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第三十二話


「…なあ、聞いても良いか?」


「何だ? 人生の先輩として、若造の質問には真摯に答えてやるぞ」


森の中を進む中、ケットは足を止めずに顔だけローゼンに向けた。


口元には相変わらず悪童のような笑みが浮かんでいる。


「お前と合流してから、ゾンビ達が襲って来なくなったような気がするんだが………気のせいか?」


「気のせいじゃねえな」


ケットは簡潔に答えた。


ちらり、と視線を辺りに漂わせる。


暗い森の木々に隠れるように、ゾンビ達が様子を窺っていた。


「きっと頭の足りないアイツらは、この猫を仲間だと思い込んでいるのだろう。だから、それと共に行動しているお前らにも襲って来ない」


「………」


「ハッハッハ。感謝してもいいぜ? 具体的には、美味しい魚でも貰えると嬉しい」


ロジェの料理は独創的だからなー、と愚痴を零しながらケットは冗談半分に言う。


ローゼンはそれに答えず、無言でケットを観察していた。


薄々だが、この喋る猫の正体が分かってきた。


ゾンビ達に仲間だと思われる存在。


メディに触れられてダメージを負う身体。


そして、飼い主と思われるロジェの職業は死霊術師ネクロマンサー


ここまで情報が揃えば、答えは一つだ。


(コイツもゾンビ、なのか? だが、死んだ猫を蘇らせたなら、どうして人間の言葉を…?)


