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第三話


魔女。


人より以前から魔法を使っていた種族。


外見は人と変わらないが、本質的に人ならざる種族であり、魔に愛された存在。


人を遥かに超えた魔力を操り、人が魔法を使う上で必要な杖さえ持たない。


数百年前に人間に魔法を教えた伝説的存在だが、現在はほぼ絶滅していると言われる。


「…いつまで黙っているつもり?」


ペタペタと足音を発てながら、魔女アルチナはローゼンへ不機嫌そうな視線を向ける。


「あ、ああ、俺はローゼン。えと、あなたは本当に、本物の魔女…?」


「…君の名前なんてどうでもいいわよ。私が聞きたいのは人間が私に何の用なのか、ってことだけ」


「用?」


「まあ、人間の男が私に求める物なんて、分かり切っているけどね」


怒気を纏うアルチナの視線に殺意が浮かぶ。


理由は知らないが、どうやら人間の男が心底嫌いなようだ。


剣呑な雰囲気を感じ取り、ローゼンは慌てて両手を上げた。


「待ってくれ。俺はあなたに危害を加えるつもりは無い。ここへだって、間違って入ったんだ」


「…間違って入った? 私の『時の結界』を破っていながら?」


少し驚いたように目を開いた後、アルチナはまた不機嫌そうな顔に戻る。


「信じられないわね。人間の男は嘘が得意ですもの。君も、私の魔法を求めてきたのでしょう」


アルチナは白く細い指先をローゼンへと向けた。


それに合わせて、時計の文字盤に似た魔法陣が浮かび上がる。


「魔法陣だと…? 何の道具も無く、こんな一瞬で…!」


「求めるのなら与えましょう。その身に刻め、我が魔法…」


「ッ!」


「『インヴェッキアメント』」


アルチナの指先から、禍々しい緑色の光線が放たれた。


魔女の大釜で煮詰まれた猛毒のような光。


見ただけで分かった。


アレは、触れてはならない物だと。


「う、うおおおおおお!?」


絶叫しながら身を屈めたローゼンの頭を、緑の光が掠める。


光に触れたローゼンの髪が数本、白髪に変わった。


「魔女の使う魔法…! 今のが『魔女術ウィッチクラフト』ってやつか!」


興奮したようにローゼンは叫び、アルチナの方を向く。


「その通り。私は時の魔女アルチナ。私は時を自在に操ることが出来る」


アルチナは魔女らしい残忍な笑みを浮かべた。


その気になれば、人間を一瞬で老人に変えることも出来る。


今の一撃で、ローゼンもそれを理解したのだろう。


「思い知ったかしら? 魔女の恐ろしさと言う物を。さあ、恐怖に震えて心から懺悔なさい。そうすれば少しは手心を…」


「凄いな! 初めて見たぞ、こんな魔法! コレが本物の魔女の力なのか!」


「加えてもって………はい?」


ローゼンの予想外の反応に、時の魔女の時が止まる。


恐怖に震えると思っていたのに、何故かローゼンは感動に震えていた。


未知の魔法に対する恐怖など、欠片も無いように。


「あなたの才能を心から尊敬する! ああ、凄いと言う以外に評する言葉が思いつかない自分が悔しい!」


「…え、えーと、ありがとう?」


ハイテンションのローゼンに、思わず少し照れてしまうアルチナ。


ここまで手放しで褒められたことなんて無かったからだ。


「って違う! 何なのよ、君は! 私は魔女! 恐ろしい魔女なの! もっと怖がれ!」


頭をぶんぶんと振って、アルチナはローゼンを睨む。


「これだから饒舌な男は嫌いなのよ! いつも耳障りの良い言葉で騙そうとしてくるし!」


「…? 無口な男の方が好みだったのか?」


「無口で根暗な男も嫌いよ! と言うより、そもそも男が大嫌いよ!」


怒り狂うアルチナは感情のままに、腕を振るう。


それに合わせ、再び禍々しい緑色の光線が放たれた。


「!」


今度の一撃は躱すことが出来ず、光はローゼンの右腕を貫く。


痛みは無かった。


しかし、光の触れた部分から水分が抜けるように、肌が萎れていった。


