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第三十話


「中庭も校舎内も、ゾンビだらけだな」


校舎の影に身を隠しながら、ローゼンは呟いた。


視線の先では呻き声を上げるゾンビ達が生徒達を追い回している。


しかし、恐ろし気な風貌の割に動きは鈍重で力もあまり無いようだった。


何匹かのゾンビが生徒達の反撃を受け、ボロボロと崩れていく。


(ゾンビか。魔導書で何回か読んだことはあるが…)


ゾンビとは、生ける屍のことだ。


一度命を終えた死体に何らかの形で『偽りの命』が吹き込まれ、動き出す物。


魔法学に於けるゾンビとは実際に存在する生き物だ。


とは言え、物語に出てくる物ほど自由な存在ではなく、黒魔術師が自身の目的の為に使役するゴーレムのような存在だ。


(…そう。ゾンビは自然発生しない)


魔女から魔法を与えられて六百年。


ゾンビが墓場から自然発生したと言う事例は一度も無い。


大抵は良からぬことを企んだ魔法使いの仕業だ。


奴隷ゾンビに意思は存在しない。


と言うことは、この騒動も誰かが起こした人為的な物だと言うこと。


(一体誰が? いや、そもそもこんな数の死体をどうやって用意した?)


「…?」


その時、考え込むローゼンの耳に声が聞こえた。


聞き逃してしまいそうな小さな声。


それは、学院の敷地内にある森から聞こえた。


「今のは…くそっ!」


その声の主に思い至り、ローゼンは森へと走っていく。


森の奥へ進む程に生徒の姿は減っていったが、代わりにゾンビの数は増えていった。


それを全て躱しながら、ローゼンは声の主を探す。


「…ッ! いた!」


「て、手品師さん…」


森の中でゾンビの群れに囲まれていたのは、メディだった。


何故かゾンビ達はメディと、隣にいるもう一人の少女を囲むように集まっていた。


「『メム』『メム』水よ、弾丸となれ!」


全力で魔力を込め、無数の水の塊を生み出すローゼン。


だが、これだけでは足りない。


ただ水をぶつけただけでは、ゾンビを倒すことは出来ない。


「…塩。ゾンビには、清めの塩が…」


メディの隣に立つ少女が独り言のように呟いた。


「ッ!『クリエイト』」


それを聞き、ローゼンはすぐに生み出した水を錬成する。


ただの水から、塩分を含んだ塩水へと。


「対ゾンビ用『ソルト=スプラッシュ』」


「「「ぐるァァァァァァァ!」」」


塩水弾を受けたゾンビの身体が焼け焦げ、苦しそうに悲鳴を上げる。


致命傷を負った訳では無いようだが、隙は出来た。


「今の内に…!」


メディともう一人の手を掴み、ローゼンは走り出した。


とにかく、ゾンビの多い森から出て学院へ戻らなくては…


「手品師さん…! 前!」


「ッ」


メディの声に前を向いたローゼンは、大きく舌打ちをした。


まるで、ローゼン達を森から出さないように道を塞ぐようにゾンビ達が集まっていた。


(もう一発撃つか? 全部片づけるまで、俺の魔力が持つのか?)


ローゼンの顔に不安が浮かぶ。


元々魔力が多くないローゼンが、さっきのような錬成と水弾の合わせ技を何度も出来る筈がない。


背後から先程のゾンビ達も追ってきている。


ゾンビ達を倒す前に、ローゼンの魔力が尽きるのが先だろう。


「…大丈夫。私がいる」


「君は?」


勇気づけるように言われた言葉に、ローゼンは状況も忘れて首を傾げた。


よく見れば、メディと共にいた少女は以前森で出会った少女だった。


確か名前は…


「それに、迎えも来た」


「………迎え?」


ローゼンが訝し気な顔を浮かべた瞬間、ゾンビ達の身体がバラバラに切り裂かれた。


「恰好悪いな、少年。ガッツが足りねえぞ!」


どこからともなく聞こえる声と共に、また別のゾンビ達が切り裂かれる。


「男なら本当に死ぬまで夢を諦めるんじゃねえよ! まあ、オレは死んでも諦めなかった訳だがな!」


シュタっとローゼンの前に降り立ったのは、二本足で立つ黒い猫。


「猫が、喋った…?」


「ケット・シーだ。気安くケットとでも呼んでくれや」








「ロジェ。お前はあんまり攻撃魔法覚えてねえんだから、無茶するんじゃねえよ」


「…ゾンビの相手くらいなら大丈夫。多分」


「多分じゃねえか。あんな失敗作共でも、数が集まれば結構厄介なんだぜ?」


(喋る猫…)


ロジェと会話するケットを見ながら、ローゼンは考える。


以前食堂で餌を上げた猫が喋っていることにも驚いているが、それ以上にローゼンの記憶に残っているのはメディの言葉。


何者かに魔力を暴走させられたメディは、喋る猫に会ったと言っていた。


その時は夢でも見たのだろうと信じなかったが、今目の前にその猫がいる。


と言うことは、メディを暴走させ、病気を再発させたのは…


「…お? 懐かしいな、この感覚。殺意と敵意で満ちた視線だ」


段々と鋭くなっていくローゼンの視線に気づいたのか、ケットは笑いながら振り返る。


ローゼンの考えていることを理解しながらも、楽し気に笑っている。


「懐かし過ぎてゾクゾクするねェ。何だ? この平凡でみすぼらしい猫に何か用かな?」


「メディにあのタトゥーシールを貼ったのはお前か?」


「ニャーッハッハッハ! だとしたら何だ? お前も欲しいのか? アレが?」


邪悪な笑みを浮かべて煽るようにケットは言う。


ローゼンの杖を握る手が強くなる。


この猫がどんな存在なのか、何者なのか、それは分からない。


だが、コレはローゼンのタブーに触れた。


どんな理由があっても、それだけは許せない。


「残念だったにゃー。アレは女性専用で男には…」


「捕まえた!」


「にぎゃあああああああああー!?」


感情のままに杖を振ろうとしたローゼンは、その悲鳴に思わずこけそうになった。


先程まで得意げにローゼンを煽っていたケットが悲鳴を上げている。


涙すら浮かんだケットが振り返った先には、メディが嬉しそうな顔でケットの尻尾を握っていた。


「熱ちちちちち!? こ、このクソガキ! オレに触るなと言っただろうが!」


「おおー、意外とモフモフで柔らかい」


「話聞けよ!? 熱いっつってんだろ!? 離せー! 離してー! お願いだからー!?」


ジュゥゥと肉が焼けるような音を発てて、ケットの尻尾から黒い煙が噴き出す。


ケットは半泣きで抗議の声を上げるが、メディは意に介さず尻尾を抱き締めている。


「オレの尻尾がー!? 焼け落ちてしまう、オレのチャームポイントがー!?」


「こら、あんまり私の猫をイジメちゃ、ダメ」


「…はーい」


見かねたロジェに注意され、メディは渋々尻尾から手を離した。


ケットは急いでメディから距離を取り、自身の尻尾に息を吹きかけている。


「………何なんだ、一体?」


怒りをぶつける先を失ったローゼンは、思わず呟いた。

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