第二十三話
「………」
パキパキと氷が割れるような音を発てて、メディの身体が結晶化していく。
暴れ狂う魔力が放出され、メディの身体が赤い光に包まれる。
足下からゆっくりと進んでいく侵食。
メディはそれを怯えた目で見つめていた。
顔に苦痛の色は無い。
痛みは無く、ただ自身の身体が作り替わっていく恐怖だけがあった。
「嘘。病気の進行が、こんなに早いなんて…!」
青褪めた顔でパーシーが口に手を当てる。
本来、魔力硬化症は進行が緩やかだ。
メディ自身も病気に罹ってから、歩けなくなるまで数年の猶予があった程だ。
だが、コレは早い。早すぎる。
「…ッ」
このままでは、数時間と持たずに全身が結晶化して死亡する。
(親父の薬なら進行を抑えられるか…!)
もう一度、学院長に魔力弛緩剤を用意して貰えば病気は治る。
暴走している魔力を安定させ、制御できる程度まで抑えることが出来れば…
「あ…ああ…」
「くっ…!」
(…駄目だ! 時間が足りない! 親父が薬を作るまで一体どれだけ時間が掛かる! この子はどれだけの間生きていられる!)
どう考えても間に合わない。
天才的錬金術師である学院長に知らせれば、必ず特効薬を作れるだろうが、時間が足りない。
せめて、もう少しだけ病気の進行を遅らせることが出来れば…
(…病気の進行…遅らせる…)
そこまで考えて、ローゼンはハッとなった。
一人だけいる。
病気の進行を遅らせることが出来る者が。
時間を操ることが出来る女が。
「確か、アイツの部屋は…!」
記憶を辿りながらローゼンは走り出す。
メディをパーシーに任せ、屋上の階段を転がるように降りる。
「うわ…!?」
「ッ!」
その時、丁度階段を上ろうとしていた者とローゼンはぶつかりそうになり、慌てて足を止めた。
すぐに避けて走り出そうとしたが、相手の顔を見て口を開いた。
「アルチナ!」
「そんなに急いでどうしたのよ? 何か屋上が騒がしいけど?」
「アンタを探していたんだよ!」
アルチナを手を掴み、ローゼンは早口で言葉を続ける。
「アンタの魔法が必要なんだ! 力を貸してくれ!」
目を丸くしながら話を聞いていたアルチナは、ローゼンの言葉に眉を顰めた。
何やら、急に機嫌を悪くしたようにローゼンを睨む。
「私に、力を貸せと? 人間が?」
何故か、かつてないほど不機嫌そうな顔でアルチナは言う。
思えば、ローゼンがアルチナに何か頼みごとをするのは初めてだった。
人間に魔法を求められる。
その事実が、アルチナの地雷に触れたようだ。
「無理よ。私は人間の為に魔法は使わないと決めているし、そもそも肝心の壺が…」
「…頼む。パーシーの妹の命が掛かっているんだ」
「命…?」
ローゼンの言葉に、少しだけ表情を変えるアルチナ。
「アンタが何か人間に恨みを抱いているのは知っている。だけど、頼む。俺に出来ることがあれば、何だってする。だから!」
見たこと無いくらい必死に頭を下げるローゼンの姿にアルチナは首を傾げる。
「…その女の子は、君にとって何か大事な人なの?」
「…出会ったのは今日が初めてだ。だが、重病で苦しんでいた奴が、やっと元気になったんだ。これから自由に生きていける筈なんだ!………俺はそれを見捨てることは出来ない」
「………ふーん」
ジロジロとローゼンの顔を見つめながらアルチナは呟く。
興味深そうにしばらくそうした後、小さく息を吐いた。
「杖」
「…え?」
「杖! あの悪趣味な薔薇の杖よ! 持っているでしょ?」
「あ、ああ…」
「ん」
ローゼンから青薔薇の杖を受け取ると、それを軽く振りながらアルチナは階段を上っていく。
呆けた顔でそれを見ていたローゼンは、慌てて追いかけた。
「なるほど。こういう風に作ってあるのね。魔力を流し込めば、私でも使えるかしら?」
「力を貸してくれるんだな? ありがとう! それで、アンタには病気の進行を…」
「でも、この強度では一回が限界ね。まあ、一回で十分か」
後ろから話しかけるローゼンの声は無視して、アルチナは屋上の扉を開く。
キョロキョロと辺りを見回し、結晶化に怯えるメディと真っ青な顔でそれを見守るパーシーを見つける。
そして、ゆっくりと青薔薇の杖をメディへと向けた。
「お、おい。話を聞いていたか? アンタには病気の進行を遅らせて…」
