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第二十九話


その夜、ローゼンは自室で静かに外を眺めていた。


思うのは、昼間に聞いたペドロの話だ。


ローゼンと同じ才能の無い人間の男でありながら、世界を支配する魔物となった存在。


自身の望むままに生き、野望を叶えた男。


最後は報いを受けたとは言え、その人生は幸福だったのだろうか?


「………」


何となく、ローゼンはアルチナが人間を嫌っている理由が分かったような気がした。


彼女は見ていた筈だ。


魔女喰いと呼ばれた男が魔法を学び、その力を魔女へと振るった姿を。


魔法を教えた相手に裏切られた。


その事実は、後に人間と手を組むことになっても、決してアルチナの中では消えなかったのだろう。


だからきっと、ローゼンがどんなに頼んでも、アルチナが魔法を教えることは無い。


アルチナなら魔力に乏しいローゼンを一流の魔法使いに鍛えることも出来るかも知れないが、それは絶対に有り得ない。


「…は。何をしょぼくれてるんだか」


自嘲気味に笑みを浮かべ、ローゼンは呟く。


自分らしくもないことだ。


魔女喰いと言う先達者がいたから、彼にあやかって『近道』をしようだなんて。


況してや、それが叶わなかったからと言って落ち込むなんて馬鹿らしい。


ローゼンは夢を叶えると決めたのだ。


どれだけ苦難な道だとしても、努力して一流の魔法使いになると決めたのだ。


あの時、自分を救ってくれた父親のように。


「…?」


その時、ドンドン、と戸を叩く音が聞こえた。


「誰だ? クラーメルか?」


首を傾げながらローゼンは戸を開けた。


もう日も落ちてしばらく経つ。


こんな時間に来客だろうか? と訝し気な顔を浮かべるローゼン。


「…あァ…はァ…」


その視界に、腐った肉の塊が映った。


いや、より正確には人の形をした腐肉だ。


青褪めた肉と口から漂う腐臭、腐り落ちた濁った眼。


「………はぁ?」


所謂、ゾンビが部屋の前に立っていた。


「ぐァァァァァァ!」


「う、おおおおおお!?」


いきなり熱烈なハグをしようとしてきたゾンビを身を屈めて躱し、ローゼンは慌てて廊下へ走り出す。


「何あれ! 何あれェ!? クラーメル、お前ちょっと見ない間に変わり果てちゃったのか!?」


パニックに陥りながらローゼンは走り続ける。


大抵のことでは動じないローゼンだが、流石にゾンビの来訪は平静を保てない。


冗談はさておき、アレはクラーメルでは無いだろう。


半ば腐り落ちていたが、顔に見覚えは無かった。


知り合いが突然ゾンビ化した訳では無いようだ。


「ぐァァァァ!」


「ぐォォォォ!」


「…ッ! 一匹だけじゃないのかよ!」


廊下を走るローゼンの前に、更に二匹のゾンビが現れた。


いつからこの魔法学院はホラーハウスになったのか。


ローゼンは懐から青薔薇の杖を取り出し、走りながら向ける。


「『メム』『メム』水よ、弾丸となって撃ち抜け!」


ローゼンの杖から水が生成され、二つの弾丸を作る。


「『スプラッシュ』」


言葉と共に水弾が放たれ、ゾンビ達を吹き飛ばす。


あまりダメージは無いようだが、道は開けた。


「まともに相手をしてられるか。チッ、本当に一体何が起こっているんだ?」


ローゼンは舌打ちをして、そう呟いた。








「…この感覚は」


同じ頃、ロジェも異変を感じ取っていた。


廊下からパニックに陥る生徒の声と、ゾンビ共の呻き声が聞こえる。


「どうやら、誰かが『アレ』を使ったようだな。たっく、まだ未完成だってのに勿体無いことを」


ケットは窓から外を眺めながら、不機嫌そうに呟いた。


ロジェの部屋から失われた物。


それはロジェが落とした訳では無く、誰かに盗み出されていたのだ。


そして、盗人がそれを使った結果、学院は混乱に陥っている。


「………」


「安心しろ、ロジェ。すぐに戸に結界を張った。ゾンビ共が中に入って来ることはねえ」


ケットが部屋の戸を眺めながら言う。


あの程度の魑魅魍魎では、この結界は破れない。


しばらくこの部屋に籠城していれば、朝までには混乱が収まるだろう。


「つー訳で、猫はもう一眠りするよ。ロジェ、お前もさっさと…」


ガチャリ、と戸を開く音が聞こえた。


毛布に包まろうとしていた、ケットは耳を立てる。


「…何しているんだ、お前?」


「私の作った物で、皆が迷惑している。だから」


そう言ってロジェは部屋の外へと出て行く。


「私が、解決しないと…!」


「お、おい、ちょっと待て! ロジェ! ロジェー!」


静止の声を無視して、ロジェはどこかへ走っていった。


「チッ! 引きこもりのくせに意外と速ェ! もういねえじゃねえか!」


慌てて廊下に出たケットだったが、もうロジェの姿はどこにも無い。


「たっく、お前に死なれるとこっちが困るんだよ! もっと自分の価値を自覚しろよ!」


叫びながらケットは嫌そうに走り出した。








「きゃああああああ!?」


夜の中庭をパーシーは悲鳴を上げながら走っていた。


後ろからは五匹ほどのゾンビが荒い息を吐きながら追いかける。


「むむむ、無理ですー!? 私、ああ言うホラーな奴苦手なんです! 誰か助けてー!」


涙を流しながら逃げ続けるパーシー。


勇気を出して戦えば、それなりに戦えるかもしれないが、腐り落ちたグロテスクな顔を直視するだけで思わず気絶しそうになった。


「と言うか、何でみんな私の方に来るんですかー!」


周りにも混乱しながらゾンビと戦っている人々がいるが、五匹も相手にしているのはパーシーだけだ。


それどころか、横をパーシーが走り抜ける度にゾンビの数が増えているような気もする。


「誰かー!?」


「…うるさいわね。夜はもう少し静かにしなさい」


助けを求めるパーシーの前から不機嫌そうな声が響いた。


それに気付いたパーシーが何かを言う前に、魔女はバチバチと帯電する腕をゾンビ達に向ける。


「あなた達もよ。消えなさい」


腕から膨大な魔力が放たれ、ゾンビ達を飲み込む。


ゾンビ達は断末魔を上げる間もなく、光の中に消えていった。


「あ、ありがとうございます…! ありがとうございます!」


「………」


涙を浮かべながら何度も礼を言うパーシーに応えず、アルチナはゾンビが消滅した場所を見つめた。


(…『中身』が無い? 死体を使って作ったゾンビでは無いのかしら)


アルチナは辺りに漂う腐臭に顔を顰めた。


(だとすれば、コレはゾンビと言うより…)

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