第三十一話
「良いなー。私も猫飼いたいな…」
「生き物を飼うことは、意外と大変。毎日、面倒を見ないといけないから」
「私、しっかり面倒見るよ? ご飯も用意するし、散歩も行くよ?」
「なら良し」
メディの言葉に、ロジェは無表情ながらも少し満足そうに頷く。
普段は無口なロジェだが、メディとは波長が合うのか、いつもより饒舌になっていた。
「メディ。知り合いだったのか?」
「違うよ。このお姉ちゃん、さっき私を助けてくれたの。ありがとうね!」
「…どういたしまして」
お礼の言葉を受けて、ロジェは無表情で呟く。
どうやら、ローゼンが駆け付けるまでゾンビ達からロジェを守っていたらしい。
とても争いごとが得意には見えないが、魔法使いの戦闘力は見た目に比例しない。
「あの怪物達が皆、近寄ってきて怖かったんだ」
「多分、それはメディが治癒術師だから、だと思う」
「…? 何か関係があるのか?」
「ある。ゾンビは治癒術が苦手。生者にとって薬となる魔法は、死者にとって毒となる」
ロジェは未だ遠くにちらほらと見えるゾンビを見つめながら、そう告げた。
治癒術には悪しき者を祓う力があると言われる。
それは病魔や毒、呪いだけではなく、蘇った死者も対象となるのだ。
ゾンビ達がメディを狙っていたのは、本能的な恐怖からだ。
「…なるほどな。やけに詳しいが、アンタはそっち方面を専攻しているのか?」
「………」
世間話のように何気なく呟いたローゼンの言葉に、ロジェは口を閉じた。
何か答え辛い質問をされたかのように、渋い顔をしている。
「…そう」
顔色を窺う様にちらちらとメディとローゼンの顔を交互に見つけ、重々しく口を開く。
「私はロジェスティッラ。職業は『死霊術師』…です」
少しだけ暗い声で、ロジェは答えた。
「!」
死霊術師。
死体と死霊を蘇らせ、使役する魔法使い。
数多くの生徒がいる魔法学院に於いても極めて珍しい魔法分野であり、教えられる教師すら存在しない。
人間の死体に対して使用することは禁じられており、知識は持っていても本当に使用できる者など国中を探しても数える程しかいないだろう。
「あ、えっと。でも、人を蘇らせたことは、一度も無い、です」
言い訳するように続けるが、ロジェはそれが胡散臭い自覚はあった。
今、学院はゾンビで溢れており、そんな中、学院唯一の死霊術師がここにいる。
無関係と思う人間はいないだろう。
実際、半分はロジェの仕業とも言える。
「本当に、アンタは死霊術師、なのか?」
「本当、だよ」
何を言われるか、と内心怯えていたロジェの手をローゼンは掴む。
思わずロジェの肩が跳ね上がった。
「マジかよ…! 本物なんて初めて見た! アンタ凄いな! 百年に一度の天才ってレベルじゃないぞ!」
「………う?」
予想外の反応に、変な声を上げてロジェは首を傾げた。
ロジェの困惑には気付かず、ローゼンは感動したように声を上げる。
まるで、魔女に初めて会った時のように、ハイテンションになっていた。
「私、死霊術師、だよ?」
「でも、人間を蘇らせたことは無いんだろ? だったら、別に法を破った訳でも無いじゃないか」
ローゼンは何でもない事のように言う。
死霊術師はその性質から悪いイメージを抱かれ易いが、一応合法だ。
死んだ人間に対して使用しなければ、例えば動物などを蘇らせて使役することは法に触れない。
それでも、あまり良い印象は抱かれないのが常識だろうが、魔法至上主義のローゼンに常識は通用しない。
ローゼンにとって、自分より魔法の才能がある者はそれだけで尊敬の対象なのだ。
「それを誰かを傷付ける為に使用しているならともかく、そうではない者を嫌う理由なんて無いだろう?」
「………………」
ロジェは目を見開いて、驚いた表情を浮かべた。
普段殆ど表情が動かないロジェにしては珍しい顔だった。
「ニャーッハッハッハ! お前、面白ェな!」
その時、ロジェの手を掴んでいたローゼンの手を振り払う様にケットは間に入った。
「だが、いつまでウチの子の手を握っているんだ? こんな軽薄そうな奴は、お父さん認めねえぞ」
「…ケットは、お父さんじゃない」
「ニャーッハッハッハ!」
ぽつり、とロジェが抗議の声を上げるがケットには聞こえていなかった。
何やらとても機嫌良さそうに笑い続けている。
「ケット、とか言ったか?」
「おうよ。職業は、ロジェの父親兼兄兼愛玩動物って所か?」
可愛らしい見た目に反して、乱暴な口調でケットは言った。
「お前は、何を企んでいるんだ?」
ロジェとメディから少し離れてから、ローゼンは低い声で聞いた。
その眼にはロジェに向けていた時とは違う、警戒心が宿っている。
「ハッ。ロジェの夢を叶えることさ。アイツには恩があるからなァ」
「夢?」
「…アイツは一人ぼっちなのさ。学院に入学して一年以上経つが、話し相手と言えばオレくらい」
ケットは真剣な表情を浮かべ、ロジェを見つめた。
何やらメディと楽し気に会話しているロジェ。
それを見るケットの顔は、確かに父親のような顔をしていた。
「あの憐れな娘の夢を叶えてやりたい。オレがそう思うのは、そんなにおかしいことか?」
「………」
無言でローゼンはケットを見下ろす。
ケットの言葉に嘘は無いように見えた。
だが、何か全てを語っていないような気もする。
「…奴らは、ゾンビじゃねえ」
「何…?」
「今、学院で騒いでいる奴らだ。アレはゾンビの成り損ない。この土地に染み付いた様々な人間の思念が一時的に形を持っただけだ」
ケットはあのゾンビ達の正体を告げた。
死体が蘇った訳では無く、それ未満。
人々の思念に魔法で形を与えて、動かしているだけの紛い物。
悪霊とすら呼べない雑念の塊。
「何もしなくても夜が明ければ消えるような魍魎共だが、自然発生したんじゃねえ」
「…使役している人物がいるのか?」
「ああ、いるぞ。そして、そいつはゾンビが最も多く在る場所に居る」
ケットはそう言って森の奥を示した。
学院に比べ、森はゾンビの数が明らかに多かった。
この先に、ゾンビを使役している犯人がいるのだ。
「…行って確かめるか」
「ハッ、そう言うと思ったぜ」
ニヤリ、とケットは三日月のような笑みを浮かべた。




