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第二話


サン=ジェルマン魔法学院の敷地内には、大きな森が存在する。


授業や研究で使える薬草、毒草の類や実験用の小動物も何でもいる天然の森だ。


「………」


食事を終えたローゼンはその森へ来ていた。


今日は何の授業も取っていないので、実験材料の採取に来たのだ。


「さて、と」


植物図鑑を開きながら、ローゼンは昼でも薄暗い森を一人歩いていく。


魔法学院ではあらゆる分野の魔法を学ぶことが認められており、生徒は好きな授業を自由に選んで自分の研究を進めることが出来る。


その中でローゼンが選んだ分野は『錬金術アルケミー


黄金を創造すること。生命を創造すること。不死薬を創造すること。


様々な物を作り出すことに特化した魔法分野であり、一流の錬金術師アルケミストはあらゆる病を癒す万能薬を作ることが出来るらしい。


「…ん?」


しばらく歩いていると、前方に小さな猪の姿が見えた。


こちらに気付いていない猪に向けて、そっと青い薔薇の杖を翳す。


「水よ」


コポコポと音を発てて、薔薇の花びらが水に濡れ始める。


その先端に、拳程の大きさの水の塊が浮かび上がった。


「『スプラッシュ』」


呪文と共に、杖から水弾が放たれる。


それは寸分狂わずに猪に命中し、軽い音を発てて割れた。


「ぴぎィ!?」


驚いたように悲鳴を上げ、猪は急いで逃げていく。


「…うーん。仕留めるどころか、傷一つ負わせられないとは」


自身の覚えている唯一の攻撃呪文の威力に、ローゼンはため息をついた。


水を放つだけの初級魔法であり、消費魔力も少ないが、威力も水鉄砲程度。


「ま、良いんだけどねぇ。錬金術師の仕事は戦うことじゃないし」


強がるようにローゼンは呟く。


一流の魔法使いになると言う夢を持つローゼンだが、別の最強の魔法使いになりたい訳では無い。


むしろ、争いごとに魔法を使うのは嫌いである。


昔はどうだったか知らないが、現代魔法の主流は生活に役立つ魔法だ。


だからこそ、ローゼンは錬金術と言う分野を選んだ。


「わはははは。肝心の錬金術の腕もまだまだだけどねぇ」


やや自嘲気味に笑って、ローゼンは空中に水の塊を浮かばせた。


それに幾つかの薬草を投げ入れる。


「『クリエイト』」


魔力を込めた杖に触れた水が色を変える。


透明だった水が、濃い琥珀色に変化した。


錬金術の基本となる魔法『錬成』だ。


水と薬草を素材に、ポーションを生み出す魔法だ。


込める魔力の量が大きいほど効力が増し、素材も少なくて済む。


「ポーションは色が赤に近いほど、出来が良いと聞くけど」


ふわふわと宙に浮かぶ水の塊を見上げる。


「…どう見ても赤には見えないな。と言うか、この香り」


ふと指を伸ばしてローゼンは完成したポーションを舐めて見る。


「今朝飲んだ紅茶、だな………何で紅茶が出来てるんだ?」


訝し気な顔でローゼンは呟く。


混ぜ合わせた薬草はどこへ消えたと言うのか。


錬金術の理屈では考えられない現象に、ローゼンは頭を悩ませる。


「…ま、いいや。丁度良いから紅茶で休憩でも」


あまり深く考えず、ローゼンは近くにあった切り株に腰かけた。


「って、いかん。紅茶を入れるカップもポットも無かったな」


持ってきたのは採取した薬草を入れる為の籠だけだ。


少々能天気な所があるローゼンだが、流石にティーセットまでは持ち歩いていなかった。


「このまま飲んでも良いが、少々行儀が………うん?」


困ったように周囲を見回していたローゼンはある物を見つけた。


それは探していたティーカップだ。


薔薇の模様が描かれたローゼン好みのお洒落なカップだ。


何故かそれが地面に落ちていた。


「…?」


少し古い物のように見えるが、丁寧に扱われていたのか汚れ一つ無く、先程まで紅茶が入れられていたかのように温かった。


誰もいない森にそんな物があることに、ローゼンは首を傾げる。


「何だ…?」


ローゼンはカップの落ちていた場所の近くの木に触れた。


普段なら気付かないほど小さな違和感。


コレは、何かがおかしい。


「…ッ!」


瞬間、ローゼンの手はまるで沼に触れたかのように木の中に引き摺り込まれた。


「な、何だ何だ!? 人食い植物!? それとも何かの呪いか!?」


慌てて引っ張りだそうとするローゼンだが、手はびくともしない。


それどころか、ズルズルとローゼンの身体全てを飲み込もうと引き寄せて来る。


「ちょっ!? 待て待て待て!? 流石にこんな間抜けな死に方はしたくな…」


その言葉を最後に、ローゼンの身体は木の中へと消えていった。








そこは真っ白な部屋だった。


空も地面も無い、途方も無く広い空間。


「ここは…」


洒落たテーブルや椅子、その上に置かれたティーセット。


難しそうな本が並ぶ本棚に、斑点模様の奇妙な壺まである。


「誰かが作った秘密基地、ってやつか?」


好奇心に目を輝かせながら、思わず呟くローゼン。


あの森にこんな場所があるなんて、聞いたことも無かった。


誰にも見つからずにこんな空間を作るなど、並大抵の魔法では無い。


この部屋の主に思い馳せるローゼン。


楽しそうな笑みを浮かべながら、何となく近くにあった斑点模様の壺に触れた。


「それに触れるな…!」


「ッ!」


その時、呪詛のように鋭い女の声が聞こえた。


いつからそこにいたのか、ローゼンの背後に若い女が立っていた。


大きめの三角帽子に、黒に近い緑色のロングスカートを纏った女。


背が高く、美しく長い足は靴も履かずに剥き出しにしている。


地味な格好の割にスタイルは整っており、肌は色白で唇は紅い。


年齢は二十二、三歳と言ったところだろうか。


端正な顔立ちだが、どこかジトッとした目つきで不機嫌そうな顔をしている。


「…誰かと思えば、よりによって男か」


地の底から響くように、女は言った。


「ええと、あなたは…?」


「…一度しか言わないからよく聞きなさい」


強烈な殺意と敵意を向けられ、困惑するローゼンに女は告げる。


自身の名を。


「私は魔女『アルチナ』………招かれざる客よ。一体何の目的があってここへ現れた」

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