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第二十一話


「…何か、中庭が騒がしいな」


遅めの昼食を終え、食後の散歩に出かけていたローゼンは首を傾げる。


騒ぎの中心には、ローゼンの見知った人影があった。


「………」


「げ、元気出してクラ先輩! ね? ヘラは先輩がロリコンでも気にしないからー!」


「うわあああああああァァー!?」


「く、クラ先輩ー!? お気を確かにー!?」


ナチュラルに追い打ちをされたクラーメルが絶叫する。


十歳の少女にロリコン扱いされた事実が、クラーメルのメンタルを壊したようだ。


地面に蹲るクラーメルの背中を撫でながら、ヘラはオロオロとしている。


「おいおい、一体何があったんだ?」


「あ! ロゼ先輩、大変だよー! クラ先輩が年下の女の子にイジメられたんだよー!」


グサッとクラーメルのハートにヘラの言葉が突き刺さる。


ぷるぷると小刻みに震えるクラーメルには気付かず、ヘラは必死に状況を説明した。


「何か、メディとか言う見慣れない女の子が来てねー! そしたら先輩がこんな感じに…!」


「メディ? その子は今、どこに?」


「分からない。お姉ちゃんを探す、とか言ってどっか行ったんだよー…」


「…?」








「うーん。お姉ちゃんはどこだろう? 早く助け出さないと…」


キョロキョロと辺りを見回しながら、メディは一人校舎の中を歩く。


度々すれ違った生徒達が皆、首を傾げているが、あまりに堂々としている為か、声を掛けられることは一度も無かった。


ヘラと言う天才少女が現れたことでメディくらいの歳の生徒もいるのでは、と思ったのかも知れない。


知らない場所に一人でいると言うのに、少しも不安を感じることなく進んでいくメディ。


「はーい。そこの君、ストップじゃ」


ズンズンと前へ進むメディの前に、学院長は音も無く現れた。


「いかんな。勝手に学院内に入ってきては」


「………」


「君の目的は分かっておるよ。お姉さんに会いに来たんじゃろう?」


学院長は人の良さそうな笑みを浮かべて告げる。


以前、薬を届ける時に学院長はメディと出会っている。


言葉を交わした訳では無かったが、自他共に認める子供好きである学院長が一度会った子供の顔を忘れる筈が無い。


「………」


「そんなに怯えんでも、別に怒ってはいない。すぐにお姉さんを呼ぼう。それまで、儂の部屋でお菓子でも食べないかのう?」


何も語らないメディが、怒られることを恐れていると思い、学院長はそう告げた。


勝手に学院に侵入したのは悪いことだが、姉を想う幼い子供のしたことだ。


それを微笑ましく思い、学院長は普段より穏やかな笑みを浮かべる。


「で、出たな! 人攫いめ!」


「………おや?」


目を吊り上げて叫ぶメディに、学院長は固まった。


「お姉ちゃんを返せ! この極悪人!」


「ま、待ちなさい。どうやら誤解があるようじゃな。まずは落ち着いてお菓子でも…」


「お姉ちゃんはともかく、私はそんな物に釣られたりしないから! わ、私に近付かないで!」


「がーん!?」


伸ばした手を叩き落とされ、学院長はショックを受ける。


子供にここまで嫌われたのは、生まれて初めてだ。


子供に甘く、同時に子供に弱い学院長は、致死級の魔法を受けたかのようによろめく。


「何でもお金で解決できると思わないでよね!」


「うぐッ…! そ、そんなことは考えて、ないよ…」


痛い所を突かれて、学院長は呻く。


違うのだ。


確かに、何でもお金で解決しようとする傾向にあるかも知れないが、それはその方法が一番穏便で手っ取り早いからであって。


「よく見たら人でも殺していそうな顔しているし! きっと、お姉ちゃんに言葉に出来ないようなことをしようとしているんでしょ!? そうはさせないぞー!」


「!?」


ポキッと学院長の心が折れる音が聞こえた。


人でも、殺してそうな顔。


強面の自覚はあった。


だからこそ、子供が怯えないように笑顔を心掛けていたのだ。


それなのに、それなのに…


「……………」


ズーン、と影を背負った学院長はその場に崩れ落ちた。


百年に一人の天才魔法使いが、幼女に敗北した瞬間だった。








「儂は、やはり顔が怖いのだろうか? でも、人でも殺してそう…人でも殺してそうって…」


「今度はアンタか。親父」


地面に膝をついて凹んでいる父親の姿を見つけ、ローゼンは呆れたように息を吐く。


クラーメルに続き、撃墜二人目。