「おーい、着いて来ているかロジェ」


呑気そうに足を止めてロジェの方へ振り返る不思議生物。


信用は出来ないが、少なくとも今はメディやローゼンに危害を加える気は無いようだ。


「ケット。ごめん、少し急ぐ」


「あ、待ってよお姉さん…!」


歩く速度の関係か、少し遅れていたロジェが慌てて足を速める。


話している内に仲良くなったようで、隣を歩いていたメディの手を掴んでいた。


歩幅の違いから、やや転びそうになっているメディに気を付けながらローゼン達の下へ急ぐ。


その時だった。


「『ファイアボール』」


森の奥から、声が聞こえた。


暗い木々の影から、赤く燃える火球が飛んでくる。


それはローゼン達ではなく、


「!」


ロジェを狙っていた。


「くそっ…!」


火球に気付いたローゼンが咄嗟に杖を握るが、少し遅い。


既に火球はローゼンの頭上を通り抜け、ロジェへと迫る。


「ッ」


ロジェはそれを躱さない、躱すことが出来ない。


ロジェのすぐに近くにはメディがいる。


初めて仲良くなった小さな友達がいる。


咄嗟にロジェはメディの盾となるように前に出た。


火球が、ロジェの華奢な身体を焼き払う。


「ロジェ…!」


「え…」


思わず呟かれた、疑問の声。


震える身体を抑え付けてメディの盾となったロジェ。


その目の前に黒い影が躍り出た。


黒い影は小さな身体を目一杯広げて、火球を全身で受け止める。


黒い毛並みが焼け焦げて、嫌な臭いが周囲に漂った。


「ケット…ケット…!」


力無く倒れたケットを抱えてロジェは叫ぶ。


しかし、焦げ付いたケットの身体はぴくりとも動かない。


「今の攻撃………一体誰が…!」


ローゼンはケットを一瞥した後、前へ視線を向けた。


火球の飛んで来た方向。


暗闇の中に、誰かが立っていた。








「あああああああ!? か、噛まれたぁー!?」


「く、クラ先輩ー!?」


学院にて、クラーメルは大袈裟な悲鳴を上げて倒れた。


震える右肩には、ゾンビらしき歯形が残っている。


「ぼ、僕はもう駄目だ。ゾンビなってしまう…」


「し、しっかりしてー! 死んじゃだめー!」


「…ゾンビになる前に一つだけ、言い残しておくことがある」


泣き叫ぶヘラの顔を見つめて、クラーメルは真剣な表情を浮かべた。


「僕は君のことを…」


「…き、君のことを?」


「…ガクッ」


「最後まで言ってよー!? 君のことを何なのさー!?」


違う意味で半泣きになりながら、クラーメルの身体をガクガクと揺さぶるヘラ。


「こらこら、それ以上揺らさない。気絶しただけだからの」


そこへ周りのゾンビを一掃しながら、学院長がやってきた。


「奴らに噛まれても別に何の毒も呪いも無い。この子は、単に恐怖で気絶しただけじゃ」


「よ、良かったー」


安堵の息を吐き、ヘラは静かにクラーメルの身体を地面に寝かせた。


不安から目尻に浮かんだ涙を指で拭っている。


「うんうん。青春しているようで何よりじゃ。ウチのローゼンも少しは年頃らしく、女の子に興味を持って欲しいんじゃがな」


「学院長先生は、どうしてここに?」


「学院を騒がしているゾンビ退治と………人探しじゃな」


学院長は少しだけ複雑そうな表情を浮かべた。


「人探し?」


「ああ、先生方にはこの騒動を収める為、協力して貰っておるのじゃが………一人だけ連絡がつかん」


「それは…?」


「……………」


ヘラの質問に、学院長はしばらく黙ってから重々しく口を開いた。


「ペドロ先生じゃ」








「ペドロ、先生…?」


ローゼンは呆然とそう呟いた。


森の奥から現れたのは、歴史の教師であるペドロだった。


手には松葉杖を持ちながらも、それをつくことなくしっかりとした足取りで歩いてくる。


「こんばんは。ローゼン君」


人の良さそうな笑みを浮かべて、ペドロは言った。


その表情と態度は昼間に見た物と同じだが、それ故にこの場に似つかわしくなかった。


「よく僕の居場所が分かったね。流石は、あの『サンジェルマン』の息子か」


ペドロは学院長の名前を少し不快そうに呼んだ。


「ああ、君は奴と血が繋がっていないんだったね。それは実に『可哀想』だ」


「…可哀想?」


ローゼンはペドロの言葉に首を傾げた。


親を早くに失ったことは確かにそう思われても仕方ないかも知れないが、学院長と血が繋がってないことが可哀想とはどういう意味だろうか。


「だってそうじゃないか。君が本当に奴の息子なら、きっと奴の才能を引き継いだ筈だ。奴と同じ百年に一度の天才だと持て囃された筈だ」


「………」


「なのに、君は奴とは違う。凡人だ。だからこそ、君は憐れだ。あの天才の息子がこの程度なのか、と謂れの無い悪意に晒されることになる」


ペドロの顔には、確かに同情の色があった。


嫌味な言い方だが、本気でローゼンを憐れに思っているらしい。


そして、それはまるで実体験のようにも聞こえた。


「…アンタは、親父が嫌いなんですか?」


「………」


ペドロは動きを止めた。


穏やかな笑みを浮かべた顔が、怒りに歪む。


「僕はね、君と同じだったんだよ。魔法に憧れ、魔法使いになりたくて、この学院へ来た」


恐ろしく低い声で、ペドロは語った。


かつて抱いていた夢想を。


「だがね、現実ってやつは思っていた以上に残酷でさ。同期のサンジェルマンはメキメキと才能を開花させていくと言うのに、僕はいつまで経っても凡人のまま」


コレで誰一人魔法が使えないのなら諦めもついた。


男に魔法など土台無理な話だったのだ、と夢を諦めることが出来た。


だが、ペドロの傍には常にサンジェルマンがいた。


百年に一度の天才。


男でありながら、魔法の才能に恵まれた奇跡。


それを見たペドロは思った。


自分も努力すれば、きっと魔法使いになれる。


そう、思ってしまった。


「努力をすればする程に! 夢を見れば見る程に! 僕は惨めな気分になっていったよ! 結局、夢を諦めて学院を去った時に見た奴の顔ときたら…!」


憤怒の表情でペドロは髪を掻き毟る。


劣等感と嫉妬。


現実の理不尽さに対する怒り。


それは深い深い、憎悪だった。


「…学院をゾンビだらけにしたのは、親父に対する復讐か?」


「ははは…! ローゼン君、僕の復讐がこの程度で終わると思っているのか?」


暗い笑みを浮かべてペドロは手にしていた松葉杖を砕いた。


その中に隠していた、一本の杖を取り出す。


(…何だ、アレ)


それは異形の杖だった。


先端に髑髏が付いており、その窪んだ眼孔から這い出た二匹の蛇が杖に絡みついている。


「歴史の話はしただろう? 世界を滅ぼした魔女喰いの魔物は、元々は人間だったと」


「…ああ」


「僕はね、それを調べる内に凄いことに気付いたんだ」


ペドロは子供のような笑みを浮かべた。


「『魔女喰いのランクル』と呼ばれた最強最悪の魔法使いである男は、この僕の先祖だとね」


とっておきの秘密を、ペドロは口にした。


誰にも明かさなかったその秘密を。


「ふ、ははは…あはははははは! これより始まるのは復讐劇ではなく、復活劇だ! この僕が! 新たな魔女喰いとなるのだよ!」


異形の杖を振り翳し、ペドロはそう宣言した。

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