「聞いていたけど、一々そんなことをするのも面倒臭いでしょう?」
そう言って、アルチナは青薔薇の杖を軽く振った。
「『リパラーレ』」
呪文と共に杖から明るい黄緑色の光が放たれ、それがメディに触れる。
瞬間、メディの結晶化が停止した。
「…な」
それどころか、既に結晶となっていた足が元の姿へ戻っていく。
まるで割れた壺が独りでに元の形に戻るように、時間が巻き戻る。
「この私がその程度のことも一度に出来ないとでも? 魔女なめんな」
ほんの十秒ほどで、メディの身体は完全に元に戻っていた。
赤い光が消えた所を見るに、魔力の暴走も止まったようだ。
正しく、魔法と呼ぶに相応しい力だった。
「杖の方は、やっぱり持たなかったみたいね」
ボロボロになった青薔薇の杖を捨てながら、アルチナは言った。
魔女の魔力を通したせいか、もう使い物になりそうにはなかった。
「良かった! 良かったよぉ…!」
パーシーがメディを抱き締めて泣きじゃくる。
メディは少し苦しそうにしながらも、嬉しそうに笑っていた。
それを見て、ローゼンもようやく安堵の息を吐く。
改めてお礼を言おうとアルチナの方を向くと、満面の笑みを浮かべたアルチナと目が合った。
「さっき、何だってする、と言ったわよね?」
「…お、おう」
凄みのある笑顔のアルチナに言われ、ローゼンは少し怯えながら頷く。
「よし。今日から君は私の奴隷ね。私には絶対服従だから」
サディスティックに笑いながら、アルチナはそう宣言した。
ローゼンはやや困惑したように頬を掻く。
「…具体的には、何をすればいいんだ?」
「そうね。私の壺作りでも手伝って貰おうかしら」
「別に構わないが………それだけで良いのか?」
どんな命令かと思えばその程度か、とローゼンは安堵する。
壺を何度か割った負い目もあるので、それくらいなら前から手伝っても良かったのだが。
「うぐっ。そ、そうね…お昼の紅茶も準備すること。当然、毎日よ」
ローゼンの反応を見て、アルチナは慌てて追加する。
「まあ、それも別に構わないが」
「ぐ、ぬぬ。もっと悔しそうにしなさいよ! 魔女なんかに奴隷扱いされるのよ? 屈辱でしょ!」
ローゼンの悔しがる顔が見たかったのか、アルチナが叫ぶ。
どんな要求にも平然と返すローゼンの態度が癇に障ったのだ。
「それくらいなら、別に何とも」
心底不思議そうにしながらローゼンは呟く。
「アンタは俺の尊敬する魔女様だしな。今も珍しい魔法を見せて貰ったし、使用人の真似事をするくらい、何でも無いって」
「…尊、敬? 魔女を?………君、気は確か?」
「そんなに可笑しなこと言ったか? 俺は魔法が使える者を皆、尊敬している。だって凄いじゃないか! 種も仕掛けも無く、童話の中の世界を再現できるんだぞ?」
キラキラとした目でローゼンは本心を語った。
手品を見ていた時のメディよりも無邪気な表情。
自分より優れた者を素直に認め、褒め称えることが出来る。
それは時が経つ程に、難しいことだと言うのに。
「人は自分の理解を超えた者を排斥しようとする生き物じゃなかったの?」
「そんな考え、時代遅れさ。アンタは凄い魔法を使って、子供を救った。それのどこが悪い?」
「………」
アルチナの視線が、メディとパーシーへ向けられる。
未だパーシーに抱き締められているメディは、アルチナを見て笑みを浮かべた。
「取り合えず、親父達に連絡するか。一応、メディを医務室で診て貰った方が良いだろうし」
ローゼンはそう呟きながら屋上の扉へ向かう。
それを見送りながら、アルチナは思い出していた。
かつて、彼女が出会った人間を。
(…彼らは、あの『男』とは違う。同じ人間であっても、違う)
アルチナの中で何かが変わり始めていた。
「アレは…時の魔法か?」
ひそかに隣の塔から様子を見ていたケットはそう呟いた。
「間違いねえ、本物のアルチナだ。たっく、他人の空似であって欲しかったぜ」
本気で嫌そうに吐き捨てるケット。
「アイツにオレの正体がバレたら………まあ、死ぬだろうな。オレ」
冷や汗を流しながら、ブルっと身体を震わせた。
流石に、アレを敵に回して生きていられるとは思えない。
少なくとも、今の状態では…
「…計画を早めるか。アイツに気付かれるのが先か、オレが目的を達するのが先か」
ケットはニヤリと三日月のように口を吊り上げた。