「コイツは…」


まるで老人のような腕に変わった自身の腕を見て、ローゼンの顔から笑みが消える。


「…流石に、笑っていられる状況じゃなさそうだ」


「今更後悔しても遅いわよ。君は老い先短い老人に変えてから、外に放り捨ててあげる」


ローゼンの顔色が変わったことに満足したのか、やや機嫌良さそうにアルチナは笑った。


その周囲に時計の文字盤を模した魔法陣が幾つも展開される。


「ヤバっ…!」


咄嗟にローゼンは自身の持つ青薔薇の杖をアルチナに向けた。


「『Mメム』『Mメム』…水よ、弾丸となって撃ち抜け!」


普段の倍以上魔力を込めて唯一の攻撃魔法を唱える。


「水属性の魔法…?」


それを見て、アルチナは警戒したように身構えた。


魔女であるアルチナの知らない、人間の使う魔法だったからだ。


「『スプラッシュ』」


杖の先から水弾が放たれた。


普段よりも水量を増し、人の頭程まで膨らんだ弾丸は真っ直ぐアルチナの顔へ向かった。


「わぷっ!?」


そして、弾けてアルチナの顔をずぶ濡れにした。


「………………」


それだけだった。


どれだけ水量を増しても、所詮は水の塊。


せいぜい、相手を驚かせる程度が限界だった。


「…本当に、本当に君は何なのー!?」


すぐに魔法で水を乾かしたアルチナは苛立ちながら叫ぶ。


ダメージがあるようには見えない。


ただ怒らせただけのようだ。


(…ヤバい。唯一の攻撃魔法が敗れた)


未知の魔法に上がっていたテンションが下がっていくのを感じた。


半人前の魔法使いであるローゼンにはもう他に使える魔法など無い。


このままでは、数分後にローゼンは早すぎる老後生活を送ることになるだろう。


今更になって冷や汗を流しながら、ローゼンは頭を働かせる。


(お、思い出せ! 魔女に関する魔導書は山ほど読んだ! 何か弱点があった筈…!)


普通の魔法使いの弱点は、杖である。


どんな卓越した魔法使いも、杖が無ければ魔法は使えない。


だからこそ、魔法使い同士の試合では、杖を取られることが決着となる。


だが、魔女は杖を持たない。


彼女達が使う魔法は、人間とは根本的に異なる物なのだ。


(…そう言えば、魔女は杖を持たないが、代わりに魔法の触媒となる物を近くに置いていると聞いたことがあるような)


ふと、ローゼンは昔どこかで聞いたことを思い出す。


膨大な魔力を持つとはいえ、魔女の持つ魔力だって有限だ。


だから、結界など長期間魔法を行使する際には触媒となる物を用意する。


魔力を込めた触媒が無事である限り、その魔法は永遠に持続することが出来るのだ。


(それさえ壊せば、取り合えずこの空間から逃げることは出来るか…?)


そう考えて、ローゼンはアルチナへ視線を向けた。


常に近く置いておかなければならないのだから、触媒を持ち歩いている可能性は高い。


アルチナの全身を下から上まで眺め、その大きな三角帽子が目に付いた。


(…アレか?)


「さっきからジロジロと、どこを見ているの…?」


不快そうにアルチナは表情を歪めた。


変質者を見るような眼でローゼンを睨みながら、自身の身体を隠している。


「『スプラッシュ』」


三角帽子を撃ち落とそうと、水弾を放つローゼン。


「ふっ…それしか魔法は使えないの?」


しかし、アルチナはそれを帽子で顔を庇うことで防いだ。


威力は元々期待していなかったが、手で抑えられていては帽子を落とすことも出来なかった。


「『インヴェッキアメント』」


「ッ…!」


仕返しとばかりにアルチナは怪光線を放った。


それはローゼンが身を隠した本棚に直撃し、本棚はみるみるうちに風化する。


「ちょっ、自分の家具諸共かよ…!」


「後で魔法で治せばいいわ」


「ああ、本当に魔法って便利ですね!」


やけくそ気味にローゼンは叫ぶ。


魔法至上主義のローゼンだが、今だけはその利便性を恨んだ。


(水弾では駄目だ。何か別の………ん?)


