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第二十話


あるところに、二匹の子牛がいました。


うっかり者だけど優しい姉と、しっかり者だけど口下手な妹。


姉妹はとても仲が良く、幼い妹は優しい姉のことが大好きでした。


ある日、妹は病気に罹ってしまいました。


薬を飲んでも、お医者さんに診てもらっても、少しも良くなりません。


両親が困り果てていると、そこへ旅の商人が訪れました。


その商人が持ってきた薬を飲むと、妹の病気はすぐに治りました。


喜んだ妹は治ったことを伝えようと姉を探しますが、何故か見つかりません。


両親に聞くと、両親は悲し気な顔でこう言いました。


『お姉ちゃんは商人さんに連れていかれたよ』


妹は薬が大好きな姉と交換して手に入ったことを知りました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……………」


少女は、絵本の挿絵を見つめながら固まっていた。


年齢は十歳くらいだろうか。


ボーイッシュな短髪に、気の強そうな表情、無邪気そうな八重歯が特徴だ。


服は赤を基調としたワンピースを着ているが、所々に修繕した後があり、そこだけ色が違う。


「こ、こ、これだ…」


少女は絵本の最後のページである姉の子牛が商人に連れていかれるシーンを震える指で差す。


少女の名は、メディ。


最近まで魔力硬化症、と言う奇病を患っていたパーシーの妹である。


病気になってからはずっとベッドの上で寝たきりとなっていたが、つい数日前の突然現れた男が持ってきた薬を飲むと、すぐに完治した。


両親は心から喜んでいたが、姉と違ってしっかり者で用心深いメディは不審に思っていた。


何故、これほど高価な薬を初対面の相手に譲ることが出来るのか、と。


姉の学院の先生だから、と本人は言っていたが、どこまで本当なのか、と。


「お、お姉ちゃんは売られちゃったんだ…!?」


連れていかれる姉の子牛と自分の姉が重なる。


こうしてはいられない。


早く、姉を助けに行かなくてはならない。


幸い、身体は完全に健康であり、むしろ以前よりも調子が良いくらいだった。


「待っててね、お姉ちゃん…!」


そう言って、メディは家を飛び出した。








「マズイ…」


カーテンを閉め切った日の差し込まない部屋。


黒い猫耳フードを被った男は用意された食事を口に運びながら呟いた。


視線は落ち着きなく揺れ、頬には冷や汗が浮かんでいる。


「…? 今日のご飯は美味しくなかった?」


それを聞いた部屋の主である、少女は首を傾げる。


腰まで伸びる銀に近い白い髪と紅い目を持つ、どこかウサギを思わせる少女。


やや表情に乏しい顔に疑問を浮かべている。


「いや、そっちじゃねえ。飯はいつも通りだよ、ロジェ」


妙に明るい色をしたシチューを口に運びながら、黒いフードの男は答える。


美味しいとも、不味いとも言わず、いつも通りと答えた所に男の気遣いを感じた。


この少女の作る料理が奇天烈な味がするのはいつも通りのことなのだ。


「マズイのは、アイツだ。何でアイツがここにいる? もう六百年も経ったのに、何故生きてやがる」


「…アイツ? ケット、誰のこと?」


ロジェ、と呼ばれた少女はますます不思議そうにしながら尋ねる。


そんなロジェの言葉は無視して、黒いフードの男『ケット』はブツブツと独り言を呟いている。


「どうする計画を変更するか? もっと別の…」


「ケット…?」


「………いや」


しばらく黙った後、ケットは被っていたフードを取った。


そこから現れるのは、黒い猫の素顔。


愛嬌のある猫の口元が、三日月のように吊り上がる。


「に、ひひひ……ニャーハッハッハー! 何かに怯えて自重するなんて猫らしくねえ! 猫は自由気ままに思うがままに生きるもんだ!」


「…元気に、なった?」


「おうよ! 多少の想定外があろうと計画は何も変わらねえ! ロジェ! お前の夢は、この猫が必ず叶えてやるぜ! ニャーハッハー!」


ケットは人間のようにケラケラと笑う。


それは、二本足で立ち、人語を話す不思議な猫。


