第二十五話
「喋る猫?」
「ああ、そうだ」
メディの一件が片付いた日の夕暮れ。
いつもの食堂にて、ローゼンとアルチナは会話していた。
「あの後、メディに話を聞いてみたんだが………喋る猫に会ったとか」
「…夢でも見ていたんじゃないの?」
「まあ、そう思うのが普通だよな」
喋る猫など、魔法学院であっても眉唾な話だ。
況して、言っているのが幼い少女であるなら嘘か何か勘違いをしているとしか思えない。
(でも、そんな嘘を言うような子には見えないんだよなぁ)
メディは歳の割にはしっかりしている。
そんなすぐバレる嘘はつかないだろうし、何か見間違いをしたとも考えにくい。
「…魔女と言えば、黒猫だろ? 喋る猫を飼ってる魔女の知り合いとかいなかったのか?」
「魔女にどんな幻想を抱いているのよ。言っておくけど、流石の私も喋る猫に会ったことは一度も無いわよ。大体、猫が喋ったら気持ち悪いじゃない」
猫嫌いのアルチナは僅かに身を震わせながら吐き捨てる。
喋る猫や猫の妖精などは童話ではよくある話なのだが、現実には存在しないらしい。
(猫と言えば…)
ふと、ローゼンは以前食堂で見かけた黒猫を思い出した。
最近姿を見ないが、どこへ行ったのだろうか。
「よくよく考えてみたら、アルチナがいることも悪いことばかりじゃない、な」
同じ頃、世にも珍しい喋る猫であるケットは塔の壁をよじ登っていた。
「よいしょ、よいしょっと………この部屋だな」
ほぼ垂直の壁を重力に逆らう様に昇ったケットは一つの部屋の窓に張り付く。
それは、アルチナの部屋の窓だった。
「くらえ、必殺『怪猫殺爪』」
大層な技名の割に、繰り出されたのは単なる右ストレートだ。
魔力を纏った右手は見た目より威力があったのか、部屋の窓を一撃で砕いた。
「ニャーハッハッハー! 成功成功っと。さーて、お宝はどこかねー」
壊れた窓から侵入しながら、ケットは笑みを浮かべる。
「魔力を、魔力を感じるぞ。やはり、作っていたか魔法の壺を」
ケットの狙いは、アルチナの作った魔法の壺だった。
ケットの企む計画には、大量の魔力が必要だ。
その為にケットは様々な魔法使いを唆してきたが、アルチナの壺を利用すれば今までより多くの魔力が手に入るのだ。
そう、あの壺さえ手に入れば計画を次の段階に進めることが出来る筈。
「アルチナの、部屋か………ふむ」
壺を探してキョロキョロと辺りを見回していたケットは何か思いついたように足を止める。
「最近はヘラと言い、メディと言い、守備範囲外のガキの相手ばかりしてきたが…」
ケットの視線が部屋の置かれたタンスへ向けられた。
どう見ても猫であるケットの顔に、人間臭い好色な表情が浮かぶ。
「前に集めてたブツはロジェに捨てられたし、ここらで一つ別のお宝を盗んでいくのも一興だにゃー」
ニヤついた表情でそう呟くケット。
見た目は可愛らしい猫でも、中身はスケベ親父と何も変わらなかった。
「そう言えば、また新しい壺を作ったのよ」
「…今度はいつ割れるんだ?」
「割れないわよ! 失礼ね!」
夕食のパスタを食べながら、アルチナは憤慨したように叫ぶ。
ミートソースの付いたフォークをローゼンに向けて、不敵な表情を浮かべた。
「今回はとっておきの秘策があるのよ。もう誰も私の壺に手を出すことは出来ないわ!」
「秘策?」
「ええ。私は考えました。部屋に鍵を掛けていても盗まれたり、壊されたりするのなら…」
(あれ、何かデジャヴ)
妙な既視感を感じながらも、ローゼンは無言で自慢げなアルチナの秘策を聞く。
それに気分を良くしながら、アルチナは自身の策を語った。
「侵入者用の罠を仕掛ければ良いじゃない、と」
瞬間、ボガン!と大きな爆発音が学院中に響き渡った。
『に゛ゃあああああああああ…』
遅れて、何故か猫が潰れたような断末魔も聞こえた。
塔の一室からモクモクと黒い煙が上がっている。
