「く、そおおおおおおおおおおお!」
叫びながらペドロは逃げ出した。
燃え盛る杖に背を向け、森の奥へと。
「待て…!」
それを追いかけようとして、ローゼンはその場に倒れこんだ。
「な、何だ? 身体が…」
「時間切れ、ね。加速魔法の効果が切れたのよ」
指一本動かすことが出来ないローゼンに、アルチナは近寄る。
「しばらくは筋肉疲労で動けないと思うわ。しばらくそこで安静にしてなさいな」
「でも、ペドロが…」
「もう彼は何も出来ないわ。杖は折れ、彼の心も折れた筈よ。後は学院長に任せましょう」
そう言って、アルチナはメディ達の方へ目を向けた。
「そこの二人も無事みたいね」
「二人…? あと猫がいなかったか?」
「猫?」
アルチナは不思議そうに首を傾げた。
「そんなの、どこにもいないけど?」
「何故だ。何故失敗した! 僕は魔女喰いの末裔だ! 先祖の遺した杖まで持っていたと言うのに!」
森の奥へと進みながら、ペドロは叫ぶ。
彼の計画では、全て上手く行く筈だった。
ゾンビ共の次は、学院の生徒達も杖で操り、憎い学院長を殺害するつもりだった。
なのに、こんな最初の段階で失敗するとは…
「アイツだ。加速魔法だと? そんな魔法を使える人間が、いる筈が…!」
「うんうん。相手が悪かったよなぁ」
叫び続けるペドロの後ろから声が聞こえた。
追い付かれたか、と慌てて振り返るとそこにいたのは、一匹の猫。
「流石に魔女には勝てねえよな。例え魔女喰いの末裔であっても」
「…何だ、お前は」
「オレ? 見て分からねえのか?」
二本足で立つ猫は嫌な笑みを浮かべて告げた。
「それより疑問に思ってたんだが、お前って本当に魔女喰いの子孫なのか?」
「当然だ。先祖が遺したあの杖が何よりの証!」
「ああ、あの『吸魔の杖』か。オレが昔、適当に作って失敗したから下僕に押し付けたやつだな」
思い出すように猫は呟く。
「ってことは、アレか。お前は魔女喰いの子孫ではなく、その下僕の子孫ってことになるな。まあ、オレは子供がいた経験なんてねえから当たり前なんだが」
「何を、言っている?」
ペドロの顔が青ざめていく。
この猫は何を語っている?
この猫は、何者だ?
「お前は、お前は………誰だ?」
「見て分からねえのか?」
もう一度、猫はそう告げた。
「『魔女喰い』のランクル様だよ。お前の大好きな玩具を作った」
その猫、ランクルは自らの名を明かした。
「そ、そんな筈はない! 魔女喰いは六百年も前に死んだ筈!」
「誰が何と言おうとオレは本物だ。その証拠を見せてやろう」
ランクルの黒い身体から黒い霧のような物が噴き出す。
夜の闇に溶けるような黒。
それは細い手のように伸びて、ペドロの手足に巻き付いた。
「な、な、何だ、コレは…!」
「オレが何て呼ばれているか、知っているだろう?」
魔女喰い。
魔女を喰らう者。
当時に於ける魔女とは即ち、魔法を使う者全て。
「吸魔の杖を使ったことでお前の中には結構な量の魔力が宿っているからな。それを喰らうとしよう」
ランクルは三日月のような笑みを浮かべた。
「いただきます」
「あ、あああああああああああ!」
「…………………」
数時間後、捜索に出ていた学院長達によってペドロは発見された。
ペドロは何も語らず、何も答えず、まるで二十年は老けたかのように弱っていた。
結局、何も情報を得ることは出来ず、弱り切った彼は学院から離れた病院へと送られた。