猫妖精ケット・シーだった。







「クラ先輩ー! 喉、渇いてない?」


同じ頃、昼食を終えたばかりのクラーメルとヘラは中庭に来ていた。


「うん? まあ、渇いているかな」


「それなら、こちらをどうぞー!」


そう言って笑顔でヘラが差し出したのは、オレンジ色の液体が入った瓶だった。


「本当はお弁当とか作りたかったんだけど…ヘラ、料理とか全然出来ないから、代わりに」


ヘラが蓋を取ると、甘いフルーティーな匂いが漂う。


「じゃじゃーん! ヘラ特製、ミックスジュースでーす! ジュース作りだけは、ヘラ得意なんだよ!」


自慢げに胸を張りながらヘラは言う。


普段からヘラがフルーツのような甘い匂いを漂わせているのは、よくこのジュースを飲んでいるからかも知れない。


「あ、ありがとう」


鼻歌混じりにグラスにジュースを注ぐヘラを見て、クラーメルは苦笑いを浮かべる。


別に甘い物が苦手と言う訳でも、ヘラの好意が迷惑と言う訳でも無い。


無いが、目立つ中庭のベンチで仲良くジュースを飲むのは周囲の視線が痛い。


加えて、クラーメルは勘違いとは言え、罪悪感すら感じていた。


「その内、料理も勉強して覚えるからねー! その時はちゃんと食べてね!」


「あ、ああ…」


未だ十二歳の少女にちやほやされる十八歳。


周囲の犯罪者を見るような視線がキツイ。


「ちょ、ちょっと僕はトイレに行ってくるよ」


「ヘラもついて行くよー?」


「いや、男子トイレにまで付いてこないでくれ、頼むから」


逃げるように席を立つクラーメル。


すると、近くの木陰から声が聞こえた。


「アイツ、ヘラちゃんを置いてどこかへ行くつもりみたいですよ…!」


「何ですって! ヘラちゃんに好意を抱かれているからと見逃していれば、何と贅沢な! 羨ましい! 妬ましい!」


洗脳が解けた後も、ファンクラブは健在のようだった。


刺すような殺気を感じてクラーメルは冷や汗を流す。


「え、えーと………うん?」


きょろきょろと意味も無く周囲を見渡していると、視界の端に見知らぬ少女が映った。


ヘラよりも更に幼い、十歳くらいの少女。


赤いワンピースを着た少女が、学院を囲む塀の上に立っている。


まるで、今まさに外からよじ登ったかのように。


「あ、ちょっと! 君、そんな所に上ったら危な…」


「とう!」


「!?」


子供らしい無邪気な掛け声と共に、少女は塀から飛び降りた。


塀の高さは三メートル以上ある。


その半分も身長が無い少女が落ちて、無事で済む筈がない。


「シュタッ!」


「う、嘘ぉ…!?」


慌てて走り出したクラーメルの前に、少女はいとも簡単に着地した。


少々息を切らし、汗をかいているようだが、怪我をした様子も無い。


見た目からは想像できない身体能力だった。


「ん? あ、そこのお兄さん!」


「な、何かな?」


「私、メディって言います! お姉ちゃんを探しているんだけど、知りませんか?」


パワフル少女に押されながらクラーメルは首を傾げる。


お姉ちゃん?


この少女は誰かの妹だろうか?


言われてみれば、誰かに顔が似ているような…


「クラ先輩ー。何騒いでいるのー?」


そこへ、ヘラがジュースを片手にやってきた。


そして、クラーメルとメディを交互に見つめて頬を膨らませる。


「先輩ー。駄目じゃないですかー。ヘラと言うものがありながら、浮気なんてー」


「う、浮気? 君は何を言っているんだ? 君もこの子もまだ子供で…」


「…なるほど」


ヘラのとんでもない発言に困惑するクラーメルを見て、メディは一人頷く。


「な、何がなるほど、なのかな? お兄さん、すごく気になるなー」


「いえ、お騒がせしました。恋人同士の逢瀬を邪魔する訳にはいきません」


「恋人同士の逢瀬!? 君、凄い言葉知ってるね!?」


誤解、誤解なんだ、と呟くクラーメルにメディはにっこりを告げた。


止めの一言を。


「お兄さんは、所謂ロリコンなんですね」


クラーメルはその場に泣き崩れた。

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