第二十八話
「魔女喰いが、人間…」
図書室で本を読み漁りながら、ローゼンは呟く。
アルチナはそれ以上詳しいことは教えてくれなかった。
余程その人物が嫌いなのか、すぐに話を切り上げてどこかへ走り去ってしまった。
なので、こうして本で調べているのだが、目新しい情報は見つからなかった。
「………」
六百年前の魔物の正体が、人間だった。
一般的に女性よりも魔力が劣ると言われる、人間の男だった。
もうとうの昔に死んだ人間だ。
今を生きるローゼンとは何の関係も無い。
「…ふむ」
だが、ローゼンはその人物が気になった。
その男はどうやって魔女すら超える魔力を手に入れたのか。
ただ欲望のままに暴れたと伝わっているが、本人は何を考えて、何を望んでいたのか。
同じ人間の男として、それがどうしても知りたくなった。
「…とは言っても、アルチナは教えてくれなさそうだし」
さて、どうするかと考えていたローゼンの脳裏に一人の男が過ぎる。
先程の授業中、最後に気になることを言っていた教師を。
「…ペドロ先生、か」
「日差し、辛い」
「うるせえ。さっさと見つけるぞ」
強い日差しを眩しそうに見つめるロジェに、ケットは苛立ちながら言う。
髪と同様に真っ白な肌を持つロジェは日光が苦手なのか、肌を何度も撫でている。
「でも、一通りは、回ったよ?」
「…そうだな。誰かに拾われた可能性もある」
周囲に人影が無いことを確認しながら、ケットは小さな声で言った。
考えたくも無いことだった。
ロジェが失くした『アレ』はケットの計画を達成する上で必要な物なのだ。
「…困った、ね。仕方ないから、作り直す?」
「アレを作るのにどれだけ時間が掛かったと思っているんだ。あと少しで完成だったのに…!」
「…作ったのは、私だけどね」
「材料と魔力を集めたのはこの猫だろうが! くっそ」
本当に悔しそうに舌打ちをするケット。
今は普通の猫のふりをする為に四本足だが、今にも立ち上がって地団太を踏みそうな顔だ。
「…ケット」
それを見て、責任を感じたのかロジェは真剣な表情で呟く。
「…何だ?」
ケットもその声に視線を向けた。
何か考えがあるのか、と。
「…頭から煙出ているけど、大丈夫?」
「…………………」
言われてケットは自身の頭に手を当てる。
そこからモクモクと白い煙が噴き出していた。
日光に当たっている部分から、焦げ付くような臭いも漂っている。
「…あああああああァ!? こんな時でもお前はいつも通りだな! チクショウが! そうだよ、日光メチャクチャ熱いよ! さっきから我慢してたんだよ、この野郎!」
「ケットケット、私、野郎じゃない」
「知っているよ、アホが!」
ヘラと言い、メディと言い、ロジェと言い、どうして最近のガキはどいつもこいつもマイペースなのか。
ロジェともそろそろ一年くらいの付き合いだが、いつもいつも振り回されてばかりだ。
「…どちらにせよ、アレは必ず見つけるぞ」
深いため息をついてケットは言う。
「アレはオレの夢ひいてはお前の夢を叶える為にも、必要な物だろうが」
「………」
「それに、万が一別の人間にアレが見つけられたらお前の夢は遠ざかる」
「!」
無表情で話を聞いていたロジェの顔に僅かに悲しみが浮かぶ。
それを見つめながら、ケットは三日月のような笑みを浮かべる。
「心配するな。お前には恩がある。オレはどうしようもない悪人だが、恩を仇で返すことはしねえ。お前の夢は必ずオレが叶えてやるよ」
「…うん。ありがとう」
「まさか、そこまで僕の話に興味を持つ生徒が現れるとは…」
赤の塔にある歴史資料室にて、ペドロは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「感動した。感動しましたよ! ローゼン君、君は何て素晴らしい生徒だろうか!」
「え、ええ…」
「先生達の間でも噂になっていますよ? 君はとても熱心な生徒であると」
座っていた椅子から勢いよく立ち上がりながら、ペドロは言う。
自分の話に興味を持たれたことがそれほど嬉しかったのか、授業中の時よりもハイテンションだ。
あまりの機嫌の良さに少し退きながら、ローゼンは苦笑を浮かべる。
(…ん?)
鼻歌でも歌いそうなほど楽し気にしているペドロを見て、ローゼンは首を傾げた。
そう言えば、授業中は松葉杖をついていたような気がするが、今は持っていない。
腰か足を悪くしているのかと思ったが、元気よく立ち上がった様子から思い違いだったようだ。
「ささ、適当に座ってくれ。今、お茶でも入れましょうか」
「お、お構いなく…」
この歴史資料室、お茶のセットまであるのか。
普段殆ど使われていない場所とは言え、私物化し過ぎではないか。
「さて、それでは君の興味を持っていた魔女喰いの正体だが…」
紅茶をカップに注ぎながら、ペドロは口を開く。
「僕は人間では無いか、と思っている」
「!」
ペドロの推測は、アルチナから告げられた真実を言い当てていた。
驚きに目を見開くローゼンには気付かず、ペドロは話を続ける。
「恐らく、魔女は何度か人間と交流する機会があったのでは無いだろうか?」
「交流?」
「例えば………そうだな。女性しかいない魔女は子孫を残すことが出来ない。故に姿形が似ている人間の男を浚ってきて、その種を授かることで子孫を残していたとしたら?」
資料室にある本を一冊開きながら、ペドロは告げる。
「そして、そうやって浚ってこられた男が魔法に興味を持ち、魔女から魔法を伝授されたとすれば?」
歴史に語られない、最初の魔法使いの誕生だ。
男でありながら、魔女の強力な魔法を使う存在。
その男が野心を抱き、魔女を裏切ったとすれば。
「それが、魔女喰い」
「まあ、今のは僕の推測に過ぎません。ただ、そう考えるとロマンがあるとは思いませんか?」
「…ロマン?」
嬉しそうに告げるペドロに、ローゼンは訝し気な顔を浮かべる。
今の話のどこにロマンを感じる所があったと言うのか。
「ただの男が。何一つ特別でない人間の男が。自分の夢の為に努力した結果、全てを手に入れた。魔法も魔女も世界さえも」
「………」
確かに、そう言う受け取り方も出来る。
魔女喰いは全てを手に入れた。
魔女を超える力を手に入れ、世界さえも一度は支配した。
自分の欲望を叶えたのだ。
「…でも、魔女喰いはその後に」
そう、化物の末路はハッピーエンドでは終わらない。
手を組んだ人間と魔女によって、化物は退治された。
欲望のままに生きた報いを受けたのだ。