焦りながら思考するローゼンは、そこで何か良い匂いを感じた。


「この匂い、アールグレイ…?」


この部屋に来た時に見たティーセット。


ローゼンが訪れる前までは一人でお茶会でもしていたのか、そのカップには紅茶が注がれていた。


「…紅茶」


ぽつり、と呟いてローゼンは青薔薇の杖をアルチナへ向けた。


「あははは! 馬鹿の一つ覚えとはこのことね! そんな水鉄砲、何度やっても私には…」


「『アールグレイ=スプラッシュ』」


「って、あつィィィィー!?」


放たれたのは、紅茶の弾丸だった。


錬金術の応用で水の成分を熱々の紅茶に変え、それを弾丸にして放ったのだ。


頭から紅茶をかけられたアルチナは悲鳴を上げて、被っていた三角帽子を投げ捨てた。


「あちちち!? 帽子も、服も熱い! 火傷、火傷するー!?」


パニックになって、紅茶を吸った服を脱ごうとするアルチナ。


服のボタンを外し、履いていたロングスカートも下ろそうとする。


「…コホン」


「!?」


わざとらしい咳が聞こえ、ようやくアルチナは正気に戻った。


半裸状態になった自身を眺め、それからローゼンに視線を向ける。


「あー…」


気まずそうに、曖昧に笑うローゼン。


「…お姉さん、スタイル良いですね?」


ブチッ、とアルチナの頭から何かが切れたような音がした。


「………殺す」


帽子を脱ぎ、紅茶に濡れた金髪で顔を隠したまま、アルチナは呟いた。


乱れた服を戻すこともせず、全力で魔法を発動する。


「あ、あのさ。話し合いで解決とかは…」


「『ディストルツィオーネ』」


恐ろしく低い声で呟くと同時に、アルチナの頭上に巨大な文字盤が出現する。


一つ一つがローゼンの身長以上ある巨大な文字が、質量と重量を持って墜ちてくる。


「うわあああああああ!?」


ⅠからⅫまでの隕石が部屋を蹂躙する。


ティーセットを破壊し、テーブルと椅子を砕き、本棚の残骸を跡形も無く潰す。


「もう怒った! ここで君は殺す! 絶対にこの手で殺すから!」


アルチナが操っているのか、一度墜落した文字もすぐに動き出し、宙を舞う。


部屋中を飛び交う巨大な文字達。


それは最早、嵐に近かった。


「こ、殺される。冗談抜きで、コレは殺される…!」


出来るだけ身を屈めながら、ローゼンは死の恐怖に震えていた。


「って言うか、あの帽子が触媒じゃなかったのか? それとも、触媒の話自体が嘘だったのか?」


いつの間にかアルチナの足下でボロ雑巾のようになっている三角帽子を見て、ローゼンは自分の推測が間違っていたことに気付いた。


あの帽子は、魔法の触媒では無かったのだ。


「そこにいた!」


「ヤバい…!」


アルチナの眼がローゼンを射抜き、慌てて走り出す。


「逃がさない! 私の弾丸は十二発も………」


言いかけて、アルチナの言葉が止まった。


それに合わせ、ローゼンへ向かってきていた文字も空中で動きを止める。


「…何?」


今のは完全に躱せないタイミングだった。


なのに、どうして攻撃の手を止めた?


ローゼンは訝し気な顔でアルチナを見る。


「………」


考えてみれば、少し違和感を感じていた。


最初にローゼンがこの空間に訪れた時、アルチナは何と言った?


部屋にあった斑点模様の壺に触れたローゼンに対し、それに触れるな、と言った。


初めは思い入れのある家具を壊されたくないのかと思ったが、後にアルチナは自分の手で他の家具を破壊している。


壊れた家具も、魔法を使えばすぐに戻せるとも言っている。


つまり、


「………」


今、ローゼンの背後にあるこの壺は、アルチナにとって特別な物だと言うことだ。


ローゼンごと破壊してしまうことを恐れて、攻撃の手を止めてしまう程度には。


「コレが触媒か!」


「んな!? ちょ、ちょっと、それに触るな!」


壺を掴んで持ち上げたローゼンを見て、アルチナの顔が青ざめる。


その表情を見て、ローゼンは確信を得た。


「ま、待ちなさい。話し合いで、話し合いで解決しましょう? ね?」


「………」


「待って待って! やめてお願いだから!? それだけは! それだけはー!?」


もう半泣きになりながら、アルチナは説得を試みる。


あまりにも憐れに見えるその姿を見て、ローゼンはふっと笑みを浮かべた。


「あ、手が滑った」


「ああああああああ!?」


そして、無慈悲にも壺を叩き割ったのだった。

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