「掛かった! ほら! ほら、見なさいローゼン! 私の作戦勝ちよ! 仕掛けた罠のお陰で、私の壺は今度こそ守られたわ!」
相当嬉しいのか、今まで見たこと無いくらいハイテンションでアルチナはバシバシとローゼンの肩を叩いて笑みを浮かべている。
それに何とも言い難い表情を浮かべるローゼン。
「あ、あー…言い辛いんだが、あの、アルチナさん?」
「何よ? 言いたいことは、はっきり言いなさい」
「いや、何と言うか………アレだけ威力の高い罠が爆発したら、アンタの壺もただでは済まないんじゃ…」
「…………………あ」
ピタリ、とアルチナの動きが止まった。
テンションがみるみるうちに急降下し、顔が赤く染まる。
「アンタって、もしかして結構馬鹿なのか?」
「う、うるさい! だって仕方ないでしょ! アレでも罠に込める魔力は最小限にして、爆発の威力を弱めていたんだから!」
「要するに、魔力が強すぎて手加減が下手くそだと」
「ぐ、ぬぬぬ…!」
言い返す言葉が思いつかず、アルチナは唸る。
顔を赤らめたまま、悔しそうに地団太を踏んでいた。
「痛ぇ、痛ぇよぉ…チクショウ…」
爆発から辛うじて生き残ったケットは涙を流しながら窓を叩く。
頭から煙を噴きながら、何とかロジェの自室まで帰ってきたのだ。
「あ、お帰り………どうしたの?」
ボロボロになったケットの姿に部屋で本を読んでいたロジェは首を傾げる。
「オレが何したって言うんだよぉ…悪いことなんて………結構したな」
己の身を振り返って、ふとケットは真顔になる。
かなり自分勝手な性格だが、自分が悪人である自覚はあるようだ。
とは言え、自覚があるのと改心するのは話が別だ。
気を取り直して、ケットは不思議そうにしているロジェへ顔を向ける。
「ロジェ。壺はもう駄目だ。罠が仕掛けられていた」
「罠?」
「巧妙な罠だった。まさかこの猫が下着を盗み出そうとする所まで読んでいたとは…! 侮れねえな」
真剣な表情で見当外れのことを言うケット。
ケットは罠がタンスの方に仕掛けられていたと思い込んでいるが、実際はアルチナの張った罠の感知能力が高すぎてどこに触れても爆発するようになっていただけだ。
その威力も殺傷能力が非常に高く、見た目より頑丈なケットでなければ死んでいた程だ。
「下着? まさかとは思うけど…また、人様の下着に」
「待て。話し合おうじゃないか、ロジェ。今回はまだ未遂だ」
ロジェの非難するような視線を受けて、ケットは慌てて弁解をする。
「それに罰ならもう十分に受けたと思うぞ。見ろ、自慢の毛並みが焦げ焦げじゃねえか」
未だプスプスと煙を噴く毛を見せながら、ケットは言う。
「ケット。飼い主として言っておくけど、人様に迷惑をかけたら、駄目だよ…?」
「ペット扱いが非常に気に食わないが………まあ、承知したと言っておく」
「………」
ロジェは無言で自分のタンスを見つめ、それからケットへ目を向けた。
「…あのさ、ケット」
「何だ?」
「…どうしても、下着が欲しいなら、私のなら、いいよ?」
小首を傾げながらロジェはそんなとんでもないことを口走る。
恐らく、ケットのことをよく喋るペットくらいにしか思っていないからだろう。
それに、そもそもロジェは羞恥心がやや欠けているのかも知れない。
そんな告白を受けたケットは目をパチパチさせてから、フッと息を吐いた。
「生憎だが、十五歳の子供なんて守備範囲外だなぁ」
やれやれとジェスチャーをしながら、ケットは言う。
「それに胸も尻も足りないにゃー。そう言うことは、もっと色々と成長してから言えっての」
「………」
ぴくっとロジェの身体が小さく震えた。
歳の割には控えめな胸に手を当て、それからケットに冷たい視線を向ける。
「…ケット。ご飯抜き」
「何故ー!?」
「今日も明日も明後日も、ずっと抜き」
「流石に死ぬにゃー!?」