噂のパワフル少女は相当な実力者らしい。


主にその毒舌の切れ味が。


「ああ、学院長先生。ごめんなさい、ウチの妹が」


「気にするな。普段からウザいテンションだから、丁度良いくらいだ」


ぺこぺこと頭を下げるパーシーに、ローゼンは苦笑を浮かべる。


以前、見舞い品の話をした時にパーシーから妹の名前は聞いていた。


ヘラからメディと言う名前を聞いてピンときたローゼンは、パーシーを連れてきていたのだ。


彼女の目的が姉を見つけることなら、パーシーと行動していればすぐに会えるだろうと。


「ところで、アンタの妹は、学院までどうやって来たんだろうな?」


「…多分、走って来たんだと思います。私の実家から学院までは四時間くらい掛かりますが」


「え。病み上がりにしては元気過ぎないか?」


ついこの間までベッドで寝たきりだったのだから、体力も落ちているだろう。


そうでは無くても、片道四時間の距離を走ってくるなど、十歳の少女にはハード過ぎる。


「魔力硬化症は、高い魔力を持て余した子供が掛かる病だと言うのは知っていますか?」


「そう言えば、そうだったな」


「あの子は幼いながらも私よりもずっと高い魔力を秘めているのですよ」


「ほう、神童ってやつか。凄いな」


「でも、幼いあの子は魔法を上手く使うことが出来ず、扱えるのはシンプルな『治癒術ヒール』だけ」


治癒術とは、誰でも扱えるほど簡単な魔法分野。


シンプルであるが故に、様々な応用が利く魔法。


傷を癒すと言う基本的な物から、呪いを解く、悪霊の類を祓う、体力を回復させる。


「あの子は『治癒術師ヒーラー』なんです」








「んー。ここがてっぺんかー」


塔の屋上まで上ったメディは下を見下ろしながら、満足げに呟く。


不思議な達成感に笑みを浮かべ、すぐにハッと顔を戻す。


「い、いけない、いけない! お姉ちゃんを早く見つけないと!」


気を取り直し、メディは他の塔を見つめる。


メディはいるのは、青の塔。


この塔の中は全て調べたつもりだが、学院にはまだ三つの塔がある。


「次は…赤にしようかな」


少し迷った後、自分の服を見てそう決めるメディ。


姉同様に、この妹も赤色が好きなのだ。


「ここは本来、立ち入り禁止なんだがなぁ」


意気揚々と階段を降りようとしていたメディの前に再び邪魔者が現れた。


黒い猫耳フードで顔を隠したメディよりも低い背丈の男。


「にひひ…最初は目を疑ったな。その歳でそれ程の魔力を秘めているとは」


「誰?」


「ケット・シー、とでも呼んでくれ。猫の妖精さんだよ」


メディに合わせて比較的穏やかな声を出しているが、口元に浮かぶ三日月は変わらない。


思わずメディの眼に警戒が宿った。


「絵本で読んだケット・シーはもっと可愛かった…」


「そうか? 幻想を壊して悪かったな。だが、この猫を表す言葉が他に見つからなくてな」


ガッカリしたように呟くメディに、ケットは皮肉気な笑みを浮かべる。


「それはそうと、お前は自分の力に満足しているか?」


「何?」


「もっとやりたいことや、欲しい物………叶えたい『夢』は無いか?」


ニヤリと笑いながら、ケットは告げる。


「………無い!」


「え」


「それじゃ! 私、今急いでいるから!」


話は終わったとばかりにメディはケットの横を通り抜ける。


「ちょ、ちょっと待て! 待てこら!」


慌てて道を塞いで阻止するケット。


断られてはこっちが困るのだ。


「コホン。本当に夢は無いのか? 本当に? お前のその身体を健康にしたい、と言う夢も?」


「私はもう健康だよ?」


「本当にそう思っているのか? 今までお前を苦しめていた病が、あんな薬一本で完治したと?」


不安を煽るようにケットは囁く。


少しでも不安を抱けば、こっちの物だ。


「…それは今度、お医者さんに聞いてみるよ! それじゃ、私急いでいるから!」


「んな!?」


ギョッとケットは顔色を変える。


(この妹、姉よりも手強いぞ!?)


偽の薬を見せただけであっさりと騙されたパーシーと同じ血が流れているとは思えない厄介さだ。


動揺している隙をついて、メディは早足で屋上を出ようとする。


ケットが急いでその肩を掴もうと手を伸ばした瞬間、強い風が吹いた。


「「あ」」


両者の口から同じ声が上がった。


風に煽られて、フードが取れ、ケットの素顔が明らかになったのだ。


猫の姿をした、その素顔が。

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