第二十二話
「猫…」
(…ヤベェ)
フードの取れた素顔を見つめるメディに、ケットは冷や汗を流す。
ケットの素顔は、パーシーやヘラにも隠していた秘密だ。
二本足で立ち、人間の言葉を発する猫。
魔法は一般的となった現在に於いても、珍しい生物。
その存在が広まれば、面倒なことになる。
今はまだ、目立つ訳にはいかないのだ。
(いや、待て。まだ、大丈夫だ)
幸い、素顔を見られた相手はガキ一人。
大人に話した所で、相手にされるとは思えない。
「猫、猫だ。本当に、ケット・シーだ…!」
(…おや?)
メディは何やら妖精を見た子供のように目を輝かせていた。
先程までの警戒心は無く、今は純粋な笑みを浮かべている。
それを見て、ケットもまたひそかにほくそ笑む。
(にひひひ…所詮はガキか。これなら…)
「捕まえた!」
その時、黒い笑みを浮かべるケットにメディが正面から抱き着いた。
身長差故に、すっぽりとメディの腕の中に納まるケット。
「おいおい、いきなりハグとは最近のガキは進んでい……熱ッ!」
「…?」
「あちちちちち!? な、何だぁ!? 身体が熱いぞ!?」
メディに抱き締められたケットが悲鳴を上げる。
何故か、メディの触れている部分から黒い煙のような物が立ち上り、ケットの身体が焦げていた。
「は、離せ離せ離せェェェ!? 熱いってんだろ!? お前は何つーか、清いんだよ!? その清い手でこの猫に触れるんじゃねえ!?」
本気でジタバタと暴れ、ケットは何とかメディの抱擁から抜け出す。
ブスブスと未だ煙を上げながら、ケットは慌ててメディから距離を取る。
「怪我しているの? 待ってて今、治癒術を使うから…」
「ひ、治癒術だと…! チッ、そう言うことか!」
納得がいった、と言いたげにケットは吐き捨てる。
治療しようと手を向けたメディを見て、更に一歩後退る。
どう言う訳か、その眼には僅かに恐怖があった。
「………………」
無言でケットはスッとその手をメディへ向ける。
「『異端認定』汝は罪人。カヴンの魔女也」
パァァとケットの手から放たれた赤い光が、メディの顔に触れた。
光が収まった時、メディの頬にはダイヤマークのタトゥーシールが貼られていた。
「…何?」
自分では見えないのか、不思議そうに頬を撫でながらメディは呟く。
「プレゼント、だ。それで手打ちとしてくれや」
一歩的にそう言うと、ケットは逃げるように屋上から飛び降りた。
「…猫」
それを見て残念そうにメディは呟く。
しかし、すぐに気を取り直して頭を振る。
こんなことをしている場合じゃない。
メディには姉を探すと言う使命があるのだ。
「あ、いたぞ!」
その時、またしてもメディを止める声が聞こえた。
今度は誰だろうと、メディはややうんざりしながら視線を向ける。
「メディ!」
「え。お姉、ちゃん?」
そこにいたのはローゼンと、最愛の姉だった。
「良かった。やっと見つけ…」
「お姉ちゃん無事なの!? 身体は!? 身体はまだ清いまま!?」
パーシーの声を遮り、メディは大声でそんなことを叫ぶ。
「か、身体? メディ、何を言って…」
「あの男に人には言えないようなことされたんじゃないの!?」
「メディ、そんな言葉どこで知ったの!? と、とにかくあまり大声で変なことを言わな…」
「お姉ちゃんはちょっと褒められたらコロッと行っちゃうくらい簡単な女なんだから、気を付けないと駄目だっていつも言っているじゃん!」
「わ、私、そんなに簡単、なのかな…」
心配している筈なのに、メディの言葉の刃がパーシーをズタボロにしていく。
悪意無く続けられるメディの毒舌にパーシーは涙目になる。
幼さとは、時に罪だ。
「はいはい、ストップストップ。それ以上、お姉ちゃんをイジメないであげてねー」
見かねたローゼンはパンパンと手を叩いてメディを止める。
「…お姉ちゃん、誰? この変な格好の人は」
「ローゼンだよ。君のお名前は何かな?」
「………メディ」
警戒心を含んだ目で睨みながら、メディは自分の名前を告げる。
「メディちゃんか。良い名前だな。ところで、メディちゃんは何色が好きかな?」
「…ちゃん付けで呼ばないでよ。色は…赤、かな?」
「そうか」
笑みを浮かべながらローゼンは右手で握り拳を作る。
それをメディに向けてから、ゆっくりと開いた。
「それなら、この赤の薔薇をプレゼントだ」
ポン、と軽い音を発ててローゼンの右手から赤の薔薇が飛び出した。
「え。い、今のどうやったの!?」
「見逃したかな? なら、もう一度やるぞ?」
今度はローゼンの左手で握り拳を作り、再びゆっくりと開く。
もう一度、ポンと音を発てて赤い薔薇が出現した。
「もう一回! もう一回やって!」
「わははは! 何度でもやってやるとも。ほれほれ!」
ローゼンは拳を開く度に、次々と薔薇が飛び出し、屋上の床に散らばっていく。
その度にメディは目を輝かせて、興奮の声を上げた。
「…何か、私よりも妹に懐かれてますね」
それを見て少し拗ねたようにパーシーが呟いた。
「子供ってのは強力な魔法よりも、シンプルな手品の方を好む物さ」
薔薇をメディの髪につけてやりながら、ローゼンは楽しそうな笑みを浮かべた。
ヘラとすぐに打ち解けたことと言い、子供の相手は慣れているのかも知れない。
「手品師さん! もっと手品見せて!」
「俺は手品師じゃなくて、魔法使いなんだがなぁ………うん?」
苦笑を浮かべつつ、メディの頭を薔薇塗れにしていたローゼンは首を傾げた。
視線の先には、メディの頬に貼られたタトゥーシールがある。
「コレ、確か…」
形は違うが、それはヘラの頬に貼られたタトゥーシールと似ていた。
最近、子供の間で流行っているのだろうか?
不思議そうにローゼンはそれに触れる。
その時だった。
「ッ!」
バチン、と音を発ててローゼンの身体が弾かれた。
驚くローゼンとパーシーの前で、メディの身体が赤い光を放つ。
「え…あ…何、コレ…?」
メディは困惑と恐怖が混じった声を上げる。
赤い光。
それはメディの身体から溢れた魔力だった。
理由は不明だが、メディの魔力が暴走している。
(魔力の増幅…?)
そこで、ローゼンは思い至る。
学院長は言っていた、ヘラは最近になって魔力が急激に増幅していると。
それと何か関係が…
「あ、ああ…」
「なっ…!」
メディの声を聞いて意識を戻したローゼンは絶句した。
光に包まれるメディの身体。
その足が、赤く輝く結晶へと変貌していた。
「…魔力硬化症」
ローゼンの隣でパーシーが呟く。
そう、メディは元々その病気だった。
学院長の薬によって安定していたが、魔力が増幅したことで再発してしまったのだ。
「くそっ…!」
ローゼンは思わず舌打ちをした。
どうすればいい。
どうすれば、メディを助けられるんだ。
「『魔女の印』は上手く起動したようだな」
赤い光に包まれる屋上を下から眺めながら、ケットは呟く。
全て思い通り、計画通りであると悪辣な笑みを浮かべた。
「じゃあな、クソガキ。この『オレ』の夢の為だ。悪く思わないでくれよ」




